ウマ娘 ブラックドーン   作:一億年間ソロプレイ

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これからも主人公以外のオリウマ娘がたくさん出てくるのでタグ追加しました
ウマ娘って言って大丈夫っすかね……


神輿を上げて放り投げる算段

 

 調教も終わり、ノザワさんたちが入れていった飼葉にもぐもぐと顔を突っ込んでいると隣から話しかけられる。厩舎の扉の空いた部分からのっそり顔を覗かせていたのは、華々しくデビューを飾り、今や連戦連勝中のクアドランスだった。

 

「さっきの話を聞いてたけど、相変わらず遅いんだねぇ。やっぱり走るのは嫌い?」

「走るにせよ、疲れるのが嫌いなんだけど……」

「そうじゃなくって、もっと他の所が嫌なんじゃない?」

 

 くりくりとした穏やかな目で見つめられ、うっ、と胸に刺さる。何故かわたしは彼のこの目に弱かった。なんでもかんでも見透かされているようで怖くとも、現状でわたしの話をよく聞いてくれて、なんでもかんでもおかしいと否定しないのは彼だけだった。家を含めれば弟たちもいるけど……。

 

 どうやらわたしは同世代の中でも馬体の出来が良く、大きさによって見栄えもすることもあって「賞を勝てるのではないか」と予想されているようだった。

 

「調教での走りは悪いが、本番になれば力を発揮するタイプかもしれない」

「だったらコイツの父親と同じだな」

 

 なんて笑いながら話していた矢先の新馬戦、八頭いる中の七着。

 

 その次も七着、四着、五着、八着、七着、六着と。最下位から数えた方が早いレースが続いていた。鬼調教師やノザワさん、伊那の誰もが浮かない顔でわたしを見てくる。

 でも、レースで走っていても足が動けない。最終直線って所で鞭を入れられても前を塞がれるし、皆の迫力は怖いし……。

 

 でも、こんなこと他の馬に言えば弱虫って言われるだけなんだよね……?

 大きい癖にみっともない、ってこの前アイミスユーさんから言われたし……。

 流石に、今も付き合いを続けてくれているクアドランスにも「弱虫」なんて言われたら立ち直れないかも……。

 

「ふっふん、僕は君の大先輩だからね! なんでも相談してくれていいんだよ?」

「ええっと……、無いですよ?」

 

 苦し紛れの答えに、汚い笑い声が響いた。

 ……。

 

「ははは! おいクア坊。そいつは俺たちが怖いらしいぜ? 恵まれた体を持ってる癖に、とんだ臆病者で俺は泣いちまうよ」

「あっ……」

 

 クアドランスの向かい側の馬房にいる……アイミスユーさんより先輩の、いつも嫌味を言ってくるサンドオクルスさんによって、わたしの弱みは言われてしまった。

 サンドオクルスさんから二つほど離れた馬房を思わず見つめると、ふん、と鼻息荒く事を見つめていたアイミスユーさんがそっぽを向いた。

 

「なんだ、そんなことか。馬が怖い馬なんて他にもいるよ。()()じゃいないってだけさ!」

 

 予想に反して、クアドランスは嘲りをおくびにも出さず、わたしといつものように笑顔を向けた。

 かなり落ち込んでいたわたしは、そんな彼の言葉で救われるような気持ちがした。

 

 

 

 

 

 そんな、ありし日のことを現実逃避として浮かべていた。

 

 背後のスタンドからの悲鳴と、クアドランスの騎手、佐古屋のすすり泣く声が響く目の前の現状が受け入れられなかった。

 

 運ばれていくクアドランスの横たわる体を見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 記憶というのはかなり曖昧だ。紐づけて思い出せることはあれど、全部が全部、いつになっても刻まれたままの状態ではない。時が経つに連れて劣化していく。

 良いものも悪いものも。

 

 私は、クアドランスについて一番重要な記憶を昨日の併走で思い出した。

 

 敗北続けてなんとか上位へ入着し、青雲賞……現在だとハイセイコー記念と呼ばれる重賞に出ることになった。

 クアドランスも一緒だった。新馬戦以来の対決だった。

 前日に「良い走りをしよう」とかヤツの夢の話もされて、わたしもなんとか走ろうとしていたことだった。

 

 第二コーナー抜けてのスタンドから離れたバックストレッチ、そこで先頭を走っていたクアドランスは急に減速。

 原因は足の骨折。他の馬ともぶつかりながら横転して……、予後不良を下されて安楽死。

 わたしの隣の馬房にはいるべきヤツがいなくなった。

 

 当時のわたしに凄まじく衝撃を与えたヤツにまつわることでも、時間が経てば忘れてしまう。

 アイツが話したとんでもない夢物語だって忘れて、そして昨日の併走で思い出すぐらいになってしまう。

 馬鹿らしい。わたしも、アイツの夢も…………。

 

 なにが、なにが、「僕の走りを見て、その人が落ち込んでいたら立ち直るきっかけになったり、明日も頑張ろうって気持ちになって欲しいんだ」だ。

 

 あんな走りを見て誰が幸せになるっていうんだ。あんな最期を見てスタンドに来た誰かが喜んで帰ると思ってるのか。一緒に走ったヤツのことを考えろ。

 

 

 あんなレースで初めて重賞を勝って嬉しいと思うか?

 

 あんなレースで隣の馬房が空いて嬉しいと思うか?

