【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う   作:日野久留馬

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ちいさくてかよわくていとめの奴の村を襲う、でかくてつよくてみどりの奴

SIDE:F号要塞フォーティチュード ちびエルフ1144

 

 要塞内の労役ユニットであるちびエルフ達は、基本的に所属部署が担当する労働に従事している。

 先日、居合わせたからという雑な理由で異文化の船の調査を命じられた1144も、本来の役割に戻っていた。

 彼女の担当部署は生産隊(ファーマス)、要塞内の植物の恵みを収穫、加工し、繁茂をコントロールする部署である。

 本来ならば、細かな農業計画が立てられているのだが、今の彼女達は溢れそうな果実の収穫と雑草除去、単純加工といった日々のルーチンワークしか行っていない。

 指導する指揮官(コマーダー)が不在なのだ。

 

 現在、F号要塞フォーティチュードは開店休業と言っても過言ではない状態にある。

 半年前に行われたバグセルカー拠点との一大決戦にて勝利こそ得られたものの、多大な損害を受けてしまったのだ。

 戦闘要員は激減しており、特に命知らずのちびエルフ海兵隊員で構成された突撃隊(アサルス)に至っては九割が消失する壊滅状態。

 護衛隊(ガーゼス)が擁する戦闘機部隊も未帰還機が続出し、定数を大きく割り込んでいた。

 要塞の戦闘能力は著しく低下している。

 何よりも要塞を運営する9人の指揮官(コマーダー)の内、実に6人も戦死してしまったのが痛い。

 幸いな事に生産官(ファーマス)担当の指揮官(コマーダー)は再生中だが突撃官(アサルス)のように完全に喪失してしまった部署では、新たな指揮官(コマーダー)候補を選出しなくてはならないのだ。

 指揮官(コマーダー)への敬意はあれど、自分がその立場になりたいかと言われれば尻込みしてしまう。

 幼体固定されたちびエルフの大半はおつむの方も見た目相応で、総じて難しい事を考えるのは苦手であった。

 頭脳労働役など、冗談ではない。

 

 このように要塞の状態は非常に厳しく苦しい日々ではあるが、そもそも彼女のような下っ端が頭を悩ます話でもなかった。

 1144の意識はもっと身近な問題、仕事上がりの空きっ腹を何とかする方に向いていた。

 一日労働に励んだ体は至急のエネルギー補給を要求しており、胃袋は情けない鳴き声を奏でている。

 

 ちなみに今日の彼女の担当作業は油搾り。

 オリーブを品種改良した植物の果実を集めて圧搾器の樽に入れ、その上に十字型に取付けられた大きなハンドルを四人掛かりで回して油を搾るのだ。

 見た目は奴隷がぐるぐるやるアレそのもの。

 麻袋のような粗末な衣服のちびエルフ達がこの作業に従事している光景は、有り体に言って児童虐待に近かった。

 

「にゃー……」

 

 眉尻を下げた1144はぺたんこのお腹を撫でながら、夕暮れの集落をそぞろ歩いた。

 ちびエルフが三人も入れば満員になってしまう小さな茅葺きテントが建ち並ぶエルフ村には、甘い香りが漂っている。

 加熱されたイモカボチャが放つ、胃袋を刺激する芳香に1144の唇の端から涎が零れた。

 

 上下から押し潰したカボチャのような外見とサツマイモを思わせる甘みに由来する名称とは裏腹に、実際は品種改良されたパンノミの末裔であるイモカボチャは、エルフ達がこよなく愛する主食である。

 腹持ちがよく栄養価に優れたイモカボチャは生でも食べられるが、熱を通すと格段に美味しくなるのだ。

 しかし、エルフ達は火を忌避しており、日常的に使用しない。

 

 要塞を構成する樹木は品種改良の末に木材としては燃えにくい特性を得ているが、それにも限度がある。

 一端燃え上がれば、要塞が丸ごと炎上する可能性もゼロではない。

 そして燃焼は貴重な酸素を容赦なく消費する化学反応だ。

 安全とリソース、両方の懸念からエルフは種族単位で火の使用を制限している。

 

