ミリタリー形の絡まないものを書くのは初めてなので、ちょーーーっと変なところあるでしょうが、どうか温かい目で観てください……w
塔野カオルが"鳥居"を潜ったのを確認してから、花城あんずはメールの送信ボタンを押した。
彼女の予想では、このメールは届かないかもしれなかった。以前の検証で鳥居の前後でケータイの電話が繋がらなくなるのは実証済みだ。それはつまり電波が遮られているということで、当然電波でのやりとりとなるメールも届かない理由がない。
ふと視線を上げると、鳥居の向こうで紅い光に照らされながら、そこだけアニメのコマを切り取ったように不自然な状態で動かない塔野カオルの姿があった。
だが完全に止まっているわけではない───よく見れば、映画やアニメで見るようなスローモーションのように、果てしなくゆっくりとではあるが彼は動いていた。ピンとハリのある彼の前髪は特に分かり易い。
同じ電波でも、可視光だけは貫通するのか……思えばこうして鳥居の向こうに入っていく彼をじっくり眺めた事は今まで無かった。彼女は大抵、洞窟の外で彼の帰りを待っていた。
「長くなりそう……」
独り言ちに呟いた言葉が紅く薄暗い洞窟内で嫌に反響する。
スマホの時計を見やって時間を確認しようとして、止めた。今までこんなすぐ実験が終わったことがないからだ。
彼の帰りを待たなくてはならないし、外に居るのも駄目だ。アテもなく、洞窟内を散策するくらいしか彼女に取り得る選択は無かった。
「なにか無いかしら」
見れば見るほど不思議な構造をしている鳥居───そもそも、鳥居と言っていいのかすら彼女には疑問ではあったが───の前に立ち、"向こう"へ踏み越えない程度のところで観察する。
「変な形ね本当……なんで、こんな形してるのか……」
頭上の紅葉自体は、それ自身が妖しく紅い光を放っているように見えること以外は、さして異様ではない。
問題はその下───ゆっくりと視線を下ろし、木の幹と言っていいのか鉱石と形容すべきなのかも分からない部分を観察する。
捻れたような可笑しな生え方をした幹に沿う様にしてビスマス結晶にも似た無数の結晶構造が「生えている」。
「本当、意味わかんない」
ぱしゃぱしゃと水を掻き分け鳥居の反対側も眺めてみるが、やはり大きな違いは無い。
強いて言うならば、普通の木々がそうであるように、大まかな違いはなくとも、模様とか、結晶構造の生えている位置───とかの個体差があるくらいだ。
バシャ、と水を掻いて根本を見てみるが、水面を覆うように落ちた紅葉が邪魔をするようにして手に纏わり付き、中々見えない。見えたところで、底にあったのは岩石質の床から生えた木の根だけ。
「こんな硬いところからどうやって生えてるのよ……」
「なにか、なにか……」
キョロキョロと忙しなく首を振り、はたと気付く。誰に見られているわけでもないのに、恥ずかしがるように口元を片手で覆う。
「なに、焦ってんの私……」
余りにも落ち着きがなさすぎる。さっきからベラベラと独り言を言っているのも、あちらこちら来ているのも………。
「………」
正直、花城あんずという少女は怖い場所が苦手だ。ケンカを売られたと思った相手を打ん殴るクソ度胸はあっても、こう……暗くて閉塞的で更に異質な場所で一人でいて、凛としていられる程できた人間ではなかった。
唯一、絶対孤独ではないと彼女に確信を持たせているのは、今や時間の流れが現実世界とは全く異なる、文字通りの異次元に足を踏み入れている塔野カオルのみ。
未だに此方に背を向けたままの彼女の共同戦線の相手にとっては、まだ入ってから1秒と経っていないだろう。ケータイの確認動作を始めたところのようだ。
(いっそ、塔野くんでも観察してようかしら)
何故かそう思い花城は、ぱしゃぱしゃと水音を立てて歩く。大体からしてこの水自体何処から来ているのか謎だ。水源がこのウラシマトンネルの向こうにでもあるのだろうか?だとしたらそこがこのトンネルの終着点なのだろうか?
(こうしてじっくり見てると、塔野くんって意外と……)
後日彼女は知るが、彼は運動ができる方で、その分がたいも良い。猫背で分かりにくいが、身長も彼女が背伸びしても届かないくらい高かった。
思い返してみれば何処か諦観にも似た神妙な面をした彼の顔は、何処か惹き寄せられる様な何かを感じさせる。
姿勢が悪い様に見えて実は左右の均衡は取れているし、姿勢を正せばもっとプラスな印象を与えるだろう。デッサンすれば、いいモデルになるかも───
シミジミと塔野カオルの背中を見つめながら考えていると、ふと気付いた。いや待つんだこれじゃあ……
「私が変人みたいじゃ……」
漫画を描く人間の悪癖が出てしまった。いい素体とみるや、どうしてもそういう目で見てしまう時がある。
先程と同じく恥ずかしがるように口元に手を当てた。今度は頬の火照りを感じる───洞窟だから手が冷えたのだろう。きっとそうだ───。
「いくら見られてないからって、こういうのは良くないよね」
彼に聞こえるように、でも聞こえるわけがないのに、気取るように大きな声で言った。
だが空しく反響する自身の声以外に、彼女の言葉に返されるものはない。
……やめよう。
深呼吸して、落ちついた素振りをして身を律し、いま少し洞窟内の観察を続けることにした。
洞窟の壁や天井、床の細部に至るまでを気が済むまで、或いは気が済んでもせこせこと探り周る。
時折、彼の方を見てはケータイを弄り、そして又落ち着きを忘れたようにしてウロウロと歩き回った。
2時間……3時間……何百往復したかも分からなくなった頃から、彼と目が合うようになった。
ゆっくり、本当にゆっくりと彼が振り返り始めたからだ。行ったり来たりする毎に目線を投じる度、コマ送りのように微かずつ動いていた。
「塔野くん」
声をかけてみても、反応があるわけ無い。元々そんなものは期待してないが……そう、ただの気まぐれだ。
「塔野くんっ」
何度か往復を繰り返し、再び───今度は少し張った声で───彼を呼ぶ。反響した彼女の高らかな声は、圧倒的な孤独を少女に思い知らされる。
眼の前に、彼は居るのに──────彼我の間には、遥か地平の先よりも遠い隔たりがあることを少女は確信せざるを得なかった。
「塔野くん……!」
疲れ……それ以上に孤独の恐怖に負けそうになって、声を荒げる。少女の瞳に映る少年は、切り取った世界の中でゆっくりと驚愕への顔に染まっていた。
「塔野くんは、何を見ているの……?」
どうしてそんな顔をするの?
