【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う 作:日野久留馬
SIDE:戦士 カーツ
「ドライブの不調はトーン08のドライブと同期させればエラー箇所が特定できるでしょ、やっちゃって。 チェック要員が足りないならジョゼにも手伝わせて。
フルトンとソーテンは警戒状態で待機、エルフの追撃が来たら迎撃して。 ベーコは先に着艦して姫とペールを降ろして」
矢継ぎ早に指示を繰り出すソプラノボイスが、耳に優しい。
疲労した頭には言葉の内容は碌に染み込んでこないが、声音の心地良さが俺を覚醒に導いた。
「むぅ……」
「あ、起きた? おはよう、旦那さん」
目を開けると短く整えられた赤毛の後ろ頭が視界に入る。
サドル型のシートにタンデムで跨る姿勢のノッコが半身振り返った。
「……『
「そうだよ、あんまり遅いんだもの」
背もたれ代わりの俺の顔を見上げたノッコは、流し目をくれながら喉の奥を鳴らすように笑う。
「不覚を取った?」
へし折れた俺の左腕を、指先でつんつんと突いてからかうノッコ。
結構痛い。
「結果オーライさ」
俺は顔を顰めながら戦利品を握った右腕を掲げた。
不壊金属アダマントイリジウム製のロッドが計器の明かりを反射して鈍く輝く。
ノッコは
「得意気に玩具見せびらかしちゃって。 そんなのを手に入れるのに夢中になって、怪我までしたの?」
「いやまあ、別にこいつだけに集中してたって訳じゃ……」
「エルフに捕まったりしたのに?」
「それは俺じゃ……待て、何で知ってる?」
俺の問いにノッコは青い瞳を細めて薄く微笑んだ。
愛らしいと言えなくもない表情だが、弓の形を描く瞳に宿る光はえらく剣呑な代物。
怒ってらっしゃる。
「ちょっと鍛え直した方がいいんじゃない? ねえ?」
「アッハイ」
珍しく怒気を露わにするノッコに対し、俺はシートのバックレスト役に徹してやり過ごすしかなかった。
得体の知れないエルフ技術によるジャミングでエラー状態に陥っていたトーン09のジャンプドライブであったが、トーン08のドライブとのクロスチェックで正常稼働状態に回復する事ができた。
我がカーツ一党の技術者勢にはジャンプドライブの専門家はいないが、それでもまともに動く見本があれば異常箇所を洗い出せる。
その結果、トーン09は正常なジャンプを実行し、本来の集合予定地であるランデブーポイントの星系への離脱に成功していた。
持つべき者は優秀な部下である、実に頼もしい。
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
その頼もしい部下の筆頭により、俺はトーン09のブリッジで正座を強いられていた。
なんか前にも似たような事があった気がする、あれはフィレンと決闘をやらかして『
あの時との違いはメディカルポッドに放り込まれていたフィレンが今回は俺の隣で正座している事と、仁王立ちで説教してくるのがトーロンではなくノッコだという点だ。
「聞いてるよ。 再トレーニングの必要性は重々感じてた所だ、な、フィレン?」
矢面に立つ被害を軽減しようと横目でフィレンに振るも、すでに彼は被害担当艦の役目も果たせない程にボロボロになっていた。
血止めはされているとはいえ、失神の元となった頭部からの大量出血で顔色は最悪のひと言。
だが、言葉もなく小さく頷くばかりの彼を苛むのは、失血による肉体的なダメージよりも精神的ダメージの方だろう。
着替える暇もなく正座させられたせいで相も変わらずエルフ謹製亀甲縛りモードのままという格好が屈辱なのかと思ったが、どうもその装束に違和感を覚えているのは俺だけらしい。
彼の精神を大きく削り取ったのは珍妙な格好による羞恥ではない。
出会い頭にノッコが吐いた、大きな溜息のせいだろう。
その癖、説教の矛先は俺に集中しており、フィレンには一言もない。
普段なんだかんだと減らず口を叩いてはいるものの、フィレンがノッコを慕っている事は俺にも見て取れる。
そんな母に呆れ返ったような溜息のみで迎えられては、フィレンが大いに凹むのも無理はなかろう。
