スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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ドワーフ少女は情緒不安定

SIDE:ペール

 

「はうぅ……」

 

 ドワーフの少女、ペールは残骸の中で奇跡的に残ったブリッジルームの隅で縮こまり、窓の外を怖々と見つめていた。

 至近距離にダークグリーンの輸送船が二隻浮かんでいる。

 特攻のような勢いで突っ込んできた挙げ句ジャンプに巻き込んでぶった斬るキチガイ戦術を駆使した頭のおかしい箱型輸送船と、四機の戦闘機を吊り下げた筒型輸送船。

 ペールが生き延びるためには、救助を要請しないといけない相手だ。

 

 だが、ペールは迷っていた。

 相手はオークなのだ、それもかなり頭がおかしいと思われる類の。

 シャープ=シャービング族のトロフィーとして屈辱を味わわされた日々からやっと解放のチャンスが来たというのに、別のオーク氏族に捕まっては元の木阿弥だ。

 しかし、このまま隠れていてはこの船首区画に残った酸素を使い切って死ぬだけである。

 屈辱の生と、無意味な死ならば、ペールは前者を選ぶ。

 

 その上でペールを躊躇させているのは、偏に新たなオークの頭のおかしさが恐ろしいからだ。

 ヴァインらオーク連中が執着していたオークのお姫様とやらが実行した滅茶苦茶な戦術は、脆弱さ故に理詰めで宇宙を生きているドワーフにとって完全に理解の外にある無法そのものだった。

 あんな生きるか死ぬかの、どっちかと言えば死ぬ割合の高い戦術を取るような人物の所に行きたくない。

 なまじ見た目が同性から見ても大変な美少女と思えるだけに、訳の判らない存在という恐ろしさが増している。

 シャープ=シャービングのオーク達は言ってみれば粗暴な雄に過ぎなかったので、ある意味判りやすい。

 訳の判らない雌がどんな無体を働いてくるのか、全く判らないのが恐ろしくて堪らない。

 ペールはゴーグルの下の紅い瞳に涙を滲ませながら、両手でガリガリに痩せ細った体を抱きしめてブルブル震える。

 

 ここ数ヶ月で酷い目に遭わされ続けたペールの中に、無体を働かれないという楽観的な未来予想図は湧いてこなかった。

 

「ひぃっ……!?」

 

 箱形輸送船、頭のおかしいお姫様が乗ってると思われる方から、三本腕のアーモマニューバが発進するのが見えた。

 こっちに向かって来ている。

 

「あああ、だからちゃんと戦闘ブリッジに移動した方がいいって思ってたのにぃぃ」

 

 護衛艦(フリゲート)マーゴ=ドレインは船首と中枢部の二カ所に操船室(ブリッジ)を持っていた。

 船首のブリッジは外部を視認でき操船も容易な通常航行用のブリッジであり、戦闘時には艦内奥深くの戦闘ブリッジに移動するのが本来の運用である。

 だが、血の気の多いオークどもは「最前列で突っ込むのが戦の華」などとペールには理解の出来ない理由を挙げて、通常ブリッジでの運用を好んでいたのだ。

 戦闘ブリッジに居たのならば、相手のジャンプに巻き込まれる事もなかったろうに。

 

「うあぁぁ……やだやだやだ、こわい、やだよぉ、こわいよぉぉ……」

 

 幼児退行したかのような呻きを漏らすペールは、ブリッジの隅で頭を抱え込んで丸くなった。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 護衛艦(フリゲート)のブリッジの残骸に『夜明け(ドーン)』を寄せると、電撃糸(スタンストリング)を撃ち込んで機体を固定した。

 

「良くない使い方だとは判ってんだけど、意外と便利だな、これ」

 

 趣味的と称される電撃糸(スタンストリング)だが、攻撃にも使えるツールと考えるなら結構有りかも知れない。

 今度トーロンにもっと糸を頑丈に出来ないか相談してみよう、弾頭もアンカーにできるなら使い勝手が上がりそうだ。

 そんな事を考えながら軽宇宙服のヘルメットを被ると、通電していないストリングを伝ってブリッジの切断面に近づいた。

 切り落としたかのように鋭利な傷跡はあちこちから火花を散らしている。

 何カ所か見える艦内通路だったと思われる空間は隔壁で蓋がされていた。

 

