リリカルにエロいことしたいんですが、かまいませんね!! 作:He Ike
「粗茶ですが」
「……ありがとう」
なぜ俺は、自分を睨みつけてくる相手にお茶を出しているのだろうか。
まあ、俺が彼女を家に招待したからなのだが。
「用件は分かるよね?」
出されたお茶に手をつけず机を挟んだ対面に座る彼女、月村さん。
なぜ彼女がここにいるかといえば、
お話があるんだけど。
僕にはないけど?
わたしにあるんですっ!
分かった分かった。怒鳴らないで。とりあえずまた明日にでも。
昨日もそう言ったでしょ!
そんな感じの流れから、じゃあ僕の家で話そう、といった提案がなぜか通ってしまったのだ。
なんでだ? いくら怒って思考が回ってなかったとしても疑惑を抱いている人物の家を訪ねるほどバカではないだろう。
もし仮に俺が今淹れてきたお茶に薬でも混ぜてたりしたらアウト……って、そういや飲んでませんでしたね。つまりそういった疑いは抱いてるわけだ。
とりあえず父さんも母さんもまだ当分帰ってこない。さあ、ゆっくりと話し合おうか。
「分かるけど、言う事は変わらないよ?」
「なら、わたしも言うことは変わらないから」
「はぁ、頑固め」
俺の挑発に月村さんは、頬をピクリと動かすだけで何も言わない。
機嫌の悪さは前回と変わらない。ならこの挑発にも乗ってくるかと思ったが、思惑は外れ月村さんは何も言わない。
うーむ。一体何があるのか。
少なくとも家に見られて困るものは置いていない(置いてあったら招待の提案なんぞ間違ってもするか)ため、気持ちはいくらか楽だ。
心配事と言えば、月村さんの存在そのものだ。得体が知れない恐ろしさとでも言うべきか。
元々まだ使う気はなかったが特殊能力の使用はやめておこう。
「大体、月村さんは何を思って僕がバニングスさんに何かをしたと思ってるわけ?」
とりあえず、まともに聞いてみよう。別に尋ねたらいけないなんていう縛りプレイをしているわけでもないんだし。
というかこれで前回と主張が同じだったら笑うけどな。
そして月村さんは妙な笑みを浮かべて話し始めた。まるで勝利を信じて疑っていないような顔で……。
「あなたの態度です」
「はぁ?」
態度? はて、月村さんに何かしただろうか。
「普段のあなたはとても友好的で友達と良く遊んでるよね?」
「うん、そうだね」
昼休みなんかは鬼ごっことかで友人連中と良く遊んでるな。描写したことはないけど。
で、それが?
「けどこの間、アリサちゃんに話しかけた時はいつもと違ってた」
「……普段話しかけない相手には緊張するタイプなんだ」
「それにわたしとの会話ではわざと挑発するようなことも言ってくる」
「さすがの僕も頭ごなしに否定する相手に優しくはなれないよ」
なるほど。切り替えのやり過ぎね。
バニングスさん相手の時に人畜無害を演じすぎたか。できる限りオリ主君を思い出たせないようなキャラにしたのが失敗だったようだ。バニングスさん相手に考えれば成功ではあったのだが。
ここまできて月村さんが俺に確信を持っていることに気付いた。それと月村さんに入れ知恵をした存在がいることにもな。
確か月村さんには歳の離れた姉がいたはずだ。もし月村さんがお姉さんに今回のことを相談して、そのお姉さんが俺の演技に違和感を覚えたなら大体納得だ。
少なくとも前回の接触で月村さん個人のみでは、俺の演技を見抜くことは、まず無理だと思っている。仮に見抜けてもそれはまだ先のことになるだろう。
月村さんは俺が何かをしたと、少なくともまともな小学生ではないと確信している。だが特殊能力持ちで前世の記憶持ちの小学生だとはさすがに思わないだろう。
けどこれで俺は、月村さんたちが八、九割方、夜の一族であると思ってしまったぞ? お姉さんに相談したであろうことが仇になったな。それはつまり、普通ではない存在を知っているという証だ。
しかし、そうとなれば月村さんが俺の家にすんなりと付いて来た理由も分かるというものだ。月村家を使ったのかな?
どの程度動かせるかは知らないけど、最低数人の人物を見張りにつけ、俺が何かをしようとした瞬間に抑え込めばそれで終了である。徹底するならお茶の成分でも持ち帰るか?
「あなたは使い分けが上手すぎるんです。こんなのは普通の小学生じゃない」
「……」
月村さんから、とうとう止めの言葉が放たれた。
さて、もし俺にセコンドがいたとしたら今のでタオルでも投げたかな? だとしたら本当にソロで良かったと心から思うよ。
お互いの大まかなカードは疑惑と確信。傍目から見て俺の方が不利だろう。
このまま俺が月村さんに危害を加える類の行動をすれば、いるであろう護衛に取り押さえられアウト。
何もしなければ月村さんは帰り、お茶の成分でも調べるだろう。そして何も見つからず俺が普通ではないという確信だけ抱き、監視でも付けられアウト。
なるほど。大ざっぱな推測だが実にエグイ。完全な包囲網を用意した
「……ふぅ、なるほど。僕は普通じゃないと」
「はい、アリサちゃんに何をするつも……ッ!」
アリサちゃんに何をするつもりだったんですか、かな? その言葉を言い切る前に月村さんは絶句する。
それそうだろう。今まで敵対していた相手が、つまり俺が涙を流しているのだから。
やーい、泣かしたらいっけないんだー! せーんせいに言ってやーろー。
……なんとか涙が出て良かったな。最悪悲しそうな表情をして顔を覆えばいいかと思ったけど。
さて、言葉が途切れた月村さんに代わって俺が喋ろうか。
「普通じゃないと……ダメなのかなぁ」
「えっ……そのそれは、そんなこと」
普通ではないとダメ、その言葉にあからさまに反応して取り乱す月村さん。
おいおい、こちらも疑惑が確信に変わったぞ。月村さんたちは夜の一族だ。
これで外れたら素直にエロ主を辞任するよ。ついでに図鑑コンプしたモンスターズのカセットを渡してもいい。
「僕は普通でいたいだけだったのに……!」
「……うぅっ!」
俺は普通でいたかったのにー(棒)
失礼。ちょっとふざけないと精神のバランスが崩壊しそうで。
ともかくかなりいい感じの演技だったのではないだろうか。観客が月村さん一人なのが残念なことだ。
さてもう少し、過激にいこうか。
「なんで……なんで、邪魔するんだよ!!」
机を叩きながら身を乗り出す迫真の演技。だが少々調子に乗りすぎたようだ。
「きゃっ!」
「いてっ!?」
驚いた月村さん。彼女がとっさに伸ばした手が俺の鼻にモロ当たってしまったのだ。
ちくしょう、すっげー痛い。って、鼻血が……血!?
