リリカルにエロいことしたいんですが、かまいませんね!! 作:He Ike
朝の学校。教室のドアを潜ると俺に気付いた友人たちが近付いて来る。
うっす!
おはよ。
なんか機嫌いいね?
ちょっとね。ああ、そうだごめん。しばらく放課後遊べなくなっちゃった。
えー、マジかよ、なんて友人たちと談笑しながら、とある空席を見る。
どうやら月村さんはまだ来ていないようだ。
無理もないかな。昨日の詳細は覚えていないが、彼女が夜の一族であることを知ってしまったことに間違いはないのだから。
決して仲が良いわけではなかったがクラスメイト相手に自身最大のそれも致命的なまでの秘密を知られてしまったのだ。例え記憶を消したとしてもそのショックは計り知れないだろう。
それに昨日の俺は、月村邸に行くまでは確実に上手くやったはずだ。少なくとも月村さん相手に悲劇の小学生という認識くらいは与えたことだろう。
昨日、俺は勝ったと言った。少なくとも自宅での出来事はおおむね問題なかったはずだ。それこそ胸を張って勝利と言える程度の自信はある。
だがまだ問題はある。
月村邸での出来事はまだこれから把握しなければいけないのだ。少なくとも相手が強硬手段に出ていない以上は最悪のパターンではないだろうと思うが。
こればかりは月村さん本人の様子から探るしかない。しかないのだが肝心の本人がなぁ……。
「お、おはよう……」
「え? あ、うん。おはよ」
あ、本人来ました。
教室後方廊下側の席が俺の席である。この位置で友人たちとの会話に耳を向けながら、思案していれば後ろのドアから月村さんが声をかけてきた。
それも俺個人にだ。向こうからの接触は想定内だがこうまで早いとは思わなかった。
それに、てっきり今日は休むかと思ったわ。無事に記憶が消えているかの確認かな。
「ちょっと……いいかな?」
「今なの?」
「あ、後でもいいけど」
「じゃあ放課後がいいんだけど」
「う、うん。それじゃあ」
控えめに、遠慮がちにそれだけ告げると、そそくさと自分の席へと向かってしまう。
この会話、俺が素っ気ないのは仕様である。
昨晩、記憶を整理したところ俺が失っているのは、昨日の月村さんたちとの出来事だけだった。それ以外は覚えている。もちろん月村さんと俺がケンカしているという出来事も。
だからケンカ中という態度は崩さない。
俺の想定していたものだと、夜の一族……吸血鬼という記憶がすべて消えるもの。そもそもの月村さんに関する記憶自体を消すもの。大ざっぱにここ最近の記憶ごと消すもの。そして、正体を知ったその日の出来事のみを消すもの。の大まかに四パターンを考えていた。
最初の一つ目と二つ目をやられた場合、前世で得た夜の一族という記憶も消える可能性も考えていた。ちなみにそれをやられていたらどうしようもないわけで。そこまでのことができる相手なら最初から無謀であったと諦めようと思っていた。
まあ、結果的には想定したものの中で一番どうにでもなる四つ目のパターンだったわけだが。
とらハ知識がない俺は、夜の一族の持つ催眠がどの程度のものなのかまったく把握できていないのが問題だった。今回のも、この程度のことしかできないのか、それとも一つ目のパターンもできる中、あえてこれにしたのか。それすらも分かっていない。
ちなみに後者であった場合は、俺の演技が成功したであろう証なのでそうであってほしいものだ。
そういえば自白系の催眠の可能性もあったな。
それは行われたのだろうか? 昨日の自分の武勇伝が気になって来るねー。これも強硬手段に出られていない以上は心配することもないだろうけど。
実に俺に都合よく進んでくれるものである。
もちろん俺としても都合よく進めるために常に最善を尽くそうと考えてはいる。こんな幼少期から始めたのも、長期的な調教計画のため以外に理由がある。
まず、幼いほど対象の心の壁を開き、距離感を詰めるのをやりやすい。これは高町さんとバニングスさんがいい例だろう。
次に、思考が読みやすく、また思考の誘導が容易なことだ。これは三人娘三人ともに言えることだが、面白いように挑発に乗ってくれた月村さんが一番の例かな。
そしてこれが大事。俺もまだ幼い子供だということだ。油断させやすく、騙しやすい。月村さんとのケンカも子供だから、の理由で片付けられてしまう。それに、もし普段の態度が演技であるとバレたとしても設定は用意してある。
しかし俺の予定では、夜の一族関係のイベントはまだ最低でも半年は先、下手したら原作が始まってから、なんて思っていた。それが昨日来たなんて言うんだからさすがに焦ったぞ。
暗躍していくに当たって一番の難所が夜の一族であった。まあ、催眠系はずるいって。オリ主、踏み台、エロ主の三人とも持ってないんだぞ?
