スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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インキュベーション

SIDE:エディジャンガルファミリー頭目 エディ

 

「別に貴方達を干乾しにしようって訳じゃないのよ?

 でも、お咎めなしで済ますわけにはいかないって、判るでしょう?」

 

「はい……そうですね……」

 

 笑みを含んだ少女の言葉に、エディは言葉少なく頷くしかない。

 彼女の腹心であるオーク戦士のキックで砕かれた肋骨は、固定帯で締めあげていてもズキズキと痛む。

 それでもオーク達の船に潜入したメンバーの中では最も軽傷かつ立場が上であった為、賠償に関する話に引きずり出されていた。

 

 背丈の割に豊かすぎる胸を揺らしてご満悦の少女頭目を、意気消沈しながら自らのアジトである持ち船へ案内する。

 反抗の意志など持ちようもない。

 少女の背後には弁髪のオーク戦士が控え、エディ自身の後ろからは彼の肋骨を粉砕したオーク戦士が監視している。

 おかしな真似をすれば、今度は肋骨だけではすまない目に遭うだろう。

 

「まあ、何かあたし達好みの持ち物が有ればいいんだけどね。

 そしたら、それで勘弁してあげる。

 命が有るんだからいいでしょう?」

 

「はい……」

 

 好き勝手な事をいうメスガキにロクに言い返しもできない。

 相棒ならば、あの無駄に馬鹿でかい乳を揉みしだいて大人というものをわからせようとでも考える所だが、そのジャンガルは顔面を半ば粉砕された挙句フェンダーファミリーに引き渡されている。

 エディとしては、これ以上痛い目に遭うのは御免であった。

 

「うちの船はあれです……」

 

 停泊する自分達の貨物船を力無く指差した時に、異変が生じた。

 数隻隣に停泊していた他所の輸送船が、突然メインスラスターを吹かし始めたのだ。

 

「なっ!?」

 

 エディだけでなく、オーク達にも緊張が走る。

 船を桟橋に固定するアンカーや、エアロックに繋がれた接弦スロープも接続したままで動き始めるのは明らかに異常事態だ。

 無理やりの発進を行う輸送船に接続した通路から、右肩を押さえて脱力した女が弾き出されるかのように遊泳してくる。

 クルーカットのオーク戦士が受け止めると、ボサボサの髪の隙間から顔を検めた。

 

「ステラの所の用心棒?」

 

 

 

SIDE:フェンダーファミリー郎党 レジィ=ギーブス

 

 護衛対象であるステラと違い、レジィは雇い主の出戻りを歓迎していた。

 お陰で憧れの人々の近くで働ける。

 レジィがフェンダーファミリーに草鞋を脱いだのは、現当主テレジア=『女男爵(バロネス)』=フェンダーとその腹心バック=『金管翁(クラリオン)』=ハマヤーの熱烈なファンであったからだ。

 伝説的な銀河放浪者(アウタード)として名を馳せた二人は、レジィにとって憧憬と崇拝の対象である。

 その二人に任されたからにはステラのお目付け役もやぶさかではなかったが、憧れのスターダムの傍で働ける喜びには代えがたい。

 

「まあ、お嬢も頭冷やすにはちょうどええやろ」

 

 レジィの目から見たステラはテンパって無理な背伸びをした、只の小娘に過ぎなかった。

 偉大な祖母が業績の第一歩を刻んだ年となり、焦りの余りに飛び出して自分も一旗上げようと志したのは、まあ判らない話ではない。

 ステラ爆音隊(ボンバーズ)などという黒歴史染みたネーミングは、後々まで弄るネタにできると考えてはいたが。

 

 何にせよ、一度は外の世界に触れたのだ。

 その見聞を活かして己の身の丈を省みれば、テレジアには及ばないにせよステラもフェンダー家を導いていけるとレジィは踏んでいた。

 その時、成長したステラを脇で支えるのも悪くはない。

 レジィが慕ってやまない銀河を貫く息吹の男ハマヤーのような、頼れる腹心として。

 

「それなら、ウチもずっとお嬢の傍に付けて貰えるよう、手柄立てんとねえ」

 

 執事長たるハマヤーに命じられたド阿呆の捜索任務は、手柄稼ぎに丁度いい。

 バグセルカーを商品にしようとするような阿呆でも、その危険性は知っていよう。

 扱いは慎重なはずで、それならば危ない事もない。

 そんな甘っちょろい事を考えていたのが一時間前。

 