「おお、自動隔壁が降りてる。

 こんな状態になってるのに機能が働いてるとは上等な船だ」

 

 軍艦は総じて高級な代物であり、特にダメージコントロール機能は民間船に比べると段違いに高性能だ。

 船首部分を丸々切り飛ばされるような大損害を受けた場合、民間船ならそのまま対処が追いつかずに空気が抜けきってえらい事になってしまうが、軍艦はひと味違う。

 自動隔壁で船首部分の空気を保っているこの船は、一流の護衛艦(フリゲート)であったと言えよう。

 

「……厄介だな」

 

 空気が保たれている、つまり中に生存者がいる可能性もある。

 生存者とは要するに敵オーク氏族の連中だ。

 

「よし、こいつは使えそうだ」

 

 俺は切断面から覗いていた鉄パイプ、元は通路のガイドレールか何かだったかと思われる金属棒を引きちぎった。

 

「ふんっ!」

 

 隔壁の可動域のわずかな隙間に鉄パイプの先端を無理やり突き込むと、梃子の原理で思い切り力を掛ける。

 これぞオーク式ロックピック、パワーで開かない扉はない。

 

「よっこい、しょぉっ!」

 

 めきりと歪んだ隔壁はあっさりと引き剥がされ、内部から吹き出す空気(エア)の奔流に抗しきれずに虚空の中へと消えていく。

 流石に軍艦といえども、同一区画に二枚目の隔壁はない。

 このまま、中の空気が真空中に漏れ出してしまえば、害虫もすっきり駆除できる。

 真空バルサンは宇宙船掃除の基本だ。

 

「よーし、後はしばらく待つだけだな」

 

 空気中に含まれていた水分が真空の中で氷結し、わずかに白い流れとなって見える空気(エア)漏れを眺めつつも、俺は警戒を怠らない。

 宇宙戦士の種族であるオークとて、真空での生存時間は数十分程度しかない。

 シャープ=シャービングとやらの生き残りが潜んでいるなら、このピンチに飛び出して来ざるを得ないはずだ。

 出てきた所を必殺のオークパンチで迎撃する、穴がひとつしかないモグラ叩きである。

 だが、ここには予想とは違う類のモグラが潜んでいた。

 

「やぁぁぁ……」

 

「ん?」

 

 空気漏れの気流を通じて、かすかに甲高い声が聞こえる。

 隔壁の中を覗き込んだ俺は、気流に揉みくちゃにされた小さな人影が吸い出されてくるのを確認した。

 薄い色素の蒼い髪が、ねずみ花火の炎のようにくるくる回っている。

 人影が虚空に吸い出される瞬間、咄嗟に俺は腕を差し出した。

 

「おぶっ」

 

 俺の腕がつっかえ棒となり、人影は堰き止められた。

 ちょうど鳩尾の辺りに腕が食い込み、図らずもラリアート染みた状態になっているのはご愛敬だ。

 

 吸い出されてくるのがオークであったなら、そのまま宇宙の果てまで流れていくのを見送るか、必殺パンチで永遠に沈黙させるかのどちらかだが、この小柄な人影は明らかにオークではない。

 オークではないのにオークの船に居る、つまりトロフィーだ。

 そしてトロフィーは大抵の場合において劣悪な扱いを受けており、捕獲した氏族を恨んでいる事が多い。

 咄嗟に助けてしまったのは、「敵の敵は少なくとも敵ではなさそう」という非常に軽い理由であった。

 

「あ、こりゃいかんな」

 