ノッコは無言で俯く息子を半目で眺めると、視線をフィレンから横にずらした。
「それで、そっちの子はどうするの」
フィレンの隣には涙目のちびエルフがちょこんと正座していた。
気密区画を求めてトーン09のエアロックに入り込んだままジャンプに同道してしまったらしい。
敵対勢力の構成員ではあるのだが。
「こいつら単品じゃあ、別に脅威にもならないしなあ……」
大人エルフくらいの行動力と戦闘能力があるならともかく、か弱い生物すぎて警戒対象にもならない。
「脅威じゃなくても無駄飯喰らいでしょ。エアロックから放り出す?」
「にゃっ!?」
不機嫌丸出しなノッコの棘のある言葉に、ちびエルフは両手をあわあわと握ったり開いたりしながら踏まれた猫のような声を上げた。
「それもなあ……」
アドレナリンが全力分泌中の戦闘モードならともかく、頭が冷えてしまった状態で残虐行為に走るには俺の中の21世紀感覚が邪魔をする。
宇宙空間を航行する以上、惑星上で迷い猫を追い出すのとは訳が違うのだ。
躊躇する俺に助け舟を出すように、カーツ分隊の最高権力者が割って入った。
「無駄飯喰らいじゃ無きゃいいんでしょ。 ねえ、貴女、得意な事は?」
「にゃ、や、えっとえっと」
目の前にしゃがみ込んで視線を合わせた姫に、ちびエルフはわたわたしながら言葉を紡ぐ。
「く、くさむしり! はたけしごと!」
「うーん、宇宙船の中じゃ役に立たないかなあ……」
農業プラントを抱えるような特大移民船ならともかく、一般の船では出番の無いスキルだ。
「にゃあぁ……あばかす! あばかす、つかえる!」
「あばかす? 何それ」
「算盤って道具です、原始的な計算補助器ですね。 エルフはそれを使って航路計算するようです」
俺の補足に姫は腕を組んで唸った。
「航路計算かー、そういうのは船のコンピュータにさせればいいしなー……」
「にゃぁ……」
消沈するちびエルフに小さく鼻を鳴らしたノッコが追撃を行う。
「私達フービットはその手の道具無しでも航路くらい暗算出来るけどね」
「にゃあぁ……」
大人気なくハイエンド戦闘機パイロット種族の軌道計算能力を誇示するノッコに、ちびエルフは糸目からポロポロ涙を零しながら俯いた。
「泣いちゃったじゃない! ノッコが虐めるから!」
姫にジト目で睨まれ、ノッコは唇を尖らせてそっぽを向く。
「いいわよ、食い扶持ならあたしが出すから! お手伝い要員でうちの子にする!」
ちびエルフを胸元に抱き寄せてノッコに言い放つ姫に、段ボール箱に入った子猫を拾ってきた幼児のイメージがダブった。
お母さんが反対する程に意固地になるパターンだ。
「姫が責任持つなら、いいんじゃない? 手に余ったからって、放り出さないようにね」
「しないよ!」
肩をすくめたノッコに小さく舌を出すと、姫は胸に埋まりかけているちびエルフに問いかけた。
「貴女、名前は?」
「1144……」
「1144か、結構長い……イチイチヨシ……ないわね。 真ん中の2文字を取って、イヨって呼ぶわ、よろしくね?」
「ろ、ろー?」
新たにニックネームを与えられたちびエルフ改めイヨは、よく判っていない風ながらもこくこくと頷いていた。
SIDE:F号要塞フォーティチュード
培養槽から溶液が排出されるのは、心地よい微睡みの時間が終わる合図。
わずかに粘りのある培養液に浮かんでいた体が溶液の排出と共にゆっくりと沈み、足裏が床に着く頃には意識も覚醒している。
濡れた素肌が気化熱で冷え、465はぶるりと身を震わせながら瞼を開けた。
「う……」
初めて虹彩に入ってくる外部の明かりは痛い程に眩しく、465は目を細めた。
鋭敏に設計されているのはいいが、大光量に弱い視覚系を守る為、エルフ達は幼い頃から目を細める事が習い性になっている。
彼らの種族特性である糸目はこうして形作られていた。
パチパチと瞬きを繰り返して視界を安定させる。
半透明の壁越しに見える、彼女自身が入っているものと同じウツボカズラめいた培養槽が立ち並ぶ光景は見慣れた培養室のレイアウトだ。
しかし、奇妙な事に視点が低い。
「にゃっく……?」
思わず漏れた不審の声音が存外に高く、465は困惑を深める。
「もう起きてしまったか」