 このように火を用いないエルフだが、それでもあったかいものを食べたいのが人情だ。

 エルフ集落には火を使わず調理や加熱を行える熱源が存在した。

 ちびエルフ達が「温かい瘤(ぬっこー)」と呼ぶ、太い蔓である。

 各所に樹液を循環させる管や蔓は要塞内に数多存在するが、「温かい瘤(ぬっこー)」の中を流れるのは恒星の熱で加熱された温水だ。

 本来は地中に埋まっているものだが、所々地表に露出した部分がある。

 エルフの集落の多くは貴重なホットスポットである「温かい瘤(ぬっこー)」を利用するため、その周辺に作られていた。

 

 1144の集落の「温かい瘤(ぬっこー)」はちびエルフの胴回りくらいの太さの管で、地表に2メートルほど飛び出していた。

 夕飯時の集落内では、ちびエルフ達が「温かい瘤(ぬっこー)」に群がりイモカボチャを載せて加熱している。

 配布係のちびエルフから両手に抱えるほど大きなイモカボチャを受け取った1144は、ホクホク顔で「温かい瘤(ぬっこー)」の隙間を探す。

 残念ながら、順番待ちだ。

 その間に夕飯の手順について思考を巡らせる。

 イモカボチャの炙り具合はどうしようか、よく焼いて甘みを満喫しようか、それとも半生で食感を楽しもうか。

 食前の幸せな算段は不意に上がった甲高い警告の叫びに遮られた。

 

「にゃーっ! えねみー! にゃーっ!!」

 

 要塞内部では本来あり得ない、敵襲の警告。

 ここ数日で発生の可能性があると連絡網の糸電話で回って来ていた事態が、実際に起こったのだ。

 

「そぉらっ!」

 

 ちびエルフ達の声帯では発し得ない太く雄々しい気合の声と共に、くるくる回る何かがいくつも飛んでくる。

 団子状に丸めた2つの蔦と葉の塊、その間を細い蔓で繋げた投擲物。

 有り物の素材で作られた、原始的な投擲分銅(ボーラ)だ。

 

 次々に投げ込まれるボーラが、ぼすぼすと鈍い音を立てて茅葺きテントに突き刺さる。

 途端に目と呼吸器を刺激する煙が立ち昇り始めた。

 ボーラの団子の中に火種とヨモギ系の葉が練り込まれているのだ。

 よく煙が出るヨモギの葉で燻す事は、母なる星でも用いられたシンプルな防虫対策であったが、ちびエルフ達には劇的に作用した。

 

「にゃーーっ!? かじーーーっ!!」

 

「にゃーっ!? にゃっ、げほっ、にゃあっ、ごほっ!」

 

「にゃーっ! にゃぁぁぁーーーっ!?」

 

 もうもうと上がる煙が本当の火事なのか草が燻させているのかなど、火に縁遠いちびエルフ達には判らない。

 本能に刻み込まれた禁忌、火への忌避感が命じるままに泣き叫び、恐慌状態に陥ってしまう。

 

「にゃーっ!?」

 

 完全にパニックを起こした周囲同様に1144も甲高い悲鳴を上げる。

 だが、その後の彼女の行動は同族達と違った。

 恐慌に見開かれた彼女の糸目は、逃げ惑うちびエルフにぶつかられて「温かい瘤(ぬっこー)」の上からイモカボチャが零れ落ちる様を捉えたのだ。

 今ならあそこで自分のイモカボチャを焼ける。

 据わった目の1144はイモカボチャを「温かい瘤(ぬっこー)」の上に据え付けた。

 デンプン質を過熱する香りがふわりと漂い、1144は満足げに頷く。

 

ろー(ヨシ)!」

 

 何も良くはない。

 危機的状況の中で普段通りの行動に縋りつき安心感を確保してしまう、典型的な正常性バイアスの発現であった。

 1144が現実逃避気味に焼けていくイモカボチャを見つめている間にも、事態は進展していく。

 

「そぉらっ! もっと行くぞぉ! 逃げろ逃げろぉ!」

 

