スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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御禁制

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ジョゼ

 

 宇宙空間に適応した強化人類といえど、トレーニングなしでは筋肉は鍛えられないし、怠ければそれだけ衰えていく。

 憧れのマッチョダンディな肉体美とまではいかずとも、宇宙生活者(スペースマン)には最低限の筋肉が必要だ。

 その一方で、無重力空間は筋トレを行いにくい環境である。

 自然な重力による荷重の恩恵を得られないため、バーベルやダンベルを用いたメジャーなトレーニングの効率が著しく低下してしまうのだ。

 そのため人工重力発生器の類を持たない多くの宇宙船では、スプリングや圧力を利用したピストンシリンダーのトレーニング器具が使用されていた。

 トーン09に設置されたトレーニングマシンも、ピストンシリンダーで負荷を掛けるタイプである。

 

「はひぃ……ひぃ……」

 

 バーベルスクワットに似た効果をもたらすピストンシリンダー式トレーニングマシンに架けられたトーロンは、今にも死にそうな鼻息を漏らしながら、汗だくでスクワットを繰り返している。

 すぐそばで腕組みしたフルトンはドリルインストラクターよろしく檄を飛ばした。

 

「あごがでてるッス! もっとあごひいて! ほら、わんもあせっ!」

 

「ひぃぃ……」

 

 トレーニングマシンのオペレーターシートに小振りなお尻を載せたジョゼはコンソールに頬杖をついて、涙目でしごかれているトーロンを眺めていた。

 

「フルトンくん、負荷増やす?」

 

「ひぃっ!?」

 

「んー、このままでいいッス、かわりにあと3せっとッス!」

 

「うひぃぃ……」

 

 フルトンら突入班によりトーン09のブリッジで失神している所を発見されたトーロンは、カーツとノッコの指示でトレーニングを施される事になった。

 裏方のオークテックとはいえ、お留守番もできないのは困る。

 格納庫で半死半生で発見された賊の装備からして、兵卒級のオークなら一人でも十分制圧できるような相手だ。

 戦士向けの性格ではないとはいえトーロンも優れた肉体を持つオーク、チンピラに負けない程度の戦闘力なら短期間の訓練でも得る事ができるだろう。

 

「今はブリッジにフィレンくんも居るけど、戦闘機が手に入ったらフィレンくんも外担当になるだろうからね。

 トーロンくんはブリッジ要員だから、お姫の最後の盾になるんだよ、ちゃんと鍛えなきゃ」

 

「は、はい……がんばり、ますぅ……」

 

 したり顔で説教めいた事を言うジョゼに、トーロンは荒い息の中から何とか返答した。

 ちなみにジョゼ自身は自分が盾になる事など考えていない。

 戦闘力などまったくないと自覚しているし、周囲のオーク達もトロフィーである彼女に戦わせるつもりはなかった。

 オークにとってトロフィーとは手にすべき栄誉であり、護るべき宝なのだ。

 戦闘部隊のナンバー2を張り、ドリルインストラクターも務めているトロフィーという例外中の例外もあるが。

 

「トーロンくんはともかく、ボンレーさんの方はいいの?

 トーン08のブリッジって基本ボンレーさんしか居ないじゃない、襲われても大丈夫?」

 

「あー、それなら……」

 

「ボンレーの兄貴なら、心配ねえよ」

 

 トーロン用のトレーニングプランをタブレット端末に纏めていたベーコが口を挟む。

 

「あの人はさ、望めば戦士の位も得られるような歴戦の猛者なんだぜ。

 俺らが束になったって敵わないくらい強ぇんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 ジョゼにとって、ボンレーは怖い顔つきとは裏腹に甘い物好きの優しいおじさんであり、オークながら勇猛さといったものには縁遠いイメージであった。 

 

「じゃあ、トーン08は安心だね。

 トーロンくんもボンレーさんまでは行かなくても、しっかり強くなってもらわないと」

 

 ジョゼはベーコから受け取ったトレーニングプランをオペレーター端末にインプットしていく。

 見た所、ノッコからベーコ達自身に課せられたトレーニングの5割増しくらいハードな内容だが、オークはタフなので大丈夫だろう。

 

「頑張れ、トーロンくん!」

 

 ジョゼは軽やかな手付きで、トーロンを地獄へ叩き込むトレーニングプランを入力した。

 

 

 

 

 

