スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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ダンディナイトとオールドレディ

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 移動しながらも携帯端末を用いてボンレーとの情報連携は済んでいる。

 ジョゼとペールに加えてステラも引き連れたピーカがブリッジに飛び込んだ時には、トーン08は緊急出航の準備を整えていた。

 

「ボンレー、戦闘機隊は?」

 

「シミュレーション中でしたので、そのまま機体内で待機しております」

 

「それじゃ、ノッコは『夜明け(ドーン)』を追って。

 ベーコ達三人はトーン09を再制圧をお願い、ベーコは戦闘機に乗ったまま外から警戒を担当、フルトンとソーテンが中に突入。

 フィレンも突入班に入って」

 

「はっ! 承知しました!」

 

 キャプテンシートへ滑り込んだピーカの指示に、フィレンは勇んで飛び出していく。

 散歩を前にした犬の尻尾の如く揺れる弁髪を見送る間もなく、ピーカはキャプテンシートに付属した小型コンソールに指を走らせた。

 手元に小さなホログラフモニターが展開し、情報が表示される。

 

「1200メートル級の大型輸送船(エクストラカーゴ)? 中々の大物じゃない」

 

 船腹に『夜明け(ドーン)』が突っ込んだ巨船の観測データだ。

 

「『二代目・貴人の装束(ガーブ・オブ・ローズ・セカンド)』、フェンダーファミリーの旗艦、お婆様の船よ」

 

「ふぅん、気取った名前だけど、いい船ね」

 

 氏族のコードと所属ナンバーだけの船を乗り回している姫は、小洒落たネーミングよりも性能の方が気に掛かっている。

 

「改装して簡易空母として扱ってるのかな、このクラスの巨船ともなればそこらの正規空母にも張り合えるんじゃない?」

 

「まあね!」

 

 ピーカの分析に、ステラはそこそこは有る胸を自慢げに張る。

 ステラよりも数段育った胸の前で腕組みした姫は、船窓に張り付いたペールに声を掛けた。

 

「ペール、どんな感じ?」

 

「はい、姫様」

 

 ドワーフの航海士(ナビゲーター)は顔の上半分を覆う遮光ゴーグルのシャッターを開き、鋭敏な視力で巨船を観察している。

 

「『夜明け(ドーン)』はギリギリまで減速しようとしてたみたいですね。

 緩衝材代わりに斥力腕(リパルサーアーム)も併用したんでしょう、アーモマニューバの衝突にしては小さい破孔で収まってます。

 爆発した様子もありません」

 

「そっか。 うーん……」

 

 ペールの報告を受け、ピーカは小さく唸った。

 キャプテンシートのサブモニターを覗き込んでいるステラをちらりと見る。

 

 ジャンプアウトしてきた巨船に突っ込む大事故ではあるが、お目付け役の腕前と航海士の見立てを合わせて考えればカーツは無事だろう。

 むしろ、その後の顛末をどう片付けるかが問題だ。

 ピーカの頭の中に浮かんだプランは大まかに分けて二つ。

 殴りあうか、話しあうかだ。

 

 

 

 略奪種族であるオークには、他者から奪う事への躊躇いはない。

 トーン=テキンのような古株の大氏族ならば略奪の作法も出来上がっている。

 先日出くわしたシャープ=シャービングとかいうチンピラ氏族のように一切合切を根こそぎ奪おうなどとはしないのだ。

 奪いつくさず、再起できるだけの余地を残しておくのが、大氏族のオークのやり方である。

 そうすれば、そのうち獲物はまた肥え太ってくれる。

 完全に相手を追い詰めはしない「略奪の作法」は、時折発生する優しすぎる個体や考えすぎる個体への精神的なケアの一面があった。

 それゆえ、氏族の次世代の長として「作法」を学んだピーカも、縁が生じたステラの一党を略奪対象に据える事へ忌避感を覚えない。

 自らと似た立場のステラに親近感を感じながらも、それはそれとしてターゲットにできるのだ。

 

