ウマ娘 ブラックドーン   作:一億年間ソロプレイ

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しばらくこんな感じですが、お付き合いいただけたらと思いますです、はい
※誤字報告ありがとうございます!


偉大なる先人たち

 

「ジャパンカップに地方バの招待、ですか……」

「公平性の観点から、地方バにも参戦する権利があった方が良いということでな。URAから直々の招待という形になった。そして君の担当するダーリンググラス君が選ばれた訳だが……」

「一度、本人の考えも聞いてみます。それでは失礼します」

 

 足早に去る若い男の足音の後、老いた男の溜息。

 

「ジャパンカップはまだ若いレースだ。今年はURAも力を入れて各国へ招待を送っているとは聞くが、まさかここに来るとはな……」

 

 立ち上がり、ブラインドの硬質な音がする。

 視界の端から喜んだ様子で若い男――トレーナーが走り出していった。向かう先はグラウンド。

 

「喜ばしいことではある。しかし……、――彼女の心が問題だ」

 

 憂鬱に満ち溢れた老年の声。それは栄達を喜ぶと共に、これから直面するであろう彼女への憂き目を悲しんでいる様に聞こえた。

 壁に寄せていた身を離すと、長身の人物はその場から去っていく。

 

 

 

 

 浦和に所属するダーリンググラス。彼女が中央のGⅠ、ジャパンカップに招待されたことはダーリンググラス陣営からの発表によって瞬く間に拡散され、地方競バ新聞を騒がせた。

 

『ダーリンググラス、ジャパンカップ出走!』

『初! 地方バGⅠ出走!』

 

 どの地方競バ新聞もその話題で忙しない。特に騒がしかったのは彼女の所属する浦和トレセン学園。発表当時は彼女を慕う者たち、野心ある者たち、その他彼女と覇を競い合った他のトレセン学園の生徒までが押し寄せた。

 

(あん時の対応に駆り出されて大変っちゃ大変だったが……、まぁ分からんでもない)

 

 地方バが中央のレース場で走れるのは中央・地方競バ招待競走しかない。

 かといって、そのレースであっても中央が開催する――芝のレースでは相手の方が上手。交流競走という名目であっても、地方バは地方での開催で、中央は中央での開催するレースで勝つことが多い。地方バが中央バで勝った例なんぞ四年前に行われた地方競バ招待競走しかない。

 それほどまでに差がある。レース自体の知名度も、ウマ娘自体のレベルも。

 

 そんな中でのダーリンググラスのジャパンカップ参戦。これで騒がない筈は無かった。

 

 スタンド灰皿に灰を落とし、着いていた火を潰して消す。

 最近はとんだ癖ウマ娘をスカウトし禁煙(我慢できずに電子タバコにも切り替えてはいる)を心がけているとはいえ、一ヶ月に一本、紙巻の煙草くらい吸いたくはなる。

 体に残る煙を吐き出して天井へ立ちこめる様を眺めていると、ふつふつと苦い記憶が蘇りそうになる。

 

(今は違う。違うだろ……)

 

 煙草を灰皿の中に投げ入れた。気分転換の煙草だった筈が、一気に憂鬱な気分となった。

 さっさと出るに限る。喫煙所の扉を開けば一気に清涼な空気が肺に広がる。手早く消臭スプレーをして身だしなみを整えてから、――高遠は戻る。

 自室たるトレーナー室に向かう途中、見覚えのある長身が見えた。

 

 これまでのレースで見事なまでに掲示板入りを果たしているセンニンギリ。その隣には彼女と交流を持つ少ない人物の一人、キングハイセイコーがいる。

 何やら話している様子だがここからだと話は聞こえない。迂回しようとした矢先、センニンギリの耳が動き奴の顔が向けられる。そして手招きをされた。

 ……体の向きを直して向かうことにした。

 

「なんだどうした」

「……センニンギリのトレーナーさんですよね。どうか言ってやってください、ダーリンググラス先輩の応援に行こうって!」

「だから画面の向こうから応援するって言ってるだろう。他に行く奴がいるんだから、私までが現地に行くことはないって言ったんだがねぇ」

「あー……」

 

 高遠が担任するセンニンギリが擁する難題の一つがやってきた。

 彼女は何かと他人との接触、いわゆるコミュニケーションを断絶する傾向にある。それは彼女の並外れた長身によって人目を集めるという理由もあるが、中々難しいものだ。それでも今プンスカとしているキングハイセイコーやクアドランスとは接触するし、出掛けている姿を見ることもある。

 比較的接触できる彼女達であっても約束が取り付けられる確率はまちまちといったものらしい。……彼女たちと自分の中で目的が一致しなければ動かないのか、必要性がないのか。

 ――後者であれば、ダーリンググラスの応援は行く価値がないということか?