「孵化しとるやないのー!?」

 

 バグセルカーの卵は、しっかりとド阿呆達の船に根付いてしまったらしい。

 しかも持ち込んできたド阿呆どもの脳を完全に乗っ取り、移送用犠牲者セット(ヴィクティムカーゴ)と呼ばれる最悪な状態にまで至っていた。

 明確な意志が感じられない緩慢な動作の犠牲者達は、邪魔者目掛けて手にしたレイガンを撃ちまくる。

 赤いレーザーの射線に追い立てられながら、レジィは毒づいた。

 

中央星域(セントラルセクター)の都会モンか、あいつら!

 物知らずのド阿呆共が!」

 

 辺境に比べると中央星域(セントラルセクター)ではバグセルカーの脅威は甘く見られていると、レジィも噂に聞いた事があった。

 それで我が身が脅威に曝されるとあれば、とても笑えない。

 辺境の人々がバグセルカーの撲滅に励んでいるから、中央は安穏としていられるというのに。

 

 バグセルカーの起源は古い。

 その昔、人類が母なる星を飛び出し星の彼方へと広がっていく銀河大航海時代が到来した頃にまで遡る。

 銀河の果てすら目指す開拓者達は、常に足りないリソースに悩まされていた。

 広大で過酷な宇宙空間に対して、余りにも脆弱な人体というリソース。

 宇宙船や開発基地の製造に必要な物資というリソース。

 もっと先へ、遥か先へと飛翔したくとも、物理的な限界が常に付きまとう。

 

 古の開拓者達は様々な手段でリソース不足への対処を行った。

 弱い人体の限界を乗り越えるため我が身に遺伝子改良を施し、少しでも宇宙に適応した肉体を得ようという試みは、やがて数多くの強化人類(エンハンスドレース)を生み出す事に繋がる。

 そして、物資不足に対する答えのひとつが、バグセルカーの原型であった。

 

 足りない物資を何とか手に入れたい。

 最も簡単なのは、他所から奪ってくる事だ。

 こうして宇宙海賊の類が発生する訳だが、バグセルカーを産んだ連中はもっと横着であった。

 海賊行為を行わずとも、自動的に資材を持ってくるように仕向けられないか。

 そんな都合の良すぎる発想から誕生したのが、攻勢ナノマシンであるバグセルカーだ。

 

 その特性は侵食と帰巣、そして自己複製。 

 豆粒ほどのサイズの金属殻に本体であるナノマシンを封入したバグセルカーの基本ユニットは俗に卵と称される。

 あちこちの航路にばらまかれた「卵」は通行する宇宙船に付着すると、ハッキングプログラムを流し込んでコンピュータを侵食し、自分たちの創造主の元への帰還を開始するのだ。

 当然、船のクルーはコンピュータの制御を奪い返そうと対処を行おうとするが、バグセルカーが忌み嫌われる最大の特性がここで発揮される。

 

 バグセルカーが侵食するのはシリコンチップだけではない、生体脳もその対象である。

 脳を侵食された乗員は、バグセルカーの傀儡としてコンピュータを制圧された船を操り、自らを含む獲物を持ち帰るのだ。

 当然、こんな無法以前の外道なやり口がいつまでも続く訳がない。

 ジャンプアウトに伴うタキオンウェーブの残滓から資材収集宙域を割り出された結果、バグセルカーを製造した小開拓団は完全に殲滅されてしまった。 

 

 だが、自らを生み出した主達が滅ぼうとも、散布されたバグセルカーは止まらない。

 捕獲した各種の金属資源や炭素資源を元手に、より効率的に自己改良したバグセルカーを生み出して更なる資源を集めて蓄積する。

 収集ポイントを狙う不埒者に対応するため、資材を使って要塞を作る。

 邪魔が入るなら資材を一時的に組み換え、戦闘的な形態で排除する。

 全ては命令のままに。

 収集と蓄積を続け、ひたすら増殖し続ける永遠の収穫者、それがバグセルカーだ。

 

 そんな収穫劇の一幕が、この小さな銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)でも繰り広げられようとしていた。

 

「えぇい、ジャミングで通信機が役に立たん……うぎぃっ!?」

 

 射掛けられるレーザーを避けながら通路のフレームを蹴るレジィは、痛覚をカットしている機械の右腕に異様な痛みを感じて悲鳴を上げた。

 恐る恐る見れば、肘の辺りに指先大の金属片がめり込み、蠢いている。

 

