【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う   作:日野久留馬

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オーク式出世街道への考察

SIDE:戦士 カーツ

 

「現状を把握しよう」

 

 操縦室のメインモニターの前に立った俺は、席に着いた一同を見回した。

 

「トーロン、この星系の位置は判ったか?」

 

「ランデブーポイントから8.7光年の距離にある星系です。

 簡単な調査だけで入植が行われてない星系ですから、ニックネームもないですね」

 

 トーロンがコンソールを操作し、周辺の星図をメインモニターに表示させる。

 赤いグリッドで強調された恒星が、この星系だ。

 

「現在地が判明したのでジャンプドライブさえ万全ならランデブーポイントへのジャンプも可能なのですが……」

 

 そこでトーロンはペールに目を向ける。

 ペールはゴーグルで目元を隠していても判る景気の悪い表情で説明を引き継いだ。

 

「トーン09のジャンプドライブは完全にダウンしています。

 見た所、過熱状態なだけで機械的な破損はないのですが、自己診断を掛けれないので復旧可能かどうか判りません」

 

「おい……修理はできないのか?」

 

 顔を顰めたフィレンの言葉に、ペールは小さく肩を窄めながらボソボソと答える。

 

「ジャンプドライブは私もトーロンさんも専門じゃないんです……」

 

 優秀なメカニックだからといって、なんでもかんでも修理できるわけではない。

 トーロンの専門は戦闘機の整備であり、装甲の補修や推進機の調整といった戦闘機整備の延長にある要素以外は門外漢だ。

 ペールの方はそもそも運用する側(オペレーター)であって整備する側(メカニック)ではない。

 問題点を洗い出せただけ上等であった。

 

「冷却され次第、動くか試してくれ」

 

「やってみます」

 

 俺は神妙な顔のペールに頷くと、仕切り直しの為に大きく柏手を打った。

 

「さて、このままジャンプドライブのご機嫌が治ってくれればそれでよし。

 ダメなら誰かが救難信号をキャッチしてくれればいいんだが」

 

「救助に来た連中のジャンプドライブを頂く手筈という訳ですな」

 

「そ、それはあんまりなんじゃ……」

 

 フィレンの言葉に顔を引きつらせるペールだが、実際この手は海賊の常套手段のひとつだ。

 

「まあ、その手管は俺の好みではないし、真っ当に救助してくれるんなら謝礼のひとつも払うつもりなんだが……。

 こっちがオークと判ったら、問答無用で砲撃されかねないのがなあ」

 

「あぁー……」

 

 俺の説明にペールは心底納得がいったように、相槌と嘆息の入り混じった呻きを漏らした。

 お天道様の下を歩けない、略奪種族の悲しさである。

 自業自得と言えば、それまででもあるが。

 

「なんにせよ、生き延びない事には話にならん。

 まずはサバイバルだな」

 

 サバイバルに必要な条件はいくつかあるが、大前提になるのは安全な拠点の確保だ。

 その点に関してはトーン09は十分な合格点を与えられる。

 ジャンプドライブこそ不調に陥ってしまっているが、それ以外の船の機能に異常はなく、寝泊まりに使用する生活区域は万全だ。

 レーダーや推進機にも問題は無いため、こちらに向かってくる存在があればすぐに気づけるし、星系内なら逃げる事もできる。

 何なら二機の戦闘機で迎撃する事も可能だ。

 

 安全に休息できる拠点は問題なし、次に気を掛けねばならないのは物資である。

 宇宙での生存に必要な物資は大まかに分けて三種類。

 食料、水、そして酸素だ。

 

 生存必需品の三種に関しても、トーン09は当面問題は無い。

 元々長期の略奪行を想定し、それなりの備蓄を積み込んである。

 ざっと計算した所、無補給でも五人の乗員を銀河標準時で一月は生存させる事が可能であった。

 

「そういう訳で、すぐさま飢えたり窒息したりという心配はない。

 それでも、このままじゃジリ貧だ」

 

