【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う 作:日野久留馬
大変お待たせいたしました。
SIDE:F号要塞フォーティチュード
「潰れろぉっ!」
逃げようともせず身構えるオーク戦士をドーザーブレードの錆びとするべく、真っ正面から突っ込む。
如何に筋骨隆々の強化人類といえど加速を付けた重機の前では、踏み潰された轢死体となるしかない。
そんな当然至極の理屈が改めて脳裏をよぎるのは、465の中に根付いてしまった彼の戦士への恐れゆえか。
あるいはそんな「当然」が覆されてしまう可能性の予兆か。
彼女の内に湧いた怯懦は現実となる。
翠の閃光が弧を描いた。
次いで、人との衝突にしては硬質過ぎる破砕音が響く。
同時に伝わる激しい衝撃と強制的に加わった回転のベクトルによりシェイクされる三半規管。
「うあっ!?」
覗き窓の外がぐるぐると回る。
勢いすら付けていながらエルフマシンは質量で遥かに下回るオーク戦士に殴り飛ばされていた。
回るシートに括り付けられた465の網膜と脳裏に、彼のオーク戦士が手にした
「あんな物を持ち出すからっ!」
やっと停止した横倒しのコクピットで
何本かの水圧計の水位が大きく変動し、内部を通る樹液の色はドス黒く濁っている。
袈裟懸けに殴りつけられた一撃で、ドーザーブレードが被った深刻な損傷を表していた。
「オークとはいえ、人力でやる事か、これが」
覗き窓に映るオークへ吐き捨てる465の声音は隠しようも無く震えている。
彼のオーク戦士は背負うように構えた姿勢から斜めに切り捨てるかの如き一撃を放った姿勢のまま、動きを止めていた。
残心か、あるいは輝く
あれでもう一発殴られたら、マシンごと叩き潰されかねない。
「くぅっ!」
恐怖に追い立てられるようにレバーを引いた465の操作に応じ、機体は重力下装備をパージ。
ドーザーブレードと
小型戦闘機としての姿を取り戻しホバリングで空中に陣取ったエルフマシンであるが、作業機として運用されていたため砲弾は搭載されていない。
安全圏に退避し追撃こそ免れたものの、地で身構えるオーク戦士への攻撃手段も失われてしまった。
そして、上から見下ろせば木々が延焼していく様も改めて確認できてしまう。
消火活動を放り出してまで実行したオーク戦士抹殺は果たせず、かといってドーザーブレードをパージしてしまっては炎を隔離する作業にも戻れない。
どっちつかずな行動の結果は、手詰まりであった。
「ニャック、おのれ……」
最早口を突くのは意味を為さない罵声ばかり。
そして465が己の空回りを自省するより早く、事態は動く。
轟音と共に直径20キロの球体たるエルフ要塞の北端ハッチが突き破られた。
引きずり出されて地に転がるオークの輸送船を見下ろすかの如く、その背後から巨大な棒切れのような船体が侵入してくる。
「なっ!?」
部下の840に任せたエルフシップだ。
要塞外の警備を命じていた船が何故ここに。
防衛すべきハッチを突き破るという
四方に砲弾をぶっ放し始めたのだ。
「ニャック!? 840! 何をしている!」
慌てて通信を入れるも部下は応答しない。
混乱する465を他所に、地から見上げるオーク戦士が握る
SIDE:「残り火」のノッコ
「砲撃開始、狙いなんか付けなくていいから撃ちまくって」
エルフシップの木製キャプテンシートに座ったノッコは、言葉と同時に右腕を一振りした。
その手のひらはキャプテンシートの隣に控えるベーコが小脇に抱えた840の尻を、スナップの効いたビンタとして強襲する。
「にゃあぁぁっ!?」
最早人語の体を為していない原初の悲鳴を上げる840。
その泣き声に追い立てられ、ブリッジ内のちびエルフ達は糸目に怯えの涙をにじませながら操作を行う。
上位者に対する「
対艦用の大口径ポンプガンから放たれた質量弾が本来護るべき要塞の内壁を抉っていく。
燃える木々が着弾で吹き飛んで撒き散らされ、落ちた先で更なる火種となる。
正面モニターに映し出される破壊的な光景に、
「一括で砲撃指示が出せるスイッチは便利だね」
満足げに呟きながら真っ赤に腫れた
「にゃあぁ……」
製造されてから味わった事もないような激痛と何をしでかすか判らないフービットへの恐怖に苛まれた840は、些細な刺激にも怯えて身を竦ませる。
恐ろしいフービットの青い瞳が向けられぬよう縮こまって、現実逃避の如くそれぞれの担当部署に縋りついていた。
「さて、これで上手い事逃げ出してくれればいいけれど」
カーツとフィレン、840から聞き出した囚われのオークがどちらかは判らないが、これだけの大騒ぎを起こせば脱出を図れるだけの戦士であるとノッコは確信している。
