地球防衛軍6.1 THE IRON LILY 作:イナバの書き置き
旧町田駅。
かつて横浜や都市部へと繋がる路線が交差していたこの駅は、今は瓦礫の中に沈んでいる。
陥落した甲州市方面から南下してくるヒュージを迎え打つ為の戦場となった都市諸共、一般市民は寄り付かぬ廃墟の街となっているのだ。
辛うじて路線は保守されているものの、此処を利用したり通過する者がいるとすればそれはヒュージかリリィの二択。
放棄された駅舎を仮拠点とする一柳隊も、その例に漏れていなかった。
「……雨が降ってきたね」
「えぇ、これで火災も鎮火する筈です」
が、しかし。
白黒の髪飾りが目立つ少女──王雨嘉と茶髪の小柄な少女──二川二水は駅舎の外で橙色に燃える森林を眺めていた。
単純に、居ても立ってもいられないのだ。
駅舎の中では今も仲間達が今後の方針について話し合っているだろうが行方を眩ました安藤鶴紗の事が気になって落ち着いていられないし、話に集中出来ない程気もそぞろなら外で山火事でも見ているしかない──そう言う訳だ。
そしてそれは、仲間達からの配慮でもある。
「……鶴紗さん、大丈夫でしょうか」
「もう8回目だよ、ふーみん」
「分かってます。それは分かってるんですけど……」
「それは12回目」
「あ、あはは……」
乾いた笑いが濡れた空に木霊するが、2人とも視線を橙の森から逸らさない。
彼女らは、共に「目」に関する
王雨嘉が瞳に宿すのは──天の秤目。
敵と味方の距離を極めて正確に把握する事が可能となるこの能力は、自身の目を媒介とした高精度の双眼鏡にも転用される。
彼女は天の秤目を用いて、森の隙間をひたすらに凝視していた。
対する二川二水が宿したのは──鷹の目。
その名の通り空中からの俯瞰視点を得る空間把握能力が見詰めるのは、燃える森の全景。
赤く光る眼は瞬きすら忘れ、通常を遥かに超えた情報を処理し続ける。
共に、探しているのだ。
突如として空から降ってきた「何か」に吹き飛ばされ、木立の向こう側へと消えた鶴紗の姿を。
決して──動きたくても動けない自分達に忸怩たる思いを抱いている訳ではないと、そう信じて。
「ヒュージは取り逃がした……鶴紗も……」
「雨嘉さんのせいじゃありませんよ……鷹の目なら真っ先に気付けた筈なのに……」
突如として空中に出現した
地上に落着した後雨霰のように光弾を放つそれの猛攻によって、一柳隊は町田駅までの撤退を余儀無くされていた。
ほんの数秒前まで隣で談笑していた友人が奇襲によって戦死する──この世界では大して珍しくもない。
ただ、それが自分達の身に降りかかってきたと言うだけの話であって。
「……」
「……」
黙する少女達に1つ望みがあるとすれば、それは鶴紗が強化リリィである事だ。
リジェネレーターによる強力な再生能力を持つ彼女は、即死か原型を留めぬ程に肉体を破壊されない限りは基本的に
そして一柳隊の誰も吹き飛んだ彼女がどうなったのか目撃していないのだ。
要するに、何処か安全な場所で体を癒して離脱している可能性は低くない。
それを前提にして駅舎の中では作戦が練られているのであって──雨嘉と二水も森の方を凝視していた。
「ん……?」
だからこそ、と言うべきか。
少女達の努力は各々が想像していたよりもずっと早く成果となって現れた。
「交戦、してる……?」
先に気付いたのは二水。
俯瞰視点で鎮火しつつある火災現場を見下ろしていた視界の片隅に、チカチカと光が瞬く。
最初は、鷹の目を酷使した弊害がもたらす眩暈だと思っていた。
しかしそれは消えるどころか時間を経るに連れて明確になり、数十秒も経つ頃にはマズルフラッシュの閃光として彼女の脳に取り込まれる。
「うん、間違いない……!」
そして雨嘉は見た。
黒く焼け焦げた木々の隙間、森の奥深くを駆け抜ける金色を。
それに続く濃緑の装甲を纏った何者かの姿を。
戦っている──そう、鶴紗と誰かが火災の現場で戦っているのだ。
ぼんやりと眺めている場合ではない。
「雨嘉さん!」
「分かってる……!二水は皆を呼んできて!」
壁に立て掛けた己のCHARMを掴み、少女達は走り出す。
1人は、黒い森に向かって。
1人は、駅舎の中の仲間達に向かって。
避けられない、混迷の邂逅に向かって────
これで3体目────
鎮火しつつある森の中を駆け巡り、T1ストークのトリガーを絞りながらストーム1は思わず呻いた。
あまりにも常軌を逸している。
それは眼前で暴れまわる異形に対してであり、怯む素振りすら見せずに斬りかかる少女への素直な感想だった。
直径3、4メートルにもなる玉のような形状の体を3本の爪で支えるその異形は紛れもなくヒュージである。
鶴紗が倒すと言った敵であり、男がプライマーとは別種と予想した敵だ。
それは良い。
端から鶴紗が交戦したら加勢するつもりではあったし、予想も見事に的中した。
しかし、この耐久力は何だ。
幾らT1ストークがEDFでは型落ちのアサルトライフルとは言え、よもや1マガジン丸々叩き込んでも致命傷どころか満足な手傷を負わせる事すら出来ない等とは想定していなかった。
──怪生物を殺せる威力の銃が効かないのか?
