スペースオーク 天翔ける培養豚   作:日野久留馬

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今回の話は本編とは特に関係が有りません。


《余話》トーン=テキンの内乱

SIDE:オークキング・ゲイン

 

「ぬぅおりゃぁぁぁっ!!」

 

 雄叫びと共に振り抜いた一撃が、オーク戦士の頭蓋を粉砕する。

 手にした星間合金アダマントイリジウム製のロッド、銀河棍棒(PSYリウム)を旋回させ残心の如く備えるが、流石に頭を爆ぜ割られてはオークと言えども命は無い。

 打ち倒した戦友の体が力無く崩れ落ちる様を見下ろし、ゲインは僅かに瞑目した。

 

「流石に、きっついぜぇ……」

 

 大きく息を吐いて呼吸を整えながら、背にした玉座の前にどっかと腰を落として胡坐をかく。

 氏族船「ロイヤル・ザ・トーン=テキン」の最奥、生産プラントであり玉座の間でもある広い部屋には常ならぬ血臭が立ち込めていた。

 憂鬱に目を伏せたゲインの周囲には夥しい数のオークの骸が積み重ねられている。

 全て、ゲインが屠った同胞の亡骸であった。

 

 トーン=テキン氏族は、内乱の真っただ中にある。

 保守派と改革派、相容れぬ思想を持つ者同士が意見を戦わせ、ぶつかりあい、そしてついには殺し合いにまで至った。

 どちらの派閥も究極的に求める事は氏族のより良い未来でありながら、譲れぬ点があるゆえに発生する、必然の悲劇だ。

 

「それでも、膿は出さにゃあなんねえ」

 

 逞しい上半身に防具の如く巻き付けた鎖と、止血や捕縛、防塵など様々な用途に使用できるスターコットン製の赤いマフラーという荒々しい戦装束で呟くゲインは、今代のオークキング。

 そして、氏族を導く身でありながら、改革派であった。

 彼の率いる一派の改革案を呑めぬ保守派によるクーデターが、今まさに実行されている。

 だが、それはゲインの盟友の一人、知恵者で知られる「僧形」のエゴマーが密かに行った扇動によるものだ。

 エゴマーに焚きつけられた保守派の若い衆の暴発から始まったクーデターは、勢い任せの偶発的な代物に過ぎない。

 熱血と衝動に突き動かされたクーデター派の戦線は、簡単に誘導されていた。 

 

 ゲインは囮にしてデストラップ役を担っている。

 オークキングたるゲインと彼が護る玉座は、改革側の持つトーン=テキンの看板とも、錦の旗とも言える「権威」の塊。

 保守側としては正当性のために何としても手に入れたい存在だ。

 それゆえに動力室や制御室に比べれば戦力的には意味の無いこの部屋に、クーデター派は戦力を割かざるを得ない。

 盟友であるアグウルやエゴマー達が保守派の勢力下にある主要箇所を制圧するまで、ゲインはこの場で敵戦力を引き付けるのだ。

 

 滅茶苦茶な役割分担だが、オークキング・ゲインはそれを可能とする武力の持ち主である。

 玉座の間に次々となだれ込む、暗殺者と化したかつての部下や戦友達をゲインは一人迎撃し続けた。

 オークキングとは氏族最強であるがゆえの称号なりと、自らの武勇で赫赫と示している。

 だが、共に戦場を駆けた同胞を屠り続ける作業は、豪腕で知られたオークキングにとっても苦痛の極みであった。

 

「ゲインおじさん」

 

 ゲインの背後、玉座から鈴を鳴らすような、可憐な声が掛けられる。

 友を殺す心痛と激闘の疲労で凝り固まった表情筋を無理に動かして笑みの形を作ると、ゲインは立ち上がった。

 

「どうしたぁ、お姫」

 

 振り返った玉座には、彼が護ると決めた宝が居た。

 周囲で淡く翠に輝く培養槽の光を受けて照らし出される、純白の少女。

 白い軽宇宙服で包まれたその体は、どこを見回しても白く、緑色が主体のオークの中にあれば一際目立つ。

 巨漢揃いのオーク達に比べれば半分程度しかないような未熟な体躯でありながら、その胸元の膨らみは相当に発育しており、いささかアンバランスな印象を与えている。

 そして、最も目を引くのはその容貌。

 古今の様々な美女の面影から良いところ取りをしたかの如く、秀麗に整っている。

 それでいて、いまだ未完成。

 生来の美貌と、ようやく思春期の階に辿り着いた年頃特有の未熟な繊細さが絶妙に合わさり、触れれば消え失せる氷細工のような現実感に乏しいほどの美しさを体現していた。

 