だが蓋を開けてみればカレンダーにあったのは『赤い丸』。そして何一つ変わることのない日常。笑いを抑えるのが大変だよ。
江口家では、俺が親のいない時に出かける場合はカレンダーに印を付けておくというルールがある。これは、まだ俺が本当の意味で僕だった頃、黙って出かけないで書き置きしなさい、という親の言葉に反抗してできたルールである。
そう、本当にある江口家ルールなのだ。もっとも普段は黒でしか付けないけど。
赤は夜の一族対策だ。確信したら赤で印を付けておくと先月の内から決めていた。それに俺についての疑惑がどうにかなりそうなら丸、危ういならバツと、もしもに備えていた。
「……さあ答え合わせといこうか」
どうしたのお前?
いーや、なんでもない。
さっきまでの余裕あり気な態度とは別に、もしもの可能性を再度想定し直しながら放課後を待つ。
そして、
「で、何の用なの」
「そ、その謝りたくて……」
はあ? と不機嫌な態度を装いながら続きを待つ。
そわそわとしながら必死に言葉を探す月村さんを見ていると、昨日の記憶がない俺的には大変奇妙な感覚になる。月村さんに一体何があったんだー。
「え、江口君に八つ当たりしてごめんなさい」
「……」
「あ、あのこんなの理由にならないけど最近色々と大変で」
「イライラして僕に……?」
うん……ごめんなさい、と謝る月村さん。なるほど実にいい感じだ。
これは明らかに俺に警戒している人間の態度ではない。演技にも見えなそうだ。この時点で月村邸での接触が好感触であったと確信する。
「……はぁ、もういいから」
謝ってさえくれればもうどうでもいい、というような雰囲気を作り月村さんを背にする。
この後の展開次第で今の月村さんへの調教具合が分かる。さあ、どうする?
「ま、待って!」
「……まだあるの?」
「仲直りが、仲直りがしたいの!」
来た!!
仲直りだと? 元々仲が良くなかった相手に何を言っているんだ。
昨日がただ、夜の一族であることを知っただけなら普通これで終わりにするはずだ。余計なちょっかいをかけ、あえてまたバレる可能性を作る必要もあるまい。
だが月村さんはそれをしない。いや、これで終わりにしたくないのだろう。
現在、月村さんの位置から俺の顔は見えない。今なら上手くいったと、口角を上げても気付かれないだろう。だがまだ油断しない。
「僕はしたくないから」
月村さんの方には振り向かず、それだけ言うといつかのように黙って離れていく。
釣り上げるのはまだだ。大丈夫。月村さんとの接触の機会はまだまだあるのだから。それも俺からという危険は冒さず彼女の方から来てくれるだろう。
さてまずは月村さんがメインだ。
余談ではあるのだが、この後、家に月村邸から『ケンカのお詫び』として焼肉セット(心なしかレバーが多かった)が届いたことを記しておく。
「と、ここまでが今日の出来事でございます」
「そう……あなたから見て彼はどうだった?」
「限りなく安全であるかと。少なくとも記憶が消える以前と以後で態度に不自然なところはありませんでしたので、とっさのウソではなかったと思われます」
自身のメイドに報告を済まさせると後ろに控えさせ彼女、月村忍は一人頭を抱える。
今回は完全にこちらの落ち度である。
妹から彼のことについて聞いた時は、まさかと思った。だが詳しく聞けば彼の異常性が良く分かった。到底、妹と同い年とは思えない行動に、思わず妹に入れ知恵をしてしまった。
その結果がこれだ。
彼は普通の少年……いや普通の少年とは言えないだろうが、それでも、自身の異常性に悩む普通の人間であった。
つまり、あなたはギフテッドということかしら?
それほど大したものではないと思いますが、他の皆よりも勉強が得意なのは確かです。
アリサちゃんに近寄った理由は?
本当にただの恩返しです。辛そうにしていたので少しでも力になれれば、と。
すずかとケンカした理由は……。
あなたたちなら分かるんじゃないですか? 自分の正体を知られたくないなら遠ざけるしかない。
あの少年との会話の一端を思い出す。
ギフテッド……天才児。彼は自分が周りよりも学習能力、精神的成長が共に早いことを気が付いていた。試しに中学生相応の問題を出して見れば難なく解いて見せた。
そして見た目幼い少年であるというのに、物腰柔らかく、落ち着いた好青年のような態度をしている。もっとも表情は苦痛そうではあったが。
こんな才能いらなかった! 普通で良かったのに、なんで才能が僕を苦しめる。僕は普通に幸せでいたいだけなのに……!