 勝算もある。

 ステラの実家の船『二代目・貴人の装束(ガーブ・オブ・ローズ・セカンド)』号は大した巨艦だが、その船腹にはピーカが何よりも信頼する戦士がすでに潜り込んでいる。

 空母として高い能力を持つと思われる『装束(ガーブ)』だが、『夜明け(ドーン)』が突き刺さっているのは丁度格納庫の辺りだ。

 中でカーツが暴れまわれば、艦載機の発進も行えまい。

 後は外からノッコ達の戦闘機で攻撃すれば、何とでもなる。

 

 この戦術構想が皮算用であると、ピーカ自身認識していた。

 相手の戦力をかなり低く見積もっている。

 カーツは非凡な戦士だが、彼に匹敵する敵手が存在しないとも限らない。

 理性ではそう分析しているが、感情がその判断を却下したがっていた。

 

 どんな敵だろうと「あたしの戦士」は負けない、絶対に勝つ。

 

 理屈など抜きに、ピーカはそう確信している。

 自分が「手に入れたい男」が銀河最強の戦士であると信じる姫の想いは「手に入れたい女」が銀河最高の為政者であると信じる戦士と、どこか似通っていた。

 

「……うん、ダメね」

 

 だからこそ、ピーカは殴るプランを却下する。

 

 母から持たされた最強の切り札(ジョーカー)は強すぎて、何も考えずに出すだけで大抵の相手を叩きのめしてしまう。

 素晴らしい事ではあるが、それではピーカが学ぶ機会が失われる。

 カーツに諭された「将の勝ち方」には、ただ強い手札を切っているだけでは到達できまい。

 最強の戦士が居るからこそ、彼に頼り切らないやり方を身に付けなければならない。

   

「ステラ、お婆様との繋ぎをしてくれない?

 故意にぶつかった訳じゃないって判って貰わないと」

 

「あ、うん、任せて!」

 

 目の前のやたらと発育のいい少女の頭の中で、危うく実家ごと略奪対象認定されかかっていた事などステラには判らない。

 ピーカの頼みにステラは素直に頷いた。

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

「よっこい……せっ!」

 

 バーベル上げの要領でキャノピーを押し上げると、コクピットハッチは軋みながら展開した。

 覆い被さるように積もっていた船殻の残骸が甲高い音を立てて床に落ちる。

 比較的安価な回転式とはモノが違う、高価な疑似重力発生装置を備えているようだ。

 体に明確な重みを感じる。

 

「あーあ、酷い目にあったぜ……」

 

 衝突の瞬間、開きっぱなしのハッチを閉じて斥力腕(リパルサーアーム)を展開したのは正解だった。

 船腹を突き破るだけの勢いが付いていたとはいえ、ハッチが開いていてはコクピット内に外殻の破片が飛び込んできて潰されかねない。

 

「ったく、綺麗に磨いてたのに」

 

 突き破った装甲の破片で傷だらけになってしまった愛機のノーズに、思わず嘆きが漏れる。

 シートに埋まったまま血泡を吹いて半死半生になっている馬鹿野郎を睨みつけた。

 

「この野郎には絶対ケジメを付けさせるとして……」

 

 馬鹿から視線を外し、周囲を見回す。

 船倉か格納庫と思しき、広い空間。

 

「先に片付けなきゃならない面倒ごとがあるな」

 

 見上げた先から、吹き付けてくる静かな殺気。

 高い位置に通されたキャットウォークに一人の男が佇み、俺を見下ろしていた。

 長身に黒い軽宇宙服を着込み、グレーのコートを羽織っている。

 右肩にストラップで箱型のケースを吊り下げていた。

 

「鉄砲玉の類かね、君」 

 

 錆びた声音は老いによるもの。

 逆光ながらも頬に走る皺と、オールバックに整えた銀の髪は見て取れる。

 素顔を晒したオークを相手に、怯みも怯えもしない自然体だ。

 無意識に頬が吊り上がるのを感じる。

 

 佇まいだけで、確信できた。

 この老人は強い。

 