 彼女の名はマルヤー。

 トーン=テキンに誕生したオークの至宝、オーククイーン。

 そして、ゲインが己の全てを譲り渡そうとしている少女であった。

 

 屈強なオークに合わせた頑丈で大振りな玉座にちょこんと腰掛けたマルヤーは、羊を思わせる金の垂れ目に涙を滲ませて、オーク戦士の亡骸を見つめている。

 

「ボクは、やだよ、こんなの」

 

 男の子のような口調の愛らしい声は小さく震えている。

 ゲインはグローブのような分厚い手のひらをマルヤーの頭に乗せると、プラチナの糸を思わせる艶やかな髪を乱暴に撫でた。

 肩口で大雑把に切りそろえただけのウルフカットがグリグリと掻き乱されるのも構わず、マルヤーはホッとしたかのように目を細める。

 

「そうだな、俺も嫌だよ」

 

 ゲインは己が叩き殺した戦友の骸を正面から見据え、静かに同意した。

 

「嫌なのに、戦うの?」

 

「ダチを殺るのは嫌も嫌だが、それでも曲げれねえ事もあるのさ」

 

 ゲインはマルヤーの頭を撫でながら、朴訥に続けた。

 元より頭が良いなどとは思っていないし弁の立つ方でもないが、掌中の珠そのものの少女の問いには応えねばならぬ。

 

「俺らと奴ら、どっちの考えが正しいかなんて、判るはずもねえ。

 そんなもんは何十年か先のどっかの誰かが『あんときゃ、あれで良かった、悪かった』なんて記録を見ながら宣うのさ。

 今の俺らにゃあ、知ったこっちゃねえ」

 

「良いか悪いかも判らないのに、戦うしかないの?」

 

「良いか悪いかなんて判らねえ、でもな、こいつが俺の信じた道だってぇのは各々判るのさ。

 俺らは信じた、奴らも信じた、その信じた道が食い違って、互いに相容れないとなりゃあ、後はしょうがねえ。

 殴り合って、殺し合ってでも、白黒付けるのさ」

 

 そう呟くように言い聞かせながら、玉座の間の入り口に目を向ける。

 

「そうだろう、ダチ公?」

 

「ああ、その通りだ、王よ」

 

 開きっぱなしの戸口に現れたのは一人のオーク戦士。

 急所を護るプロテクターを追加した軽宇宙服を纏い、手には対装甲重斧(アーマーアックス)をぶら下げている。

 斧の刃は血に塗れ、すでに何戦か交えてきた事は明白だ。

 

 彼の名はベリコン。

 かつてゲインとオークキングの座を争った程の傑出した戦士であり、保守派の筆頭であった。

 ゲインは右手の銀河棍棒(PSYリウム)を手首の返しで、くるりと回転させながらベリコンに向き直る。

 

「お前さんがこっちに来るとは、意外だぜ。

 戦術的な意味は低いって判ってんだろう?」

 

「判っていても、こちらに来ざるを得ん。

 玉座とキングの首、そしてクイーンを手にせねば我々に権威が付属せんからな。

 そして、お前ほどの大駒を討つには、こちらも大駒を出すしかない。

 嵌められたよ」

 

 のっそりと室内へ踏み込みながら、ベリコンは大雑把な作りのオークらしい顔面に苦い笑みを浮かべた。

 

「エゴマーの奴の入れ知恵だな?」

 

「もちろんさ。 奴ぁ俺の知恵袋だからな」

 

「まったく、敵に回すとエゴマーの小細工は小癪な事この上ないな!」

 

「味方にしていると、頼もしいんだけどな!」

 

「違いない!」

 

 得物を握った二人のオーク戦士は、いっそ楽しげに笑い合いながら、ゆっくりと距離を詰めていく。

 二人の間で高まっていく戦意を留めるように、高い声が割って入った。

 

「ベリコンおじさん! 待って!」

 

 玉座から立ち上がるマルヤーに、ベリコンは眩しいものを見るかのように目を細める。

 

「何かね、お嬢」

 

 その声音は、周囲に骸の転がる鉄火場とは思えない程に優しい。

 

「もう、止められないの?」

 

「そうだな、ゲインの馬鹿が折れてくれれば、あるいは」

 