 

「行ったらどうだ。しばらくレースの予定もない、トレーニングも休憩中だ。たまには生のレースを目で見るのも必要だと思うぞ」

「ほらー! 行きましょうよ、もう」

「君は行けばいいだろう。同じチームのよしみなんだし、私とはなんら関係がないじゃないか」

「またそんなこと言って……。だから友達が少ないのよ」

 

 センニンギリにグサッと何かが刺さる音が聞こえた気がした。一瞬だけ耳が下に向かった気がするが、気のせいだろうか。気のせいかぁ……?

 思わず高遠は訝し気な目でセンニンギリを見つめた。当の彼女は目をいつもより据わらせた眼差しをしていた。

 

「わざわざ通夜に行きたかないんだよ私は」

「はっ? 通夜って……」

 

 それだけ言い残してセンニンギリは去っていく。その場には高遠とキングハイセイコーが残される。

 

「なんだかすまんな」

「……いえ、私の方も言い過ぎたかもしれません」

「でも、事実なんだろ?」

「そうですよ。本人がああいう態度だから近付きたいっていう子も近付けない感じで……」

「ほほう」

 

 意外と接触を図りたい人物はいるらしい。気難しい担当に僅かに芽生えているコミュニケーションの芽、大人としてはなんとか育ててやりたいところではある。

 

「遊びに誘うなら今の内がチャンスだぞ。さっきも言ったがトレーニング関係の予定はフリーだからな」

「そうなんですか! ありがとうございます。また今度、別の名目で誘ってみます」

「頑張れよ~」

 

 ウマ娘っていうのは人間よりも表情が分かりやすい。彼女たちの耳や尾でポーカーフェイスが見抜けるのだから。嬉しそうに耳を立たせ尾を揺らして去っていくキングハイセイコーに手を振り、一息吐く。

 

 

 

 

 

 それから日が過ぎてジャパンカップ当日がやってきた。

 結局センニンギリは誘いには答えず、高遠のトレーナー室で観戦することを選んだようだった。

 楽しんでいるのかも分からない目がパドックでお披露目されているウマ娘たちを眺める。

 

 ジャパンカップには九名の外国ウマ娘が招待され、対する日本勢は七名で迎え撃つことになった。

 一応総大将は天皇賞春を勝ち取った強者であるアンバーシャダイであるが、話題は史上三頭目の三冠馬のミスターシービーの不在と、それに対するキョウエイプロミスの強気な発言だった。

 

 海外メディアにおいても日本の三冠馬は知名度があったようで、「なぜ三冠を達成した日本の最強バが出走しないのか」という質問がジャパンカップの記者会見にて上がった。

 それに対して司会からマイクを奪い、「ですから、キョウエイプロミス()があなた方のお相手をする訳です」と前走の天皇賞秋の勝利バ、キョウエイプロミスが発言したこともあって、日本陣営側のウマ娘もピリピリとしている。

 リラックスした笑みを浮かべていても、その中に苛烈さが見え隠れしている。

 

 目下地方の中では噂にあるダーリンググラスはというと、かなりの苛立ちが目に見えている。

 それもそうか、と思う。彼女は十六番人気。十六名出走中の一番最下位の人気だった。いくら地方トレセン学園の面々が投票をしてもこの結果だ。

 

 数多くのGⅠを勝ち取ってきた海外バたちに、現王者といっても過言ではない強さを誇るアンバーシャダイ、天皇賞バのメジロティターン、華麗なる一族のハギノカムイオーといった話題に欠かない面子の日本バ勢。

