ウマ娘 ブラックドーン   作:一億年間ソロプレイ

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みながかく むまむすめなる ものがたり
われもわれもと かひてみたり (字あまり)

実際こんな経歴の馬いたら速攻引退させられるよなぁ……って心地で書いたので、なんでもいける口の方が読んでくだしあ。
しれっと史実改変してるところもありますので……そこもイケる(というか空想だからええわ)ぐらいでいなせる人向けです。


二度目まして、セカイ

 

「センちゃ~ん! 起きなさ~い!」

 

 母親の声がしてから「はーい」と返す。俺……、()は部屋に置かれた姿見をつい見ては溜息を繰り返す。

 黒い髪、額の前辺りの前髪は一部分だけ白く、顔の横に流れる横髪はメッシュでもなんでもなく、生まれた時から赤い。

 私を見つめるじとっとした黒い目、まとまったようにくるりと流れる黒い短髪。なにもセットしてないのに、自然とこうなる不思議な流れ。

 何よりは頭部から生えている黒い馬の耳。右耳には蔦の飾りを付けている。

 

「むまむすめ……だっけか」

 

 むま……、違う。うま、……ウマだ。

 

 ウマ娘プリティーダービー。

 

 私が経験した二度の生の中で聞いた事がある、競走馬の女体化ゲームだ。

 

 私は、()()()()を経験している。

 一度目は()として。二度目は、()……競走馬として。比喩でもなんでもなく、四本足の青毛の競走馬として出走した。

 中山の競馬場にはとてもお世話になったし、南関東の競馬場でも走りまくった。走って走って走って走って走った。

 別に、血の力を示す為とかじゃなかった。最初から凱旋門に行くつもりではなかった。

 ただ普通に、お金稼ぎしたかったのと、走りたかっただけだ。

 そうして活躍して約十五歳? 新しい年の数え方だと十四歳だっけか……。そのぐらいは活躍して、それからはゆっくり老後の生活を楽しんでたら突然ゲーム会社の社員がやってきて「ウマ娘プリティーダービー」に関する話を、生涯私の鞍上を務めた騎手の伊那と馬主の竹達、そして生産主たるショーイチの息子ショーヤと()を交えて話されたんだよねぇ……。

 

 ダビ○タとかウイニング○スト、他にも漫画家からも取材は来てたけど……。大抵名前の使用許可の申請だけだったから、ウマ娘みたいに「女性に擬人化していいっすか?」って外見や内面とかの詳細な打ち合わせをやってきたのはある漫画家以来だったよ。擬人化されることはあっても、大抵お爺さんとか渋い煙草吸ってそうな大人ばっかり、若いイケメン役もあったけどさ、どのキャラも共通して絶対に悪役ってね。

 くぅ~……、そんなに皇帝と、皇帝の最高傑作の息子を叩き落としたのが嫌か~? 嫌か~? 嫌だよねぇ~。

 反省はしないけど。

 

 そうして最終的なビジュアルや役回りがお知らせされた。打ち合わせの時、やや食い気味に「もっと大きくしてください」「壁ですよ? 壁なんですよ? ジャパンカップの亡霊なんですよ?」「ジャパンカップ連覇を無礼(ナメ)てます?」と圧の強い伊那くんさぁ……。いいぞもっとやれ。流石相棒だ。

 

 新イベントでNPCとしてお出しされてからサポートカード実装、それ以降の動向は分からないけど……。

 打ち合わせ時点で()()なのは知ってるさ。

 夢を乗せ、希望を乗せ、きらきらと走るウマ娘たちの――、その道のりを踏み砕くような、とびっきりの悪役。

 

 「限りなし、衰えなし、そして慈悲はなし――か」

 

 鏡の前でにやっと笑う私は、悪役に相応しい笑みだった。

 

 

 

 

 ウマ娘とは、どこかの世界で活躍した競走馬の魂が、形を変え、この世界に人に近いナリを持って生まれてきた生き物。

 走ることを宿命づけられた――、そんな生き物。という話を聞いた。

 

 であるから、競馬という()()()()()行為は野球やサッカー並の、それよりもエンターテインメント性のある陸上競技になっているのだろう。競馬場を見渡しても汚い全裸のおっさんたちの姿が見当たらない。

 いや、この競馬場にはそもそも人が少ない。

 中央の方の競馬場は人が多いと聞いていたが、まさか地方が……、ここまで少ないとは思わなかった。

 おかしいなぁ、図ったように、私の引退後からグレード制の見直しや賞金額アップとかされてたのになぁ。

 

