【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う   作:日野久留馬

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二種類のデート

SIDE:戦士 カーツ

 

 ドック使用料の交渉を終えると、後はトーン09の改修作業完了を待つばかり。

 作業アームへのデータ入力を担当するトーロン以外のメンバーは自由時間を与えられ、思い思いに過ごしている。

 船内に縛られない久しぶりの時間ではあるが、姫の警護は別枠であった。

 姫をお護りするのは我々の最も重要なミッションであり、誉れとも言える役目である。

 戦闘要員がローテーションで姫に付き、ボディガードを行っていた。

 

 

 

 露店で買った粘度の高いミント味のドリンクチューブを吸いながら、俺は姫様を見守る。

 視線の先では、姫とジョゼにペールの三人が騒ぎながら露店を冷やかしていた。

 

「あ、いい生地! これで新しい宇宙服仕立てようか、お姫?」

 

「えー、ちょっと地味じゃない? あたしはいいよ、ペールに作ってあげて。

 あたしとお揃いで」

 

「えぇ……、姫様とお揃いはちょっとぉ……」

 

「あ、何よう、あたしとペアルック嫌なの?」

 

「が、眼帯は駄目です、ゴーグルしてるから」

 

「じゃ、マントはイケるね、作ってあげようか、マント」

 

「えぇぇ……」

 

 流石に女の子同士がきゃいきゃい騒いでいる所に混ざる気はしない。

 俺は護衛として一歩離れたポジションを維持しつつ、周囲に睨みを利かせていた。

 幸いにしてと言うか、当然というべきか、筋骨隆々のオーク戦士が見守っている女の子に声を掛けようなどという阿呆は居ないらしく、俺に視線を向けられた通行人の銀河放浪者(アウタード)達は露骨に目を逸らしている。

 それでいい、面倒事なく姫様達にお買い物を楽しませてくれるのなら、俺も何もしやしない。

 

氏族船(クランシップ)じゃできない体験だしな」

 

 友達と一緒に買い物など、姫様にとって間違いなく初めての事だ。

 気さくというよりも雑なジョゼの喋り方にフィレンは内心思うところがあるようだが、こういうのもまた経験だろう。

 ペールはジョゼよりも一歩下がった感があるが、まだ合流して日も浅いし元々コミュニケーションが得意そうなタイプでもないので仕方ない。

 マイペースな姫と社交的なジョゼにぐいぐい来られて困り顔をしているが、その内慣れるだろう。

 

「陛下にもご満足いただけるだろうな……」

 

 姫様を氏族船(クランシップ)の外に出したのは、籠の鳥の姫に様々な経験を積ませたいという女王のご意向だ。

 女の子同士で大騒ぎしながらショッピングを楽しむ姫様の事をお話しすれば、きっと喜んでくださるだろう。

 目尻を下げて微笑む脳内女王陛下の麗しさに俺の頬も緩む。

 

「カーツ!」

 

 幸せな妄想リピートに陥りかけた俺の元へ、姫様が手を振りながら戻ってきた。

 ぶんぶん振られる腕に釣られ、オーバーサイズ気味のバストも大きく揺れている。

 

「お買い物はお済みですか」

 

「うん! ……何飲んでるの、それ」

 

 何にでも興味を示す姫は、俺の手の中で持て余されていたドリンクチューブにも目を付けた。

 

「そこの露店で買ったドリンクです。

 ミント系の……なんというか、妙な味ですね」

 

「ちょっと頂戴」

 

「どうぞ」

 

 銀色無地の古めかしいデザインのドリンクチューブを受け取った姫は、艶やかな唇で飲み口を咥えた。

 ひと口吸って、微妙な顔をする。

 

「んんー……なんかこう、これちょっと……」

 

「でしょう?」

 

「あ、あの、私も、味見してみていいですか?」

 

「ん? はい」

 

 恐る恐る手を挙げるペールに、姫は事もなくチューブを手渡した。

 

「えへ、カーツさんと間接キス……」

 

 唇を緩めて何事か呟きつつ、ペールはチューブを咥える。

 中身を吸って、小さく頷いた。

 

「これ、あれですね、歯磨き粉」

 

「言わないでいたのに!」

 

 俺と姫が口に出さないでいた類似物をあっさりと挙げてしまったペールに、姫は唇を尖らせた。

 

 

 

 

SIDE:兵卒 フィレン

 

 必殺の念を込めて放った対艦レーザーは、ひらりと躱された。

 ふらふらと飛んでいるようにしか見えない継ぎ接ぎだらけの通常型戦闘機(ローダー)に、フィレンは一発も有効打を当てられていなかった。

 

「ちぃっ、主砲リチャージ開始!