 そんな中では地方から出たというダーリンググラスに対しての評価の低さも分からなくもない。

 ――しかもダーリンググラスは芝で走るのは()()が初めてだ。

 

 会話の一つもないまま、画面の中ではウマ娘たちがゲートインを終わらせていた。

 

 序盤の展開は一番人気のハイホークが出遅れ、ハギノカムイオーが華麗に逃げを打って展開はハイペースに進んでいく。ハギノカムイオーが十バ身以上もの差をつけて先頭を進むにつれてスタンドからの喧囂(けんごう)も轟く。

 ハギノカムイオーはややペースを落とすが、離されたバ身差をそのままに第三コーナーへ向かう。

 

『このままゴールまで先頭を切って駆け抜けられるかどうかというところ!』

 

 二番手で様子を窺っていたドイツのウマ娘トンボイらを筆頭に後続バたちが一気にペースを上げた。

 ぐんぐんと差が縮まり、ハギノカムイオーはバ群に埋もれていく。外からアンバーシャダイの差脚の追い上げ、第四コーナー時点で先頭となったエスプリデュノールを追いかける。

 

『アンバーシャダイが大健闘! 日本の、日本の代表バとしての思い切った走りっぷりを見せてもらえるようであります!』

 

 アンバーシャダイとエスプリデュノールの叩き合いを横に、内からキョウエイプロミスが上がってきた。

 

『天皇賞バのキョウエイプロミス、キョウエイプロミス来た!』

 

 ――その顔つきは険しく、眼差しに火を宿していた。

 強力な海外バたちの包囲を大胆不敵に、ド真ん中から突破してきたその姿に視線を奪われる。

 

「……嘘だろ。怪我してんのに、あんな速度が出るのか?」

「怪我だって?」

 

 驚いた風にセンニンギリが聞き返すも、高遠は画面の方へ集中していた。

 

 キョウエイプロミスはアンバーシャダイたちを抜かす勢いで迫る。――そうは行かせまいとスタネーラが追い縋る。

 

『スタネーラ来た! スタネーラ来た! スタネーラ来ました!』

『スタネーラキョウエイプロミスどっちだ!』

 

 二人の向こう側でエスプリデュノールはアンバーシャダイを振り切ってスタネーラたちに差し迫る。

 だが、一歩の距離が足りない。一秒にも満たない速度の速さの違いが現れる。

 

『スタネーラ先頭か!』

 

 火花散るデッドヒートを繰り広げる二名の戦いに多くの視線が集まる。

 あと少しの差でキョウエイプロミスはスタネーラの前に出られるが、出られない。キョウエイプロミスよりもスタネーラの方が僅かに速い。タイムにも表れない、その些細な差を縮められぬまま――。

 

 

『キョウエイプロミス! キョウエイプロミス! スタネーラ! スタネーラ!』

 

 

『キョウエイプロミス、スタネーラの叩き合いッ!』

 

 

 アタマ差の攻防。それはスタネーラの勝利で終わった。

 

 ゴールの先でキョウエイプロミスが倒れようとした矢先――、スタネーラが受け止めた。

 スタネーラは悟っていたのか、彼女を地面へゆっくりと下ろした後、二人は固く握手をした。

 

 

 

 

 さて、ジャパンカップ出走では大先輩ともいえるダーリンググラス先輩だが、十六番人気で初めての芝出走だというのに十着という、中々奮戦した結果を勝ち取った。

 だが目下の話題はキョウエイプロミスとスタネーラ。いくら善戦しようが世間の目は一着と、激しい争いと、命を削る走りにしかいかない。

 

 現にどうだ。隣の高遠なんか呆けたようにぼーっとしている。頭の帽子を取ってみたり、上にトレーナー室にある本を乗せたりしても動じていない。

 

 分からなくもない。でも腹立たしい。口惜しい。――苦しい。

 それは言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 前世に置いてそれほどまでに走ったことは無い。何故なら、私にはそれほどの力を出さなくても一着を取れる力があった。でも他にはないから、()()()()()()になる。

 