「ばっきゃろう、折れるなら手前だ、こんにゃろう」

 

「ほらな、無理だよ、お嬢」

 

 困ったような顔で全然困っていないような笑い声をあげるベリコンに、マルヤーは整いすぎる程に整った眉を寄せた。

 

「おじさん達は勝手すぎる。

 どっちも、ボクの事なのに」

 

 保守派と改革派、二つの勢力による争いの焦点は、オーククイーンとして誕生した少女マルヤーの扱いについてであった。

 トーン=テキンにオーククイーンが誕生した時、氏族のすべてが歓喜し祝福した事は間違いない。

 だが、誕生したクイーンの扱いについては意見が分かれた。

 クイーンはこれまでにオークが受け継いできた血筋が収束した、オークにとって最高の母体である。

 これまでに他氏族で誕生したごく少数のオーククイーンは、それぞれ傑出した子を産んでいる。

 ゆえに氏族最高の戦士であるオークキングと番い、強力無比な子を作る事が期待された。

 だが、その伝統的ともいえる保守派オークの価値観に、改革派が異を唱える。

 

 オーククイーンがトーン=テキンに誕生したのは天祐。

 銀河単位でも稀な確率で発生したこの幸運は、天がトーン=テキンに微笑んでいるからだ。

 ならばこそ、この幸運の寵児であるクイーンに氏族のすべてを委ね、次代の指導者とせねばならない。

 

 半ば妄言とも言える発想であったが、これを言い出したのが当の指導者、オークキングであった事が状況を混沌に叩き込んだ。

 マルヤーが赤子のうちはまだ良かった。

 無謀で暴走ばかりしている王の戯言と多くの者が聞き流せていたから。

 だが、氏族のすべてからマスコットとして愛されるマルヤーが徐々に美しく成長し、未成熟な身にも拘わらずオーク達を悩ますような色香を漂わせ始めると、王の主張も真剣さが増してくる。

 さらに氏族屈指の戦士「怒声」のアグウルと、知恵者で知られた「僧形」のエゴマーという大物がゲインに賛意を示すに至って、氏族内の勢力は完全に二分された。

 

 そしてついに、その均衡を破る事態が発生する。

 マルヤーが初潮を迎えたのだ。

 真の意味でオーククイーンが誕生した今、保守派と改革派は激突する事となる。

 それはマルヤーにとって、将来が籠の鳥になるか支配者になるかという、恐ろしく極端な二者択一であった。

 

 マルヤーは大きく息を吐くと、彼女の身には大きすぎる玉座に再度腰を下ろした。

 憂いと諦念を含んだ黄金の瞳が二人のオーク戦士を等分に見据える。

 

「いいよ、もう。

 おじさん達を止めれないのは判ってた、だってオークだもの」

 

 腕っぷしに物を言わせ始めれば止まらないのがオークであると、氏族内で生まれ育ったマルヤーは重々承知していた。

 

「だから、もう恨みっこなし。

 ボクがトロフィーだ、勝った方の言うとおりにしてあげる」

 

 小さな少女の声音には、困った男達に呆れかえりつつも好きにさせる、女の包容力が宿っている。

 二人のオーク戦士は同時に唾を呑むと、顔を見合わせた。

 

「いい女に育ったものだな、お嬢」

 

「俺の教育が良かったからな!」

 

「抜かせ、それを言うなら私の指導だ」

 

 ゲインとベリコンは高らかに笑うと、同時に右腕に握った武器を叩きつけた。

 

「ぬんっ!」

 

「はぁっ!」

 

 銀河棍棒(PSYリウム)対装甲重斧(アーマーアックス)がぶつかり合い、目もくらむような火花が飛び散る。

 初撃を外した二人の戦士は、互いに舌打ちすると竜巻のような勢いで得物を振り回す。

 

「ぬあぁぁぁぁぁっ!!」

 

「おりゃあぁぁぁっ!!」

 

 猛々しい雄叫びと共に繰り出される一撃は、全て相手の一撃で相殺される。

 その技の冴え、速度、剛力は、ほぼ同等。

 だが、武器の差が徐々に勝負の天秤を傾けつつあった。

 ベリコンの方に。

 

