スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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氷王(アイス)』ヴァイン

SIDE:戦士 カーツ

 

「対艦戦用意! ベーコ、フルトン、ソーテン、お前らが肝だ!

 俺が前で囮をやる、お前らはロングレンジでぶち抜け!」

 

「「「押忍!」」」

 

 俺の指示に三人の舎弟は声を合わせて応じる。

 ちょっと前ならバラバラに返事をしていた所だ、これもノッコの教育の成果だろうか。

 

「旦那さん、私はどうする?」

 

「ノッコは船の直衛を頼む。

 ただ、判断次第で好きに動いて構わない」

 

「いいの?」

 

 通信モニターの向こうでノッコがこてんと小首を傾げた。

 

「あんたの戦歴は俺より上だ、ベテランの経験は大事にするもんだ」

 

「そう、それじゃあ、そっちはお姉さんに任せて」

 

 お姉さんて年じゃないだろうと思いはしたが口には出さない。

 生身の手が届く範囲なら拳が飛んでくる程度で済むが、今の状況なら拳の代わりがパルスレーザーになってしまう。

 部下を気持ちよく送り出すのも、上司の勤めだ。

 

「ボンレー、ジョゼ、船のジャンプチャージは続けておいてくれ。

 貰うもんはもう貰ってんだ、チャージが終わり次第トンズラするぞ」

 

「お任せを」

 

「う、うん……」

 

 ジョゼの顔は真っ青になっている。

 無理もない、彼女は戦闘力でトロフィーになったタイプではない。

 鉄火場には慣れていないのだ。

 

「カーツ!」

 

 ジョゼを押しのけて同じく鉄火場に慣れていないはずの姫様がモニターに割り込んできた。

 こちらは怯えの気配など全くない、むしろ不敵な笑みを浮かべている。

 

「あいつら、他所の氏族よね?」

 

「ええ、シャープ=シャービングなんざ聞いたこともないんで、そこらの弱小氏族でしょうけど」

 

「でも、ここに送り込んだ船は三隻、それも速度的に戦闘艦っぽい。

 不利よね?」

 

 金色の猫目をギラギラと好戦的に光らせる姫様の戦力分析は的確だ。

 

「じゃあ、確実に相手が食いつく餌を出して誘導しましょう」

 

「姫様、それは」

 

「オーククイーンが居る氏族なんて早々ないわ。

 あたしの体、餌になるでしょう?」

 

 嫣然と微笑むと、姫は通信機のスイッチを広域モードに切り替えた。

 

 

 

 

 

SIDE:『氷王(アイス)』ヴァイン・シャープ=シャービング

 

 滅びた氏族の生き残りや、戦場に取り残されてしまった者、何か罪を犯して氏族から追放された者。

 そんな行き場のないはみだし者の寄り合い所帯、それが小氏族シャープ=シャービングのルーツである。

 氏族誕生の経緯からして氏族というよりも共同体のような集団なので、シャープ=シャービング族に氏族艦はない。

 三隻の船、200m級戦闘艇(コルベット)「シロオン・ポーン」、300m級高速輸送船「カーボス・ポーン」、そして500m級護衛艦(フリゲート)「マーゴ・ドレイン」。

 それだけが、彼らが寄って立つ柱であった。

 

 流れ者やはみ出し者のオークの集団でありながら、彼らの結束は強い。

 単純明快な掟があるからだ。

 掟のひとつは力。

 強く、強く、最も力を示した者こそが尊く、氏族を率いるに相応しい。

氷王(アイス)』ヴァインはそのようにして選出された、いや、反対者の尽くを踏みつけにして氏族を掌握した、強き王であった。

 

「後は一切合切、シャープ=シャービングの『氷王(アイス)』ヴァインが頂く!」

 

 旗艦マーゴ・ドレインのキャプテンシートから通信機に叫び終えたヴァインは、スイッチを切ると豚面を歪めてにやりと笑う。

 途端に、ブリッジクルーがその場で足踏みを開始した。

 どん!どん!と一定の拍子の足踏みが原始のリズムを奏でる。

 一糸まとわず逞しい裸体を晒したクルーは激しく足踏みをし、股間の槍も揺らしながら叫び、讃える。

 彼らの王を。

 

「『氷王(アイス)』!『氷王(アイス)』!『氷王(アイス)』ヴァイン! いと強き戦いの巧者!」

 

「逞しく冷厳至極な戦士の長者!」

 

「我らを統べる者!」

 

「鋼の逸物!」 

 

「「「『氷王(アイス)』ヴァイン!」」」

 

 クルーのコールに、キャプテンシートから立ち上がったヴァインは雄々しく胸を張り、逞しい両腕を上げて応える。

 その股間からは、男性固有装備も力強く立ち上がっていた。

 シャープ=シャービング氏族の掟その2、それは裸体。

 本来は氏族を裏切らぬ、隠し事などないというアピールであったはずが、いつの間にやらシャープ=シャービングは裸族オーク氏族となっていた。

 