SIDE:フェンダーファミリー次期棟梁 ストレイシア=フェンダー

 

 ステラは生まれ育ったフェンダー家を愛しているが、最近は息苦しさ、居辛さを感じるようになっていた。

 無邪気な子供の頃は気付かなかった家中での祖母の存在感と己の立場を、成長と共に実感してしまったからだ。

 

 ステラの祖母でありフェンダー家現棟梁を務めるテレジア=フェンダーは、一言で言うならば女傑であった。

 通り魔に襲われるかの如き理不尽な事件で一家の旗艦と当時の棟梁が失われ財力も権勢もボロボロになった状態のフェンダー家をテレジアが継承したのは、今のステラの年頃であったという。

 断絶寸前であったフェンダー家を、若き棟梁は一代で立て直した。

 他家との抗争で娘夫婦が犠牲になった不幸を始めとする数多くの困難を乗り越え、テレジア率いるフェンダー家は没落前以上の権勢を獲得するに至ったのだ。

 

 偉業と言っても過言ではない祖母の業績を理解できる年齢になった時、ステラは戦慄と恐怖を覚えた。

 お婆様は凄い、とても真似できる気がしない。

 ステラの最大の才は、己の身の程を理解している事であった。

 自分は偉大な祖母を持つ凡人に過ぎないと、虚飾なく判断していた。

 

 それゆえに不安が生じる。

 傑物すぎる祖母の跡を自分が継げるのだろうか、祖母と比べて無能すぎると皆に見限られるのではなかろうか。

 ステラは古参の構成員が自分を見る目に、品定めするような色を感じるようになっていた。

 年の近い者を集めてステラ爆音隊などという自らの親衛隊を作り、さらにはフェンダー家没落の原因となった銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)を勢力下に治めようなどと考えたのは、実績を示さねばならないという強迫観念からであった。

 

 とはいえ、世の中は厳しい。

 成果を示すどころでは無く、実家に出戻る羽目になってしまった。

 急に迎えが来たからというのは理由にならない。

 息巻いて飛び出したくせに何も為す事ができなかったという結末は、ステラを大いに消沈させていた。

 そして今、目の前にはステラの精神をさらに追い込む存在が居る。

 

 涼しい顔で『装束(ガーブ)』の応接間で寛ぐピーカの一党だ。

 先日、ステラの持ち船に紹介した時よりもオークが一人増えている。

 クルーカットの精悍なオーク、カーツの部下であるという弁髪のオークはフィレンというらしい。

 筋肉の柱の如き巨漢のオーク二人は、ピーカ達が座るソファの後ろから無言で威を放っていた。

 ソファに並んで座るピーカの左右には、お付きのドワーフとフービット。

 嬉々として茶菓子のマドレーヌを口に運んでいるフービットが特に拙い。

 一家にとって因縁の有りすぎる相手であるフービットの存在に祖母がどう反応するのか、ステラは戦々恐々としていた。

 

「まあ、トーン=テキンの……。ゲインさんはお元気かしら」

 

「先代ですね、もう随分前に亡くなったそうで、あたしも会った事がありません」

 

「あらあら……恒星に放り込んでもケロリとしてそうな殿方でしたのに」

 

 気を揉むステラを他所に、祖母はどこか懐かしそうにピーカと言葉を交わしている。

 ピーカの一家の詳細をステラはまだ聞いていないが、祖母と縁があったのだろうか。

 自分の分を平らげ、ドワーフのマドレーヌにまで手を伸ばすフービットにちらりとも目を向けていないが、大丈夫なのだろうか。

 無言で視線ばかり動かしているステラに、ピーカはにんまりとした笑みを向けた。

 

「な、何よ……?」

 

「いやあ、結構似合ってるなあって思って」

 

 今のステラは、祖母の趣味で淡いブルーのドレスを着せられている。

 背中を露出するホルターネックのすっきりした上半身とは裏腹に、下半身はいくつもの生地を重ね合わせて複雑に膨らんだティアードスカートというアンバランスなデザインのドレスを調和させているのは、輝く長い金髪。

 ステラ自身の髪で作られたエクステが少年のように刈り上げた短髪を覆い隠し、愛らしさと背伸びをした色気の同居する可憐な令嬢を演出していた。

 

「ステラさん、可愛いでしょう?