 チャージ中はパルスレーザーで牽制……!」

 

 やるべき事を口に出しながら、フィレンは手早く機体に指示を送り込む。

 かつて搭乗したブートバスター『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』に比べれば、バレルショッターはかなり格が落ちる。

 だが、それを言うならば敵手の継ぎ接ぎ通常型戦闘機(ローダー)は、こちらよりもさらに格下と言わざるを得ない廃物利用品なのだ。

 そんな機体に翻弄されているのは、単純に技量の差が著しいからである。

 

「判っているさ、オレよりもずっと強い事は……。

 だから、経験になる!」

 

 コンソールに閃く主砲チャージ完了のインジケーターを確認し、フィレンはスロットルレバーをマキシマムに叩き込んだ。

 バレルショッターは蹴飛ばされたような加速を開始する。

 その動作はかつての乗機に比べれば、格段に鈍く、遅い。

 そもそも、本来後方支援型のカスタム機であるバレルショッターで突撃をするのは、セオリーから外れている。

 

 すべて承知の上だ。

 絶望的な技量差は真っ向勝負ではまだ追いつけない。

 一矢報いる為にあえてセオリーを破り、意表を突くのだ。

 

「これで、どうだっ!」

 

 収束レベルを落とした幅広のレーザーを、機首を大きく振りながら撃ち放つ。

 直径100メートルにも及ぶ、光の大剣が虚空を薙ぎ払った。

 如何に強力な対艦レーザーといえど、ここまで収束率を落とせば破壊力は激減してしまう。

 これでは当てた所で撃墜判定は奪えまい。

 だが、せめて一矢だけでも。

 

「その考え方じゃ駄目だよ、フィレン。

 はい、お終い」

 

 直後、コクピットをパルスレーザーが射貫いた判定音が鳴り響き、モニターに戦死を告げる赤い文字が大きく踊る。

 一連のゲームオーバーメッセージを表示した後にモニターは消灯し、シミュレーターは終了した。

 

「くっ……!」

 

 真っ暗になった半球型モニターを睨みながら、フィレンは操縦桿を握りしめたままの指先をゆっくりと緩めた。

 

「一度、デブリーフィングをやるよ。

 トーン08に集合ね」

 

「……了解」

 

 通信機から響く母の声に、フィレンは小さく応じるとコクピットハッチを開けた。

 わずかに与圧されていた空気が瞬時に虚空へ飛び散っていき、弁髪に結った長い髪が踊る。

 抜けていく空気と共に体表の熱が奪われ、戦闘の興奮が冷まされていく感覚はむしろ爽快といえた。

 フィレンの乗っていた借り物のバレルショッターは、トーン08のドッキングポートに接続されたままである。

 実機のコクピットを利用した本格的なシミュレーター訓練だ。

 体を苛むG以外は完全に同一であり、実戦形式で超上級者との戦闘訓練を行えるカーツ分隊は急速に練度が向上していた。

 

「……」

 

 トーン08のエアロックへ向かう前に、フィレンは別のドッキングポートに接続された『包帯虎(バンディグレ)』に視線を投げる。

 半裸のフィレンと違い、ヘルメットまで被ったパイロット用軽宇宙服姿のフービットが機体を蹴り、トーン08へと遊泳を開始していた。

 裸体にペイントをしたようにも見えるほど薄手の宇宙服が張り付いた小さなお尻を追って、フィレンもトーン08へ飛ぶ。

 宇宙適応強化人類らしく、するりとエアロックに飛び込む母子の無重力遊泳は全く無駄がない。

 先にエアロックに入ったノッコはフィレンの到着を待って隔壁を閉じると、内部に空気を充填した。

 

「ふぅ……」

 

 ヘルメットを脱いだノッコの短く整えられた赤い髪は、汗に湿って頭皮に張り付いている。

 彼女に汗をかかせるくらいには奮戦できたと内心快哉を上げるフィレンだが、すぐに思い直す。

 フィレンの前に三人の先輩が三タテにされている。

 模擬戦とはいえ、連続で四戦もすれば汗のひとつもかくだろう。

 

「フィレン」

 

