【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う 作:日野久留馬
SIDE:戦士 カーツ
「ぬぅ……」
わずかな失神から回復した俺は、頭の奥にへばりつくような不快な鈍痛に思わず呻きを漏らした。
『
「重力がない、加速が止まってるのか?」
トーン09のように人工重力発生器の類を装備していない廉価な宇宙船では、推進によって生じる加重が船内の重力として作用する。
乗組員からすると進行方向が上と感じられるのだ。
そのため、多くの廉価宇宙船は、操縦室や生活区域のレイアウトを船首方向に対して直角になる形でデザインされている。
その加速の重力がないという事は、推力をカットした慣性飛行中なのか、あるいは制御されていない単純な漂流状態なのか。
状況を把握しようとする俺だったが無重力に広がる白銀の髪を視界に認め、思考を直ちに打ち切った。
「姫!」
慌ててシートから飛び出し、格納庫の中で漂う姫を抱き留める。
姫は整った眉を寄せた苦悶の表情で意識を失っている。
その呼吸が正常な事を確かめると、思わず安堵の吐息が漏れた。
「戦闘機乗りの戦士階級でもキツい目眩だったからなあ……」
姫同様に失神して無重力の中を漂っているフィレンを横目に見つつ、乱れた銀糸のような髪を撫でつける。
「んぅ……」
抱えた姫が、むずかる子猫のような声を漏らしながら目を開けた。
「うえぇ、なんかぐるぐるするぅ……」
「ゆっくり深呼吸してください。
視線は一カ所に留めると目が回るから、遠くをぼんやり見る感じにすると楽ですよ」
「うー……」
俺に抱っこされたまま、姫は額に手を当てて頭痛を振り払おうとしている。
「ぐ……い、今のは一体……」
「フィレンも起きたか。
この目眩の感じからして、おそらくジャンプトラブルだ」
「なんと……! それでは周囲の状況は」
「何がどうなってるかも判らん。
二人とも目を覚ました事だし、ブリッジに行って確認しよう」
まだ目眩がするぅと若干わざとらしく訴える姫を抱えたまま、フィレンを伴って
照明が落ち光源は非常灯のみという船内通路の薄暗さは航行時の常だが、おそらく漂流中ゆえと思われる無重力状態にあると、幽霊船になってしまったかのような不気味さを感じてしまう。
嫌な想像を振り払いながら、ブリッジに飛び込んだ。
「ペール! トーロン! 無事か!?」
オペレーターシートにぐったりと身を沈めているペールと、ナビゲーターシートでコンソールに突っ伏しているトーロン。
ブリッジ要員の二人もまた意識を失っていた。
抱えていた姫を下ろすと、手近なペールに目を向ける。
虚脱してシートに身を預けたペールの目元はいつものようにゴーグルで覆われて確認できないが、その下の褐色の素肌から血の気が引いているのは窺えた。
苦しげに淡く開いた唇の端から一筋の涎が零れている様に、常の彼女には感じない色気を覚えて思わずドキリとしてしまう。
「ペール、しっかりなさい」
一瞬手が止まった俺より早く、姫はペールの顔を覗き込むとその頬をぺちぺちと叩いた。
小さく呻くばかりのペールに眉を寄せた姫は、介抱の邪魔になるゴーグルをひょいと外す。
「あ」
そのまま止める間もなく、意識のないペールの瞼を指で開いて瞳孔の反応の確認に移っている。
「どうかしたの、カーツ?」
ペールの軽宇宙服の喉元を緩めて手際よく介抱しながら、姫は不審そうに俺を振り返った。
「えー、ドワーフはですね……」
俺が説明するよりも早く、白目を剝いていたペールの目玉がぐるんと回転した。
パチパチと瞬きしながら、紅い瞳の焦点が合う。
「あ、起きた。
ペール、痛い所は無い?」
覗き込む姫を見上げたペールは視界を覆うゴーグルが無い事に気づき、顔を引き攣らせる。
「ひゃ、ひゃうぅっ!?」
甲高い悲鳴を上げたペールは、オペレーターシートのバックレストに顔を埋めてしまった。
「ペール? どこか痛いの?」
丸くなって顔を隠そうとするペールの頭を撫でながら、心配げに訊ねる姫様。
「あー、姫様、ドワーフは瞳を見られるのを恥じる文化があるんです。
裸見られたみたいな感じで」
「え、そうなの!? お詫びにあたしも脱ぐ?」
「結構ですぅぅ……」
姫様にゴーグルを返してもらったペールがなんとか混乱を収めた頃には、トーロンもフィレンに活を入れられ意識を取り戻していた。
「あいたたた……」
