【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う   作:日野久留馬

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商談

SIDE:戦士 カーツ

 

 こちらが提示した売却可能な重金属インゴットの目録に目を通し終わり、ステラは顔を上げた。

 

「確認しました。 大口のお取引、ありがとうございます」

 

 宇宙の辺境にしてはなかなか洒落た応接室に響くステラの声は、どこか精彩に欠けている。

 まあ、それも仕方あるまい。

 ソファに高々と足を組んで座った姫の後ろから、タブレット端末を手にした少女を見下ろしつつ、さもありなんと小さく頷く。

 

 ステラ爆音隊の頭目であるステラは、銀河放浪者(アウタード)にしては妙に毛並みがいい少女だった。

 金髪の後頭部を刈り上げ残りを逆立てた髪型と小生意気な表情でやんちゃな少年を思わせるが、その割にあちこちで地金の育ちの良さが透けて見える。

 グレた令嬢という印象を隠しきれない少女だけに、目の前に陳列された宇宙危険物に萎縮しているのは丸わかりだった。

 

 応接室の所有者であるステラよりも余程にくつろいだ態度を見せる姫の左右には、ノッコとペールが座っている。

 ソファに深く腰掛けたノッコは床に届かない足をぶらぶらさせながら、両手で持ち上げたティーカップの湯気にふうふうと息を吹きかけていた。

 一方、姫を挟んで反対側のペールは、背筋を伸ばしてガチガチに固まった状態で座っている。

 提供されたコーヒーをマイペースに楽しむノッコとは対照的だが、大型の遮光ゴーグルで顔の半分が隠されているため姿勢良く黙り込んでいれば出来る秘書のように見えなくもない。

 そして三人の座るソファの後ろには、これ見よがしに腕組みした俺が仁王立ちしているという構図だ。

 表情を隠したドワーフに銀河トラブルメーカーのフービットと、天下御免の宇宙蛮族オーク。

 お嬢様が対応するには難度の高い組み合わせだろう。

 

 そして、ステラの背後に立つ彼女の従者はというと、見るからに頼りない。

 右腕を三本指のサイバーアームに換装した女は明らかに荒事慣れした雰囲気だが、護衛というには何とも弛緩した雰囲気を漂わせていた。

 しきりに欠伸し妙にふらふらしながら、生身の左手で目元を擦っており明らかに集中していない。

 何かの薬物でもやっているのか、ぼやんと霞んだ黒目がぎょろぎょろと不規則に動き回っていた。

 

「それで、どれ程の値を付けて貰えるのかしら」

 

 姫は傍から見れば優雅な、彼女の振る舞いに慣れた俺からすると気取りまくった仕草でティーカップを傾けてコーヒーを喫すると、ステラを促した。

 俺がステラを「いい所のお嬢さん」と判断した理由のひとつが、この「ティーカップの飲み物を提供できる応接室」の存在だ。

 この応接室はステラの持ち船の居住ブロックに設置されている。

 ドラム式の居住ブロックを回転させる事で人工的に重力区画を作り出せる設備は、上等な客船や大型の軍艦などにしか搭載されていない。

 個人所有、それも銀河放浪者(アウタード)の持ち船にしては、過ぎた設備と言えた。

 

「そう、ですね……」

 

 いかにも銀河放浪者(アウタード)っぽい生意気な演技を省いたステラは、商売用らしい真面目な口調で呟きながらタブレットに数字を入力した。

 ちらりと背後に立つ従者に視線を向けるが、鉄の腕の女は我関せずとばかりに胡乱に濁った瞳を室内に彷徨わせており、まるで頼りにならない。

 ステラは小さく溜息を吐くと、タブレットを姫に差し出した。

 

「こちらで如何でしょうか」

 

 姫が鷹揚に頷きながら受け取ったタブレットを、俺たちも覗き込んだ。

 この辺りの星域で幅を利かせている神聖フォルスティン王国発行の無記名電子マネーで金額が記されている。

 正直な所、俺たちオークにはカタギの社会における通貨の価値がイマイチ判っていない。

 通貨というシステムは知っていても、それを使って取引する相手が極端に少ないため、実感がないのだ。

 21世紀の感覚で例えるなら、一万円札で何を買えるのかがピンと来ない。

 この辺りは、知識を積み上げるのが趣味の俺も学び切れていない所だ。

 何せオークの身では、ちょっとお買い物をして物の相場を学ぶという訳にもいかない。

 俺たちには、「はじめてのおつかい」を実践する機会が無いのだ。

 

 姫は涼しい顔でタブレットの金額を読むと、左右に目を走らせた。

 彼女もまた俺同様に市場の相場などといった知識はない、同族以外の二人が頼りだ。

 

 年若く経験も浅いがペールはカタギの船員として優れた教育を受けている。

 その教育の中には補給物資がいくらぐらいで入手できればお得かといった、実践的な知識も入っているらしい。

 ノッコの方は特別な教育は受けていないが、この一党では最年長だけに物の大雑把な価値などは把握していた。

 二人が頷いた事で、ステラが提示した金額が了承される。

 