「ウマ娘が入場します」

 

 アナウンスがかかり、ぞろぞろとパドックにウマ娘たちが入ってくる。

 今からやるのは未勝利戦らしい。……が、パドックの面々の面構えを見てみれば、未勝利戦は未勝利戦でも、このレースは負けに負けてきたウマ娘たちの未勝利戦らしい。

 あいつには負けたくない、負けたら後が無い、同期はもうCクラスにいるのに――……。

 そんな負の気配を滲ませた、真剣な顔。

 そう、まるでここが「墓地」みたいな顔をしている。

 

「……行くか」

 

 興味が微塵も湧かないレースが始まる競馬場から出た。競馬場とトレーニングセンターは相変わらずやや遠い。けども、前世とは違い、自分で走っていけるのでそう距離は関係無いか。むしろレース前のウォーミングアップくらいにはなりそうだ。

 

 

 

 

 どうも、私だ。無事に浦和トレセン学園に着いた。入学式諸々は翌日にやるらしく、本日は割り当てられた寮に送っておいた荷物の荷解きだ。寮では二人部屋ということなので、一体誰が同室になるのか気になる。どうやら部屋に着いたのは私が一番乗りのようだし。

 厩舎で隣だったヤツかな、それとも違うヤツ?

 わくわくとしながら荷解きをしていると扉の前に立つ気配がする。

 

 ギィ……、と開かれた先にいるウマ娘になにやら見覚えがあった。

 

 右耳を覆う緑の髪飾りに白いリボン。ややこげ茶色の髪をし、凛とした目付きがこちらを見て――、あっと目を開かせた。

 

「でっか……」

「失礼な」

 

 はっと口を塞ぐと申し訳なさそうな顔をしてきた。いや、確かにさぁ……。ゲーム内登場人物の中でも()()()()()()()にさせたのは、実際成ってみてからどうかと思うんだよ伊那ァ……。寝具も服も何かしらで制限されるんだからなもう……。

 

「ごめんなさい。私はキングハイセイコー。貴方は?」

「……センニンギリ。これからよろしく」

 

 キングハイセイコーかぁ。

 

 ……キングハイセイコーかよぉ。

 

 そっか、それもそうか。一時は同期だった、でも最後は中央へ移ったんだもんな。

 そういや最初、初めて馬同士で会った時もまだ、こんな初々しい感じだったなぁ……。

 内心しみじみとしつつ、握手を交わす。

 

「センニンギリって、なんだか物騒な名前ね」

「はは、私もそう思うねぇ」

 

 ショーイチが好きな武将の名前から付けられたんだよね。結果として、似たようなことにはなったと思うけど。千人? 千匹? くらい馬を追い抜いてきたよ。

 

「……貴方、私の名前のことで聞いたりしないのね」

()()()()()()って所かい。有名なウマ娘の名前を一部に持つ……、君はその娘って所かなぁ」

「えぇそうよ。母は凄いウマ娘なの、本当に、凄い……」

 

 キングハイセイコーはぎゅっ、と胸元を握りしめる。()()()()()()()()()()()だ。

 ハイセイコーという競走馬は、オグリキャップよりも前に日本での競馬ブームを引き起こした、昔であれば正に知らない人がいないほどの競走馬だった。地方競馬からやってきた怪物にして、熱狂的な支持を受けてクラシックの一冠を取ったり、GⅠ連勝したり、専用の曲が作られたりと。種牡馬として引退してからも莫大な人気があったりと話題に事欠かない。

 この世界でも同様に、ハイセイコーは話題沸騰の()()()だった。地方から中央へと移り、クラシックに挑んで……アイドルホースとなった。

 そして、キングハイセイコーとはそのハイセイコーの()()、……今じゃ()な訳だ。

 

 ……しっかし、ウマ娘になってからそういった父親関係にある馬とかどうなっているのだろうか。

 キングハイセイコーはハイセイコーという父馬が母親になっているが、私の所は私を生んだ母馬の名を持つウマ娘が母としており、その夫にショーイチの名前を持つ人間がいる。どうなってんだこれは。

 俺の父馬はどこへいったんだと思いきや、普通にウマ娘としてレースで走ってた。もう引退してるけど。血縁関係何処行った???