 

 

「そんな訳、無いだろ……」

 

 振り返ろうとしたわたしを鞭で諫めて「走れ!」なんて言った伊那だって、鬼調教師の楠木だって、ノザワだって、お前の騎手だった佐古屋だって!

 

「喜べる筈ないだろ……!」

 

 お前はお前の走りで周囲を不幸にしたんだ。夢を追いかけてそうなったんだぞ。

 

 前世でそうだった。今世でもそうなるかは分からないが、その確率の方が高い。

 

 あんな前世通りの、夢見がちの調子では!

 

 

 

 ――だったら、()がトドメを刺してやる。

 

 二度と走らせないようにしてやる。

 

 

 

 体に漲る力のまま踏み込む。

 靴に付けた蹄鉄は外す。それから走る。

 走る、走る、走る。

 フォームの維持、走法の変更、速度を出したままのコーナリング、どれぐらいスピードを維持できるか、更に力を入れられるか。

 午前三時、誰もいないトレセンの練習場で確認する。深夜に私の足音と呼吸だけがしている。

 

「……やっぱり、それなりには、まだ無理だな」

 

 アイツの走りを越すにはまだ力不足な面がある。勝ちはするが、()()()()()()()()()()()()()()

 久しぶりに肺が悲鳴を上げている。少しクールダウンをする。足元を見下ろせば初めて蹄鉄を割った時よりもボロボロになったシューズと、過去最高に汚れているジャージのズボンの裾が見える。走っていたコースの道のりを見れば、遠目からでも深く沈みこんだ足跡が残されている。

 ……四時前には自分で整えて去らねば。あまり目撃はされたくない。特にクアドランスに悟られてはならない。

 激しく動く心臓を落ち着かせてから、また走る。

 

 アイツの夢を叶えさせない。それをするにはどうするか。

 極めて簡単だ、アイツを走れなくすればいい。

 だからといって、直接アイツの足を故障させたり、怪我をさせたり、不調を齎したりなんて言語道断。

 

 ()()()()()()()()()()()()。二度と走りたいと思わせたくなくなるよう、絶望を叩きつける。

 

 大逃げ戦法の大差勝ちだ。

 これで多くの名馬の矜持と夢を圧し折ってきたんだ。クアドランスとてもう比較できる時期にはいなかったが、例外ではないだろう。

 あれは強者故の余裕から弱者という()()()の面倒を見ていただけ。その余裕さえ無くなれば、――ただの敵だ。

 

 ただし、この作戦はクアドランスが()()()()なんてどんな奴でも付け上がるような実績を持ってから効力を発揮する。勝ちが続けば調子が良くなり、油断が生まれるだろう。そこを突けば更に意表を突ける。

 

 ――そんな上手く事が運べるのかって?

 

 都合のいいことに、クアドランス陣営とは合同トレーニング契約を結んでいる。

 高遠の経験をクアドランスのトレーナーに教え込ませ、私の方でもヤツのパワーアップに一役買ってやる。併走でも何でもやってやる。

 クアドランスとの対決を避けつつ、ヤツに力を付けさせ連戦連勝の道を歩ませる。

 そして、機が熟したら私がクアドランスの出るレースに出て、アイツに力を見せつける。

 

 アイツの隣を走る。いつだって先頭に立っていたヤツに背中を見せつけてやるのさ。

 

 ……あくまでレースに拘るのはアイツの夢がレースに関係するから。

 他の事で争ったってしょうもない。「へー、すごいね」止まりだ。それに、私は他事で抜きんでる程才能は無い。

 なんとも因果なものか、神さんに与えられた異常な強さを発揮できるのは――嫌になるほど走ったレースだけか。いや、寿命もか……。

 

 最初はまだ力を入れない軽い走り。次に、強くイメージをする。

 何度も見た光景を何度も呼び起こして、遥か前であの特徴的な尾花栗毛の尾が揺れている状況にする。うっすらとした輪郭で走るクアドランスの像が結ばれる。生意気ながら土煙を上げて視界の情報を狭める技も使ってくる。

 

 背に置いてけぼりにされないよう、徐々にスパートを掛ける。ヤツの足音が私の足音に掻き消される。

 ――ゆっくりと背が近付いていく。あの日の時とは違って、互いに速さを出している状態で。

 

 ……つくづく、なんでやり直しみたいにまた走ることを選んだのか。

 こんな人や動物に嫌われるような力を持って再び生を受けたことにもきっと関係しているに違いない。

 

 確実に、君はわたしのターニングポイントだったのだから!

 土を強く踏みしめた。

 

 

 

 

 

 突然、体が浮き上がる感覚した。

 

 像が体を突き抜けて、――真っ黒な顔でクアドランスがこちらを見つめる。勢いのまま像が後ろ後ろへと流れていく。

 

 

 

 

 

「きっと、君を潰す為だったんだねぇ」

 

 

 

 

 

 目と鼻すらも判別できない顔に向けて自然と笑みが零れた。

 

 他人が壊れる様を見て喜ぶだなんてどうしようもないねぇ、私。

 




サンドオクルス
アイミスユーより先に楠木厩舎にいた鹿毛の牡馬。冒頭で茶々入れてた時期には中々の高齢馬。

佐古屋
(捏造)史実でのクアドランス号の騎手。いつも笑顔で勝利後のインタビューに「コイツとなら三冠行けます!」と言っていた。
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