 姫とは比べるべくもないが、一応女性と判る程度の丸みはある少女は、薄蒼の長い髪を振り乱して藻掻いている。

 オークでもないのに平気で真空に突っ込んでいける種族は早々いない。

 俺は少女を小脇に抱えると、ブリッジの残骸を蹴って愛機へ飛んだ。

 繋留してある『夜明け(ドーン)』のコクピットに飛び込むと、キャノピーを閉じてキャビンに空気(エア)を充填する。

 

「ぶはっ、はっ、はぁっ……」

 

 俺の膝の上でぐったりと脱力した少女は、酸素を貪りながら顔を上げる。

 細面の顔の上半分を覆う、金属の仮面のような何かが見える。

 コクピット内の計器の光を反射する金属片を、俺は反射的にむしり取った。

 仕込み武器の疑いがあるものに対して、戦士の本能が呼び起こした反応であった。

 

「あ……?」

 

 ぱちくりと、少女は紅い瞳を瞬かせた。

 その素顔は姫様には及ばずとも、素朴に愛らしく整っている。

 幼さを残した褐色の美貌が、驚きから覚めると同時に恐怖に染まった。

 

「い、いやぁぁぁぁっ!?」

 

「ドワーフか! すまん!」

 

 両手で顔を隠して悲鳴を上げる少女に、俺は慌ててむしり取ったゴーグルを返した。

 顔、正確には目を見られた反応で判った、この娘はドワーフだ。

 視覚に長じた種族であるドワーフは、最も敏感で繊細な部位である瞳を見られる事に多大な羞恥を感じると、前に本で読んだことがある。

 つまり、今の俺の行動は他の地球系人類に当てはめると、いきなり下着を剥がして股間を覗き込んでしまったにも等しい。

 

「何か武器を仕込んでるかと思ったんだ、すまない」

 

 視線を外して謝罪をする。

 俺の膝の上でごそごそとゴーグルを付け直す気配がした後、絹糸をより合わせたような細い声が問いかけてくる。

 

「あの、オークじゃ、ないんですか……?」

 

「オークだよ」

 

 俺は軽宇宙服のヘルメットを外し、緑肌の顔面を晒した。

 ひうっと息を呑む少女を見下ろすと、着け直したゴーグル越しにも判るほどの怯えの表情を浮かべている。

 

「あ、あ、あの、あの、あの、それじゃ、その」

 

「うん?」

 

「おそわ、ないんです、か……?」

 

 何だか異常に怯えている少女の言葉に得心する。

 オークのトロフィーとして捕らえられていたのだ、筆舌に尽くしがたい目に遭っていたのだろう。

 

「襲わないよ」

 

 驚かせぬよう、ゆっくりと話す。

 

「女王陛下の方針でね、そういう無体は働かないのさ」

 

「……うっ」

 

 不意に、ゴーグルの端から涙滴がこぼれ落ちる。

 

「す、すみません……うっ、ぐすっ」

 

 安堵したのか、ボロボロと流れ落ちる涙を、ドワーフの少女はゴーグルをわずかにずらして拭う。

 

 まあ、トロフィーを大事にする陛下の方針以前に、スマートというよりも成長不良のようなか細さの彼女は俺の好みではなかったのだが。

 もっとこう、ばいんばいんでないと。

 

 

 

 

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ペール

 

 カーツと名乗ったオーク戦士は、驚くほどに紳士的であった。

 鍛え上げられた戦士の肉体は大きく頼り甲斐があり、精悍さと穏やかさが同居した声音は優しく安心感がある。

 緑の肌と飛び出た牙は同じでも、シャープ=シャービングの粗暴なオーク達とは一線を画す知性が感じられた。

 何よりも、その視線にまったく欲望の色が無い所が好ましい。

 

「へへ……」

 

 船内通路を巧みな無重力遊泳で進んでいくカーツの逞しい背中を追いながら、ペールは口元を緩ませた。

 彼に対して湧きあがる好感は、典型的な吊り橋効果に過ぎないとペールも理解している。

 同時に、それの何が悪いとも思う。

 この数か月、心の休まる余裕のないドン底生活だったのだ。

 こちらを気遣ってくれる頼もしい男に依存して何が悪い。

 

「目も、見られちゃったし……」

 