 ノッコの青い瞳がフィレンを見上げた。

 普段は飄々とした鉄面皮のノッコが珍しく眉を寄せている。

 

「なんだ」

 

 若干気圧されるものを感じながら、フィレンは素っ気なく母に応じた。

 

「ああいう戦い方は駄目だよ」

 

「だが、命中弾を与えられたろう」

 

 撃墜される寸前、コンソールが奏でる甘美な命中判定の電子音をフィレンは確かに捉えていた。

 

「当てただけで満足しちゃ駄目。

 そもそも、あの攻撃は当てるのだけが目的で、墜とせるとは思ってなかったでしょう」

 

「……先輩達も当てれていなかったんだ、当てれただけ上等じゃないか?」

 

 そっぽを向いて反論するフィレンに、ノッコは両目を細めると床を鋭く蹴った。

 0Gの中、エアロックの天井寸前でくるりと反転して天井も蹴ると、床と天井の二段加速を乗せた手刀をフィレンの脳天に叩き込んだ。

 

「ぬがっ!?」

 

「当てれただけ上等? なんて情けない事を言うの」

 

 強打された脳天を押さえてうずくまるフィレンを、ノッコは冷えた声音で叱る。

 

「戦士たる者、勝利をもぎ取るべく努力しなさい。

 相手を損傷させても自分が撃墜されていては、何にもならないのよ」

 

「判っている! 判っているが……、ここまで散々やられてるんだ、せめて少しでも勝利の片鱗が欲しいんだ!」

 

 涙目で見上げてくる息子の言い分に小さな母は溜息を吐いた。

 血の繋がった母子であるが、戦闘種族としての互いのスタンスは若干違う。

 

 同じく勝利を目的としていても、その過程で名誉が欲しいオークに対してフービットは最終目標の達成以外は求めない。

 罵られ後ろ指さされるような手管を使ったとしても勝てばよろしいというのがフービットであり、勝つにしても勝ち方があると考えるのがオークである。

 連戦連敗の中、少しでも誉れを得たいという息子の想いは、教え子達を絶対勝利獲得マシーンに育て上げたい母とは微妙に相容れなかった。

 

 ちなみに、カーツ分隊の中で最もノッコの思想に近い考え方をしているのはペールである。

 

「じゃあ、勝利の片鱗とやらに御褒美をあげる。

 ピストンシリンダーの筋トレを20セットね、それとトレッドミルを90分」

 

「……了解」

 

 御褒美と称した追加トレーニングに、フィレンは脳天を撫でながら頷く。

 与圧完了のチャイムが鳴り船内側のハッチが展開すると、ノッコはするりと船内通路へ入った。

 

「オークは頭固い所あるよね、物理的にじゃなくて」

 

「勝ち方の事か?」

 

「そう、かっこよく負けるのとかっこ悪く勝つのだと、かっこよく負ける方を選びがちでしょ」

 

「それは……そういう面はあるかも知れんが……」

 

「今、私たちはお姫様を預かってるんだよ。

 勝利条件は、お姫様の無事。

 だから、どんな時でも勝たなきゃいけないの、どんな不格好でも卑怯な手を使ってもね。

 負けても何か成果を上げればいいなんて話じゃないの、そこの所、忘れないで」

 

 真摯に諭す母の言葉に、フィレンは頷いた。

 

「……判った、任務に際しては拘りを捨てるよう心掛ける」

 

「よろしい」

 

 大仰に頷くノッコに苦笑を漏らしながら、フィレンはトーン08のブリッジに入った。

 途端に待ち構えていた三人の兵卒が飛びついてきた。

 

「やったっスね、フィレン!」

 

「兄貴以外で姐さんに当てたのは初めてだ、やるじゃねえか!」

 

 フルトンとベーコはフィレンの筋肉質の肩をばしばし叩きながら彼の戦果を褒め称える。

 無口なソーテンもまた、無骨な笑みを浮かべながら親指を立てていた。

 

「あー、先輩方、褒めて貰えるのはありがたいのだが……」

 

 フィレンは引き攣った笑みを浮かべながら、鬼教官たる母の様子を窺う。

 

「心得違いしてるのは全員かぁ……。

 君たち、全員追加トレーニングね」

 

「な、なんでっスか!?」 

 

 わいわいと騒ぎながらデブリーフィングを開始する彼らは、物陰から遊泳してトーン09へ取り付く軽宇宙服の一団に気付いていなかった。




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