 

「そう、なら頑張りなよ」

「……ありがとう」

 

 だがしかし、前で()()だからといって、この世界ではどうなるか分からない。

 競走馬が新たに生を受ける世界。ここでは、キングハイセイコーが前の道筋を辿ることになるのかもしれないし、ならないのかもしれない。

 ただ、私が知っている()のように、彼女が歩んでいくのなら――。

 

(絶対落ち着かないな……)

 

 今のうちにお互い、部屋の真ん中にシェードでも立てておくべき?

 毎日殺気を向けられるとか耐えらんないよ。流石に老骨を労わってくれ。

 

 

 

 

 基本トレセン学園とは寮生活であり、食事は学園の食堂で取る。元が競走馬ソウルなせいか、ウマ娘とはえてして大食いであるとされる。約500kgの体に摂取する量を考えれば妥当だが、ここでは人の体なのに馬の時と同じぐらいの食事の量が必要になる。なんでだよ。

 

「うわでっか……」「新入生だよね?」「見ない顔だしね」「つよそ~……」

 

 聞 こ え て る ん だ よ。

 はぁ……。仕方ない、仕方ない。元々私の体は大きかったからね……。よく「縮尺がバグる」とか言われてたさ。流石に600kgは越えてなかったけども、斤量を含めたら超えてた。600kgの巨体が高速で突っ込んできては真横に並んでくるなんて恐怖でしかないねぇ。怖いねぇ。

 

「おはよう、ここ空いてる?」

「空いてるよぉ」

 

 やや遅れて起きてきたキングハイセイコーがトレーを持ってやってきた。コロッケ定食だ。ご飯に盛られる量・コロッケの数といった、一品ずつの量はやはり多い。というかそれがウマ娘レベルの並量らしい。

 

「貴方、朝いなかったわよね。もしかして、もうトレーニングでもしてるの?」

「いやぁ、違うよ。年だからかねぇ、早いこと目が覚めちゃうんで散歩でもしてたのさ」

「年って……。同い年でしょ?」

「んー……まぁ、ソウ、ダネー」

 

 そうなんだけどねぇ……。前前世分+前世を含めてかなり高齢なんだ。特に馬の頃の方が人だった頃より長生きしてるっていうねぇ……。はぁ……、自分より後の世代の訃報とかあんま聞きたくなかったなぁ。

 

「なにか含みのある言いようだけど……、いいわ。それよりも今日は身体測定を兼ねたレースの日よ。見るからにセンニンギリは強そうね。……貴方と走るのが楽しみ」

「そうかい? 私はこう見えても弱いからさぁ……、手加減してくれよ」

「ふぅん?」

 

 体が大きい分、歩幅のストライドという点において有利ではあるけど、なんだかなぁ……。

 

 もう一生分は走ったから、いいかなぁ……って。

 

 でも家族が善意で勧めてくれた道を断る訳には行かず……、伊那とか、楠木とか……、騎手や調教師の姿も見つけられないままトレセン学園へと入学してしまった。もう走る気なんてないのに……。

 

(まぁ……いいか。今度の生は緩やかに送らせてもらおう)

 

 走るのが宿命? それがウマ娘の本懐?

 

 チッチッチッ……。ゆっくり過ごしたいウマ娘だっているんだよ。そう、私とか。

 確かに走りたくなる時はあれど、それも近所の山走ってれば済む話だし。今度はレースで賞金稼ぎとかじゃなく、まっとうな職に手を付けて、何年か社会経験を済ませたら家業を継いでいくっていうのがライフスタイルなんだ。

 あ、家業はリンゴ農家です。前世と変わらず、ショーイチオリジナル品種のリンゴがこれまた美味い。食うと断面が赤いリンゴだけど、甘み・酸味共に黄金比率の激ウマリンゴ。……いかん、想像したらあの味が恋しくなってきたかも。

 

 リンゴを食べたくなる欲求を制御しつつ、キングハイセイコーと一緒に食事を済ませ、学校へ通う支度をして、割り振られた教室へと向かった。とはいっても、同じ教室だった。机の席は離れているけど。

 にしても、教室に入ればまた「でっか……」「大きすぎでしょ」とか言われる。

 

 伊那を見つけたらちょっと話したいことがあるんだ。

 

 高身長にしろ、もう少し常識的な方がいいって。具体的に言うなら170cm代だ。

 ……伊那のことは置いといて。教室に集まったら即入学式。「初めまして新入生の皆さん」から始まる文言から学校生活での決まりごとや、トレーナーが付いてからレースに出られることなどを軽く説明された後に身体測定だ。

 

 通常の身長・体重・座高といった特徴を測定するだけにあらず、ここではレースも付随する。

 最初に新入生たちがどれくらい走れるかを測るみたいだ。身体測定よりもレースと聞いて何人かのウマ……娘の耳がピクリとしたり、生えている尻尾が嬉しそうに揺れているから、本当に、走ることは楽しいと思っているらしい。

 

「えっ……身長計ギリギリ……?」「というか微妙に測定出来てなくない?」「やっば……」

 

 

 

 成長期、成長期のせいだからぁ……!