「う、嘘やろぉ……」

 

 レジィは腫れぼったい垂れ目を絶望に見開き、呻いた。

 生体は機械に比べてバグセルカーに侵食され難いが、サイボーグは別だ。

 機械と生体脳がパッケージングされたサイボーグは、バグセルカーにとって最も美味しい獲物と言える。

 国家予算を投入されたハイエンドモデルである宇宙騎士(テクノリッター)の防護障壁ならともかく、場末の闇医者で改造を施したレジィのようなチンピラサイボーグには抵抗手段もない。

 

 本来感じないはずの痛みが腕を這い上がってくる恐怖に、レジィは肚を据えた。

 己がバグセルカーの一部に成り下がり、タンパク質素材にされてしまう前に、誰かに状況を知らせなくてはならない。

 バグセルカーは宇宙生活者(スペースマン)にとって共通の脅威、誰であっても協力してくれるだろう。

 そしてハマヤーに伝われば、必ず上手く始末を着けてくれる。

 憧れの英雄に討たれるなら、一匹の銀河放浪者(アウタード)の最後としては上の上だ。

 

「なら、誰かに伝えんと!」

 

 レジィは強く床を蹴り、一直線の遊泳を開始した。

 回避をかなぐり捨てた速度優先の動きでは、レーザーの弾幕を避けきれない。

 

「ぐうぅっ!」

 

 だが、頭を両手で庇いレジィは突き進む。

 手足どころか腹にまでレーザーが突き刺さるが、即死しなければそれでいい。

 どうせ、もう命はないのだ、誰かにバグセルカーの事を伝えるまで生きていれば上等だ。

 若き銀河放浪者(アウタード)は、完全に覚悟が決まっていた。

 

 そして彼女の意志は報われる。

 前を見る余裕もなく傷だらけで宙を泳ぐレジィは、分厚い筋肉の壁に抱き留められた。

 

「ステラの所の用心棒?」

 

「オークの旦那……」

 

 ここの所、ステラ爆音隊(ボンバーズ)をさんざんにひっかきまわしてくれた一党のオーク戦士。

 普段ならば恐怖の対象でしかない強面が、今は何よりも頼もしい。

 バグセルカーに対して、オークは人類種屈指の抵抗力を持つのだ。

 

「だ、旦那、バグセルカーや、バグセルカーがおる!

 ウチもやられた……!」

 

 オーク戦士は一瞬目を見開くと、レジィを抱えたまま素早く振り返って叫ぶ。

 

「フィレン! 姫を連れて船へ戻れ! 

 二隻とも出港準備、緊急だ! ステラにも知らせろ!」

 

「了解!」

 

 トランジスタグラマーな少女の手を引き、弁髪のオークがきびきびとした動作で離れていく。

 頭目の少女も含め、その動作に一切の遅延も、疑問の言葉もない。

 彼らはバグセルカーがどういうものか、よく知っているのだ。

 

「あ、あんたも早く行きぃ、ウチを抱えとるとあんたも侵食される」

 

「まだだ、あんたを助けないと」

 

 事も無げに言うと、オークはレジィの機械の手首を握った。

 バグセルカーの卵を埋め込まれた腕はわずかに動かされるだけで激痛を発し、思わず呻きが漏れる。

 

「痛いか? 痛いのなら朗報だ、あんたの腕はまだ侵食されきっていない。

 完全に乗っ取られたのなら、痛いとも思わなくなるらしい」   

 

 患者に言い聞かせる医者のように頷いたオークは、反対側の手をレジィの肩に当てた。

 

「ちょいと乱暴に行くぜ、堪えろよ!」

 

 そのまま機械の腕を力任せに引っ張る。

 剛力が肩口の接続部位の肉ごとサイバーアームを引きちぎった。

 

「いぎいぃぃっ!?」

 

 ちょいとでは済まない圧倒的な激痛に、レジィは絞め殺されるような悲鳴を上げてのたうつ。

 股間が失禁でぬめるのを感じるが、それを恥じる余裕もない。

 オーク戦士はレジィの肩肉を付着させたままの機械腕を引き抜いて投げ捨てると、懐から細胞賦活剤のチューブを取り出した。

 止血効果の高いゼリー状の薬剤を荒々しい手付きで無残な傷口に塗り込む。

 

