【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う   作:日野久留馬

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もっとバリバリ更新したい所ですが、リアルが修羅場ってて……。



《余話》イヨのトロフィー生活

SIDE:トーン=テキンのトロフィー イヨ

 

 戦闘部署以外に属するエルフは、宇宙に生きる種族でありながら無重力を味わう機会が少ない。

 周囲の環境から切り離された要塞内は、自転による重力すら兼ね備えたテラリウム。

 そこで暮らす者が無重力を体験するのは要塞が砕け、真空中に吸い出された時くらいのものだ。

 イヨというニックネームを与えられたちびエルフも、停泊中の輸送船の中で初めての無重力を体験していた。

 

「おぉ……」

 

 通路の床をトンと軽く蹴っただけで天井まで浮き上がっていく体に、イヨは驚きの声を漏らす。

 ふわふわと漂う体は天井に軽くぶつかると、その反動で今度はゆっくりと降下を開始した。

 

「おぉー……」

 

 身動きせずとも体が上下していく無重力アトラクションにイヨは細い目を真ん丸に見開いた。

 麻袋を使い回したような粗雑な貫頭衣の裾がヒラヒラはためく様すら楽しい。

 だが、無限に上下運動アトラクションは続かない。

 身長1メートルにも満たないちびエルフが、軽く跳ねた程度の初速しかないのだ。

 ぽよんぽよんと、ぶつかって跳ね返ってを繰り返す間に勢いは失われていき、やがてイヨの体はゆっくりと停止した。

 

「にゃっ!?」

 

 戦時中の急造品であるトーン09はノーマルよりも大柄な強化人類が使用する事も視野に入れ、通路はそれなりの広さで設計されている。

 縦横それぞれ3メートルはある通路の真ん中で停止してしまうと、イヨの背丈ではどこにも届かないのだ。

 

「にゃっ、にゃっ」

 

 空中を泳ごうとバタ足するも、当然ながら空気を蹴った程度では推進力が発生するはずもない。

 それどころか不要な運動モーメントを与えられた体は不規則なスピンに陥ってしまう。

 

「にゃあぁっ!?」

 

「そういう時は無駄に手足を振り回しちゃ駄目よ」

 

 涼やかな声と共に、襟首を掴まれる。

 柔らかな双丘に抱き寄せられた。

 

「ひめ!」

 

 埋まりそうな深い谷間から保護者の金の瞳を見上げるイヨの声音は喜色に満ちている。

 短い時間でイヨはすっかり姫に懐いていた。

 何といってもご飯と安全をくれる人なのだ、懐かない訳がない。

 

「重力の無い通路を移動する時は壁に触れる距離をキープするの。 念のためエアスラスターかワイヤーガンでも持っとくといいんだけど……」

 

 姫は麻袋に手足を通す穴を開けたようなイヨの装束を見回し、苦笑した。

 

「ジョゼに宇宙服作って貰ってからにしようね、今はポケットも無いし」

 

 姫の言葉にイヨはこくこくと頷く。

 あんまり判っていないが、とりあえず壁際に寄って移動するようにという点だけはビット数低めの緩々脳みそに刻まれた。

 

「さ、お仕事タイムだよ。みんなにお昼ご飯配りに行こうね」

 

「ろー!」

 

 肩から下げた保温バッグを揺すって見せる姫にイヨは元気に片手を上げて応え、その弾みでぐるんと縦回転した。

 

 

 

 

 イヨのお仕事は、姫のお手伝いという事になっている。

 要するに姫直属の雑用係な訳だが、それでは姫の方が何を担当しているかを一言で表すならば、お飾り船長になってしまう。

 カーツ分隊で行われる全ての運用の決定権と拒否権を持つ最高権力者ながら、実行に伴うスキルは全て部下達に委ねている状態だ。

 通常の組織ならばトップは意思決定のみを示す神輿であっても問題なく運営されていくが、小規模な船舶ではそうはいかない。

 単純に人手が足りていないカーツ分隊では、トップたる姫自身も労働力に数える必要がある。

 とは言え、船員としてどのような部署でも働けるように育てられたドワーフ娘や、知識こそ力という建前で好奇心を満たしまくった結果、妙なスキルにも通じているオーク戦士などと違い、箱入りの姫にはできる事が少ない。

 それでも、電子レンジや洗濯機など家電の類を操作するくらいなら何とかなる。

 文字通りのお姫様育ちが担当しているのは食事の準備や衣服の洗濯などの裏方仕事であった。

 当人にしてみれば、これまで関わった事のないジャンルの作業なので、物珍しさも手伝って楽しんで働いている。

 その一方で、未だに姫によるおさんどんに慣れない者も居た。

 

「毎度姫の御手を煩わせてしまうのは何とも申し訳なく……」

 

 トーン08を預かる古強者ボンレーはブリッジまで昼食を運んできた姫へ、しきりに恐縮していた。

 裏方を重視し氏族全体の冗長性を上げようという女王の政策について、ボンレーもカーツから聞いている。

 オークとしては相当な知恵者の部類に入るボンレーは女王の方針を理解する知性と、先々を見据えて同意するだけの大局的な視点を有していた。

 そんな彼ですら裏方仕事は貴人がやるような事ではないと感じてしまう。

 姫が手ずから食事を振舞う様に、申し訳なさを覚えるのだ。

 古株ゆえの古めかしい感性に引きずられたボンレーの遠慮に、当の姫はあっけらかんと応じる。

 

「手が足りないんだもの、気にしない気にしない」

 