 見た所、大規模な機械(サイバネ)化も遺伝子改造も行っていない、ごく普通の地球系人類(アーシアン)に見えるがそれは彼を侮る理由にならない。

 オークの腕力、敏捷性、頑強さは大きなアドバンテージではあるが、使いこなさなければ宝の持ち腐れ。

 戦闘において最も勝敗に直結するのは技術であり、戦術だ。

 その点で、この老人は俺より優位に立っている。

 見下ろす彼と見上げる俺、肉体能力の差すら埋めてしまうファクターは、距離と高さだ。

 距離も高さも、戦場では重要な武器である。

 遠隔武器を備えていれば、距離があればそれだけ攻撃のチャンスが増える。

 そして、疑似重力があるこの船倉で高みから打ち下ろせば、それだけ威力も上がる。

 彼が肩に担いだケースに何が入ってるのか知らないが、ライフルであれランチャーであれ無手の俺を一方的に撃ちまくれるだろう。

 

 有利な地点を占める老人に対して、俺はまっすぐに顔を向けた。

 

「いいや、これは純然たる事故だ。

 あなた方を害する気はない」

 

 吹き付ける心地よい殺気に胸が躍る戦いの予兆を感じながら、俺は自らの戦意を抑えつけて静かに述べる。

 

「ほう? オークが一人で飛び込んでくるなど、他の要件はないと思っていたのだが」

 

 意外そうに言う老人に肩を竦めて見せた。

 実際、普段ならこのまま暴れ倒して船の制圧を目指すのもひとつの手段ではある。

 しかし、今の俺達は姫様を抱えている。

 姫様がおられる以上、偶発的な略奪行など以ての外。

 入念な調査を行い、確実な勝利を得られる算段を付けなくてはならないのだ。

 ゆえに、ここは拳よりも口を使う必要がある。

 

「もう少し市場から遠くにジャンプアウトしてくれれば、突っ込む事もなかったんだが」

 

「市場の近くでアーモマニューバをかっ飛ばすのも、如何なものかと思うがね」

 

 寒々しい笑いが俺と老人の口から漏れる。

 ひとしきり笑うと、俺は『夜明け(ドーン)』の耐Gシートからぐんにょりと脱力した馬鹿者の体を引っ張り出した。

 

「船の損傷に関しては、こいつに支払わせよう。

 こいつが俺の愛機を盗み出そうとしたのが、この騒ぎの原因なんだ」

 

「ふむ? 息はあるのかね?」

 

「一応な」

 

 砕けたヘルメットのシールドからボタボタと血泡を垂らしている馬鹿を、格納庫の床にどちゃりと放り投げる。

 

「それなら、その方に死なれては困りますね」

 

 しわがれながらも静謐な声と共に、キャットウォークに新たな人影が現れた。

 かつりかつりとヒールの音を立てて歩み寄る相手に、初老の男は片膝を突く。

 

「これはマダム」

 

「ハマヤー、貴方の立場なら一番に駆けつける事もないでしょうに」

 

「他に能もありませんので」

 

 初老の男に貴人への姿勢を向けられる人物もまた、年経ていた。

 灰色に染まった髪を後頭部で高く結い上げた老女は宇宙船の中とも思えないクラシカルなドレスを纏っている。

 大きく膨らんだスカートのデザインは、トーロンが好む古臭い映画の中でしか見れないような代物だ。

 髪色に合わせたグレーのドレスは古めかしいスタイルと相まって、奇妙な貫録を感じさせる。

 灰の老女は黒衣の老人を脇に従え、俺を見下ろした。

 

「御機嫌よう、オークさん。

 高い所から失礼」

 

「お気になさらず、マダム。

 もしや、フェンダーファミリーの御方でしょうか」

 

 老女の顔を見上げて、俺は質問を発する。

 その面には年輪を重ねて多くの皺を得ながらも、ステラの面影が残っていた。

 老女は瞳を糸のように細めて温厚そうに微笑むと、スカートの端を両手で摘まみ、わずかに腰を落とす大仰な挨拶(カーテシー)を行った。

 

「ええ。 フェンダー家棟梁、テレジア=フェンダーと申します」

 

 古めかしい作法の挨拶に俺もまたオークの作法、胸を張った仁王立ちで応じる。

 

「トーン=テキンが戦士カーツ、お初にお目にかかります。

 我らと盟を結んだ友、ステラ殿よりお噂は伺っております」

 

「あら」

 

 笑みの形に細められた老女の瞳が、刃物のように光ったのを感じる。 

 

「あの子ったら、こんな頼もしい殿方とお友達になったのね」

 

 大規模銀河放浪者(アウタード)ファミリーの長は、口元に手を当て上品に笑った。


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