【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う 作:日野久留馬
SIDE:戦士 カーツ
飛び降りた先は、低い灌木で覆われた緩やかな斜面。
遠目には緑の絨毯で覆われたようにも見える低木の連なりを、スペースブーツの靴底でへし折り踏み砕きながら着地する。
低重力のお陰で落下距離の割りに衝撃は軽いものの、踏ん張りは効きにくい。
灌木を弾き飛ばしながら、俺の両足は斜面に長々と着地痕を刻み込んでいく。
「痛たたたっ!?」
「はわぁぁっ!?」
飛び散る小枝や木っ端を浴びて姫とペールが悲鳴を上げた。
「舌を噛む、口を閉じて!」
小脇に抱えた二人を両肩に担ぎ直しながら指示を飛ばすと、俺は斜面を蹴って前方へと跳躍した。
灌木を蹴り散らしながら飛び上がった俺の体は、低重力の中を半ば飛翔するかのように突き進む。
エルフの要塞は巨大な人工物であるが、天体としてみれば小惑星程度の代物でしかない。
そのため本物の惑星のような質量による重力は望むべくもなく、自転による遠心力で内面への重力を提供している形だ。
球形スペースコロニーと看做す事ができる要塞のデザインは、ポピュラーな円筒型スペースコロニーに比べると両極部分に低重力区画が生じてしまう特徴を持つ。
その低重力区画ならばジェットパックでも背負っているかの如き大跳躍も可能なのだ。
一足ごとに数十メートルを飛び越す大ジャンプの連続で、宇宙港から距離を取る。
「フィレン、大丈夫かな……」
お尻を前に突き出す体勢で俺の右肩に担ぎ上げられた姫は、離れていくボーディングブリッジの枝を見上げてポツリと呟いた。
「それは……」
部下を案じる姫の沈んだ声に、俺は苦く曖昧な返答しかできない。
あの局面、離脱のタイミングを見誤ったのは痛恨のミスだ。
銀河棍棒についての情報が足りなかった事よりも、姫とフィレンの言葉に迷いが生じたのがいけない。
二人の言葉に従って退くにせよ、速攻で仕留めるべく攻めるにせよ、もっとシンプルに判断すべきだったのだ。
俺の迷いが、フィレンに殿をさせてしまった。
俺が資料で読み、伝聞ならではの誇張と感じた銀河棍棒の威力が真に資料そのままならば、フィレンの生存は分が悪いと言わざるを得ない。
「……」
跳躍を繰り返しながら、牙を噛む。
兵卒の頃から戦場を生き延びてきた俺だ、戦友の死など嫌というほど経験している。
それでも、そのひとつとして慣れはしない。
戦いの中で果てる事はオークの誉れだが、喜んで受け入れている訳ではないのだ。
何よりも、俺の判断ミスのツケをフィレンが支払うのは道理に合わない。
「落とし前は付けねえと」
俺は噛み締めた牙の間から決意の言葉を吐く。
この場における勝利条件に新たな項目が追加された。
元々の目的である姫の生存と脱出だけなら、十分な勝算がある。
トーン09のジャンプドライブの不調は時間経過で回復するという。
その為の経過観察要員として船内にトーロンを残してあるのだ。
ジャンプドライブが回復するまで、のらりくらりと逃げに徹して時間を稼ぐのが本来の想定であった。
しかし、最早そんな穏便なプランで済ます気などは無い。
「痛い目見てもらうぜ、エルフども」
SIDE:F号要塞フォーティチュード ちびエルフ1144
多くのエルフにとって、他種族の道具は貰っても困る代物である。
彼らの生活と文化は全て要塞を起点としたライフサイクルで賄われており、そこに入らない異物は入手しても持て余してしまうのだ。
かつて偶然回収されてから倉庫で埃を被っていた銀河棍棒を217が引っ張り出したのは、イレギュラーな行動と言えた。
現在のF号要塞フォーティチュードの
そんな
とても珍しい訪問者の船をびしりと指さすと、即席部下のちびエルフ達に指示を飛ばす。
「ろー!」
コマンダーから直々の指示を受けて張り切っている色黒ちびエルフとは裏腹に、その辺に居ただけで捕まえられてきた三人のちびエルフのテンションは見るからに低い。
「ろー……」
げんなりとした調子で相づちを打つと、訪問者の船トーン09へ入っていく。
彼らに与えられた指示は、捕獲された者以外の乗員が逃亡した異文化の船の調査である。
とはいえ、エルフ達にはエルフ文化圏の外の知識はまるでない。
怪しい物品と言い出すならば船内の全てのものが疑わしく、仮に爆発物のような危険なものがあったとしても判別できない。
実質的に彼らの任務は船内に隠れている者がいないかの調査だけであった。
「にゃー……」
手分けして船内に侵入した三人のちびエルフの一人1144は、周囲を見回して不安げな呟きを漏らした。
要塞内の製造プラントから排出されてそんなに長く生きてもいない彼女は、エルフ以外の種族の物品と関わる事自体が初めてだ。
木々の柔らかさを感じない、ひんやりつるつるした妙な質感の床や壁には違和感を感じてしまい、どうにも落ち着かなかった。
動力炉が停泊用の最小駆動に切り替えられているため、船内の照明も非常灯のみに抑えられており薄暗い。
暗闇に隠れた物陰から異文化の怪物、それこそ緑の筋肉お化けでも飛び出してきそうだ。
「にゃー……」
暗いところは怖いのでさっさと帰りたいが、直属ではないにせよコマンダーから出た指示には逆らえない。
彼女は両の頬をぱちんと平手で叩いて気合いを入れると、薄暗い廊下に並ぶ扉を手前から開けていく。
「
中を覗き込み、指をさして確認ヨシ。
「
暗いのでよく見えないけど、指をさして確認ヨシ。
「
暗がりでなにかチカチカと光っている機械の端末があったけど、とりあえず確認ヨシ。
さっさと終わらせたいという気持ちから、ルーチンワーク的な
「行ったかな……?」
カーツの指示で船内に残ったオークテックのトーロンである。
「雑な見回りだけど、また来るかも知れないから天井裏に隠れてた方が良さそうだなあ」
のんびり留守番していればいいと思っていたのにと零しながら、トーロンは手早く室内の必要な物品を纏める。
カロリーバー状の携帯食料とお気に入りムービーの入ったタブレット、外部電源バッテリーを詰めたずだ袋を担ぐと、トーロンは再び天井裏に上がった。
「さぁて、時々ジャンプドライブの様子も確認しつつ、映画鑑賞と洒落込むか」
配管パイプの隙間にクッションを置いて居住性を確保した天井裏で、トーロンはくつろぎながらタブレットを起動する。
ちびエルフが色黒ちびエルフに異常なしの報告をした頃には、トーロンはすっかり映画の世界に入り込んでいた。