 軽く笑い飛ばしながら保温バッグの蓋を開けると、脇に控えたイヨがすかさず手を突っ込みホカホカのレトルトパックを引っ張り出した。

 

「ろー!」

 

「ああ、ありがとう、おちびちゃん」

 

 両手で差し出されたパックを受け取り、ボンレーは傷だらけの豪傑面を微笑ませた。

 こうしてお供も付いているのだ、一応貴人としての体裁は取り繕えているだろう。 多分。

 何とか拘りを納得させたボンレーはイヨの頭を撫でると、自分のデスクの引き出しからチョコバーのパッケージを取り出した。

 

「はい、お駄賃です」

 

「にゃ……?」

 

 差し出された細長い包みを前に、イヨは戸惑ったように姫の顔を見上げた。

 

「貰っときなさい」

 

「ろー! ありがと!」

 

 掲げるようにチョコバーの包みを受け取ったイヨは銀色のアルミパッケージを裏表ひっくり返して観察する。

 ちびエルフに与えられた基礎知識には銀河共用語(ギャラクティッシュ)の読解は入っていないため、イヨには派手な色彩で印刷された商品名は読み取れない。

 それでもこの船に拾われてから数度の食事で、この銀色の包みが豆の莢のようなものであると理解している。

 中に食べ物が入っているのだ。

 これまで姫から与えられた食事に、食い意地の張ったイヨはすっかり魅了されている。

 イモカボチャの素朴な甘みしか知らなかった未熟な味覚は化学調味料が生み出す千変万化の刺激に打ちのめされ、最早エルフ要塞に戻っても満足できない舌に成り果てていた。

 

「んっ!」

 

 パッケージのすみっこに噛みつき、縦に引き裂くように開封する。

 

「おぉ……」

 

 現れた茶色の棒は馴染み深い木々の色合いに似ていたが、表面に練り込まれたナッツの欠片のお陰で印象を異にしている。

 端的に言うなれば消化不良の何かが混ざった排泄物的な物体のように見えなくもなかった。

 だが、尾籠な連想がイヨを怯ませる事はない。

 姫が許可を出しているのだ、おかしな食べ物ではあるまい。

 すっかり餌付け済みのイヨは姫への盲目的な信頼の下、迷いもせずに大口を開けると茶色い棒にかぶりつく。

 生のイモカボチャスライスも嚙み砕く健康な前歯が、ざくりとチョコバーの表皮に突き立てられ、口いっぱいに齧り取った。

 

「んむ……んむ……」

 

 咀嚼する内に、イヨの糸目が丸く見開かれていく。

 チョコバーの表面を覆うナッツ混じりのチョココーティングの下はサクサクとして甘みの少ないウェハース。

 そして更にその下、チョコバーの芯となっているのは粘度の高いヌガーだ。

 歯にまとわりつくようなヌガーが噛み砕いたウェハースを絡めとり、濃厚な甘みと確かな歯応えを提供する。

 

「んんん……」

 

 普段は糸目の奥で色も窺えない翠の瞳を全開にしたイヨは、夢中で口を動かしチョコバーを咀嚼した。

 子供でも気軽に買えるくらいに安価な、昔ながらのありふれたお菓子の持つ完成度が、イモカボチャ以外の食文化を知らなかったちびエルフの味覚を蹂躙する。

 

「ろー……」

 

 ごくんと呑み下して口内を空にしたイヨは手の中の小さなお菓子を見下ろし、感嘆の呻きを漏らした。

 菓子とはすなわち贅沢品、生存のために必要な食事に比べれば重要度は低い。

 バグセルカーと戦うためだけに存在するエルフ要塞では早々に切り捨てられた文化の一端だ。

 微妙にも思える見た目の茶色いお菓子は、イヨにとって自分たちが無くしてしまった文化の結晶であった。

 

「美味しい?」

 

「ろー!」

 

 問いかける姫に大きく頷くと、再度チョコバーに食らいつく。

 夢中になってチョコバーを貪るイヨに、ボンレーは頬を緩めた。

 

「いい食べっぷりです。 お代わりもありますよ」

 

「!!」

 

 口いっぱいに頬張っていながら、ボンレーが取り出した二本目のチョコバーにイヨの目は吸い寄せられる。

 だが、保護者が無慈悲にインターセプトを行った。

 

「駄目よ、際限なく食べさせたらこの子、まん丸になっちゃうでしょ」

 

「では、頑張ったご褒美なら如何でしょう。 この子に何か課題を与えてみては?」

 

「そうねえ……」

 

 もぐもぐと必死で口を動かしているイヨを見下ろし、姫はボンレーの提案を吟味した。

 

 

 

 食い意地の張ったイヨに対して、ボンレーの提案は高い効果を発揮した。

 とりあえず銀河共用語(ギャラクティッシュ)の読み書きを覚えさせるべくチョコを出汁にアルファベットの書き取りを始めさせた所、完全な文盲だったとは思えない程の速度で大文字小文字それぞれの26文字を習得し簡単な単語を覚えるまでに至った。

 チョコへの執着の勝利である。

 あるいはチョコに含まれるカカオポリフェノールがイヨの低ビット脳に喝を入れ、クロック数を上げたのかもしれない。

 その後、チョコバーのパッケージに書かれていた文字を頼りに食料庫からチョコのパッケージだけを選り分けて摘まみ食いしようと画策した所をノッコに見つかり、尻叩きの刑に遭うのはまた別の話である。

 

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