 分かるんだよ。全部分かってる。身に染みている。

 勝てば勝つ程、そして無事である程に人の興味は離れていく。いつかの英雄も厄介な亡霊として煙たがられる。人も、今でいえばウマ娘だって離れていくだろう。アイツがいるから出走しない、なんてことはザラにあった。この世界でもマルゼンスキー出走表明による回避バの続出で競争が不成立になった事件はあるようだし、今世でも同じなんだろう。

 

 それでも出走しなければ勝ち取れなかったものがあった。嫌がられても、――そこまでしなければ変わらなかったものがある。

 それも、スマホなんて技術面でいえば平成まで発展しているというのに尚、()()()()()()()状態で捨て置かれている。誰が、どうすれば動くのか、本当に……。

 

 先は相変わらず見えないままだ。いい加減高遠の頭に乗せた本を外して帽子を被せてから部屋を出た。

 熱心に応援していた学生諸君らの反応を見る為学生寮のラウンジへ寄ってみたが、やはり予想通りに通夜の雰囲気になっていた。

 

「やっぱり駄目だったかぁ……」

「でも先輩十着だよ!? すごくない!?」

「でもやっぱ、海外のウマ娘って強いんだぁ……」

「地方で良かったー……」

「ここなら海外ウマ娘が来るなんてこと無いだろうしねぇ」

 

 呆れるぐらいの負け根性で飽き飽きしてくる。

 ……行こうと思えば中央にだって行けたのに。やっぱりいつまでも未練がましいのは、私の方か。

 本当、嫌になる。

 




ダーリンググラス
多分、地方所属競走馬で一番最初にJRAのGⅠに出走した。数々の重賞を勝っており、ジャパンカップ後年に施行された中央競馬招待競走(ダートで開催する方)できっちり勝っている。浦和競馬場所属。TTGの一角、グリーングラスの甥にあたる。

アンバーシャダイ
古馬になってから力が出てきた。ジャパンカップの話題がほとんどキョウエイプロミスに持ってかれた日本総大将。同年の優駿賞最優秀古馬(JRA最優秀賞4歳以上牡馬)も持ってかれたが特別賞を授与された。
アンバーシャダイが種牡馬として成功したのでノーザンテースト(父)の評価が確定したぐらいには重要なお馬さん。強い。

ハギノカムイオー
当時1億8500万(!?)で落札されたことから競馬業界以外からも話題を集めた「黄金の馬」にして華麗なる一族の一頭(母イットーの血統を辿るとマイリーがいる)。オグリキャップも利用した競走馬総合研究所の馬の温泉で療養したりしてる。ハワイデヤンス。
ウマ娘になると1億8500万円が落札額ではなくデビュー前に宝くじ引き当てたとかに代替されるか、黄金関連の話はまるっと無視で華麗なる一族として出るか、ハワイデヤンス利用者の一人に挙げられると思われ。

スタネーラ
輸送中に筋肉痛+体調不良になってしまったので慣れたアイルランド時刻での曳き運動で調教を進めていたが専門家たちから非難されるも、この丹念な曳き運動によって勝ったという伝説の持ち主。1983年頃からものすごく強くなってきた牝馬。
第三回ジャパンカップゴール直後、スタネーラの鞍上を勤めたラウス氏とキョウエイプロミスの鞍上の柴田政人氏はハイタッチしたとか。スタネーラとキョウエイプロミスの握手の下りはここから持ってきました。なんか……いいじゃないですか……(語彙力)。

キョウエイプロミス
第一・二回のジャパンカップでもうムリマジ海外勢しか勝たんムーブに一石投じた功労馬。ジャパンカップ出走前からキョウエイプロミスは脚部不安を抱えており、インタビューで強気に出たものの、調教師の高松邦男氏は「脚が壊れる」と、ジャパンカップが最後のレースになることを予感していた。
見事にキョウエイプロミスは力を発揮してスタネーラと激走を繰り広げたが、右前足に繋靱帯不全断裂を引き起こしてそのまま引退。こんだけ脚壊す走りをしても海外勢に勝てないとか、キョウエイプロミスすげーやとで話も分かれていた模様。
キョウエイプロミスは高松邦男氏の父、高松三太氏が牧場で惚れ込んでいたが亡くなったことによって管理が出来なかった、というドラマのあるお馬さんでもある。
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