塔野カオルの手は、何かを掴もうとしているかの様に中空にあった───そこに、私はいるの?
「……塔野くん!」
境界を隔てた向こうにいる赤色に照らされた彼は、この世界から隔絶されている。この鳥居は、世界を隔絶しているのだ。こんなにも手の届く距離にいるのに、それでも絶対に届かない場所にいる、その彼に向かって、無謀と分かっていても手を伸ばしてしまう。
──────でも、彼女には分かってしまった。少女"だけ"が伸ばした手は、二人の意志では絶対に結ばれない。
時間も情報も圧倒的に一方通行のウラシマトンネルで、何方か一方だけの想いは絶対に交錯しないのだ。
「───ひっ……………」
理解した瞬間、引き攣った声が喉を穿ち、手はバネのように引っ込んだ。
──────会いたい──────眼の前にいるのに。
──────メールなんてどうでもいいから早く戻ってきてほしい──────実験が駄目になるかもしれないのに。
もう、自分から鳥居を潜ってしまおうとも考えた。けれども──────
(ダメだ!)
怖くても恐ろしくても───寂しくても───ここで耐えなければいけない。
親はいない、と言った少女に放った少年の言葉を反芻する。
───それはいいね。
彼は先にいるんだ、私よりずっと先に──────其処にいる彼に、追いつくために……そして何より、私が特別になるため………この世界に自分が生きていた爪痕を残せる人間になるために……!
覚悟を決めたのもつかの間、気付けばベットリと冷や汗に濡れた背を力なく洞窟の硬い壁に預け、膝を抱いて屈んでいた。
「とうの、くん……」
覚悟は瞬間的に打ち砕かれていた。
時間の流れがまるで違う、欲しい物が何でも手に入るのよウラシマトンネル。異質、異次元、異様──────言い表しようはいくらでもあるが、こんな非常識な存在が今この瞬間無くなってしまわない理由を……目の前から塔野カオルが失われる可能性を見出したとき、彼女の心は負けた。
「早く戻ってきてよ……」
"また"一人は嫌だよ…………共同戦線と称してウラシマトンネルの調査を二人で行っていくうちに、当然というべきか二人の交流は増えていき───塔野カオルが友人の加賀に小突かれた様な「恋人」などではないが───互いに友人と言っては差し支え無い程度にはその関係は固かった。
……島流し同然に香崎に来た彼女にとって、初めて友人と言える関係の人で、そしてこれからもお互いのために必要になると思っていた人。
香崎で少なからぬ孤独の時を覚悟していただけに、天佑にも似た二人の出逢いは、少女の考えていた以上に精神的支柱になっていた。
その突然の消滅の可能性は恐怖そのものだった。
最早、壊れたテレビのように殆ど動かない塔野カオルの姿を──────境界の向こうにあって世界から隔たれた場所に居る彼を直視することすら恐ろしくなった花城あんずは、見ない選択をした。見ていなければ、万が一、彼がウラシマトンネル諸共消えてしまう様を見なくて済むから──────
追いかける勇気も、その場から逃げる勇気もなかった。
何も聞こえない、何も見えない。聞かないし、見ない。
現実から逃れるようにして膝を抱き、蹲る。冷や汗が全身の服に染み込んで、体から熱を奪ってゆき、寒気すら感じる。
考えることすら億劫になって、ただ、無事に塔野カオルが帰ってくることを少女は願った。
「花城っ……!」
「!」
瞬間、脳が直接ひっぱたかれたように覚醒し、思考が蘇る。
駆け寄っできた少年の、肩に置かれた大きな手は暖かく、じんわりと優しいものを感じた。不安からの安堵───ともすればこのまま抱き着いてしまいたい衝動に駆られたが、ただの共同戦線の相手にそれをする勇気はなかったし、理性もそれを止めた。
「………遅かったね」
「………ごめん」
本気の謝罪だと、すぐにわかった。相当に待たせた事を彼も自覚していた。
湯船のように熱く涙ぐんだ目を何とかしてぬぐい、鼻の頂から耳先まで赤くなった顔を出来るだけ見せないように、目元だけを上げて、静かに「なんで謝るのよ」と短く言う。
続く言葉が直ぐ出なかったのは、涙声になっていたかも知れないと思ったからだ。
「───こっちでは6時間半………塔野くんにとっては、ほんの十秒くらいか…………メールは?」
「あっ…………届いてない」
あっ、と言ってからケータイを確認しだすあたり、本当に焦って出てきてくれたのだろう。
───花城あんずにとって、今回の実験は、人生で最も長く感じた6時間半だった。