SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン
「つまり、あたし達に手下になれって事?」
ステラの訴えを聞いたピーカは小首を傾げながら、わざと冷たい声音で曲解した答えを返した。
「ちっ、ちがっ!? 違うから! 待って、落ち着いて!」
ボキボキと拳の骨を鳴らすカーツの威圧感に、ステラの顔は真っ青になる。
泡を食って弁解するステラに、楽しい時間を邪魔された分の溜飲を下げたピーカは意地悪をやめた。
「まあ、流石にそんな無茶は言わないよね。
それで、あたし達に何をさせたいの?」
「あ、う、うん……」
急に優しい声音で水を向けられたステラは、温度差の著しい扱いに混乱しすでに涙目だ。
完全に年下の少女の手のひらで転がされていた。
「あ、あの、私のお婆様が迎えに来るんです」
「お婆様、ね。 育ちが良さそうとは思っていたが」
カーツの呟きに小さく頷きながら、ピーカは続きを促した。
「それで? 迎えに来られると何か悪いの?」
「えぇっと……」
ステラはバツが悪そうに視線を逸らしながらボソボソと続ける。
「実家に大見得切って出てきちゃったのに、成果を上げられていないから、連れ戻されちゃう……」
「成果?」
「……この
ピーカはこの市場に到着した際、ステラが「ステラ
「本気で目指してたんだ、それ」
実際に市場の中をうろついてみれば、ステラ
彼女たちの勢力範囲は、せいぜいトーン09を改装中の簡易整備ドックまでだ。
「目的の割に動きが地味じゃない?
新興勢力がシマを広げたいなら、もっと派手に荒っぽく行かないと」
「だって、派手に動こうにも荒事が得意な面子なんて、ウチにはレジィしか居ないし……。
手持ちのドックで真っ当に整備屋やってれば、そのうち根付けるはずだったのよ!」
ステラにも計画はあったらしい。
実際、寄港地という側面を持つ
そのまま運営し続ければ、市場の必須施設として影響力を得られるだろう。
「でも、そうやって根付く前に実家の迎えが先に来たと」
「うん……。
私が上手い事やってるってアピールするために、貴女達と協力関係を結べたって事にさせて欲しいんです」
「んー……」
ピーカは豊かなバストを強調するかの如く腕組みしながら唸った。
単純な損得で言うのならば、得はない。
ステラ
整備ドックを除けば、ステラ
だが、ピーカはステラの提案に対して、利益がないからと一蹴しがたいものを感じていた。
大きな組織をバックに持ちつつ外に出て修行を行う若者という観点ならば、ステラはピーカに似通っている。
氏族の姫という他に類のない存在で有り続けてきたピーカにとって、一面で似ておりシンパシーを覚える相手は初めてなのだ。
ピーカとステラの違いは、お目付け役が頼りになるかどうかという点であろう。
氏族屈指の戦士であり頭も回るカーツとその一党は、少数ながら姫のボディガードに相応しい精鋭とピーカは評価している。
一方、ステラのお付きである鉄腕の女レジィは常に眠そうでやる気が感じられず、頼りなさそうだ。
もしも自分にカーツがおらず、レジィのように頼りにならない部下しか居なければ、どうなっていたか。
そう考えれば、ステラの願いをばっさり切り捨てる気になれなかった。
「……トーン09の改造もまだ掛かるしね、終わるまでなら話を合わせてもいいよ」
「あ、ありがとう! ありがとう、ピーカさん……!」
ステラは両手でピーカの手を取り、押し戴くように手のひらを重ねながら涙目で感謝を述べる。
思いのほか追い詰められているステラの様子に若干引きつつも、こうも本気の感謝を向けられる事が初めてなピーカとしては悪い気はしない。
「カーツも、それでいいよね?」
事後承諾で告げられたお目付け役は、苦笑しながら頷いた。
「姫の思し召しのままに。
でも、一度決めた以上は、きちんと面倒を見てくださいよ」
「……犬猫じゃないんですけど」