 ベリコンの手にした対装甲重斧(アーマーアックス)は、パワードスーツどころか戦艦の装甲すら叩き割れる凶悪な代物だが、所詮は数打ちの量産品に過ぎない。

 ゲインが握る銀河棍棒(PSYリウム)とは武器としての格が大きく落ちる。

 実質的に破壊不能とすら言われるアダマントイリジウム製のこのロッドは、すでに滅びた工房惑星で僅か数本が試作され、今では模造品すら作れないという曰くつきの逸品だ。

 だが、その格を上回る利点が対装甲重斧(アーマーアックス)にはある。

 リーチだ。

 

 銀河棍棒(PSYリウム)の全長はわずか60センチ。

 脇差やショートソードの類のような頼りない長さで、屈強な巨漢であるゲインが握ると余りにも短く見える。

 一方でベリコンの対装甲重斧(アーマーアックス)の全長は2メートルにも達する。

 銀河棍棒(PSYリウム)の射程外から叩きつけられる対装甲重斧(アーマーアックス)の連打の前に、ゲインは防戦一方にならざる得ない。  

 だが、ゲインの顔には焦りの色はなく、獰猛な戦意のみがあった。

 

「はんっ! 相変わらずしみったれた()り方だな、ベリコン!」

 

「何とでも言うがいい、銀河棍棒(PSYリウム)の力を引き出す前に死んでいけ、ゲイン!」

 

「どうかな! 力なんぞ引き出さんでもぉっ!」

 

 高らかな叫びと共に、銀河棍棒(PSYリウム)対装甲重斧(アーマーアックス)の斧頭に叩きつけられる。

 同時に、びきりと明確な破砕音が生じ、ベリコンは大きく舌打ちした。

 

「えぇいっ、この馬鹿力がっ!」

 

 対装甲重斧(アーマーアックス)の斧刃は大きく欠け、斧頭全体に罅が走っている。

 短時間で銀河棍棒(PSYリウム)と数十合も打ち合わされては、複合タングステン鋼の対装甲重斧(アーマーアックス)と言えど限界を迎えてしまう。

 そもそも、銀河棍棒(PSYリウム)の打撃は重い。

 僅か60センチの長さで有りながら、その重量は60キロにも達する。

 本来、片手持ちで振り回せるような物品ではないのだ。

 その短くとも異常な重量物は破壊不能な堅牢さをも併せ持っており、こんな代物をぶつけまくられては数打ちの武器で耐えられる訳もない。

 ベリコンは仕切り直しとばかりにバックステップで距離を取る。

 

 ゲインの追撃はない。

 代わりに彼は腰を落し、差し上げた右腕で刺突のように銀河棍棒(PSYリウム)を構える。

 

「いかんっ!?」

 

 ベリコンは己の判断ミスを悟るが、最早遅い。

 

「力を引き出す前にって言ったな! ご所望通り見せてやるぜ、こいつの力を!」

 

 グリップを握る右手に沿えられた左の手のひらが、アダマントイリジウムの柄をなぞっていく。

 手のひらがすり抜けると、銀の柄は赤く燃え盛るかの如く輝き始めた。

 

「させるかぁっ!」

 

 ベリコンは砕けた対装甲重斧(アーマーアックス)を振り被り、一気に踏み込む。

 ゲインは己の頭を叩き潰そうと襲い掛かる戦友に、必殺の一撃を繰り出した。

 

「吼えろっ! 『打ち滅ぼす赤石(ブラスティングガーネット)』ぉっ!!」

 

 居合の如く振り抜かれた銀河棍棒(PSYリウム)はその軌跡に沿って赤い閃光を解き放つ。

 輝く光の刃は玉座の間を引き裂きながら、ベリコンの胴中を両断した。

 

 

 

 

 

「ああ、負けたなあ」

 

 さばさばとした声で呟くベリコンは、胸から下を切り落とされていた。

 超高熱の閃光が傷口を焼き潰した事とオークの類まれな生命力が合わさり、即死を免れている。

 だが、それはまだ死んでいないというだけに過ぎない。

 死相を浮かべて床に転がる戦友を見下ろし、ゲインは重々しく頷いた。

 

「ああ、俺の勝ちだ。

 だから好きにさせてもらうぞ」

 

「是非もなしって奴だ。

 敗者を気にする事などない、存分に好きにするといい」

 

 ベリコンは、げほりと血の泡の混ざった咳をすると、首を玉座の方へ捻じ曲げた。 

 金の瞳に涙を湛えたマルヤーが降りてきている。

 

「すまんな、お嬢。

 君には大きな責任を押し付ける事になってしまう。

 恨むならゲインではなく、この馬鹿に勝てなかった私を恨んでくれ」

 