 本来、恋人相手にしか見せてはいけないような箇所()も見られてしまったのだ。

 これはもう、彼が求めてくるのならば身を捧げるのも仕方ないのではなかろうか。

 

 ペールは内心、かなりチョロく盛り上がっていた。

 

「こっちがブリッジだ」

 

「あ、はい」

 

 カーツの後に続いてブリッジに入った途端、盛り上がっていた気分は一気に冷却された。

 

「お帰り! カーツ!」

 

「ぴっ!?」

 

 出迎えたのは古典的な海賊装束に身を固めた爆乳美少女。

 ドワーフの航海士としては悪夢そのものでしかないキチガイ戦法をやらかした、オークのお姫様だ。

 出会いたくなかった相手に、ペールは硬直する。

 

「残骸の掃除、完了しました、姫」

 

「ご苦労様、そっちの子は?」

 

「連中のトロフィーだった、ドワーフのペールです。

 ペール、こちらは俺達トーン=テキンの姫君、ピーカ様だ」

 

「お、お、お初にお目にかかりましゅうぅぅ……」

 

 ペールにとって、このお姫様は理解できない恐ろしい存在だ。

 理詰めで考えるドワーフと、直感で辿り着いたアンサーへ迷いなく直進する無法な天才は、相性が良くない。

 カーツの広い背中に隠れようと縮こまるペールを、ピーカ姫は無情に覗き込んだ。

 

「……シャープ=シャービングは、トロフィーを酷く扱ってたの?」

 

「は、はいぃ」

 

 静かな問いかけにコクコクと頷く。

 

「そっか……」

 

 姫はペールをぎゅっと抱き寄せた。

 労わるように背を撫でられ、ペールの混乱は加速する。 

 背丈はあまり変わらず、ペールが1、2センチほど高い程度だが、その肉付きの良さには雲泥の差がある。

 埋もれそうな程に柔らかくて何だかとても良い匂いのする姫に、ペールはここの所まともにシャワーも浴びさせてもらえなかった事を不意に思い出した。

 そもそもペールの軽宇宙服の首にはロックリングが掛けられており、ヴァインが持っていた鍵が無くては脱ぐ事もできない。

 中はだいぶ蒸れているという自覚もある。

 臭いのは不敬罪に当たるのだろうか。

 

「うちは酷い事なんてさせないから、大丈夫!

 ジョゼ、面倒見てあげて!」

 

「りょーかい、よろしくね、同輩さん」

 

 完全に混乱しているペールの身柄は、ピンク髪の地球系人類(アーシアン)の美女に任せられた。

 

「それじゃ、安全も確認できた所で、あの残骸を溶接しようよ!」

 

 姫はブリッジのメインモニターを振り返ると、ペールが潜んでいた残骸を指差す。

 

「まあ、溶接はこの場でもできますけど。

 くっつけて動ける程度にしかできませんよ?

 ロクな設備もないし、ちょっと被弾したら衝撃で溶接部分が破損するくらいの強度しか見込めません」

 

「そうなの!?」

 

 少しぽっちゃりしたオークの言葉に、姫は愕然と金色の目を見張った。

 どうやら、あの残骸で輸送船の盾を作ろうとしているらしい。

 当面自分も乗せられる船の防御性能に関わる事だ、ペールの船乗り種族としての本能が混乱を落ち着かせた。

 

「あ、あの……」

 

「ん、なぁに?」

 

 小さく手を挙げるペールに姫がぐるっと振り返る。

 大きなアクションで重たげに揺れるバストと、快活な金の猫目に気圧されそうになりながら、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。

 

「ドックでの、整備が必要なんです、よね?」

 

「うん。 でも僕たちオークにドックを貸してくれる所なんてないよ」

 

 オークは略奪蛮族種族、どこでも嫌われている。

 だが、ペールにはそういう連中でも利用できる設備の心当たりがあった。

 

銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)の座標を、知ってます。 

 あそこなら、代価さえ払えば、オークにだって整備ドックを貸してくれるはず、です」


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