 精悍な声と共に次々にボーラが投げ込まれる。

 ボーラを投げているのは身長2メートルにも達する屈強な人影。

 濃い緑の髪をクルーカットに決めたオーク戦士だ。

 露出した逞しい上半身には樹液と泥を使った茶と黒の線がいくつも描かれ、緑の地肌と併せて迷彩柄を演出している。

 

「にゃーっ!!」

 

 傍若無人にボーラを投げながら村に踏み込む一人コマンドーの前に、二人のちびエルフが立ち塞がった。

 両手に長い棒を握りしめた二人は恐怖心を取っ払われて製造された突撃隊(アサルス)でも訓練を受けた護衛隊(ガーゼス)でもない、いわばただの農民である生産隊(ファーマス)の者に過ぎない。

 筋肉の怪物のようなオーク戦士に怯え、ぶるぶると震えて糸目に涙を滲ませながらも、村を護る為に立ち上がったのだ。

 これは稀有な事例であった。

 多くのちびエルフは安価に製造できるのが売りであり、戦闘能力など持たされていない。

 それゆえ基本的に臆病に性格付けされているのだ。

 臆病で危険から逃げるため結果的に損耗が少なくなる、そういった設計思想である。

 彼らのように勇気を示す個体は、非常に珍しい。

 

「ほぉう!」

 

 オーク戦士はどこか喜ぶような、感心したような声を上げると、二人のちびエルフをじろりと見据えた。

 

「にゃっ……」

 

「にゃー……」

 

 びくりと竦み、手にした棒に縋りつく二人のちびエルフ。

 それぞれの背丈ほどの棒は分類するならばクォータースタッフだがちびエルフサイズに合わせた結果、六尺棒に足りない三尺棒になっている。

 そんな頼りない武器を握りしめた二人のちびエルフは、互いに視線を交わすと三尺棒を振り上げた。

 

「ろ、ろーっ!」

 

「ろぉぉーっ!!」

 

 裏返った気合の声を上げて我武者羅に飛び掛かり、悠然と腕組みをしたオーク戦士へ棒を振り回した。

 避けも受けもしないオーク戦士の両脛に、それぞれの棒が叩きつけられる。

 脛は古の豪傑すら涙を流したという急所のひとつ、強化人類と言えど人体構造の基本は同じためオークもまた脛は泣き所だ。

 しかし。

 

「残念、効かんぞ!」

 

 ちびエルフの腕力では打撃は軽すぎた。

 骨に直接痛打を与えられるはずの脛への一撃ですら、オーク戦士には何の痛痒も与えていない。

 お返しとばかりにオーク戦士の両手が上がる。

 

「ほいっ!」

 

「にゃっ!?」

 

「にゃーっ!?」

 

 額に打ち込まれたでこぴんが、ちびエルフの体を軽々と吹き飛ばす。

 勇敢なちびエルフ二人は泣き声を上げながらコロコロと転がっていった。

 オーク戦士は僅かに唇を緩めながら周囲を見回し、大音声を発する。

 

「さあ、他に俺に挑もうという(つわもの)は居ないのか! ここにはもう勇者は居ないのか!

 お前たちを護る戦士は誰も居ないのか!」

 

 応じる者は最早居ない。

 ちびエルフ達は茅葺きテントの陰に隠れ、ぶるぶると震えるのみ。

 オーク戦士は小さく肩を竦めると、握ったボーラを振り上げた。

 

「じゃあ仕方ないな! 恨むなら出てこないお前たちの戦士を恨みな!」

 

 投げられたボーラは、村の外れに建てられた一番大きな茅葺きテントに飛び込む。

 倉庫として使われているテントの中にはいくつかの樽が並べられていた。  

 中身は村特産の油。

 極端な品種改良の末、絞っただけでも高品質な油は可燃性もまた高かった。

 煙玉として用意されたボーラに仕込まれた小さな火種でたやすく燃え上がる程に。

 ボーラが飛び込んだ衝撃で倒れた樽の油に引火すると、たちまち火種はテント中に燃え広がり、炎に包まれた油樽は火柱を上げて破裂した。

 

