SIDE:エディジャンガル・ファミリー頭目 ジャンガル
「随分あっさりと引き下がったものじゃない、兄弟?」
ファミリーのもう一人の頭目であるエディの言葉に、ジャンガルは顔を顰めた。
「オークをぞろぞろ引き連れてたんだ、下手に強請を掛けるのは危ねえ」
ジャンガルとは逆に左半分の頭髪を剃り落としたエディは兄弟分の言い訳に薄く笑みを浮かべながら頷いた。
「まあ、それも一理あるわね。
でも、そこに一儲けの種があると思わない、兄弟?」
ひょろりと長身のジャンガルと違い、ずんぐりとした短躯のエディは女性的な柔らかい口調が特徴の男で、二人の名を冠したエディジャンガル・ファミリーの頭脳担当役だ。
頭目が左右の頭髪をそれぞれ剃り落とし、部下達には頭の中心を一直線に剃る逆モヒカンのヘアスタイルをさせているのもエディの発案だ。
二人の頭目が左右から部下達を挟み込む意匠のヘアスタイルでファミリーの結束を図るアイディアは、単純なだけに効果がある。
無法者寸前の
そんな事も企てる頭の回る相棒の言葉に、ジャンガルはにやりと頬を歪めた。
「聞かせてくれよ、兄弟。
何を思いついたんだ?」
「そのオーク連中は、頭目の女の子に統制されていたんでしょう?」
「ああ、ガキの癖にえらい乳しててな、ありゃ将来が楽しみだ」
「そこよ。
オークが女をトロフィーにしているんじゃなく、女がオークを制御している。
「
「オークは元々兵士として作られた人造種族よ、反乱防止に遺伝子コードに
その
エディは立てた人差し指を振りながら、教師めいた調子で言葉を続ける。
「おそらく、例のオーク達は
つまり、頭目の女の子はコントロールデバイスを持っているはず……」
「そのデバイスが手に入れば、俺たちにもあのオークを制御できるのか?」
「多分ね」
「へえぇっ! いいじゃねえか!
オークの腕っ節ならそこらの用心棒なんざ目じゃねえ、それが五人も居やがるならこんなちんけな
皮算用を走らせるジャンガルに、エディは自信ありげな微笑みを浮かべて頷いた。
「それじゃあ、オークどもの目を掠めてお嬢ちゃんから制御デバイスを巻き上げる手筈を考えなきゃね」
エディは間違いなく知恵者であり、ジャンガルと二人で立ち上げたファミリーをひとつの勢力として拡大させた有能な男である。
それでも、知らないものが存在する事ばかりはどうしようもない。
オークに対して絶大なカリスマを発揮するオーククイーンというイレギュラーは、あまりに数が少なく、世に知られていない。
オーク達も自分たちのアイドルを秘匿するため、他種族でオーククイーンを知るのは熱心かつ奇特な学者ぐらいのものである。
エディの限られた知識の中では、有りもしない制御デバイスこそがオーク達を従える要と信じるのも仕方ない話であった。
SIDE:ステラ
「はあぁ……疲れたぁ……」
余りにも厄介な商談を終わらせ、お客様方を送り出したステラは応接室のソファにぐったりと身を沈めていた。
今は鎧のような重装宇宙服も脱ぎ、タンクトップとショートパンツというくつろぎスタイルである。
活動的な刈り上げの髪型や言動で少年っぽさを演出するステラであったが、ラフな格好になれば女性らしいスタイルの良さも露わになる。
あの海賊コスプレの少女ほどではないにせよ、ドワーフやフービット達よりは格段に豊満であった。
「はい、お嬢。お疲れさん」
サイバーアームの女、レジィは淹れ直したコーヒーのカップを置くと、ステラの対面のソファに腰を下ろした。
湯気を立てるカップに手を伸ばしながら、ステラは頼りにならないお付きをじろっと睨む。
「そう思うんなら、交渉の時に手を貸してくれてもいいんじゃない」