 

 

 

 ……と、身長計で一騒動あったものの、今はもう全ての工程を終えてレースのみとなった。

 レースは学園でも注目度が高いのか、レース場外を示す柵には制服のウマ娘たちや新入りを品定めするためか、トレーナーバッチを付けた者たちで溢れていた。

 

「皆さんはこれから、このゲートに入ってレースをしてもらいます。言わなくても分かるけどダートで。800mのレースだと思って走ってください」

 

 測定係の女性がそう説明して所定の位置につく。

 

「それでは、ゲートに入ってください」

 

 番号順に八人。並んだウマ娘たちが一斉にゲートへと入っていく。入ったはいいが、中は落ち着かない様子を見せる者もいた。人間になっても、本能的にゲートを嫌がる性質を継承しているらしい。益々ウマ娘の生態の謎に磨きがかかるなぁ……。

 

「スタート」

 

 カシャッ。ゲートが開いて、一斉にウマ娘たちが走っていく。不慣れなのか、まだ体制が整わずに焦って飛び出していく子が多数。微笑ましいなぁ。

 逃げを選ぶ子が三人、その後方、先行の位置にいるのは二人。で、多分戦法関係なく出遅れたから固まっている後団は三人。走り方が落ち着いていない。

 まだまだ初心者ってことだから、地力での勝負ってところかな。これがGⅠあたりになるとさぁ、周囲を囲まれたり周囲を囲まれたり、否応なく戦法変えさせられたりとかさ……。追込が主流なんだけどね、相手によっては逃げを選んだりもしたさ……。はぁ……。徹底マークキッツいんだよねぇ……。

 

 そう儚んでいる内に、逃げの子がダレてきた。スタミナを温存して先行にいた二人の横に、後団にいたウマ娘たちが並んできた。おぉ、測定なのに凄い気迫。サラブレッド本来の闘争心とかもあるみたいなんだよねぇ、怖いねぇ。

 並んでゴールイン、とはならず、先行の子たちでの戦闘争いになり、逃げの子はせめて後団にいた子に負けるかとばかりに必死に足を動かし……。まぁ測定レースだからそう気負わずやったらいいんじゃないのかね。

 

「ねぇあそこのトレーナー、チームルビーの人じゃない?」「きっと誰をスカウトするか決めてるんだよ!」「やだ! ちゃんと走らないとね!」「いいなぁ……。ルビーっていたら……」

 

 チーム? なんだいそれ。

 

「次のグループ、入ってください」

 

 どうやら次に走る子たちだったようで、話はそこで終わってしまった。

 ゲート前でウォーミングアップする姿を見る。その中にキングハイセイコーの姿を見つけた。

 あれはもう、圧倒的だね。キングハイセイコーが間違いなく勝つ。

 つらつらとウマ娘たちがゲートに入ってゆき……。

 

「スタート」

 

 全員が揃ったところで扉が開く。

 ビュンッ、と先に出たのはキングハイセイコーだった。

 相変わらず綺麗なスタートなことで。ゲート内での様子も至って落ち着いているものだった。

 で、そのキングハイセイコーは先頭を走る。ぐんぐん加速してゆき、後ろにいるウマ娘たちとの距離を離してゆき、あっという間にゴール。

 走り終えた後も軽く汗をかいているだけで、まだまだスタミナには余裕があるだろう。

 ちら、とトレーナーらしき人物達がいる場所を見ると、なにやらざわめきだっている。

 

「……れはすごいぞ」「ウチのチームにスカウトしなきゃね」「は? 俺の所のチームに入ってもらうんだが?」「ハイセイコーの娘とは聞いていたが……なるほどな」「中央にいる方は姉だっけか? そっちも凄いらしいぞ」

 