「あっ……」

 

「にゃぁぁーーっ!?」

 

「にゃーっ!?」

 

 飛び散る火の粉に追い立てられ、陰に隠れていたちびエルフ達が逃げ惑う。

 

「あちゃー……。 可燃物もあったのか」

 

 これは予想外だったのか、一瞬ぽかんと口を開けたオーク戦士であったが、小さく首を一振りすると炎で明るくなった村の中に歩を進めた。

 村の中央の「温かい瘤(ぬっこー)」まで進むと、一心不乱にイモカボチャを焼いているちびエルフを見下ろす。

 

「また肝の太い奴だな……」

 

 肝が太い訳ではない、現実逃避である。

 

「にゃっ!?」

 

 至近距離から掛けられた野太い声に1144は顔を引きつらせると、今更のように逃げ出し手近なテントの陰に飛び込んだ。

 

「おお、素早い」

 

 1144の動きに感心した声を上げると、オーク戦士は「温かい瘤(ぬっこー)」を検分する。

 

「こいつは熱源か? なるほど、これで調理してるんだな」

 

 1144が焼いていたイモカボチャを手に取り、しげしげと眺めた。

 

「よく焼けているな……」

 

 牙の飛び出した口を大きく開け、イモカボチャを齧ろうとするオーク戦士。

 夕飯が食べられてしまう。

 1144は咄嗟に物陰から飛び出すとオーク戦士の足に体当たりを敢行した。

 

「にゃーっ!」

 

「おっ?」

 

 そのままポコポコと筋肉の塊のような足を叩く。

 

「にゃーっ! ばんごはんっ! あげないっ!」

 

「こいつはお前の晩飯か」

 

 両手を振り回して必死に足を叩くちびエルフを見下ろし、オーク戦士はかすかに頬を緩めた。

 

「さっきの奴らのように、たまに勇敢な奴も居るんだな」

 

 見込み違いである。

 1144は先程オーク戦士に立ち向かった二人のように勇敢な訳ではない。

 単に食い意地が張っており、空腹と極度の恐慌により異常な行動を取っているだけであった。

 

「ほら、あーんしろ」

 

 オーク戦士は手にしたイモカボチャを1144の口に押し付けるように返却する。

 

「もがっ」

 

 口の中に入ってきたイモカボチャを思わず噛み締めた。

 

 甘い。

 美味しい。

 幸せ。

 

 元々処理能力の低いちびエルフの脳みそは、幸福な味覚情報に満たされ他の面倒事を一瞬忘れた。

 

「ほら、そっちに行ってろ」

 

 オーク戦士は火のない方向に向けて1144をでこぴんで転がした。

 口いっぱいのイモカボチャを咀嚼するのに夢中な1144は、押し付けられたイモカボチャを抱きしめたまま悲鳴も上げずに転がっていく。

 

「さて、と」

 

 オーク戦士はシーツに使われていたと思しき麻布を広げると、周囲に散らばるイモカボチャを集めて積み上げた。

 手際よく風呂敷包みにして、ひょいと背負う。

 

「この食料は頂いていくぞ! トーン=テキンの為に!」

 

 大音声で勝利宣言を放ったオーク戦士は、巨体に似合わない疾風のような速度で走り始める。

 ようやく1144が身を起こした頃には、すでに影も形も見えない。

 後に残るのは焼け出され、夕飯を奪われて憔悴したちびエルフ達のみ。

 幸い、備蓄の油樽が尽きたのか、火の勢いは弱まりつつある。

 

「にゃー……」

 

 1144は疲れ切った声を漏らすと、イモカボチャをもう一齧りしようと大口を開けた。

 こちらを羨ましそうに見ている同族に気付く。

 

「……」

 

 1144は齧ろうとしたイモカボチャを見下ろすと、端を少し千切り取った。

 

「ろー!」

 

 切れっぱしを見ているちびエルフに渡す。

 しかし、羨ましそうな同族は一人ではない。 

 結局、1144のイモカボチャは細かく千切って配られ、彼女が口にできたのは最初の一口だけだった。

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