鼻を押さえながらも月村さんの方を見ると、
「あ……血、血がぁ……ぁむ」
「つ、月村さん……?」
まるで熱にうなされるように、ぶつけた時に付いたであろう血を一心不乱に舐め取る月村さんの姿があった。なんというか八歳に言う言葉でないと分かってはいるのだが、妙に艶めかしい。危険なエロさとでも言うべきか。
って、そうじゃない。何? 夜の一族って異性の血が体に接触しただけでもこうなっちゃうの? 日常生活やばくね? それとも俺の最後の特殊能力のせいなの?
とにかくさすがのこれは想定外なので何か手立てを……!
「もう少しだけ……もう少しだけちょうだぁい」
「ま、待って! さすがに待って。とりあえず俺の手の分だけは舐めていいからさ」
「うん! あ……む、うんん」
ペロペロ。
うっ、くすぐった……指の隅々まで舐め取る月村さんに我慢しながら彼女を観察する。
器用に舌先を使う仕草が一々エロかわい……違う!
と、とりあえず今の月村さんはトランス状態に近い状態であることは間違いない。さっきの返事とか敵対している人間にするものじゃなかったぞ。
あとは……目が赤い。ああ、いいな。オリ主君なんかよりもずっといい目だ。
「失礼します」
「うっ……うーん」
「だ、誰!?」
今まで俺の指を必死に舐めていた月村さんが倒れ込んだと思ったら目の前にメイドさんがいた。
現状を一文にするとこんな感じだろう。……意味分かんねぇよ。
つか今、首トンしたよね? 月村さんを気絶させたのって首トンだよね? あれってマジでできるんだ。うっわ、なんかちょっと感動したんだけど。
「緊急事態のため勝手に上がらせていただきました。私、月村家のメイド、ノエル・K・エーアリヒカイトと申します」
「は、はぁ……」
「すずかお嬢様のことについて、お話があるので申し訳ございませんが付いて来てもらえないでしょうか。車の準備はできておりますので」
「今から……ですか?」
「はい」
有無を言わせぬメイドさん……エーアリヒカイトさんの言葉につい頷いてしまう。
そういや、この人ってロボットなんだっけ? それともこの世界では人間か?
「では、行きましょうか」
「あっ、待って! 親に知らせておかないと」
そう言って、カレンダーに向かい、今日の日付けの横に赤い丸を付ける。
「準備……できました」
「メモなどでなくてよろしいのですか?」
「ああ、はい。うちでは、僕がしばらく外に出る時はカレンダーに印を付けるので」
エーアリヒカイトさんは、かしこまりましたとだけ言うと俺を先導して車の所まで進んで行く。さあ、これからが正念場だ。
「……ぅ、し……う」
「うん……?」
「ほら起きなさい秀。もうすぐ晩御飯できるんだから」
母さんの呼び声で目が覚め、起き上がる。どうやら居間で寝ていたようだ。
居間で……? いや、俺は寝る時は必ず自室に行くぞ。
それにいつ帰ってきたんだ。くぅ、頭が上手く回らん。寝ぼけてんのか?
外を見ればもう真っ暗だ。まあ、母さんが帰ってきてる時点で最低でも七時過ぎだから当然だが。
どこかすっきりとしない気持ちのまま水道に向かい水を一杯飲む。
「あんたが居間で寝るなんて珍しいわね。昨日は遅くまで起きてたんじゃないでしょうね」
「違うよ。今日は……なんとなくかな」
コンロの前で鍋の様子を見ている母さんとそんな話をしながら、踵を返す。その時だ。
「ああ、珍しいついでで言えばカレンダーに印が付けてあったけど、赤いペンなんて使ってどうしたの。いないのかと思えば居間で寝てるし」
「……っ! たまたま近くにあったからだよ。それに用事は思ったよりも早く終わってさ」
思わず吹き出しそうになるのを抑え、適当に誤魔化しながらカレンダーの前に向かう。
今日の日付けの横には確かに赤い丸が書かれていた。つまりだ。これは、
「……悪いが勝ったのは俺だ」
誰に言うでもなく呟くと、明日からの予定の練り直しに勤しむ俺であった。
勝負の途中で勝利を確信するのを気取られてはいけない。勝利の確信とは、終わった時にしか存在しないものなのだから。
では、(月村すずかが)入念な準備をしたことが原因の敗北でした。
詳細は次話で。今日はもう寝ます。なんかすっごい時間かかった。