催眠による自白をするか悩みながら会話を進めていると、途中から感情的になり始めたのがとても印象に残っている。
今まで悩みを吐き出せる相手がいなかったから爆発してしまったのだ。彼は両親にすら相談していないと、心配をかけたくないと言っていた。
それに忍の見立てでは、今の彼の精神は中高生相当であると思っている。思春期特有の精神的不安定さが良く見られた。あまりに痛々しい少年の叫びに直視していられいほどである。
もう催眠による自白をする気になんて到底なれなかった。これ以上悩める少年から何を聞けというのか。
だがまだ問題はあった。彼は忍たちが夜の一族だと、吸血種であると知ってしまったのだ。さすがにこればかりはスルーしておくわけにはいかない。
秘密を共有させ、すずかと生涯を連れ添う関係となるのなら問題はないが、彼は精神はともかくまだ若い。ここは記憶を消し、『何もなかった』ということにするのがお互いのためだろう。忍としては完全にこちらに非があるので心苦しいが、それはまた別の形でお詫びするとしよう。
これから、あなたの記憶を、夜の一族の記憶を消そうと思うのだけれど。
できるんですか?
ええ、忘れるのは今日の出来事だけ。あなたの日常には何の問題もない。
分かりました。お願いします。
即決だった。部屋の隅では正気に戻った、すずかが少々苦しそうな顔をしていたのは仕方ないだろう。
彼は忘れたいのだ。夜の一族のことを、人の生血を啜る月村家のことを。自業自得とはいえ、存在を否定されたような気分になる。
忍が処置を施そうと早く終わらせようとすると、彼から制止の手が出された。
何かと思っていると彼はおもろに立ち上がり、すずかの下へと歩き出した。
あの月村さん。
は、はい。
これからあなたたちのこと、夜の一族のことを忘れます。
……うん。
きっと明日からはケンカした時の状態に戻るのかな? だから月村さんにお願いがあるんだ。
お願い……?
彼は、力ないながらもすずかに対して笑顔を作る。
まるで大丈夫だと、心配しなくて良いと言うように笑う。そして彼のお願いがすずかに放たれた。
できれば明日からの僕と仲良くしてやってほしいんだ。
え?
何を言っているのか理解できなかった。
彼は夜の一族を忘れたいのだろう? こんな異常な存在をとっとと忘れてしまいたいのだろう? そんな疑問がすずかの中を駆け巡る中、彼の言葉は続いた。
僕はとても弱いから。こんな突然の出来事に対応できないんだ。どう接していいか分からない。
……。
けど仲良くなってからなら、月村さんのことを色々と知ってからならきっと上手くやれると思うんだ。
……ん。
きっと明日からの僕は面倒なやつだと思う。また嫌なことを言うかもしれない。必要以上に近付けないだろう。そんなのだから月村さんさえ良ければなんだけど、僕と友達になってほしい。
う……ん、約束、するから。絶対に、絶対にあなたを一人にしないから!
ありがとう、彼はそれだけ言うと忍の下へと戻る。では、お願いします、と丁寧に頭まで下げてみせた。
敗北感で、後悔で一杯になりながらも忍は処理を行い、彼の記憶を消した。
昨日の出来事を思い出し決める。
「ノエル。一週間だけお願い。記憶消去による異変がないかもかねて一週間だけ様子を見て。それで何もなければいいわ」
「かしこまりました」
既に彼の両親、血縁者がこちらにまったく関係のない真人間だという調べはついている。
あまりに人間不信のような行動ではあるが、これで何もなければ彼は完全に信用できる人間であることが証明されるのだ。
すずかの将来を考えれば信頼できる異性を側にいさせてあげたいという姉心であった。
「あと焼肉セットだけじゃだめよね……送るにしても何か理由を考えないと」
月村家の人間は気付かない。これが彼にとって最高の展開になっていることを。
人智を超越した相手を出し抜くには、万全の準備と曲芸を続ける覚悟、そして可能性を引き込む幸運が必要である。
とまあ、これが月村家で彼がしでかした行為です。なんか凄い期待され過ぎて、それに応えられたのか不安なんですが……。
ご都合主義の連発のような展開ですが、好感度マイナスからの急激な反転と悲劇の設定(笑)に見た目少年ということが相まって冷静に対処される前にエロ主が出し抜いたといった感じです。
というより同類でもない少年相手にそんな鬼畜な手段取れないと思うの。
あっ、ちなみにこれ中高生辺りでやったら問答無用で催眠されて色々と喋らされます。見た目少年の醸し出す悲劇感が肝です。演技過多でも気にされない。
後半の月村家では、一人称視点寄りの三人称視点に挑戦。上手く書けていたでしょうか?
それにしても後半の展開。主人公の一人称がないといい話っぽく見えるね。不思議だね。あとこれで夜の一族関係の問題は終わりかな? シリアスやらないと明言しているので、これ以上はもういいかと。
超越者……夜の一族の存在。チートだよぉ。
曲芸……失敗したら破滅の綱渡り。対談中の主人公かなりドッキドキだったり。
幸運……一番の山場で引き寄せられない者は主人公になれない。