今から10年以上前に遡る。
とある場所にあるとある施設にて、優秀な能力を持った子供たちが一同に集まりアラン機関から支援を受けていた。
これだけを切り取ってみれば実に羨ましいと感じてしまうが、実際は違う。
その子供たちは皆、親の顔も知らない孤児なのだ。
アラン機関から支援を受けるまでは貧困に苦しみ、いつ自分が死ぬかもわからない窮地に立たされていた。
その中で、優秀だと判断された子供たちにのみ優れた教育と最新の設備の整った場所へと連れて行かれた。
今、外で仲良く遊んでいる男の子と女の子もそれに該当する。
「春陽。走る時は腕を大きく振るのがコツだよ」
「うん!やってみる!」
髪の青い男の子、篠原 春陽は女の子の言う通り腕を大きく振り直線を走る。
しかし腕を振ることに集中しすぎたせいか、足がおぼつかず派手に転んでしまった。
「あららっ。大丈夫?」
光輝く金色の長髪を風に靡かせる女の子、
春陽は何事もなかったかのように立ち上がり、膝についた汚れをパンパンと叩いて落とす。
「うん!大丈夫!」
「本当に?血も出てない?」
「嘘じゃないよ!ほらっ、見て!」
春陽の言う通り体には傷ひとつなく、彼自身も全く痛がるそぶりを見せていない。
派手に転んだ割には、かすり傷ひとつなく血も出ていない。
詩音は疑問に感じたが春陽に怪我がないならそれでいいかと思い、考えるのをやめた。
「春陽は強いね」
優しい笑顔で春陽の頭をヨシヨシとなでる詩音。
春陽は、優しくて包容力のある詩音のことが大好きだった。
彼はもともと独りだった。
寂しさで死にそうなところを、同じ境遇だった詩音と偶然出会い命を救われたのだ
結果的にアラン機関のおかげで彼らは今も生活できているわけだが、春陽にとって詩音は恩人であり実の姉のような存在だった。
「……………あっ、もうこんな時間。先生たちが待ってるから、早く行くよ」
「うん!」
二人は仲良く手を繋ぎ施設の中へと入る
それを待ち構えていたかのように、先生と呼ばれる白衣を着た男たちが二人を研究施設へと連れて行く。
子供たちは日々の健康診断は欠かせず、訓練も怠らない。
今日も二人は、男たちにある技術を教え込まれていた。
「今日の訓練は射撃だよ。動き回る的を狙って撃ってみようか」
「「わかりました」」
二人は白衣の男から渡された銃を持ち、狙いを定める。
結果、詩音はパーフェクト。
春陽は及第点と言える成績に終わり、訓練は終了する。
その様子を、品のあるスーツの男と髭とメガネが特徴的な男は鏡越しに見ていた。
「どうだ?ミカ」
「ああ。素晴らしい才能だ。お前の見る目はやはり確かだな、シンジ」
「身体に異常もなく、身体能力は平均値を遥かに上回りIQも常人を凌駕している。全てにおいて完璧、青星 詩音の存在価値は『人類の宝』と称しても良い」
「それは将来が楽しみだ」
二人は小さく笑い合う。
「もう一人の男の子はどうだ?」
春陽の方へ話を振ると、吉松は先ほどとは違い曇ったような表情を浮かべる。
「……………正直、あの子には才能を感じない」
「まだまだ発展途上なだけじゃないか?」
「最初はあの子を切り捨てるつもりだったが、彼女がそれを拒否したんだ。『春陽が行かないなら私も行かない』とね」
「優しい子じゃないか」
「それに、あまり口外するようなことではないんだが、篠原 春陽についてある重大なことがわかったんだ」
「重大なこと?」
「これを見てほしい」
吉松はホッチキスで閉じられた資料をミカに渡し、それをみる。
その内容は、春陽のありとあらゆる情報がまとめられたものだったが、吉松の言う重大なことは何かすぐに理解した。
「なるほど。確かに、これだと実戦向きとは言わないな」
「特異体質なのは間違いない。だが、これは今からでも彼を苦しめかねないものだ」
「─────キメラ細胞」
キメラ細胞。
それは、1人が複数のDNAを持つ稀な遺伝子現象のことだ。
春陽の場合、血液型がAとOの二つ存在し精密検査を行った結果、キメラ細胞の持ち主であることが判明した。
その症例の一つとして、肌の色が左右で違ったり自己免疫疾患になりやすいといったものがある。
春陽はまだそういった症状は出ていないが、研究者たちの間ではこんなことが囁かれている。
それが、"もう一つの人格の存在" だ。
本来双子として誕生するはずだった春陽の兄弟が潜んでいるのではないかと議論されているが、未だそんな存在は現れていない。
しかし、春陽の性格は温厚そのもの。
突如、人格が入れ替わるなんてありえないと考えてはいるがその可能性がゼロだと断言することもできない。