確かに弾丸は灰色の表皮を貫き、銃創から青色の体液を垂れ流してはいるのだ。
にも関わらず、まるで死に至る気配が見られない。
寧ろ中途半端に傷つけられた事に怒り狂い、爪と体当たりによる質量攻撃の狙いは男に集中しているようにすら思えた。
しかも攻撃の威力は怪生物に匹敵する。
特に体を球状に丸めてボールのように跳ね回る
──やはりフェンサーじゃないのか……!?
何の予備動作も無しに少女が5メートル近く跳躍するのを見た時は、思わず目を擦ってしまった。
身の丈近くある、明らかに重厚な大剣を軽々と振り回しているのを直視した時は開いた口が塞がらなかった。
果ては不規則に跳ね回り爪を振り回すヒュージに純然たる身体能力のみで追い付き、剣の一振りで外殻に罅を入れた時は此処が何処なのかも忘れてただ立ち尽くすしかなかった。
明らかに人間離れした、それこそスラスターで跳躍する重装歩兵でもなければ追従出来ないような挙動を、何の変哲もない制服姿の少女がやってのけているのだ。
悪い夢でも見ているか、プライマーによって幻覚でも見せられているか──男にはそのようにしか思えない。
(──何なんだアイツ……!)
しかし、それは鶴紗にとっても同じ事。
ヒュージと切り結ぶ中で、後方から行われる的確な支援射撃に少女は驚きを隠せなかった。
(リリィでもないのに付いてこられるとか、本当に人間なのか……!?)
鶴紗がヒュージと白刃戦を演じられるのは、リリィとしての極めて優れた資質が前提だ。
マギによって増幅された身体能力があるからこそ三次元的で不規則なヒュージの動きに追従出来るのであって、ただの人間であれば援護どころか視線で追うのがやっとの戦いの筈なのだ。
だが、男は当然のようにリリィの戦場に踏み込んでくる。
鶴紗のような軽快な跳躍こそ出来ないものの、不安定な地面など物ともせずに空中戦を繰り広げる2人の真下へと潜り込んでくるのである。
戦い易いのは間違いなく──切りつけた反動で後退した隙を補うかのように飛来した弾丸は、1発たりとも鶴紗を掠める事なくヒュージにのみ着弾した。
(誤射もしないのか……)
致命傷にはならない。
だが精密という言葉すら烏滸がましく思える程の、正確無比な射撃。
フルオートで撃ち尽くしたマガジンを弾き、直ぐ様予備の弾倉を装填する一連の動作は思わず視線を向けてしまう程に熟達している。
僅かに露出した男の顔を見る限りはまだ20代半ばと思わしき若者であるにも関わらず、1年や2年では到底身に付ける事の出来ない洗練された身のこなしを彼はしていた。
要するに、完全に「ただの人」がリリィの戦場に堂々と割って入っているのだ。
男自身はそれにまるで気付いていないが────
「いや──いや、やっぱりおかしいだろ……!」
やはり噛み殺し切れなかった本音を呟きながら、ティルフィングを振り抜く。
ガツン、と強い手応えと共に外殻にめり込んだ大剣は、その勢いのままにヒュージの体組織を引き裂き、上下に生き別れにして──変則的な空中戦を制した鶴紗は、撒き散らされる青い体液と同時に危なげなく焼けた地面に降り立った。
が、背後でべしゃりと潰れたヒュージの残骸に構わず彼女は一目散に男の下に駆けていく。
「あんたさぁ……!」
「何だ」
「おかしいだろ、色々と……!」
もう理不尽と言われようが八つ当たりと言われようが、兎に角男に文句を言わねば気が済まなかった。
エリアルリバーサー然り、T1ストーク然り、男の身体能力然り。
状況が状況なので一旦後回しにしようとしていたが、流石に意味不明が過ぎる。
ずけずけと歩み寄って男を問い詰めるのも、クール風を装っておきながら実は動揺しまくりな自らの精神を安定させようとする防衛反応に過ぎない。
尤も、小柄な少女に詰め寄られたストーム1は面白い位にたじたじだったが。
「そう言われてもな……『こっち』ではこれが普通なんだ。怪生物相手に立ち止まっていたら直ぐにやられてしまう」
「普通って……」
「いや、俺から言わせて貰えば君の方がおかしいんだが……生身の人間はそんなに飛んだり跳ねたりしないだろう」
「するんだよ、リリィは」