顔を顰めたステラの抗議を肩を竦めて聞き流すと、カーツは実務的な確認を行う。
「あんたらとつるむなら、他の面子にも連絡しとかないといけないな。
実家の組織の名前を教えてくれ」
「フェンダーファミリーです。
私のお婆様のテレジア=フェンダーが率いています」
「フェンダーファミリーか、判った」
カーツは軽宇宙服のポケットから小型端末を取り出すと、太い指に似合わぬ手早さでメッセージを入力する。
ややあって端末を操作するカーツの顔が曇った。
「おかしいな、トーロンの反応がない。
ボンレーはすぐに返事があったのに」
「映画に熱中してるんじゃないの?」
「それでも、この手の連絡を見過ごすのは弛みすぎてますし、あいつはそこまで抜けてもいません。
何かあったか……?」
カーツの表情が戦場にあるかの如く引き締まる。
「念のため、トーン09に戻りましょう。
何もなければそれでいいですが、気になります」
「そうね。 ステラとの話も腰を落ち着けて細かいところを纏めたいし」
カーツの意見を受け、ステラを加えたピーカ一行はトーン09が停泊する簡易整備ドックまで戻る。
一目で異変が起きている事が、ピーカにも判った。
「格納庫が開いてる!」
カーツは大きく舌打ちすると通路のフレームを強く蹴り、加速する。
ハッチを開いたトーン09の格納庫に、複数の人影が見えた。
トーン09の留守番はトーロンだけ、何者かが侵入しているのは明らかだ。
段階的にフレームを蹴って速度を速めながら、カーツはピーカに指示を出す。
「姫はトーン08へ! ノッコ達と合流してください!」
「判った!」
荒事に際して戦闘種族であるオークの判断は早い。
戦闘主任であるカーツの決定に抗わず、ピーカは素直に頷いて行動を開始した。
SIDE:エディジャンガル・ファミリー頭目 ジャンガル
箱型輸送船の船倉の一角は二機の戦闘機を搭載可能な格納庫になっていた。
その片側にロックアームで固定された三本腕のアーモマニューバが鎮座している。
「有った有った!
オークどもめ、よく整備してるじゃねえか!」
艶やかに磨き上げられた朱色の装甲にジャンガルは嬉し気に喉を鳴らした。
「これなら高値で売れそうね。
さあ、急ぐわよぉ! 格納庫のハッチを開けて!」
相棒のエディもコンディションの良い機体に満面の笑みを浮かべている。
お目当てであるオークの制御デバイスは入手できなかったが、実働可能なアーモマニューバもまた結構なお宝だ。
腕利きの
危険なオークの巣窟に踏み込んだのだ、行き掛けの駄賃にこれくらいは貰っておかないと割に合わない。
アーモマニューバを自分たちの船に積み込んで、すぐさま高跳びしてしまえばオークどもも追ってこれまい。
根無し草の
どこにも拠って立たないのなら、どこにも縛られる事はない。
何かやらかしてしまっても、ジャンプドライブで宇宙の果てまで逃げれば、それでチャラ。
刹那的な小悪党そのものの思考法であり、
「ハッチ開きます!」
コンソールに取りついた部下の操作で、格納庫の外殻が展開する。
格納庫内の空気が真空へ流出し、気流に巻き込まれた道具箱などの小物が次々に真空へ吸い出されていく。
本来なら減圧を掛けて貴重な酸素の浪費を防ぐのがセオリーであるが、知った事ではない。
彼らにとってこの船は土足で上がり込んだ他人の家も同然、立つ鳥跡を濁しまくりの傍若無人さだ。
家主を激怒させるには十分な振舞いである。
エアが流出していくハッチの外へ何の気なしに目を向けたエディは、緑の素顔を露出させたオークが市場の通路を構成する遮断幕を引き裂く様を見てしまった。
オーク戦士は通路のフレームを蹴ると漏れ出す気流も利用して、まっしぐらにこちらへ飛翔してくる。
「兄弟! オークが来る!」
ヘルメットも被らず憤怒の形相も露わなオークにすくみそうになりながらも、エディは警告を発した。
「エアロックに回らず、直接来るのかよ!?
