【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う 作:日野久留馬
SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン
「ビッグレッド星系
オペレーターのペールが発した報告を受け取ったピーカはキャプテンシートにぐったりと背を預けた。
「はー、やぁっと帰ってこれたぁ……」
口から漏れる声音は快活が売りの彼女らしくもなく、魂ごと抜けていきそうな程に脱力しきっていた。
箱入りお姫様とは思えない程に豪胆な彼女でも、生まれて初めての遠出がトラブル続出とあれば気疲れもする。
こんな時にこそ腹心の戦士が隣に居てくれれば心強いのだが、彼は不測の事態に備えて愛機のコクピットで待機中だ。
カーツの広い背中と無骨な微笑みが無性に恋しい。
癒しを求めるかの如く指示を出す。
「ペール、警戒態勢を解除、カーツ達にブリッジに上がるよう連絡して」
「了解」
お仕事モードのペールは、半ば虚脱状態の指揮官から出た警戒解除の周知を素早く展開した。
普段は鈍臭い印象の強いペールだが、得意な領域で腕を振るう様子は颯爽としたプロフェッショナルの気配が漂い、頼もしい。
この略奪行で加入したばかりで、まだ短い付き合いしかないが、共にトラブルに立ち向かった経験が彼女を一党に馴染ませている。
有能なクルーの加入は、今回一番の成果と言えるかもしれない。
「まあ、プラマイでトントンかしらね」
一方で今の所あんまり役に立っていない新規クルーもいる。
「んっ、にゃっ」
キャプテンシートの隣の補助シートでは、シートベルトで席に括り付けられたイヨがベルトのバックルと格闘していた。
彼女の指先が不器用というよりバックルの構造を理解していない為、躍起になって弄くっても外れない状態だ。
「無理に引っ張っても外れないわよ。 ほら」
姫の指がバックルを外すと、イヨの身体は0Gの中でふわりと浮く。
シートと体を接続するカラビナが用意された軽宇宙服を着ていればこんな事もないのだが、イヨの服装は相変わらずの麻袋めいた貫頭衣であった。
「ありがと!」
シートベルトの縛めから解放されたイヨはサブシートのバックレストを蹴って船窓に向かう。
目的の窓にべちゃりと張り付く形で到着すると、虚空に輝く主星を見上げた。
「おっきいあかいほし」
「そうね。 あれがあたし達の母星、ビッグレッドよ」
「赤色巨星が主星の星系を拠点にしているのは珍しいですね」
ゴーグル越しの視線を赤い星に向け、ペールも感想を漏らす。
ビッグレッドの赤い陽光と共に育ったピーカは小さく首を傾げた。
「珍しいの?」
「寿命が近い星ですから、いずれ折角作った拠点を放棄することになりますし」
赤く実った巨大な星は最期の時が近い老星だ。
その末路は周囲を飲み込むほど膨れ上がった挙句に力尽きて矮星となるか、己の自重に潰されてブラックホールとなるか。
どちらにせよ、星系内に作られた施設など一切合切吹き飛ぶのは間違いない。
「寿命が近いったって、星の寿命は億年単位だよ? あと一万年くらいは大丈夫なんじゃないの?」
「どんなに先でも、無くなるの前提で施設を作るのは嫌だって気にする人は居ますから……」
不思議そうに首を傾げる姫に、廊下から補足の声が掛かった。
「星系に最初に作る施設と言えば、大抵は入植用の拠点ですからね。 どこかしらの国が主導でやってる公共事業、要するに税金で作られてる施設です。
ペールの言うように自分らの払った税金が、いつか壊れるのが前提の施設に注ぎ込まれるのは気に食わないって層は少なくない。
そんな近視眼な連中にもいい顔しなきゃならないのが政治家って奴なんですよ」
のっそりと入ってきたカーツに視線を向けながら、姫はため息交じりの感想を漏らした。
「星が潰れるくらい未来なら、払ったお金のコストなんて十分元を取ってるでしょうに……。
まあ、うちの場合は拠点の施設が
金の猫目を細めて意味深に微笑む。
「あたし達の子孫なら、何とでもするでしょう。 ねえ、カーツ?」
「……まあ、姫の子孫ならどんな状況でもタフに生き抜くでしょうね」
言質を取られぬよう、微妙に言葉を選んで返答するカーツ。
揶揄うネタを見つけたとばかりに口の端を持ち上げる姫だったが、一の戦士に無茶振りを行うより早くブリッジ内に鋭いアラート音が鳴り響いた。
緩んでいた空気が瞬時に締まる。
「タキオンウェーブ警報感知! ジャンプアウトです!」
「場所は!?」
「……
きびきびとしたペールの報告に、カーツは顎を撫でて思案する。
「二隻か、その数なら海賊狩り部隊って事はないですね」
「
略奪種族であるオークの拠点には、被害にあった星間国家から賞金が掛けられている。
古株のトーン=テキン氏族に掛けられた賞金は莫大な金額になっているはずだが、未だにその拠点は突き止められておらずビッグレッド星系に賞金稼ぎが現れた事もない。
トーン=テキンの略奪部隊は老舗らしい慎重さで帰還の航路を選定し、追いすがる送り狼は必ず叩き潰してから凱旋していた。
これもまた、大規模氏族となるまでの過程でトーン=テキンに根付いた略奪の作法のひとつであった。
「二隻とも移動を開始しました。 この速度、輸送船ではありません。 おそらく
ペールの報告にカーツは小さく舌を打った。
「向こうの船足だと、
「あたしは気に入ってるけどね、トーン09」
キャプテンシートで大きく足を組んだ姫は、バックレストを緩くリクライニングさせて寛ぎモードに移行する。
味方の船ならば警戒を続けて気を張る事もない。
「のんびり行きましょ、流石にちょっと疲れたわ」
3日後、
食い千切られたように船首を破損した500メートル級の
かつてペールが捕らえられていたシャープ=シャービング氏族の船、マーゴ・ドレインであった。