「ひ、い、ひぎ……」

 

「気絶しなかったか、偉いぞ」

 

 最早言葉も出ないレジィの頭をグローブのような手で乱暴に撫でると、オークはツナギ状の軽宇宙服を諸肌に脱ぎ袖を引きちぎった。

 包帯というには雑過ぎる布を、レジィの肩口に押し付けて荒っぽく巻きつける。

 

「よし、これでひとまずは持つだろ」

 

 オーク戦士は、息も絶え絶えなレジィをひょいと肩に担ぎ上げる。 

 何故か同行しているエディジャンガルファミリーのエディは呆れたようにオークを見上げた。

 

「自分も侵食されるかも知れないってのに、よく手当する気になるわね……」

 

「俺達オークは肌にナノマシンが宿っている、同じナノマシンのバグセルカーも早々侵入できんよ。

 バグセルカーの危険を知らせてくれた勇士だ、助ける目がある内は見捨てられるものか」

 

 オーク戦士の静かな言葉に、レジィの胸に安堵が湧く。

 もう大丈夫だ、万事うまく行く、戦士の低い声音にはそう思わせるだけの力強さがあった。

 

「なんや、格好つけて……ちょっといい男やないの……」

 

 小さく呟きながら、レジィは安心して意識を手放した。

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

「エディって言ったっけか、お前の船にお邪魔するぞ」

 

「え、こ、この状況で賠償の査定を続けるの!?」

 

 ステラの用心棒を肩に担いだまま言うと、頭の左半分を剃った小男は仰天した。

 

「この市場はもうお終いだ、一端ここを離れてうちの船に合流するまでの足に使わせてくれ」

 

 バグセルカーに乗っ取られたらしい船を遠めに睨みながら提案する。

 出鱈目にスラスターを吹かす輸送船に引きずられ、市場の通路はズタズタに引き裂かれつつあった。

 今からフィレンに任せた姫を追いかけても、合流するのは難しい。

 それくらいなら、一度出航して市場の外でランデブーした方が楽だ。

 

「……わかったわよ、嫌がって殴られるのも勘弁だしね。

 足代の分、査定を勉強してよ?」

 

「さて、そいつはお前らの資産次第だ」

 

 笑った途端に、甲高い独特のチャージ音が耳に響いた。

 酸素がある空間でプラズマが励起される、危険な音。

 スラスターを吹かしてアンカーを引きちぎろうとしているバグセルカー船がプラズマキャノンをぶっ放した。

 球状のプラズマ弾は、銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)のちゃちな構造物を引き裂き、俺達が通り過ぎた直後の通路も吹き飛ばして虚空へと飛び去る。

 

「うおぉっ!?」

 

 ぶった切られた通路の破孔から吸い出されかかったエディの襟首を咄嗟に捕まえた。

 

「武装商船だったか、このまま撃たれまくると危ないな……」

 

「だ、旦那! 落ち着いてる場合じゃないわよ! 早く船に急いで!」

 

「判ってる!」

 

 ステラの用心棒の女とエディとを左右の肩に担いで、俺は残骸と化しかけた通路を蹴って進む。

 エディジャンガルファミリーの貨物船のエアロックに飛び込んだ途端に、船体が激しく揺れた。

 

「着弾したな、キチガイナノマシンの癖に当ててきやがるか。 それとも脳みそ乗っ取られたクルーの腕がいいのかな?」

 

「だから落ち着いてる場合じゃないでしょう!?」

 

「武器が無くちゃあ、何ともできんよ。

 この船に砲台はないのか? 砲手ぐらいしてやるぞ」

 

「うちの船の戦力なんて戦闘機しか……」

 

 言いさしたエディは失言を誤魔化すように口を押さえるが、もう遅い。

 

「なんだ、良い物持ってるじゃないか、賠償にはその機体を充てるとしよう」

 

「ま、待って! うちの虎の子なのよ!?」

 

「お前らが乗り逃げしようとした俺の愛機だって虎の子さ。

 戦闘機が有るなら、バグセルカーの船を黙らせる事もできる。

 安全の代金も込みなら、妥当じゃないかい?」

 

 俺の言い草にエディはしばし絶句していたが、やがて大きな溜息を吐いた。

 

「……やるからにはきっちり働いてよね。

 『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の代金、安くはないんだから」

 

「『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』か、悪くない銘だ」

 

 俺は牙を剥き出してニヤリと笑った。  


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