SIDE:傭兵 シグルド=セーフンド
ひとつの会社を畳むにはそれなりの手続きが必要となる。
それはカタギの稼業でも、傭兵会社でも変わらない。
大きすぎる損害を受けたセーフンドカンパニーは解散する事となり、社長にして戦闘隊長であるセーフンドはその後始末に追い回された。
大破した
マイネティン鉱山基地の損害に関して、問われなかったのは幸いであった。
基地を所有する企業ハイヤムマイナーズは、生存者の報告からセーフンドカンパニーは出来うる限りの尽力をしたと判断したのだ。
基地の損害に関しては基地司令コスヤン=トロコフの采配に問題があったとして査問に掛けられる事になったらしいが、もうその辺りはセーフンドにとってどうでもいい話だ。
トロコフが逃亡の際に搬入港から直接のジャンプを指示したせいで余計に基地の損害が増したと聞いた時には、流石に何をやってるんだと呆れ返ったが。
何にせよ、セーフンドは何とか破産を免れていた。
半生を掛けて築き上げてきたカンパニーは幕を閉じ、生き延びたスタッフは退職金と共に去って行った。
セーフンドの手元に残ったものは、
まるで駆け出し
「ふうぅ……」
神聖フォルステイン王国の辺境惑星、ステーパレスⅣの衛星軌道上を周回する宇宙港で営業する、ありふれたファミリーレストラン。
夕飯にもやや遅いといった時間に入店したセーフンドは、席に腰を下ろすなり深い溜息を漏らす。
タッチパネルから億劫そうに注文を入力すると、陸揚げされた蛸のようにぐんにょりと虚脱した。
手続きの連続でセーフンドは疲れ切っていた。
単純な書類仕事だけでなく、心労も大きい。
戦死した部下の遺族へのお悔やみの連絡に、離れていく戦友達への挨拶。
組織運営とは人付き合いであり、それが失われていくのは何と心を削る事なのか。
「オマタセシマシター」
陰鬱に沈み掛けた物思いを給仕ロボットの合成音声が打ち切った。
旧式給仕ロボットに仕込まれた古くさいマジックハンドが、湯気を上げる鉄板を机の上に置く。
「おぉ……」
衣もバリバリなフライドチキンに甘酸っぱいブラックビネガーソースをたっぷりと注ぎ込み、ダメ押しとばかりにタルタルソースを載せたステーパレスの名物料理
並び立つは大ジョッキから泡も溢れんばかりの生ビール。
熱い鉄板の上でビネガーソースが煮詰まっていく音と香りに追い立てられ、セーフンドはジョッキを手に取った。
「んぐっ……んぐっ、んっ、んぐっ……!」
ひと口傾ければ、止まらない。
疲れ果て乾ききった体に、ビールが慈雨の如く染み込んでいく。
「ぶはぁっ!」
机に叩き付けるように空のジョッキを下ろすと、セーフンドはすかさずタッチパネルを叩いてお代わりを注文する。
一杯のミルクポタージュで精気を取り戻したという太古の
ビネガーソースを吸った重厚な衣にナイフを入れ、ざくりとした手応えと共に大きく切り分ける。
狐色の衣と白い肉の断面をビネガーソースで黒く染めた上に、ひとすくいのタルタルソースを載せると、セーフンドは大口を開けた。
タルタルソースが零れぬよう慎重に、まるで神に捧げ物をするかのように厳かな手付きでフォークが口へと運ばれる。
「はぐっ……!」
口一杯の鶏肉を噛み締めれば、幸せが溢れた。
舌を刺すように弄ぶ性悪なビネガーソースの酸味を、雄々しくも力強いチキンの肉汁と艶やかでまろやかなタルタルソースが和らげ、混ざり合う。
ゆっくりと咀嚼し味わうセーフンドの頬を、一筋の涙が伝い落ちた。
ああ、先に
こんなにも生きている事は素晴らしいのだ。
「オマタセシマシター」
給仕ロボットがお代わりのジョッキを持ってきた。
セーフンドは涙を拭うと、力強くジョッキを掴んだ。
「んぐっ!」
勢いよく呷って、口内を洗い流す。
濃厚で脂っこいチキン南蛮と、ビールの相性は抜群。
いくらでも食えそうだ。
夢中になって貪るセーフンドの動きが不意に止まる。
宇宙港の中のファミリーレストランという、いわばセーフティゾーンに似つかわしくない剣呑な存在を視界の隅に認めたのだ。
ずしりと重い足音を立てて入店してきた新たな客に、店内のすべてが静まり返った。
身長2メートルにも及ぶ長身は銀色に輝く装甲で覆われている。
体のあちこちから低いサーボ音を唸らせながら、歩を進める人型の機械の塊。
「