 俺はメインモニターに映る星図をクローズアップし、この星系の模式図を表示させた。

 白く輝くA型恒星を主星とするこの星系は、巨大ガス惑星(ガスジャイアント)巨大氷惑星(アイスジャイアント)がひとつずつ周回している。

 強烈な光と電磁波を放つ若い主星の活発な活動のお陰で、星系の生存可能領域(ハビタブルゾーン)は極端に狭く、そこにどちらの惑星も入っていなかった。

 そもそも、巨大惑星の類は強化人類でも生存できない悪環境の惑星だ。

 だが、俺はあえて居住に向かない巨大ガス惑星(ガスジャイアント)を指さした。

 

「この巨大ガス惑星(ガスジャイアント)の上層大気を掬って、そこから酸素と水素を分離する。

 これで酸素と水の確保はできるだろう」

 

 ガス採集業者(ハイドラー)の真似事である。

 

「いや隊長、理論上は可能かもしれませんが……」

 

「そんな事、実際にできるんですか?」

 

 フィレンとペールの疑わしげな言葉も無理はない。

 俺達オークの専門は殴り合いだ。

 他の専門業種の事など、ほとんどのオークにとって知る由もない話である。

 だが、俺には勝算があった。

 

「こんなもんは簡単な電気分解と化学反応の産物さ。

 採取したガスの成分を余さず使うとなりゃ本職のハイドラーじゃないと厳しかろうが、酸素と水素を抽出するくらいなら俺にもできる」

 

 読んでて良かった『初級ガス採集業者(ハイドラー)教本』!

 オークの身なので実際の試験を受けた事はないが、受験できればCランク国際免許くらいは一発合格の自信がある。

 おべんきょは得意なのだ。

 

「機材はどうするんです?」

 

「格納庫の補修材を寄せ集めてでっち上げる。

 俺の個人端末の中に参考になりそうなマニュアルが入ってるから、それを元に図面を引こう」

 

「カーツさんが博識なのは知ってましたが……。

 よくもまあ、そんな事まで」

 

 トーロンは感心と呆れが半々といった眼差しを俺に向ける。

 素直に尊敬してもいいのよ?

 こんな状況ではあるが、蓄積した知識を実地で役立てるチャンスに俺はちょっとウキウキしていた。

 

「それじゃまあ、各人やる事やって、生き延びるとしようか!」

 

 

 

 

SIDE:兵卒 フィレン

 

「あんな一面も有ったのだな」

 

 逞しい腕で鋼板を持ち上げながら、フィレンは呟いた。

 

「カーツさんですか?」

 

 鋼板を受け取ったトーロンは『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の破損したキャノピーにあてがい、レーザートーチを近づける。 

 

「あの人は読書家なんですよ。

 色んな知識があれば、いざという時に役に立つんだそうで」

 

 赤いレーザー光が閃き、鋼板が溶接されていく。

 フィレンとトーロンは格納庫で『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のキャノピー補修を行っていた。

 これも状況に対応するための作業の一環である。

 何かあった際の用心棒である戦闘機の片割れが破損したままなのは落ち着かないという、戦闘種族ならではの感覚が『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の修理を優先させていた。

 

 他の乗員もそれぞれ作業に付いている。

 ペールはジャンプドライブの更なる調査に集中し、姫はおさんどんを担当。

 そして、この一党の実質的な頭領であるカーツは、ガス採集機材の図面を引くため意気揚々と自室に引っ込んでいた。

 

「ハイドラーの知識など、戦いの役に立たんだろうに」

 

「でも、お陰で僕らは窒息せずに済みそうですよ?」

 

「まあ、な」

 

 頷くフィレンの唇は尖り、言葉とは裏腹に納得しきれない顔であった。

 

 カーツ分隊に配属されてからの日々で、フィレンはカーツを強き戦士、超えるべき男として素直に認めるようになっている。

 その想いはカーツが死地より帰還して以降、更に先鋭化されていた。

 

 フィレンは目を閉じ、あの光景を回想する。

 血の泡に囲まれ死に瀕した戦士に口付ける姫。

 姫の接吻を賜った戦士は翠の炎に包まれ、生還した。

 フィレンはその一部始終を、まさに目の当たりにしたのだ。

 