ウイングダイバーを除けばむさ苦しい野郎ばかりが戦友だった彼にとって、至近距離まで女学生に寄られるのは初めての経験なのだ。
戦闘ではかなり頼れるし、ぶっきらぼうながら連携もしっかり取れるのだが、どうにも適切な距離感が掴み難い。
思春期とは、こう言うものなのだろうか。
すっかり記憶の山に埋もれてしまった学生時代を思い出そうと、ストーム1は頭を捻り────少女の背後で地面が盛り上がっている事に気付く。
「跳べ!」
「!」
叫んだ男が真横に向かって転がった刹那、鶴紗もまた地面を蹴った。
次の瞬間、舞い上がった土塊を紅蓮の焔が焼き尽くす。
有機的な攻撃が主たるヒュージのそれとは明確に異なる、殺人に特化した火炎放射。
「何だ……!?」
「ネイカーだ。地中から出てくるぞ!」
焼けた地面を掻き分けて現れたのは、二枚貝に酷似した銀色の機械。
しかし開いた殻の内側にあるのは生物の身ではなく、灼熱を湛えた無骨な砲口。
誰が何処からどう見ても機械以外の何物でもない物体が、正体不明の原理で宙を回遊している。
(速い、けど……当てられる!)
だが、捉えられぬ程ではない。
男がネイカーと呼んだ殺人機械は魚のような極めて有機的な動きで火災跡を飛んでいるが、その速度はリリィの動体視力であれば十分に捕捉可能なものであった。
故に、射撃形態へと移行したティルフィングの銃口は一瞬の内に二枚貝を捉え──ばくん、と砲口を閉じた銀色の体表が銃弾を弾く。
「弾いた!?」
「外殻は弾を通さない、口を開けた時を狙え……!」
無茶苦茶だ、と漏れそうになったなったら叫びを鶴紗はすんでの所で噛み殺した。
何もかも無茶苦茶だ。
マギの影響も受けていない癖に物理現象を無視した機械が跳梁跋扈し、そんな機械を熟知しているらしい男はミドル級のヒュージにダメージを与えられる小銃を当然のように持っている。
しかも彼は手にした銃でヒュージを殺せないのは予想外だ、とでも言わんばかりに首を傾げる始末。
この世界での兵士は重火器の支援も無しにヒュージとは戦えない。
それが現実であり、積み重ねた敗北の歴史であり、年端も行かぬリリィが主力を担う理由なのだ。
「足を止めるな。動き続けていれば早々には当たらない」
だが、鶴紗にアドバイスを送るストーム1の小銃が火を噴く度にネイカーは面白い位に撃ち落とされていく。
リリィとしての技巧はかなり優れている鶴紗ですら、二枚貝が開く瞬間を捉えるのは難しいのに。
一瞬後には火炎放射で焼き尽くされる恐怖が、彼を苛んでいる筈なのに。
現実が易々と覆される。
奇怪極まりない現実に、脳が理解を拒絶する。
しかし、現実は少女に考える時間を与えない。
壊せども壊せどもネイカーは次から次へと現れ、今や10を超える数が2人の周囲を回遊し始めていた。
「──ああもう!後で全部聞かせて貰うからな!」
鬱憤が溜まりきった叫びと共に、横一閃。
至近距離から火炎を放とうとしていたネイカーを弾き飛ばしながら、鶴紗は男に言い放ち──その直ぐ横を駆け抜けた一迅の風が殺人機械を両断する。
「その話、梅も興味があるナ!」
「!」
常人の──否、リリィの動体視力を以てしても残像しか見えぬ高速での機動。
一瞬の躊躇いすらなく戦闘に参加する決断の早さ。
そして何より、声。
如何なる時も陽気で、されど軽薄さは一切感じられない、太陽の様な彼女の声を安藤鶴紗は知っている。
「仲間か?」
「ああ──」
最早男には目で追う事すら叶わない、緑色の残像を残しながらネイカーを弾き飛ばす
何故なら、そう。
彼女は────
「梅先輩────!」
「おう!無事で良かったゾ!」
吉村・Thi・梅。
戦闘機動では他の追随を許さない、鶴紗にとって最も頼れる
真島百由は天才だ。
生物学から設計まで何でもござれ、文字通りの意味で万能の天才と呼ぶに相応しい現代の異端児である。
が、しかし──偶然発見した背部のハッチから乗り込んだ鼠色のロボットは、彼女を以てしても奇々怪々としか言い様のない程の未知が詰め込まれていた。
「あー……こりゃ私達とんでもない拾い物をしちゃったんじゃない?」
「そんなにヤバい代物なの?このロボット」
「そりゃあもう!……いっそ見かけ倒しの張りぼてであって欲しかった位にはね」