「いいわ、これで手を打ちましょう。

 それじゃあ、ドックの使用料のお話をしましょうか。

 お安く使わせていただけるとありがたいんだけど」

 

 にっこりと微笑みながら話を続ける姫に、ステラの喉が変な音を立てた。

 

 

 

 

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ジョゼ

 

 銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)内のおそらくメインストリートと思われる通路も、構造自体は他の場所と変わらない。

 軽金属のフレームの四方を半透明の遮断幕で覆っただけの、薄布一枚向こうは真空という粗雑極まりない空間である。

 メインストリートだけあってフレームに使われる鉄骨が他より太くて頑丈そうなのは、ほんの少しだけ心強い。

 そのフレームに引っ掛ける形で、無数の露店や屋台が営業されていた。

 四方のフレームを足場にしているため、それぞれの露店は通路の中央を「上」とする形で据え付けられている。

 上下左右おかまいなしに展開される露店の様子は、無重力空間に慣れていないジョゼにとって、異様な光景に思えた。

 

「おー! なんかへんなのうってるッス!」

 

「あ、美味そう!」

 

 一方で、生粋の宇宙適応種族であるオークには、無重力向けの店の構造は気にならないらしい。

 ベーコとフルトンは屈強な図体に似合わぬ子供のような歓声を上げて、売り物に目を奪われている。

 巨漢オークにキラキラした瞳で売り物を覗き込まれた露店の店主が引きつった愛想笑いを浮かべている様に、ジョゼは思わず苦笑した。

 

「ベーコくん、フルトンくん、二人とも買うならちゃんとお金は払いなよ!」

 

 流石にここで狼藉を働かれては、姫のやっている交渉がおじゃんになってしまう。

 釘を刺すジョゼに、ベーコとフルトンはにやりと笑うと懐から無記名電子マネーの入った小型端末を取り出した。

 

「とうぜんっス!」

 

「オレら、結構金持ってんだぜ!」

 

 実際、オークの兵卒は下っ端ほど無記名電子マネーを持っている率が高い。

 略奪品の中で、オーク的に最も価値が低いのが金であるからだ。

 余り物として残った電子マネーを、使う当てもないけど何も手に入らないよりはマシだからと溜め込んだ結果、彼らは露店で豪遊できる程度の資金を持っていた。

 

「ジョゼさん、欲しい物あるかい? オレが奢ってやるぜ!」

 

「あ、ベーコ、ぬけがけはずるいっス!」

 

「はいはい、色気づいちゃって、まあ……」

 

 電子マネーの入った端末を振りながらニンマリと笑うベーコと、彼に食って掛かるフルトンにジョゼは溜め息を吐いた。

 現在のジョゼはトーン=テキンのトロフィーではあるが誰か個人の持ち物ではない、強いて言うならピーカ姫の管理下にあるという、宙ぶらりんな立場にあった。

 それを見越したのか、ここの所オペレーターとしても会話をする事が多いベーコとフルトンは何かと下手なアプローチを掛けてくるのだ。

 不器用ながらも腕力に訴えたりはしない、オークとは思えない程に紳士的な態度は、彼らの兄貴分による教育の成果だろう。

 強面で豚面なオークといえど、大真面目に好意を寄せて来られると悪い気はしなかった。

 

 

 

 姫が商談を行う間、交渉に出ないメンバーには自由時間を与えられている。

 ベーコとフルトンは珍しい市場の見物に行きたがり、舎弟三羽烏の残り一人のソーテンは留守番と称した昼寝タイムを満喫していた。

 ジョゼがベーコとフルトンに同行したのは彼らが妙な事をしないか、お目付け役が必要だと思ったからであったが、どうやら杞憂のようだ。

 買い食いをする二人はきちんと金を払っており、トラブルは起こしていない。

 

「んー、なんか、みためよりモソっとしたかんじっスね」

 

「甘いのが口ん中で粘りついて、水が欲しくなるな、これ……」

 

 煮凝りかゼリーと思しき蛍光オレンジの四角い物体が刺さった串に齧りつき、二人は微妙な顔をしている。

 外れを引いたらしい二人の様子を見守りながら、ジョゼはもう一人の同行者に声を掛けた。

 

「あんたは何か買ったりしないの、フィレンくん」

 

「くん付けか……」

 

 弁髪に半裸の元オークナイト、フィレンはジョゼの言葉に顔を顰めた。

 

「え、だってフィレンくんってベーコくん達より格下だよね」

 

「少しは歯に衣を着せてくれ」

 