 そんな中、ブリッジの端で窓の外を直接眺めている人影だけは、狂奔に加わっていない。

 肌に張り付く薄手のパイロット用軽宇宙服には、乏しいものの女性らしい丸みが浮き出ている。

 白い宇宙服の背に流された長い薄青の髪はまるで手入れが為されておらず、ボサついていた。

 2メートルにも達する巨漢揃いのオーク氏族にあって埋没してしまいそうな140センチという背丈は、彼女がオークではない事を示している。

 それを象徴するが如く、軽宇宙服の首には首枷染みたロックリングが取り付けられていた。

 ロックリングを外さねば宇宙服を脱ぐ事もできない。

 そしてロックリングの鍵はヴァインの持ち物。

 彼女は『氷王(アイス)』ヴァインのトロフィーであった。

 

「ペール! 見えたか!」

 

 ヴァインにドラ声を投げつけられ、トロフィーの少女はびくりと身を竦めた。

 おびえたように振り返る顔には目元から額までを覆うメカニカルなデザインの大型ゴーグルが取り付けられている。

 辛うじてうかがえる鼻から下のラインは整っており、褐色の素肌は白い宇宙服とのコントラストが鮮やかであった。

 少女は怯え切ったような声音で、オークキングに答える。

 

「ゆ、輸送船が二隻、戦闘機が五機、見えます、動いているのはそれだけです。

 戦闘機の一機は腕が三本の、アーモマニューバです……」

 

 少女の瞳は生まれついての特別製。

 下手な光学望遠機能よりも遥かに精度の高い視覚情報を取得できる。

 彼女はドワーフ、Dangerous Watcher arf(危険に騒ぎ立てる観測者)索敵観測(DW)強化人類(エンハンスドレース)小型警報(arf)タイプだ。

 

「ほう、ブートバスターが居るか!

 ならば俺が出ざるを得んな!」

 

 仕方ないと言った口調を裏切るように、ヴァインは闘争心に満ちた笑顔を浮かべた。

 

「王よ、敵艦が広域通信を発しております!」

 

「ふん、命乞いか? 聞くだけ聞いてやるか!

 聞くだけはな!」

 

 嘲りに頬を歪めながら、ヴァインは通信を許可する。

 メインモニターに相手が映し出された瞬間、ヴァインは魂を抜き取られた。

 

「シャープ=シャービング? どこの田舎者かしら、トーン=テキンの狩場に手を出そうっていうの?」

 

 挑発的な言葉を投げるのは桜色の艶やかな唇。

 吊り上がった黄金の瞳は獲物を狙う猫のように細められ、こちらをあざ笑っていた。

 白皙の頬のラインは幼さゆえの丸みを残しつつ、麗しく整っている。

 そして、明らかに未成熟な体格にも拘らず、見せつけ誘うが如く実った胸。

 

 本能に突き動かされ、ヴァインは即座に決意した。

 この女を捉え、組み敷き、孕ませねばならぬと。

 

「トーン=テキン! トーン=テキンと言ったな!

 噂に聞いたことがあるぞ、トーン=テキンの女王! お前か!」

 

「田舎者でも知ってるのね、でもそれは母様の事だと思うわ」

 

「なんと! 母も居るのか! 決めたぞ、トーン=テキンの姫!

 お前を俺の女にし、お前の母も捕らえる! 母娘そろって俺の孕み袋にしてやる!」

 

「……なんつった、手前」

 

 興奮のままに欲望を捲し立てるヴァインに、ドスの効いた声が割り込んだ。

 

「おう、この三下、木っ端なお山の大将が粋がってんじゃねえぞ。

 姫様も陛下も、手前如きが目に入れていい御方じゃねえ、目ん玉抉り出すぞ、このド三一(サンピン)!」

 

「ちょっとカーツ、あたしが喋ってるのに!」

 

「姫様はお下がりを! こんなド阿呆にゃ、ヤキ入れてやらにゃあなりません!」

 

「はっ、邪魔をするか、小童! だが障害がある方が燃えるというもの!

 お前の骸の前で姫を犯すとしよう!」

 

 通信を叩き切り、ヴァインはキャプテンシートから立ち上がる。

 貫くべき極上の獲物を見つけ、彼の股間の長槍もまた力強くそそり立っていた。

 

「出るぞ! 『輝き唸る鍵十字(レイ・モーン・スワスティカ)』を準備しろ!

 俺が直々に姫を迎えに行ってやる!」

 

 意気揚々と命じる猛き王の姿を、ドワーフの少女ペールはブリッジの端から恐々と盗み見て、小さく安堵していた。

 あの様子なら、今日はお姫様とやらにご執心で自分に声は掛かるまい。

 勇んで飛び出していくヴァインの逞しい尻を、ペールはゴーグル越しに憎悪と嫌悪を込めて睨んだ。




レモンサワーは何にでも合う万能のお酒、多分アイスバインにも合うんじゃないかな……。

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