【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う 作:日野久留馬
SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン
エルフの球形巨大要塞は自転の遠心力で内部区画への重力を賄っている。
港湾施設は、自転の軸となる北端と南端に穿たれた洞の中に設置されていた。
遠心力による荷重は軸部分では発生しないため、港湾施設は宇宙船の格納と整備に向いた無重力状態が保たれている。
機能的には他所の宇宙港と同等だが、壁面や各種アーム類がハードセルロースの地肌剥き出しの茶色である事と通行ワイヤーのように張り巡らされた緑の蔦のお陰で、密林を思わせる圧迫感が生じていた。
北側の港湾施設に入港したトーン09は機関を最小駆動に落として停泊していた。
工業的なデザインで構成されたトーン09の外観は周囲に並ぶ木彫りのようなエルフシップとは異質で、明らかに浮いている。
そんなトーン09を固定しようと、四方から伸びる植物性のアームが船体に絡みつき、緊縛されていく。
港内の内壁からボーディングブリッジとして伸びた太い枝の上に降り立ったピーカは、蔦状アームを物珍しげに見上げていた。
「あのアームって、蔦とか枝の部分が変質したものよね?
随分器用に動くのね」
蛇のように船体に絡みつくアームの精密な動作に、感心の声を上げる。
並んで見上げていたペールは、主君の正気を疑うような唖然とした顔で隣を窺った。
「うちの船がぐるぐる巻きにされていきますよぅ、これだと逃げれないんじゃ……」
トーン09の有り様は、網に引っかかり雁字搦めで水揚げされた寸詰まりのシュモクザメの如し。
だが、座乗艦の惨状に姫は全く頓着していない。
「いいじゃない、どうせジャンプすれば引き千切れるんだし」
要塞内でジャンプすればエルフ要塞に甚大な損害が発生するだろうが、その点について姫は気に掛けていなかった。
そもそも、こちらは喧嘩を売られた側なのだ。
相手の心配などしてやる義理も無い。
「で、あれが例の217ね」
通行ワイヤーのような蔦に手を添えて、無重力の中をこちらへ遊泳してくる褐色肌の成人エルフを認め、姫は目を細めた。
「ふぅん……」
エルフという種族を直接に見るのは初めてだ。
守り役である一の戦士を真似て、初見の相手をじっくりと観察する。
217と彼女が引き連れている小さなエルフの一団は艶やかな褐色の肌をしており、港内施設の物陰からこちらを窺っている色白のちびエルフ達とは異なった印象を与えていた。
エルフの種族的特徴なのか糸のように瞳は細められているものの、成熟した美貌は際立ったものと言わざるを得ない。
そしてその成熟は美貌だけではない、グラマラスな肢体もまた際立っていた。
圧倒されるほど実ったバストに引き締まったウェスト、豊かさを湛えたヒップ。
豊潤な肢体を包む黒く染められた貫頭衣には翠色の縁取りと刺繍が施されており、付き従うちびエルフ達が身に纏ったものよりも数段手が掛かっている。
宇宙で最も完成された女体を持つのは母だと確信している姫だが、217の肢体はマルヤー女王に追随するほどの完成度を誇っていた。
「むぅ……」
217のスタイルに母への印象に似たものを覚え、ピーカは眉を寄せた。
大好きな母だが、ピーカにとってマルヤー女王はカーツを巡る強力なライバルでもある。
カーツが女王を想っている事は姫にもバレバレであり、母の下を離れた今のうちに彼をモノにしてしまおうと画策するも、未だ決定打は打てていない。
唾も付けたし相応の手応えは感じているのだが、あと一押し踏み込み切れていない感があるのだ。
そこに現れた女王を連想させるスタイル、すなわちカーツの好みと思われる体型のエルフは姫の心を粟立たせた。
負けるとは思わない、未だ育ちきっていないこの身であっても。
それでも、苛立ちと焦燥が生じる事は抑えられない。
ひと言も言葉を交わさない内から、ピーカは217を仮想敵と認識していた。
褐色ちびエルフの一団を引き連れた217がボーディングアームの上に降り立つ様を見て取り、カーツが自然な動作でピーカの前に出る。
「実のある話がしたいって事だったな?」
背に姫を庇いながら発する戦士の言葉に、 グラマラスなダークエルフは艶然と微笑んだ。
「ええ、あなた方の力を存分に発揮できる配置について、相談いたしましょう」
「んん?」
217の発言にカーツは眉を寄せる。
「早速ですが、バグセルカーの潜伏確率が高い地域に優先配置します、あなた方の対バグセルカー能力に期待いたします」
「待て、何で一足飛びに話が進んでいる?」
カーツの制止に、217は笑みを浮かべたまま小首を傾げた。
「何でも何も。
ここに来られた以上、そういう事でしょう?」
「……馬脚をあらわすにしても早すぎるだろうが」
戦士は嘆息すると、両の拳を握る。
カーツの戦意を感じ取り、姫はきょとんとしているペールを抱き寄せた。
「フィレン!」
「応!」
二人の戦士はボーディングブリッジの足場を蹴り、暴風の如く疾走する。