 容赦の無いジョゼの追撃にフィレンの渋面は深まった。

 最近はシミュレーターの準備も担当するジョゼは、フィレンが他のメンバーと行ったシミュレーションの戦績も知っている。

 カーツとノッコにはボコボコの連敗中、ベーコ達三羽烏には大体勝率四割といった所。

 兵卒として位階はベーコ達三人と同じフィレンだが、確かに一段下と言わざるを得なかった。

 明らかに凹んだ気配を見せるフィレンに、ジョゼは人の悪い笑みを浮かべる。

 

「わたし、忘れてないよ? 初対面の時、あんたに濡れ衣掛けられそうになった事」

 

「……その節は、申し訳なかった」

 

 意外に素直に謝るフィレンにジョゼは毒気を抜かれた顔になる。

 

「何よ、気持ち悪い。

 カーツさんに負けて牙を抜かれちゃった?」

 

「そうではない。

 意地を張って視野が狭いままでは何にもならんと思っただけだ。

 いずれカーツ……隊長にはリベンジをする」

 

「シミュレーションで毎度負けてる癖に」

 

 フィレンはバツが悪そうにそっぽを向くと「いずれだ、いずれ」と早口で呟いた。

 そんな彼の様子にジョゼは溜飲を下げる。

 元よりさっぱりした気性のジョゼは大して引きずる方ではない、これでチャラだ。

 すっきりした気分で尋ねる。

 

「視野が狭いままじゃ駄目だから、市場見物に着いてきたの?」

 

「ああ。 銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)は初めてだからな、何か面白いものが……」

 

 言いさしたフィレンの言葉が止まる。

 ジョゼは彼が凝視している方向に目を向けた。

 こちらの視点から見ればちょうど天井方向にある屋台が開店準備をしている。

 軒先には売り物を記したと思しき暖簾が翻っていた。

 

「ラマン? ラムン? 何だろ」

 

「いや、ラーメンだ」

 

 フィレンは発音が判りにくい、マイナーな銀河共用語の単語を断定的に読み上げた。

 

「生前の父上に聞いた事がある、母なる星発祥の古い食べ物だ。

 かつて宇宙の男の常食として知られていたらしい」

 

「ふーん……」

 

 珍しく熱の入ったフィレンの解説だが、どんな食べ物か想像が付いていないジョゼは感銘を受けた様子もなく生返事を返した。

 

「食べてみたいの?」

 

「……いいのだろうか」

 

「ベーコくん達も買い食いしてるんだし、いいんじゃない?」

 

「……無作法ではなかろうか」

 

「お坊ちゃんか!」

 

 明らかに憧れを見せている癖に煮え切らないフィレンの手をジョゼは引っ張った。

 そのまま足元のフレームを蹴り、天井の屋台まで遊泳する。

 

「おじさん! もうやってる?」

 

「ああ、今開ける所……ってオーク!?」

 

「あー、大丈夫大丈夫、暴れないから。 ね?」

 

「う、うむ」

 

 大きく頷くフィレンに、初老の店主は疑わしそうな怯えた視線を向けている。

 取り持つようにジョゼはことさら明るく注文した。

 

「おじさん、ラーメンってのやってんでしょ? 二人前、ちょうだい」

 

「あ、あいよ!」

 

 注文を受けた店主は気を取り直したかのようにカウンターへ向き直る。

 ジョゼはフィレンに囁いた。

 

「わたし、お金持ってないからね」

 

「……いいさ、お前の分くらい、オレが持ってやる」

 

 ちゃっかりと奢らされたフィレンは豚面に苦笑を浮かべながらカウンターを覗き込み、眉を顰めた。

 

「店主、少しいいか」

 

「え、な、なんだい、オークの兄さん」

 

 蛮族として悪名高いオークに直に声を掛けられ、店主はびくびくしながら顔を上げた。

 

「調理器具が電子レンジしかないようだが、スープを煮込んだりはしないのか?

 ラーメンにはスープが付き物だと聞いているのだが」

 

「あー、兄さん詳しいんだね……。

 悪いけど、うちで出してるのはレトルトの合成物だよ」

 

「む、そうなのか……」

 

 残念そうに呟くフィレンの目の前で、電子レンジが調理完了のチャイムを鳴らした。

 

「はい、お待ちどう、熱いから気をつけて」

 

「うむ」

 

 手持ちの端末の電子マネーで支払いをしたフィレンは合成ラーメンのレトルトパックを受け取った。

 ドリンクパックの飲み口を大きくしたような形状の透明なパックで、内部には黒っぽいスープと一口大の塊となった麺が浮かんでいるのが見える。 

 

「父上から聞いたのと、ずいぶん違う気がする……」

 

「合成らしいからねえ」

 

 レトルトパックを受け取ったジョゼは中身を物珍し気に観察した。

 

「いつか、本物を食べるチャンスがあるといいね」

 

「……そうだな」

 

 頷いたフィレンはパックに口を付け、黒っぽいスープを飲む。

 合成ラーメンは少し塩辛かった。 




松本零士先生の宇宙観でスペオペの基礎を学んだように思います。
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