 カーツの体を走った姫のナノマシンは翠に燃えさかり、戦士の肌を炎の紋様で彩る。

 戦士が流す血を経由したのか『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』まで淡くナノマシンの輝きを帯びていた。

 それはオークらしく粗野で無骨な感性を持つフィレンですら目を奪われ、瞬きもできなくなるほどに荘厳で神秘的な光景であった。

 

 あの時、自分が見たものは最も新しい神話だ。

 姫の手で死の淵から蘇った炎の戦士。

 フィレンには今のカーツがおとぎ話の英雄のように思えていた。 

 

 その神話から飛び出してきたかの如き戦士が、日曜大工のような工作に大喜びで取り組んでいるのは、何とも言い難いギャップがあった。

 偉大な戦士がそんな些事に関わるのは余りにもったいなく、冒涜のようにも思えるのだ。

 しかし、彼以外にこれほど幅広い知識を持つ者もいない。

 

「似合いはしないぞ、まったく」

 

 呟く声音は僅かに拗ねるような響きを含んでいる。

 戦士の中の戦士には、ドンと構えて居て欲しいのだ。

 いわば「解釈違い」で生じた苛立ちであったが、フィレンはそこまで自覚していない。

 フィレンの不満に気付いた様子も無く、トーロンは軽い口調で応じる。

 

「でもまあ、色んな知識を持ったリーダーがいるのは頼もしいですよ」

 

 溶接作業を行う手元から目を離さず、オークテックは気楽な調子で持論を述べた。

 

「戦士階級の人は何事も猪突猛進の力業で解決する傾向がありますからね。

 前線の一部隊のリーダーならそれでいいんでしょうけど、僕らは姫様をお守りする部隊ですから。

 ただ強いだけの戦士じゃなくて、色んな事を知ってる人じゃないと勤まりませんよ」

 

「そんなものか……?」

 

 典型的なオーク戦士の価値観を持つフィレンとしては、トーロンの言葉に同意しがたい。

 戦士たる者、余計な知識を覚える時間があるなら、戦技を磨く為に使えばいいと思ってしまうのだ。

 だが、カーツとの決闘で敗れてからの経験は、己の持たない意見にも耳を傾けさせる度量をフィレンの中に培っていた。

 

「ああいう人が出世するんじゃないかなーって、僕は思いますよ」

 

「出世……出世か!」

 

 何の気無しのトーロンの軽い言葉が、フィレンの脳に電流を走らせる。

 オーク戦士にとって出世の頂点は、オークキングの座だ。

 強く強く、誰よりも強い氏族最強の戦士が王位を得る。

 だが、それは組織のトップとして必ずしも正しい事とは言えない。

 腕っ節だけの馬鹿者が氏族を率い、大きな損害を出した例など枚挙に暇が無い。

 それでも強者が王となるのは、強さに偏重したオークの文化性ゆえの事だ。

 

 翻って、カーツが一介の戦士の身には不要な知識すら修めているのは何のためか。

 それはきっと、多くの舎弟を、部下を、民を率いるため。

 広範な知識を以て、氏族に安寧をもたらすためだ。

 あの戦士は、王になろうとしているに違いない。

 

 買い被りである。

 

 カーツはそこまで深い事を考えてはいない。

 彼が知識を求めたのは、そこに生き延びる道を見出したからに過ぎない。

 完全にフィレンの誤解であったが、カーツが女王を我が物にするため王位を心秘かに目指しているという点では一致している辺り、質が悪かった。

 