「そっかー……」
コンソールを弄り回しながら少女は呻く。
無数に開いては閉じる画面を前に、天葉に出来る事はない──確かにアールヴヘイムの主将として日本語各地で奮戦するリリィではあるし、時に防衛軍と共同で作戦を遂行する身である以上兵器の知識はそれなりに持っているつもりではあるが、専門的な分野はからっきしなのだ。
それ故、持ち込んだCHARMのサイズも相まって狭いコックピットに乗り込んだのを早くも後悔し始めていたのだが──そんな天葉でも、これが相当
「そうねー、今の技術じゃとても建造出来ない代物って言えばヤバさが分かるかしら?」
「……具体的にはどの辺が?」
「大体『全部』ね。特に────」
あまりにも長過ぎるので百由の語った事を簡潔に纏めてしまうならば──この「ロボット」の構造自体に目新しい所はない、らしい。
曰く防衛軍の兵器試案で何度か見掛けた人型の二足歩行兵器をそのままスケールアップした程度のモノで、こうして横たわっている状態を再現する位ならまぁどうにかなるだろう、と。
しかしこれが実際に動くのだとすれば話は別だ。
現在の技術ではとてもじゃないがこの重量を二足で支える事など出来はしないし、ただ直立させておくだけでも勝手に自壊してしまう。
そもそもこんな巨大機械を動かすだけの動力源を安定して確保する術すら思い当たる節はないし、背中の
要するに立てばぺしゃんこ、歩けばバラバラ、戦う前にスクラップと、兵器としての最低限すら満たせないのだ。
「でも……動くんだよね?」
「ええ、絶対に」
ただ──一頻りコンソールを弄り回し、おおよその構造を把握した天才百由の直感は天葉の言う通り確かに「動く」と証言していた。
そう、動くのだ。
この世界のあらゆる組織があらゆる力を結集したとて到底造り上げられない鉄の巨人は確かに動く。
全く未知の存在であるが故に、起動シークエンスすら未だ判然としないが、それさえ分かってしまえば今、この瞬間からでもこのロボットは直立し、歩く事が出来る。
俄に信じ難く──そして興味深い、が。
「で、このEDFっての、見覚えある?」
「いや……無いかな。防衛軍は防衛軍でもこの国のとは違うみたいだし、国連軍でもないっぽいしね」
「そっかー……いや、そうよね……」
はぁ、と狭苦しいコックピットの中で2人揃って溜め息を吐く。
実際、手詰まりは手詰まりだ。
百由にも天葉にも全地球防衛軍なんて組織に心当たりは無いし、未知の技術を解析するには少女の身一つでは到底足りない。
しかし、それでも────
(──まるで異世界から流れ着いたみたい)
何とも馬鹿馬鹿しく、荒唐無稽な話だ。
しかし天才百由を以てしても、そう思わずにはいられない程現行の技術から乖離している。
この世界には存在しないが、全く常識の異なる世界では当たり前の技術が投入されているかのような。
或いはこれだけの巨体が防衛軍と百合ヶ丘の監視網をすり抜け住民にすら気付かれず流れ着いた、まるで突然その場に出現したかのような──上手く言葉で表現出来ない、奇妙な違和感。
(──せめて)
せめて持ち主に会えれば、と凝り固まった眉間を揉み解しながら百由は思う。
いや、それさえ分かってしまえばこの訳の分からない状態を隅から隅まで綺麗さっぱり解消出来てしまうのだ。
EDFとは何なのか、とか。
このロボットをどんな原理で動かしているのか、とか。
背中の
何もかもにすっきりカタを付けて──ちょいちょい、と肩をつつかれる。
「──ゆ、百由。携帯鳴ってるよ?」
「……え、あ、あぁ。ごめんなさい」
どうやらあまりの異常事態を前にして、思考に没頭し過ぎていたらしい。
己の悪い癖に(どうせ治らないが)反省しつつ、百由はポケットから携帯を取り出し────
「────夢結から?」
ヒュージ討伐に出向いている筈の友人からの連絡に、思わず首を傾げてしまった。
◯ストーム1
装備:T1ストーク
???
エリアルリバーサー
???
◯梅様
滅茶苦茶頼れて滅茶苦茶強い先輩。
二水ちゃんから連絡を受けて即座に飛び出したので一番到着が早い。
◯ネイカー
数多のストーム1を苦しめた高低差に弱い例のアイツ。
絶妙に動きがキモい。