感情を廃したようなフラットな声に顔を上げると、培養槽越しに560が見下ろしていた。
その後ろには465が臨時
妙に煤けて包帯塗れの840は、じっとりとした半目を465に向けていた。
自らが抜擢した840の態度に違和感を覚えるが、それよりも気になる事がある。
随分と高い位置にある560の顔を見上げながら、465は疑問を口にした。
「560、状況はどうなっている。 再生処理を途中で止めたのは、何かトラブルがあったのか?」
465の体は、豊かな発育など望むべくもない、ちんちくりんのちびエルフボディになっていた。
培養槽の中で目覚めた経験は465には、より正確には465の意識には何度もあるので、その点では驚きはない。
エルフはその能力の大半をバグセルカーへの防御に割り振っており、純然たる戦闘能力に関しては他の戦闘型
戦闘担当部署を率いる465も、痛い目を見るどころか死の瀬戸際を彷徨った事など山程ある。
今回のように、その生き死にのラインを踏み越えてしまった事も。
このような事態で経験を積んだ
ここに居る465はトーン=テキンの戦士カーツと相対したエルフ
だが、素体のちびエルフのまま覚醒したのは何度も再生処理を行ってきた465にも初めての経験である。
「このままでは
「その必要は、ない。
「にゃっく!? 何を言っている!」
560の冷徹な言葉に465は声を荒げて掴みかかろうとするも、培養槽に遮られた。
「今回の件で確信した、余計な事をするお前と217は要塞の為にならない」
「私達は、要塞の、戦力補充の為に!」
「それで、逆に戦力を減らしていては、意味がありません」
560の後ろから840が口を挟む。
自分を慕っていたはずの後輩が発する冷たい声音に465は怯んだ
「村と森の三分の一が焼失、各種施設の稼働率は四割を切っています。
何より要塞の外殻に開けられた破孔により、多くの人員が外に吸い出されてしまいました。
迷惑ばかり引き込む貴女を再生している余地なんか、ありません」
「ま、待て! そんなにやられたのか!?」
エルフの再生装置に保存された記憶はリアルタイムでの更新は行われていない。
465が持つ最も新しい記憶は、オーク戦士達が森に逃走した辺りだ。
再生室送りになっている以上、自分がオーク戦士にしてやられた事は推測していた465だが、それ以外の損耗は彼女の想定を大きく越えていた。
これでは半年前のバグセルカー戦で被った大損害を補填する所ではない。
「お前が連れてきたオークが、217が持ち出した
確かに有用な戦力だったのかも知れないな、コントロールさえできれば」
560は皮肉げな言葉とは裏腹に、熱のない表情で淡々と述べた。
もう怒りすら見せない彼の姿は、デリカシーに乏しい465にすら悟らせるものがある。
彼は完全に自分達を見切っているのだ。
「……私達を追放するのなら、護衛官と補給官の知識も失われるぞ。 すでに多くの知識が欠落しているのに、やっていけるのか」
半年前の大戦でエルフ要塞が被った最大の損害は、再生装置の損傷であった。
この上、
だが、己の知識を担保にした恫喝は、560の覚悟を揺るがすには至らなかった。
「承知の上だ。 そもそも、要塞が作られたばかりの頃はなんのノウハウもなかったのだ。 そこからやり直すまでの事。
邪道に染まったお前達の知識など、いらん」
「にゃっく……」
絶句する465に対し、話は済んだとばかりに560は踵を返す。
「もうじき217も目を覚ますだろう、お前から状況を聞かせてやるといい。
……他に仕事もないのだしな」
言い捨てると560は培養室から立ち去った。
戦傷で下半身を痛めたのか、どこかひょこひょことした歩みで840も続く。
積み重ねてきた知識ごとばっさりと切り捨てられた465には、彼らの後ろ姿を呆然と見送る事しかできなかった。
現在二巻の作業中です。
新規登場キャラのデザインラフを拝見しテンション上がる上がる。
ペール可愛い。
一巻をまだ購入されていない方も、この機会に是非!
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