 ほうほう、随分期待されている様子。やっぱりすごいなぁ。名前を背負うって、すごく大変だと思うからさ。

 その名前がさ、至上最高とか、大人気の馬だったりとかさ。はぁ……。

 

「次のグループ、入ってください」

 

 キングハイセイコーの次のグループには私も入っている。観客の態勢を止め、ゲート前まで近付けば嫌が応でも視線が集まる。

 

「やだ……大きい」「早熟か?」「もう本格化を迎えて……?」

 

 聞 こ え て る ん だ よ。

 というか本格化ってなに? 初耳なんだけど……。

 

 

 

「ねっ、すごい背ぇ高いね! もう成長期来たの?」

 

 

 

 そう話しかけてきたのは右耳に星と扇形の飾りをつけた、髪は金色で、根本は栗毛の色をして尾の先が髪と同色の――尾花栗毛。

 

「わたし、クアドランス! 貴方の名前は?」

 

 

 

 

 レース? あぁ、最下位だったよ。なんかキングハイセイコーに色々言われた気がしたけど聞き流してたから分からない。どうせ本気で走ってなかったでしょとか、そういうのだとは考えられるけど。

 

 にしても、クアドランス。クアドランス、ね。あぁ、はいはい。はいはい……。

 

 どうしてこうも……、溜息ばっかりになるんだろうねぇ……。

 年のせい? ……私もさぁ、なんか若い頃の気持ちに戻ってプリチーな青春を送ってみたいのにさぁ。どうして記憶があるんだい、私。

 

 込み上げてきた吐瀉物を一通り出し切って、今は学園の一階トイレにいる。そろそろ出ないと……。

 とぼとぼと歩く私の前を、若い男性が曲がっていった。なにやらたくさん資料を持っているようで、その一つがぽとりと私の前に落ちた。

 

「『ダートグレード競争について』……?」

 

 地方競馬場ではダートが当たり前だ。中央の芝、地方のダートという感じで分けられている。

 ダートは中々地位が低かった。最近じゃぁ、改善されて面白そうなレースが作られたり、賞金が上がったり、グレードが見直されたり、良い成績を残せばドバイっていうとこに招待されたりもするらしいじゃないか。

 ダートが見直されていいねぇ、と思ってはいるものの、どうして自分が現役の時にやってくれないんだと思ったがね。

 なんとはなしにペラペラリとめくってみる。どうせ後で本が無いことに気が付いて戻ってきたりするだろうし、その間まではなにか、知らないダートレースでも無いか調べてやろう。

 ジャパンダートダービーとか、チャンピオンカップとかも気になってたんだよねぇ。勝ちはしなくても一度は出たいかなぁ。

 

 ある程度流し読みをして、レースについて記載されているページに出た。

 

 

 

「は……?」

 

 

 

 なんで……、()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()

 

 見落とし? それともページが間違っているだけ? 急いで探してみるも、見ているページは間違っていない。このページはレースについて載っている……。もう一度じっくりページを見る。

 

 羽田盃 東京ダービー

 

 うん、それは南関東でのクラシック三冠の位置づけにあるレースだ。

 あともう一つのレースは……。

 

 東京王冠賞

 

「は?」

 

 ――東京王冠賞。かつて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、そのレースはもう、終了している。そう、話を聞いたのに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って聞いた。聞いたのに?

 

 信じられない心地で本を閉じた。

 そしてまた、開く。流し読み、流し読――。

 

 地方競招待競走・中央競招待競走について

 

 閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでテツノカチドキ先輩と走った――、()()()()()()()()()の名前があるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘とは、どこかの世界で活躍した競走馬の魂が、形を変え、この世界に人に近いナリを持って生まれてきた生き物。

 走ることを宿命づけられた――、そんな生き物。という話を聞いた。

 

 だのに、何故、私が生まれたのだろうか。

 もういい。私は一生分走ったんだ。

 

 この世界は、私のような馬じゃなくて――。

 

 短命だった、病気で死んだ、あと一歩の所でライバルと戦い損ねた……。

 そんな碌でもない現実で死んだ競走馬が。世に名を知らしめることなく去っていった競争馬たちが。

 

 また、芝の上を、砂の上を走るために生まれた世界じゃないのか。

 

 生涯健康・長いこと現役・GⅠ荒らし・大往生の奴が行っていい場所じゃないだろう。

 そりゃぁ……、名馬の中に悲劇的な背景を持った馬もいるだろうさ。

 「あの馬の活躍をもう一度」って声があるのは、トウカイテイオーの時にすごく沁みたから。民衆の人気と、馬が魅せる夢の光景を、私はよぉく知っている。

 