研究者たちの間では、要観察対象なのだ。
「それに加え、最近こんなことも判明した」
吉松はもうひとつ資料を取り出し、ミカに渡す。
それは驚愕の内容だった。
「これは!?」
「あることがきっかけで調べてみたんだが、そこに書かれてある通り、彼は
「これが本当なら、実戦でも使えるんじゃないか?育て方次第によっては、十分戦力になると思うんだが…………」
「それでも、頭や心臓に弾丸を撃ち込まれれば死ぬんだ。無敵ってわけじゃない」
「お前の求める基準からは逸脱してるわけか」
「そうだ。彼はいわば、
「本人は気づいているのか?この体質に」
「疑問に思っているだろうが、確信はないといった感じだろう。考えたとしても、自ら検証しようとする子じゃない」
「"特異体質を二つも持った男の子" か。気の毒と言わざるを得ないな」
「引き取ったからには詩音と共に育てる。彼のおかげで人類の謎がまた一つ解明できるだろうからな」
二人は並んで歩き、姿をくらました。
……………………
…………
アラン機関に引き取られ数年が経過した。
二人の子供はすくすくと育ち、歳が10と9を数えた頃、詩音春陽にある提案を持ちかけた。
「ねぇ、二人でここを出てみない?みんなには内緒で」
「えっ、どうして!?」
春陽の反応は最もである。
訓練や実験といった自由を奪うことは多々あれど、衣食住においては何不自由なくむしろ最上級の待遇を受けていた二人。
その為、施設から出るといった考えに至ったことは一度としてなかったのだ。
「春陽は嫌じゃないの?」
「みんな、優しくしてくれるよ?」
あの頃のような苦しい生活を送りたくない。
幼い春陽の頭の中はそのことでいっぱいだ。
「春陽、あなたは洗脳されてるの」
「せんのうって?」
「施設の人たちが私たちを脱走しないように優しく接して騙すことよ。春陽、あなたは騙されてるの」
それはとある日の訓練後のことだった。
詩音は、研究者たちが施設から出ることを見計らって彼らのパソコンを覗き見た。
そこに記録されていたのは、春陽の拷問とも呼べる実験の数々。
度々研究者たちに連れていかれることがあったが、非人道的とも呼べる所業に手を染めていたとは想像だにしていなかったのだ。
春陽をこんな目に合わせたくない。
それが、詩音が脱走しようとしたきっかけだった。
「ねえ、春陽。私とずっと一緒に暮らしたくない?」
「暮らしたい!」
「離れたくない?」
「離れたくない!ボクはずっと詩音のそばにいる!」
「私はここから出るつもりだけど、春陽はどうしたい?」
「……………ここを離れるのは寂しいけど、でもっ、詩音が行くならボクも行く!」
まるであの研究者たちと同じようなことをしてる自分に嫌気が差す詩音だったが、春陽を連れ出せるならなんでも良い。
心情を表に出さないよう、笑顔を取り繕う。
「決まりね」
その日の深夜。
研究者たちが寝付き、監視が甘くなる時間に二人は施設を脱走した。
予め用意していた逃走アイテムの数々を駆使し、誰にも気づかれることなく、その計画は成功した。
施設から遠く離れた未開の地にやってきた二人。
春陽は困惑するように詩音を見る。
「ねえ詩音。これからどうするの?」
「大丈夫。私に考えがあるの」
春陽を安心させるように自信満々にそう答える詩音。
二人で出向いたのはDA本部。
これも、詩音の考えていたことのうちの一つだったのだ。
射撃訓練をしていたある日、詩音の射撃技術を絶賛していた研究者の一人が彼女に『キミは、優秀なリコリスになれるだろう』と告げた。
リコリスとは何かを調べ、生活環境といった情報も手に入れた彼女は考えた。
『自分がリコリスになって春陽を悪人から守る』と。
リコリスにテスト生として参加した彼女は、持ち前の才能を活かし速攻でリコリス入りを確定させた。
入隊する代わりとDAに出した条件が以下の通りだ。
・どんな訓練、任務にでも参加してやるから春陽には手を出さないこと。
・春陽とは必ず同室にすること。
・衣食住、何不自由なく過ごさせること。
・キチンとした給料を支払うこと。
それらの条件を上層部は承諾したのだ。
ワガママともとれるが、それらを受け入れてでも手に入れたい逸材。
齢10歳にして大人たちと対等に渡り合い、自らの願いを全て叶え、確かな地位を確立させたのだ。
施設の奴らは今、血眼になって自分たちを探しているのだろうと詩音は、一人ほくそ笑んだ。
「春陽は誰にも渡さない。あの子は私にとって、大切な家族なんだから」
春陽のため、春陽のためにと詩音は今日も訓練に勤しむ。
次回は過去編の後半。
物語の核心に迫ります。