折よく起こっていた山火事も囚われていない方のオーク戦士が行った脱出のための仕掛けだろうと、ノッコは当たらずとも遠からずな推測をしていた。
「まあ、捕まった方には、後でお説教しないと……あれ?」
盛大な山火事の炎で埋め尽くされた正面モニターの中、茫と淡く輝く翠の燐光が目に留まる。
「姫のナノマシンの光じゃない? なんか、昔見た覚えが……あ、これヤバい奴!」
最近目撃した似たような輝きとも微妙に違う、より攻撃的な光の正体を自らの戦歴の中から引っ張り出したノッコは、彼女には珍しく頬を引きつらせた。
「緊急離脱! 逃げるよっ!」
キャプテンシートから飛び降りると、泥船から逃げ出す鼠のような勢いでダッシュを開始する。
「あ、姐さん!?」
一瞬、呆気にとられたベーコであったが、彼の判断もまた早い。
小脇に抱えた840を放り出し、少しでも軽量化した全力疾走で後に続く。
戦場において圧倒的な経験値を持つノッコの判断にベーコは疑いを挟まない。
鉄面皮の教官があそこまで泡食って全力逃走を開始する以上、ベーコには判らなくともそれだけの危険があると確信していた。
「にゃっく……」
暴力の嵐のような戦闘種族師弟が走り去り、床に放り出された840は腫れあがった尻を摩りながら顔を上げた。
涙目の視界に正面モニターの中で膨れ上がる翠の光が映る。
異様な輝きは極限状態に追い込まれた840にとって、酷く美しいものに感じられた。
SIDE:戦士 カーツ
びっくりするぐらい使いにくい。
比重の重い金属の有名所といえば金だが、その一立方センチメートル辺りの重さは大体19グラムちょっと。
対して
たった80センチの短いロッドの重量は実に150㎏にも達する。
伝説のマジックモンキーが手にした八万トンもある天の柱ほどではないにしても、オークの剛腕ですら持ち上げるのにもひと苦労という代物。
下手な振り回し方をしようものなら全身の筋肉がぶっ千切れかねない。
「まあ、その辺は判ってた事だ」
袈裟懸けに振り下ろすだけでエルフマシンを殴り飛ばした
翠の燐光を放つ銀のロッドは、本来の重量よりも軽く、速く動いた。
それでいて打撃に込められた威力は低下するどころか数段跳ね上がり、生身では無理筋の装甲目標への痛打を実現している。
真っ当な物理法則に喧嘩を売る現象は製造法も失われたアダマントイリジウムの組成式と俺の身に宿るナノマシンの相互作用によるものであり、魔法や妖術のような不可思議なオカルトの発現ではない。
問題は、その元手となるエネルギー源。
こいつは俺の生命力を啜っている。
オークの身に宿るナノマシン、その体力賦活や身体補助の機能を逆用して俺自身を電池代わりに使ってやがるのだ。
たったひと振りで苛酷な戦場を戦い抜いたかのような、げっそりとした消耗が俺の四肢に重く圧し掛かってきている。
「使い手の命を吸って切れ味を増すとか、まるっきり妖刀じゃねえか」
毒づきながら、空中に逃げ延びたエルフマシンを見上げた。
遠間のあれを潰すとなると、
だが、一度振り回しただけでこの疲労だ、全力を出せば妖刀もどきの
洒落にならない消耗の激しさは、偏に俺の習熟不足が原因である。
不慣れな俺には
オンかオフの切り替えしかできず、その中間がないのだ。
いざオンにしてみれば蛇口が全開の水道のようなもので、それこそ湯水のように体力が消費されていく。
「どうする……」
後の事を考えれば安易に
姫と合流し、トーン09にエスコートせねばならないのだ。
だが、そんな悠長な予定を立てている場合ではなくなった。
派手な破砕音と共に北端のハッチがぶち破られ、エルフシップが突入してきたのだ。
そのまま要塞内を傷つける事も厭わぬ制圧砲撃を開始する。
「中の部隊だけじゃ埒が明かんと見たか、エルフにしちゃ随分と思い切りがいい!」
着弾と共に山火事が爆ぜ、炎が一段と燃え広がっていく。
早急に砲撃を止めねば、姫が巻き込まれかねない。
「後先考えずの博打だな、こいつは」
俺は先々の心配事を棚上げすると、
左腕がへし折れている今、クソ重たい
そして切り裂くべき目標は空中。
上体を左に捩じりながら握った
「まとめて、叩き潰す」
怖気と共に四肢の熱が失われていき、俺の力を啜った翠光は光の大木の如く野放図に膨れ上がっていく。
俺の視線の先で、エルフの戦闘機と船の軌道が一直線に交わる。
ここだ!
「一天地六!
逆袈裟に振り切った
翠の閃光はエルフマシンを飲み込み、エルフシップを両断し、その先にある要塞の内壁すら軽々と断ち割った。
西瓜に切れ目を入れるかのように開いた切断面から、轟と音を立てて空気が抜けていく。
やりすぎだ。
しかし、舌打ちする間すら俺には残されていない。
力を使い果たした俺の視野は、急速に暗く沈んでいった。