SIDE:「残り火」のノッコ
「あの野郎、舐めやがって、絶対許さねえ……」
軋むような声音で呟いているカーツに、ノッコは小さく溜息を吐いた。
良い戦士だが、こういった所はまだまだ未熟。
そこが可愛い坊やとも言えるが、ノッコは押し倒すよりも押し倒される方が好みなのだ。
自分を組み敷ける程の男になるには、もっと経験を積ませなくてはならない。
「旦那さん、向こうの編成が見えてきたけど、どうする?」
「あ、ああ」
ノッコの声にカーツは我に返ったように咳ばらいをした。
「少しだけ役割変更しよう。
ノッコは、敵の飛行隊を抑えてくれ、数が違うから無理はするな。
バレルショッターの狙いは変わらず船だ。
まずは初撃で先頭にいる
敵陣の先鋒を勤める
ジャンプ可能な船舶をできるだけダウンサイジングしたとも、ジャンプシステムを組み込んだ大型戦闘機とも言える存在で、快速が売りだ。
船舶用の大型武器を搭載しつつ小回りも利くので、使い勝手が良い。
弱点はその中途半端なサイズそのもの。
ジャイアントキリングを得意とする反面、自分より小型の戦闘機には振り回されてしまうのだ。
戦闘機が主力のカーツ分隊としては相手取りやすい敵である。
機動力と攻撃力にパラメータを割り振った代わりに耐久力が低いといったタイプの艦種なので、速攻で落とせばトーン09の安全も確保できよう。
高速輸送艦の方はこちらのトーン08のように軽空母として運用しているようだ。
速度を稼ぐために大型推進機を積んでいるのか、トーン08よりも高速な代わりに搭載戦闘機の数は少ない。
そして敵の旗艦と思われる
500mというサイズは
先ほど大破させた傭兵部隊の
問題はこいつの相手をする手札がこちらにない事である。
「旦那さんは、ブートバスターの相手?」
「ああ、俺がやる。
姫様と陛下への無礼、奴のタマで勘弁してやらぁ」
「駄目だよ、旦那」
まだ憤怒を抑え込めていない年下の主に、百戦錬磨のトロフィーは優しく諭した。
「そんなに逸っていたら、足元を掬われる。
旦那が負けたら、姫様はあいつの物。
あいつが言う通り、姫様が孕み袋にされちゃってもいいの?」
赤子をあやすような声音で囁かれるあけすけな言葉に、通信の向こうのカーツは大きく深呼吸をした。
「……すまない、落ち着いた。
冷静に、あいつをぶっ飛ばすさ」
彼の声音は怒りの熱を秘めつつも抑制されている。
ノッコは頬を緩めて微笑んだ。
若き主が、またひとつ強くなった。
いずれノッコの望む高みにまで達するだろう。
その時には、フィレンの弟を作るのもいい。
「それじゃあ、お願いね。
「大丈夫か?」
「できるよ、ちゃんと鍛えたもの。ね?」
「「「
唱和する舎弟達にカーツは苦笑した。
「俺じゃなくてお前の舎弟みたいだな。
それじゃあ、雑魚は任せた。
俺はタイマン張らせてもらう!」
言葉と同時に『
かつての主が駆っていた頃とは大きく形を変えた機影を見送り、ノッコも操縦桿を握り直す。
「こっちも行くよ、君達。
「「「押忍!」」」
SIDE:戦士 カーツ
「頼もしくって参るね、まったく!」
思わず漏れる独り言に、照れが混ざっているのは自覚している。
母親とはああいうものなのだろうか。
培養槽生まれの俺には何とも新鮮な感覚だ。
「まあ、お陰で落ち着いた。
さっさとあの野郎をぶっ飛ばすとするか!」
スラスターを吹かして『
レーダーに感有り、敵の
二本の腕を持つ漆黒のブートバスターを望遠カメラで捉えると、俺は牙を剥き出した。
叩きつけるように通信機のスイッチを入れる。
「覚悟はいいか、お山の大将!」
「はっ、こっちの台詞だ、若造!」
通信モニターに映るヴァインの豚面が、下卑た笑みを浮かべながら舌なめずりをする。
「メインディッシュの前に気を昂らせる必要があるからな、貴様は丁度いいオードブルだ。
貴様を倒した興奮のままに姫を頂くとしよう!」
「グルメ気取りめ、手前に食わせてやるものなんざプラズマしかねえよ!」
「くははっ! 抜かしおるわ!」
哄笑を上げるヴァインの顔が禍々しく研ぎ澄まされる。
色欲でも食欲でもない、純粋な闘争の欲求に駆られた戦士の顔だ。
「シャープ=シャービングがオークキング、『
我が勝利を導くは『
貴様は黄泉路へ落ち果てよ!」
「トーン=テキンが戦士カーツ! 手前にくれてやるものは何ひとつない!
俺と『
名乗りと共に、牙を剥き出して猛々しく笑い合う。
通信機を叩き切ると同時に、スロットルをマキシマムへ。
狙うは短期決戦だ。
長期戦をやるには推進剤の残量が心もとない。
先のセーフンド氏との対戦で消費した『
最も、あの一戦自体は必要な戦いであったので、後悔はしていない。
今度の相手はオークキングが操るブートバスター。
名前も聞いた事がない小氏族とはいえ王にまで至った男だ、高い力量を持っている事は間違いない。
実力を出させる前に、速攻で叩き潰す。
加速する『
『
「
『
ほんのわずかな間隔を開けて、続けざまに砲弾が飛来する。
「無反動の
炸薬式の実体弾を連射しながらも『
次々に撃ち込まれる小口径砲弾の狙いは正確で、こちらの回避運動を的確に追尾してくる。
「ちっ!」
斥力場はそう長くは維持できない。
速攻で片をつけねば。
二本腕の相手に対して、こちらの腕は三本。
機動性では勝っている。
「決めるぞ、おらぁっ!」
三機のフレキシブルスラスターを全て右側へ噴射、機体剛性ギリギリの鋭角なターンを掛けて『
だが、必殺の瞬間に『
黒い両腕の間に金のラインが走る。
「何っ!?」
背を駆け抜ける怖気に従い、俺は攻撃のチャンスを捨てて
だが、機動力で劣るはずの『
「こいつ、四本腕だと!?」
平凡な二本腕のブートバスターかと思いきや、左右の腕がそれぞれ上下に分かれ、X字の翼を形作っていた。
腕の接続面を彩る金のモールドが禍々しく光る。
「制御しきれるのか!」
四本腕のブートバスターを完全に乗りこなすには、凄まじい腕前が必要になる。
三本腕ビギナーのこの俺がどこまで張り合えるか。
「張り合うんじゃねえ、張っ倒すんだ」
俺は自分の頬に一発ビンタをくれると、弱気になりかけた思考に喝を入れた。
「姫様をあんな奴にくれてやれるか、行くぜ『