狙いは217。
敵対するとあらば、即座に頭目を叩きのめす斬首戦術がオーク流だ。
SIDE:兵卒 フィレン
迷いなく襲い掛かる二人の戦士に対して、217もまた無防備ではない。
裸足の右踵がわずかに持ち上がり、トンと床に打ち付けられる。
ボーディングブリッジを形成する樹木の足場は、即座に同胞たるエルフの指示に応じた。
瞬時とも言える程の速度で、床から無数の蔦が伸び上がる。
「むっ!?」
先行するフィレンが蹈鞴を踏むも、伸びる蔦の目標はオーク戦士ではない。
217のしなやかな脚に絡みついた蔦は豊満な女体を緊縛するかのように這い上がり、右腕へと巻き付いていく。
ほんの一瞬で、ダークエルフの右腕は緑の植物で形作られた巨腕と化した。
「何と!?」
振り回される奇怪な巨腕に対し、フィレンは咄嗟に回避ではなく防御を選択する。
シオマネキのように膨れ上がった巨大な腕の一撃であろうとも、頑強なオーク戦士の肉体が負けようものか。
強い自負と共に、打撃を受けるべく左腕を掲げる。
だが、蔦で作られた巨大な腕は無手ではない。
先端に握られた銀の輝きが、フィレンの左腕に叩き付けられた。
太く頑丈な筋肉が高密度で寄り合わされた剛腕が、あらぬ方向へと折れ曲がる。
「ぬあぁっ!?」
想定外のダメージに驚愕の声を上げながら吹き飛ぶフィレンを、後続のカーツが受け止めた。
フィレンの腕の惨状に目を見張る。
「こいつは……!」
フィレンの左腕は一撃を受けた部分で「く」の字に曲がり、内部でへし折れた骨の断片が皮膚を突き破って飛び出していた。
オーククイーンの血を引き非常に頑強で高性能な肉体を持つフィレンに一撃でこれほどの損害を与えるのは、カーツでも難しい。
「ちぃっ!」
薙ぎ払うように振るわれる巨腕の追撃を、フィレンを抱えたカーツは飛び退ってかわす。
蔦の塊のような巨腕の先端には、銀に輝く棒が握られていた。
フィレンの腕をへし折った武器に、後方の姫が息を呑む。
「うそ、
広い銀河にわずか数本しかないと伝わる、不壊金属アダマントイリジウム製のロッド。
トーン=テキンの宝杖でありマルヤー女王の管理下にある『
「金属は私たちエルフには縁遠いものですけど、
使えるものは何でも有効に使うものですよ、これも、あなた方も」
217は糸のように細められた瞳を光らせ、奇怪な巨腕で
「くっ……隊長、ここはお退きを!」
「何!?」
無惨な開放骨折の激痛に耐えながら、フィレンはカーツに退却を促した。
「カーツ!
姫もまたフィレンに同調した。
フィレンは父ビルカンより、彼の血脈であるオークキングが振るった
そして母の手元に現物があり、実際に触れた事もある姫はフィレン以上に
女王から聞かされた、氏族船をも両断しかねないその恐ろしさについても。
「しかし……」
だが、カーツにはその感覚が共有できていない。
知識に対して貪欲なカーツは当然、
しかし、その知識はあくまで書物の上のデータ。
実際に振るわれた状況を見た者が感じた、リアルな知見ではないのだ。
情報のリアリティの差が、カーツと姫、フィレンの間に僅かな齟齬を産む。
主君と部下の言葉にカーツがわずかな迷いを感じた隙に、217は次の一手に掛かっていた。
「『
ダークエルフの艶やかな唇が奏でた言葉に応じ、掲げられた
銀の柄をぼんやりと覆っていく、万物を切り裂く翠の輝き。
「この光、
カーツの頬が引き攣る。
彼が読んだ書物の中で、荒唐無稽すぎて不確定事項のように記載されていた
「隊長! どうか姫様と離脱を!」
フィレンは左腕を押さえながらボーディングブリッジの床を蹴り、217へ突撃を敢行する。
「フィレン!? くっ!」
後手に回ったカーツは顔を顰めながらも後方へ飛び、姫とペールを両脇に抱えた。
隊長が主君の安全を優先した気配を感じ、フィレンはわずかに安堵する。
あれの前に姫様を晒すわけにはいかない。
その一心で輝きを増す
「ちぃっ!?」
重傷を負った身とも思えないフィレンの身のこなしに217は舌打ちした。
緑の蔦で作られた擬似的な巨腕は見た目の通り小回りは利きにくいらしい。
振り下ろされた力任せの打撃はフィレンを捉えられない。
「フィレン! お前も離脱しろよ!」
姫とペールを俵担ぎに担いだカーツはボーディングブリッジを駆け、端から跳躍する。
要塞の自転軸の中心に位置する宇宙港のボーディングブリッジから飛び降りれば、重力影響の少ない要塞内壁の極地側に着地する事ができる。
木々が生い茂る内壁へと降下していくカーツの姿に、フィレンは頬を緩めた。
これで姫の安全を確保できる、後は自分が離脱するだけだ。
「余計な真似を!」
217は秀麗な顔を怒りに染めて、鋭い突きを放った。
フィレンはわずかに身を捻って躱す。
だが、銀のロッドがフィレンの胸元を掠める瞬間、翠の閃光が膨れ上がった。
「ぐあぁっ!?」
切っ先を伸ばすのではなく、柄の太さを増す方向で発せられた
「まったく、手間取らせてくれますね!」
腹立たしげな唸りと共に、翠に輝く
リアルハードとスランプが同時に襲い掛かり、えらく手間取ってしまいました。