 中々着飾ってくれないのよねえ。 あたくし、たくさん衣装を用意していますのに」

 

「勿体ないなあ。 着飾るくらいいいじゃない、これもお婆様孝行だよ、ステラ」

 

「やだよ、もう……」

 

 結局、ピーカ一党とフェンダー家の初会合は、ステラの着せ替えをネタにした和やかな懇談会で終わってしまった。

 決まった事はエディジャンガルファミリーを合同で絞り上げようという事だけ。

 修繕費に迷惑料、何よりもケジメの代金と請求するネタには事欠かない。

 邪悪そのものの笑みを浮かべながらエディジャンガルファミリーを破産させる算段をつける祖母とピーカに、ステラは戦慄を抑えきれなかった。

 

「面白い方と縁を結びましたわね、ステラさん」

 

 客人が辞した後、テレジアは楽しげに微笑んだ。

 

「……お婆様は、ピーカの実家とお知り合いだったのですか?」

 

「商売敵の方ですけどね。

 ゲインさんには結構追い詰められたのですよ、ハマヤーが居なければ、あたくし危うくトロフィーにされてしまう所でしたもの」

 

 祖母の背後にずっと佇み、オーク戦士達と威圧しあっていた老執事が無言で頭を下げる。

 

「トロフィーって……オークの風習の?」 

 

「あら、気付いてなかったの? あの子はオークのお姫様ですよ」

 

 あっさりと言うテレジアにステラは目を丸くした。

 

「え、え!? オークって、雄だけの種族なんじゃないの!?」

 

「時たま女王が産まれると聞いています。

 オークにとって貴重らしく、外には出さないはずなんですけど。

 二代に渡って姫が産まれると、考え方も変わるのかもしれませんね」

 

「オーク……オークだったのかあ……」

 

 ステラは小さく繰り返しながら、ピーカの浮世離れした行動に一種の納得を感じていた。

 

「じゃあ、あのフービットもトロフィーなのかな……。

 だから大人しいのかな?」

 

「かもしれませんね」

 

 傍目にもガチガチに緊張していたドワーフ娘の分にまで手を出した挙句、マドレーヌを三度もお代わりしたフービットを思い出す。

 余りにもマイペースな肝の太さは従属してるようにはとても見えなかったのだが、何か彼女を縛るものがあるのだろう。

 

「お婆様はフービットを嫌うかと思って、心配してました」

 

「嫌いですよ? ですが、あのフービットが癇癪を起したとしても、被害に遭うのはピーカさんですから。

 こちらに害が無いのなら、別にどうでも」

 

「お婆様はピーカを気に入ってらっしゃるように見えましたが」

 

「それはそれ、です。

 彼女も一党を率いているのなら、何かあった時の責任を負うのは当然ですよ」

 

「……私は、その責任すら、まだ任せられないんですね」

 

 祖母が自分を回収に来たのはそういう事なのだろう。

 しかし、がっくりと沈み込む孫に、テレジアは首を振った。

 

「一党を率いて外で修業をするのは良い事ですよ。 まあ、今更こんな小さな市場は要りませんけど。

 貴女を迎えに来たのは、面倒事がこの辺りで発生してしまう可能性があったからです」

 

「面倒事?」

 

 首を傾げるステラに、テレジアは大きな溜息を吐いて応える。

 

「フェンダーファミリーに草鞋を脱いだ新参が、御禁制の品を持ち込んでいました。

 しかも、追及されたら品を持って逐電する有り様です。

 通信記録から、どうもこの市場で捌こうとしていたようなので、念のため貴女を保護したのですよ」 

 

「御禁制って……私達、無法が掟の銀河放浪者(アウタード)ですよ、そんなの」

 

「それでも、手を出してはならないものがありますよ、ストレイシア」

 

 テレジアは孫を愛称ではなく本名で呼ぶと、まっすぐに見据えた。

 

「馬鹿な新参が扱っていたのはバグセルカーの(コアユニット)です。

 ほんのひと時とはいえ、我が家に属していた者がそんな代物を扱っていたなど許せる事ではありません。

 ケジメを付けなくては」

 

「バグセルカー!? 馬鹿じゃないの、そいつ!」

 

 忌まわしい名に、ステラは裏返った声を上げる。

 宇宙蛮族として忌み嫌われるオークですら、その殲滅には手助けを惜しまない宇宙害虫。

 バグセルカーとは、全ての宇宙生活者(スペースマン)の敵である。


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