「ウチは肉体労働専門やしなあ。
そもそも、そういう面倒事は全部自分がやる言うてウチを借り出したんやろ。
口八丁はお嬢の得意分野やないの」
「相手にもよるわよ……」
砂糖とミルクをどかどか放り込んだ甘ったるいコーヒーを啜りながら、ステラはぼやく。
「オークを手下にしてるなんて……きっと、あのフービットが睨みを利かせてるんだわ」
ステラもまた、妙に発育の良い少女がオークを従えている理由を彼女なりに推測しようとしていた。
こちらはエディと違い、シンプルな読みである。
「フービット、ねぇ……お嬢も含めて、本家の方々はちょいと気にしすぎやないの?」
「レジィ、駄目よ。フービットを刺激しないで」
からかうようなレジィの声音に、ステラは真顔で釘を刺した。
その顔には明確な緊張と、怖れの色がある。
「本家が、フェンダー家が、この
「フービットに殴り込まれたって話やろ」
ステラの実家、フェンダー家はかつてこの
だが、些細ないざこざからフービットの荒くれ者に殴り込まれた挙げ句、旗艦としていた
たった一人のフービットに散々にやられたフェンダー家は大きく威信を落とし、この
それから数十年が経過したものの、未だフェンダー家は力を取り戻しきっていない。
ステラが一家の若い衆を集めてステラ
その矢先に、フェンダー家にとって疫病神そのもののフービットに絡んでしまうとは、余りにも縁起の悪い話である。
「あのフービットは商談にも口を挟まんかったし、用心棒に徹しとるんやないの?」
「だとしても、下手に突いて爆発されても困るわ。
連中のどこに導火線があるか、まったく判らないもの」
今やかなり数を減らしてしまったフービットであるが、一家の鬼門であるためにステラは詳しく彼らの生態を調べていた。
瞬時に複雑な機動演算を行う高速思考能力を持ちながら、彼らの性質は完全に戦闘に特化しており、ひたすら敵を撃滅する事にしか興味がない。
それでいて己の拘りには執着する、搦め手が通じにくいバトルマニア種族だ。
賄賂だのハニートラップだのは往々にして無駄であり、そのくせ個人個人の地雷を踏み抜いたら最後、瞬時に敵認定して苛烈な攻撃を開始する。
オークのように種族主導の略奪行為などは行わないが、いつ爆発するか判らない不発弾のような精神性で隣人とするには面倒が多すぎる種族。
ステラはフービットをそのように理解しており、それは概ね正しかった。
フービットが数を減らし徐々に滅びつつあるのは、まさにその精神性ゆえの自業自得である。
「取引そのものは問題なかったし、こっちの儲けは十分よ。
重金属のコンテナが運び込まれたら、後はもう関わらないでおきましょう。
向こうはドックで船の補修をしたいだけなんだから、作業が終われば出て行くだろうし」
コーヒーカップに視線を落としながら今後の方針を決定するステラに、レジィは頷いた。
「お嬢がそう決めたんなら、それでええんちゃう。
……ちょっと失礼、そろそろ薬飲まんと」
レジィは懐からカプセル剤のシートを取り出すと、コーヒーで一粒流し込んだ。
途端に、元よりやる気のなさそうだった目元がとろんと霞む。
「痛み止めを飲む頻度が上がってない?
そんなに合わないなら、腕を生身に戻せばいいのに。
レジィの腕の再生治療代くらい、出せるわよ」
レジィが取り付けた鉄の義手は彼女の体質に合っておらず、頻繁に神経痛を発していた。
「この腕がないと、ウチは荒事できんしねぇ。
まあ、気にせんといて……」
徐々に呂律のあやしい口調になりながらソファに沈み込む腹心にステラは肩を竦めると、彼女の分のコーヒーカップも流しに運んで片付けた。
引っ越し間際でバタついております。