チキンの断片を刺したままのフォークもそのままに、セーフンドは呆然と呟いた。
家族連れが来店するには遅い時間とはいえ、平和なファミリーレストランと戦闘用重サイボーグは余りにもミスマッチな組み合わせだ。
しかも、何故かこちらへ向かってくる。
セーフンドはずしんずしんと近寄って来る
チキン美味しい、ビール美味しい。
だが、現実は逃避を許してくれない。
「食事中に失礼、シグルド=セーフンド殿」
エフェクターを掛けたような
セーフンドは諦めの溜め息を吐くと、通路にそびえるように立つ
「なんかしましたかね、俺」
特別に法を犯すような真似をした覚えはないが、犯罪者をその場で処刑できる権限を与えられた相手に目を付けられるのは恐ろしい。
セーフンドの言葉に、
「いいや、貴殿に
貴殿の交戦した相手についての情報が欲しいのだ」
「情報?」
「マイネティンで戦ったのだろう、トーン=テキンを名乗るオークと」
セーフンドは顔を顰めた。
随分と細かい事まで知られている相手だ。
「そこまで知ってらっしゃるなら、俺に聞く事もないでしょう。
オーク戦士と戦って、負けて、なんでか知らんが見逃されて、生き残った。
それだけです」
「貴殿の戦闘機のガンカメラの記録。
それを閲覧させてもらえないだろうか」
「
「無論、代価は支払おう」
セーフンドは懐から取り出した小型汎用端末の
無記名の電子マネーカードの中身は一度の
セーフンドは小さく頷くと、指先大のデータチップを取り出す。
「毎度」
「
図体のでかい相手に突っ立っていられると落ち着かないので、セーフンドは席を勧めようとしたが、止めた。
重サイボーグの体重に耐えれる椅子は普通のファミレスには置いていない。
「……やはり貴様か、トーン=テキンのカーツ……!」
記録を読み取り終えた
兜状の装甲は左右に開き、巨体からは想像もつかない程に整った金髪美女の素顔が顕れる。
美貌にはまぎれもない憤怒の色が浮かんでいた。
「お知り合いで?」
「ああ、何倍にもして返さねばならぬ借りがある相手だ」
どうやら、この女騎士様はあのオークにしてやられた事があるらしい。
セーフンドはシニカルな事を考えながら、チキンを口に運ぶ。
「それにしてもセーフンド殿、貴殿の操縦は見事なものだった」
「……騎士様にお褒めの言葉を頂けるとは、光栄の至り」
思わぬ賛辞に驚き、チキンを吹き出しそうになりながら頭を下げる。
「貴殿ほどの戦士ならば、あるいは
私が推薦する、適性試験を受けてはどうかね」
「ご冗談を」
セーフンドはチキンを飲み込むとジョッキを呷った。
「美味い物を飲み食いできなくなるのは御免ですよ」
「味覚など脳に入力される神経情報に過ぎん。
望めば至高の美味を常に感じる事すらできるぞ」
余りにも味気ない
フォークに刺した肉片へ丁寧にビネガーソースをまぶし、仕上げにタルタルをたっぷりと塗り付けると口へ運ぶ。
「……さっきの一口と、今の一口。
同じ料理でも、微妙に味わいが違います。
こういった機微を失うのは、寂しい事だと思うのですよ、騎士様」
「そうか……。
残念だが仕方あるまい、生身への拘りもまた理解はできる」
女騎士は鷹揚に頷くと、機械的に整った美貌を僅かに微笑ませた。
「だが、貴殿の技量は得難いものだ。
「まあ、今の所スケジュールは空いてますがね。
どういう
ああ、そうそう……」
セーフンドはニヤリと笑って続ける。
「ケチってロクな戦力が用意されてない戦場に放り込まれるのだけは、もう御免ですな」
「安心するがいい、神聖フォルステイン王国では予算を懐に入れるような馬鹿者は即座に斬首と決まっている」
冗談とも思えない物騒な事を口にすると、女騎士は首筋のスロットからデータチップを取り出した。
「新設される警備部隊を預けられる事になってな、熟達のパイロットが必要なのだ。
無論、戦力は十分。
このオークのような略奪者を叩きのめす為の部隊だからな」
憎々し気に言いながらデータチップを弾く。
セーフンドはチップを受け止めると、小さく頷いた。
「いいでしょう、身元のはっきりした所に雇われるのは有難い話ですし。
それで騎士様、雇い主の御名前を伺っても?」
「これは失礼した」
女騎士は美貌に精悍な戦士の笑みを浮かべる。
「神聖フォルステイン王国所属、
よろしく頼むぞ、セーフンド殿」