 マルヤーはすとんと腰を落とすと、ベリコンの頭を膝に乗せた。

 血の気が失せていく戦士の頬を両手で撫でながら、その顔を覗き込む。

 

「誰も恨まないよ。

 そう望まれたのなら、女王だって、指導者だって、演じてみせるよ。

 だから安心して、ベリコンおじさん」

 

「ああ、本当にいい女に育ったなあ、お嬢」

 

 僅かに微笑み、ベリコンは動かなくなった。

 

「……あばよ、ダチ公」

 

 見下ろすゲインは小さく呟き、俯いたマルヤーの頬を伝った涙がぽたりとベリコンの顔に落ちる。

 訪れた鎮魂の静寂を、ゲインの腰にぶら下がった通信機の着信音が破った。

 ゲインは気持ちを切り替え、通信機を手に取る。

 

「おう、俺だ、どうした」

 

 呑気な応答に、スピーカーから割れんばかりの喚き声が返ってきた。

 

「どうしたじゃない! 貴様、銀河棍棒(PSYリウム)を本気で使いやがったな!」

 

 二つ名そのものの怒声は、ゲインの腹心アグウルのもの。

 普段はクールで物静かな男が激怒していた。

 

「余波で艦内設備がめちゃくちゃだ! やっとこ制圧したってのに、どうしてくれるんだ、この大馬鹿野郎!」

 

「うるっせえな! ベリコンの野郎を殺るにはアレを使うしかなかったんだよ!」

 

「む、それは……」

 

「彼ほどの手練れが相手ならば、仕方ありますまい」

 

 もう一人の腹心、エゴマーの声が通信機の向こうから混ざる。

 

「亡くなられましたか、ベリコン殿。

 敵対者とはいえ、死ねば仏。 南無……」

 

 ゲインの知らない作法でエゴマーは祈りを捧げた。

 

「まあ、ベリコンが死んだなら、他は手間取るような相手もいないな。

 後始末が大変だがな」

 

「仕方なかったって言ってんだろうが! 嫌味ったらしいな、アグウル!」

 

 通信機越しにギャンギャンと騒ぐ大人たちを見上げ、マルヤーは小さく溜息を吐いた。 

 

 

 

 

 

SIDE:マルヤー・キスカ・トーン=テキン

 

「ん……」

 

 私室の寝椅子に横たわったマルヤーは、うたた寝から目覚めて小さく伸びをした。

 

「ずいぶんと懐かしい夢を見たなあ……」

 

 夢の中の人々はもう誰もいない。

 あの場で果てたベリコンは元より、ゲインも、アグウルも、エゴマーもすでにこの世の人ではない。

 

「ボクはうまくやれてるかな、ゲインおじさん、ベリコンおじさん……」

 

 女王として氏族を預かってから、それなりの時間が経っているが未だに女王稼業は手探り状態で、荷の重さを感じている。

 それでも、投げ出す気にはならない。

 望まれ、任されたから。

 何よりも、彼女自身が氏族を愛しているから。

 

「んっ」

 

 物思いに耽りかけたマルヤーは、腹の中から響く衝撃に眉を寄せた。

 すでに臨月に近い彼女の腹の中では、赤ん坊が元気いっぱいに暴れている。

 マルヤーはマタニティドレスの上から腹を撫でながら、呟く。

 

「この子もあとちょっとで出てくる頃合いだね。

 お腹が空くなら、次の相手はカーツでもいいかなあ」 

 

 愛娘に付けた、若き戦士の事を想う。

 ゲインの勇猛さ、アグウルの冷静さ、エゴマーの思慮深さ、ベリコンの実直さ、かつての卓越した戦士たちが持っていた要素を少しずつ備えているようにも思えるカーツは、マルヤーのお気に入りだ。

 

「まあ、それもピーカが帰ってきてからだね。

 土産話が楽しみだなあ」

 

 マルヤーは柔和な垂れ目を細めて楽し気に呟く。

 氏族の指導者となる事が決定して以降のマルヤーは、外に出る暇もなく昼夜の職務に励む日々を過ごしてきた。

 それを残念とは思わないが、ピーカに自分と完全に同じ道を歩ませるつもりもない。

 愛娘が様々な事を実地で学んできた体験を聞くのが、今から楽しみで仕方ないマルヤーであった。




次のお話を纏める最中に、ちょっと昔話を書いておこうと思ってたらこんなエピソードが。
主な作業BGMは完璧で究極のゲッター。

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