 一度走り出したフィレンの思考は、パズルゲームの大連鎖の如く止まらない。

 カーツが姫に懐かれているのに、手を出さないのは何故か。

 王位を狙うなら、次代のオーククイーンを手中に収めるのはアドバンテージになるはずなのに。

 なんの、そんなものは素人の考え方だ。

 戦士の中の戦士、オークキングを目指す漢ともなれば、そんな小さなアドバンテージなど気にするはずがない。

 アドバンテージなど霞むような大戦功を挙げればよいのだ。

 大氏族たるトーン=テキンには、名の通った戦士は数多い。

 姫の初陣を支えたという看板をひっさげたカーツは培養豚(マスブロ)の産まれながら、それらの戦士に匹敵する立場だ。

 氏族船(クランシップ)に戻り次第、カーツは同格となった他の戦士達を叩きのめしていくに決まっている。

 そして数多の戦士を打ち倒した上で、玉座にて姫と契るのだ。

 誰にも文句を言わせない、完全無欠のオークキングとして。

 

「おぉぅ……」

 

 フィレンは(妄想の中の)カーツの英雄っぷりに痺れ、感嘆の呻きを漏らした。

 余りにも痛快、余りにも豪傑、まさにオークの本懐ここに有り。

 

「隊長……あなたは……あなたという人は……!」

 

 心が浮き立つのを感じる。

 血が煮え滾って仕方ない。

 卑近な例で例えるならば、のめり込んでヒーロー番組を視聴した直後の小学生男児のようなものであった。

 もう暴れ出したくて堪らない、ワクワクがフルスロットルだ。

 

「フッ! フハッ! フハハハハッ!!」

 

「フィ、フィレンさん?」

 

 突如、大笑しはじめたフィレンにトーロンはぎょっとした目を向ける。

 若き戦士はオークテックの視線になど関わっている余裕はない。

 このままでは興奮の赴くまま、カーツの私室に飛び込んで模擬戦を挑んでしまいかねない。

 今はそんな事をしている場合ではないと流石にフィレンも弁えている。

 だが、己の隊長が、目標たる男が目指す(とフィレンが思い込んでいる)高みを思えば落ち着いてなどいられない。

 その衝動が、哄笑として口から飛び出していた。

 

「流石だ、隊長! ハハハッ!」

 

 王を目指す強大にして不遜な戦士、誰よりも挑み甲斐のある目標だ。

 偉大な戦士に敬意を払う事と、その戦士に戦いを挑む事は、オーク戦士の中では問題なく両立していた。

 

「なに笑ってるの、フィレン?」

 

「あ、姫様!」

 

 保温ボックスを小脇に抱えた姫が、格納庫の入り口から不審そうに覗き込んでいる。

 

「隊長は大した男だと、あらためて実感していただけですよ」

 

「ふぅん……?」

 

 小さく小首を傾げながらも、それ以上問う気もないのか姫は格納庫に入ると持参した保温ボックスの蓋を開けた。

 

「ご飯持ってきたよ、二人とも」

 

 ボックスの中から温められたレトルトパックを取り出して手渡す。

 

「やった! 姫様のご飯!」

 

「レンジであっためただけのレトルトよ、手料理って訳でもないのに」

 

「でも、ありがたいです!」

 

 ホクホク顔のトーロンに続いて、フィレンもレトルトパックを受け取る。

 

「ありがとうございます……トマトリゾットですか」

 

 飲み口の付いたレトルトパック式の宇宙食は粥やポタージュなど重めの流動食のようなメニューが多い。

 温かく、無重力でも摂取しやすく、満足感もあるのがメリットだ。

 

 早速頂こうとキャップを捻じったタイミングで、船内放送からペールの慌ただしい声が流れ出した。

 

「ジャンプアウトしてきた船があります! カーツさん、ブリッジに来てください!」

 

 格納庫に設置されたスピーカーを見上げ、フィレンは眉を寄せた。

 

「救助船か? それにしては早いが……」 

 

「救助してくれるにせよ、襲ってジャンプドライブを奪うにせよ、脱出のチャンスだよ!

 あたし達もブリッジに行こう!」

 

「了解!」

 

 率先して格納庫から飛び出していく姫に続くトーロン。

 フィレンも後に続こうとして、封を切ってしまったレトルトパックのやり場に困った。

 

「えぇい、無作法だが……」

 

 飲み口をくわえ、熱いリゾットを呑み込みながら二人の後を追う。

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