 でもさぁ、私が生きてきた馬の生は、「もう一度」が必要ないくらいに――長く、楽しく、気儘に生きてこれたんだ。

 

 好き勝手に走った。好き勝手に過ごした。

 好き勝手に()()()()()()()。好き勝手に()()()()()()

 

 なのに――。

 

「ダートの未整備、ドバイカップとやらもなく……。また、引退後にダートで名を轟かせた馬の名を聞くこともなく……」

 

 もしかして、私が今いる時点において――私の走った功績が無い。

 つまるところ……、1995年の開放元年が迎えられていない状態にある?

 

 

 

 ――いいや、そもそも、その兆候はあった。

 

 

 

 気付くべきところは……もう、あったんだ。

 

 

 

 小さい頃に、テレビで流れていた有馬記念。中山競馬場に大勢の者が入って声援を送っていた景色を前に、走る競走馬……ウマ娘たち。テレビ画面から消え、その大外から燦然と切りこんできた鹿毛の馬――ウマ娘。

 

 

 

 その有馬記念での覇者の名前は――、シンザン

 

 

 

 日本競馬史初の五冠馬。「シンザンを超えろ」というスローガンを生み出した元凶にして、そう、()()()()()()()()()()()至高の名誉。

 

 シンザン御存命の……、私が生まれた時そのままの……。

 

 つまり……。

 

 

 

 シンボリルドルフ世代がまだ活躍してないってコトだァァァァァ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうして、キャパオーバーを起こしたセンニンギリは倒れて保健室へ送られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはある競走馬の魂を受け継いだ、ウマ娘(人も馬の生をも経験したモノ)の物語。

 地方と中央との境を破壊し、良血の馬を、若き馬たちを、ホースマンたちをおおいに苦しめたる巨大な壁。

 

 ――限りなし、衰えなし、そして慈悲はなし。

 

 長きに渡るジャパンカップ連覇を成し遂げた規格外の老兵。

 

 センニンギリ

 

 その馬は、戦士を超えた。

 

 




絶対馬編の途中でくじけるのでいいとこ取りした部分を供養。

軽いデータ

センニンギリ
青毛の馬。デカめ。地方競馬所属。脚質は自在、基本は追込。元々の架空馬の体がデカいのと騎手の意向もあって2m越えのウマ娘となった。
生まれはリンゴ農家、馬主が一目惚れで説得した後、競走馬としてデビューすることになる。シンボリルドルフと同世代で、七冠馬とされる馬を六冠馬にした元凶。引退後、種牡馬にはならず、地元に帰って大往生した。
長いこと現役で、色々な黄金時代の馬と競ったこともある。
(ジャパンカップの一着は)譲らない――! で有名
凱旋門賞勝利してるのにそっちよりもジャパンカップで語られることが多い。
父:言わずとも分かっちゃうあの馬 母:信子(サラ系)(血統不明)

キングハイセイコー
浦和競馬に所属していたヤベー地方馬。その功績から中央へ移籍するも成績振るわず。
書けるかどうか分からないが、もしこの設定で書き続けた場合のネタバレをするとセンニンギリへ対して「お前を殺す……デデン」宣言をしている。史実改変の最大の被害者の一人。

テツノカチドキ
とってもとっても強い地方馬。ダートでも芝(オープン)でも1着を取っている。被害者の一人でもある。
どのくらいすごいかって、某百戦錬磨の騎手が最強馬にあげているぐらいすごい。

シンボリルドルフ
哀れにも七冠馬から六冠馬という、やや区切りのいい数字の冠になった被害者の一人。産駒のトウカイテイオーも負けている。同じ牧場のシリウスシンボリも被害を受けている。なんて酷い設定なんだ……。

クアドランス
オリジナル架空馬にしてウマ娘になった牡馬。素養に溢れる馬にしてウマ娘。同じ厩舎にいた。

1995年:開放元年
この年は地方競馬に所属する競争馬がJRAへ移籍せずとも多くの重賞レースに挑めるようになったため、開放元年と呼ばれている。これがなきゃメイセイオペラもコスモバルクも有名になっていないぜ。
この作品の設定だとセンニンギリがモニャモニャしたことで地方所属のまま中央重賞レースに挑めるようになったという設定で書いているが、別に無くても開通している。一番の史実改変被害。
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