畜生、撃て!」
ジャンガルの指示に、レイガン持ちの部下たちは一斉に発砲する。
アーモマニューバのコクピットに昇りかけていたジャンガル自身もレイガンを引き抜き、オークを狙い撃つ。
ルビー色の光線がオークに叩きつけられるも、交差するように構えられた太い腕の筋肉を貫く事ができない。
生体装甲とも言えるほどに強靭な表皮を持つオークに致命傷を与えたいなら、対物兵器の類が必要になる。
レーザートーチを転用した小型レイガン如きでは、ちょっと火傷を作るくらいしかできないのだ。
「うらあぁぁっ!!」
ほとんど空気が抜けた格納庫へオーク戦士はウォークライを上げながら飛び込むと、竜巻の如く豪腕を振り回した。
「おぶっ!?」
「ぐげっ!?」
荒れ狂う筋肉の暴風に、ノーマルの
鉄拳の標的となった二人の部下は、見るからに危険な角度で体を捻じ曲げて吹き飛んだ。
辛うじて生きている、生きてはいるが死んでいないだけという状態はオーク戦士の絶妙な手加減の結果なのだが、圧倒的な暴威に曝された側には、そこまで察する余裕はない。
「うおぉっ!!」
「食らいなさいよっ!」
無事な最後の部下とエディが悲鳴のような叫びをあげて、テイザーガンを放つ。
「ふっ!」
オーク戦士は両腕を突き出すと、肘から下をそれぞれ旋回させた。
流麗とも言える動作で繰り出された見事な回し受けが、二発のテイザーガンの弾頭をあっさりと弾き飛ばす。
続けて繰り出した直蹴りがエディの腹にめり込み、煩わしい虫を払うかのような手付きの手刀が最後の部下を打ち据える様を目の当たりにし、ジャンガルの恐怖は頂点に達した。
「ひっ、ひいぃぃっ!?」
裏返った悲鳴を上げながら、アーモマニューバのコクピットに逃げ込む。
常在戦場が旨のオークの戦闘機らしく、幸いにも機体はアイドリング状態だ。
最早、部下も長く付き合った相棒も見捨てて、逃げ出すしかない。
ジャンガルは怯えと焦りに震える手で操縦桿を掴むと、闇雲にペダルを踏み込んだ。
機体後部に設置された主推進機に、それと同等の出力を持つ三本の腕の副推進機、計四発のスラスターが同時に咆哮を上げる。
朱のアーモマニューバは機体を固定するロックアームを引きちぎり、弾き出されるような勢いで虚空へ飛び出した。
同時に過酷すぎる加速のGがジャンガルの意識を刈り取った。
SIDE:戦士 カーツ
人の船の格納庫をぐちゃぐちゃにした挙句『
そこにはトーン09の警備を疎かにしてしまった事への自省も混ざっている。
オークの船である事を明示しておけば妙なちょっかいを掛けてくる馬鹿も居るまいと思っていたのが俺のミスだ。
馬鹿は信じられない事をやらかすから馬鹿なのだ。
「えぇい、くそ……」
スラスター全開で直進する『
ブートバスターが叩き出す推進力は、耐Gシートに座っていても体が埋まり込んでしまう程の代物だ。
振り落とされずに済んでいるのは、類まれなオークの腕力のお陰である。
磨き上げられて手掛かりの少ない『
加速しながらもキャノピーが開きっぱなしになっている事を訝しく思いながら、ハッチの縁に手を掛ける。
「せぇいっ!」
ハッチの縁を掴んだ手を支点に、馬飛びのような動作でコクピット内に飛び込みつつ回し蹴りを放った。
右足の甲にヘルメットのシールドと、その下の鼻っ面を砕く感触が伝わってくる。
他の連中には多少の手加減をしたが、俺の愛機を盗もうとした奴にまで容赦してやる必要は感じない。
どこのどいつがこんな馬鹿を画策したのか尋問しなくてはならないが、別に歌わせるのはこいつでなくても構わないのだ。
オークの全力キックなら
最低限の加減をしたキックで、盗人は完全に制圧された。
陥没したヘルメットのシールドから血の泡を零しながら全身を痙攣させる盗人の上に腰を下ろし、操縦桿を握って気付く。
「こいつ、まさか加速のGで失神してたのか?」
ピンと伸びたまま硬直した足がペダルを深く踏み込んでいた。
キャノピーが開きっぱなしだったのも、当人に意識が無かったからだろう。
「操縦以前の問題の癖に、ブートバスターを持ち出そうとするんじゃねえよ」
ペダルに乗ったままの盗人の足を蹴り出しつつ吐き捨てた瞬間、コンソールに緊急警報が表示された。
「何っ!?」
タキオンウェーブの検知によるジャンプアウト警報。
つまり、何かがここにジャンプしてくる。
「くそっ! 何てタイミングだっ!」
操縦桿を倒し全力でターンを行うも、遅い。
俺の目の前に白い壁が出現した。
30メートル級の戦闘機とは比べ物にならない程に巨大な船の船腹だ。
「うおぉぉっ!!」
三本の武装腕のスラスターも用いたブートバスターならではの強引なベクトル変更ですら足りない。
今の『
「えぇいっ!
激突は不可避、俺は回避運動を諦めると武装腕に搭載された
直後、朱色の矢じりのような『
ちょっと手間取りました。
花粉の薬を飲んでると脳がぼやっとしていけませんね。