「これで全員か、ジョゼは?」
「ジョゼさんはトーン08へ出かけてました。
おやつを差し入れするって」
「そうか、あっちに乗ってるならいいんだが……」
ジョゼに関しては、トーン08に乗り込んでいる事を祈るしかない。
彼女の事も気になるが、まずは俺たち自身の心配が先だ。
「とりあえず、現状把握だ。
攻撃されている気配もないしバグセルカーは振り切ったと思うが、あんなに衝撃が残るジャンプはおかしい。
周辺と船内状況、それとジャンプのログを確認してくれ」
俺の指示を受けてブリッジクルー二人はそれぞれコンソールに向き直る。
その間に俺はブリッジ正面に設置された大型メインモニターに外部の映像を表示させた。
周囲は何もない虚空、その向こうで大ぶりな恒星が白い光を放っている。
「見た所、A型恒星か。
ジャンプアウトしたのは星系の端っこ辺りかな?」
「……明らかに指定のランデブーポイントではありませんな、周囲に
腕組みしながらメインモニターを見上げたフィレンが唸る。
緊急時に打ち合わせていたランデブーポイントは
「ジャンプミスかあ……」
ジャンプの際のトラブルで別の場所に出現してしまう事故だ。
厄介なレアケースに頭を抱えてしまう俺を他所に、フィレンはジャンプの実行者に食って掛かっていた。
「ジャンプの制御をしていたのはお前だったな、ペール!
どうするつもりだ!?」
「ひうっ!?」
額に青筋を浮かべた巨漢オーク戦士に詰め寄られたペールは引きつった声を上げて硬直する。
「よせ、フィレン。
ペールを責めた所で何にもならん」
「しかし、隊長!」
「今、ログを調べてるんでしょ。 怒るならそれからにしなさい、フィレン」
「ぬぅ……」
俺と姫様に宥められても、フィレンは納得がいかないとばかりに眉を寄せたままだ。
苛立った視線を俺に向ける。
「隊長は何故そんなに落ち着いているのですか!
我々はどこにジャンプアウトしたかも判らない、遭難状態なんですよ!」
なるほど、こいつの苛立ちの元はそこか。
部下の不安のケアも上司の勤めだ、ここは講釈してやろう。
「慌てるな、こいつは遭難なんて状態じゃあないさ。
ジャンプトラブルがあったといっても、所詮トーン09のジャンプドライブは民生品の安物だからな。
出現位置がずれたといっても、何百光年と差が出る訳じゃない」
軍用船のハイパワー品ならいざ知らず、トーン09に搭載された安物ジャンプドライブでは、一度にジャンプ可能な距離などせいぜい十光年かそこら。
光の距離すら飛び越えるジャンプドライブと言えど、銀河の果てまでひとっ飛びという訳にはいかないのだ。
「トーン09のジャンプドライブの性能じゃ、どんなジャンプトラブルでも目的地から十光年も離れられない。
そしてこの恒星系の主星のスペクトル型はA型。
A型恒星は割と珍しい部類だからな、目的地から半径十光年のA型恒星を星図で探せば、俺達がどこに居るか判るって寸法さ」
「な、なるほど……」
俺の説明に納得し安心したかのように眉根を緩めるフィレンの背中を、姫がぱしぱしと叩く。
「現在地さえ判れば、もう一回ジャンプするだけだものね。
心配ないわよ、フィレン」
「姫も落ち着いてらっしゃいましたね。
隊長のように我々の居場所が分かっていたのですか?」
「んー? そこはまあ、カーツが慌ててなかったから」
金の猫目を細めて笑う姫。
無条件の信頼が誇らしくも有り、あらためて気を引き締めねばとも思う。
「あ、あの……」
オペレーターシートのコンソールから、ペールが恐る恐るといった風情で口を挟んだ。
「ログが出ました、ジャンプ前に入力したパラメータに間違いはありません。
ですが、ジャンプの0.8秒前にタキオンウェーブの干渉があったようです。
ジャンプトラブルの原因はこれではないかと」
「タキオンウェーブ? バグセルカーが何かしたのか?」
「判りません、ただ、それの影響なのか……」
ペールはゴーグル越しの上目遣いで困ったように俺を見上げた。
「ジャンプドライブが停止しています。 現状ではリチャージも不能です」
「……すまん、フィレン。
どうも俺達は遭難してしまったらしい」
「だから! なんでそんなに落ち着いてるんですか!」
落ち着いている訳ではなく、腹を括るしかないだけであった。
リアル事情が立て込んでおり、更新が滞っております。
新シーズンに入ったばかりだというのに申し訳ありません。