何が言いたいかもう皆さんはお分かりの筈です。
!!!!!爆死だドン!!!!!
お゛お゛ん゛お゛ん゛お゛ん゛…………。
一年ほど経ったある日、一人の人間がやってきて私の身柄は競走馬として身を引き取られることになってしまった……。体がおっきいおっきいばっかり言ってんじゃないよもう……。普通に食べて走って寝てたら大きく成長してたんだよ。弟の道明だってそう変わらないし……。
慣れない環境……よりも、毎朝起きたらやって来る調教の時間が嫌だ。すごく走らされるもん。息切れても走らされるし、鞭入れられるし、ショーイチさんも道明もいないし……。
厩舎っていうのは狭いし、いつも見るのはおっさんの顔ばっかりで汗臭いしもうイヤ、イヤったらイヤだ。鞭を打ってくる伊那とかいう奴は妙に楽しんで鞭入れてるし、「ほらぁほらぁ」みたいなねちっこさを感じるっ! 絶対隠れサイコドS……、猫かぶりタイプの人間だよ。
――限界が来た私は次の朝、抗議の意味を込めて厩舎からテコでも動かない態勢を取った。
「おっはよう~。せっちゃん元気かな?」
うぐぐ、厩務員という、お世話をしてくれるノザワさんがやってきた。もう来るだけでイヤだ……。
でも立ち上がらないと、調教されないと体を拭いてもらえない。ご飯入れてもらえない……。きゅう、きゅう……。
「ん~……? 元気ないねぇ……。こりゃ絞りすぎかな」
休み……、そう、お休みが欲しい……!
「お~う、ノザワ。セツの様子はどうだ?」
「いや、元気ないですよ。食いが悪いみたいですが、体の方は異常無いみたいです。きっとメンタルの問題でしょうねぇ」
「そうか、連れて行け。もう新馬戦まで時間無いからな」
ヒィン……!
鬼畜調教師のオヤジは軽く私の胴を叩いた。それで許されると思ってるのかァ……!
もう私の中でストライキは決定だ。意地でも動かない。厩舎から動かないったら動かない!
お休み! お休みします!
体拭きとか餌とかいいから! お休み!
「おはようございます! セツ大丈夫ですか?」
「おう、いいってよぉ」
なんでこんなタイミングで来るんだ伊那ァァァ!!!!!!
でも屈しない! 暴力なんかに屈しないんだから! わたしは馬だけど自由な馬なのだッ!
「ありゃ、全然動かなくなっちった」
「抵抗……ですかね?」
「妙に人間臭い動きするときあるんだよなぁ、こいつ。伊那くん鞭お願い」
「分かりました!!!!」
妙にしなってぬるんぬるんしてクソ痛い鞭をケツに何発かぶち込まれた。痛い、痛くてもうたまらん……!
――結局、わたしは渋々調教されることになってしまった。自由の敗北である。
厩舎に戻った後、一人静かに泣きながら餌を食べる……。あぁ、リンゴが恋しい。ショーイチさんのリンゴ……。
「ねぇねぇ、なんで毎日泣いてるの?」
隣の厩舎から、そう声がした。
クアドランスという、クソ汗臭おっさん調教師の楠木も一目置いているという期待の新人……新馬らしい。
「おうちかえりたい……」
「ホームシックってやつか。寂しいよね……」
ぶるるん、と傍目からは馬のいななきだけど人の言葉のように内容が分かるのにももう慣れた。
……そういえば、厩舎に入った時は「よしお友達作るぞ!」と意気込んでいた気がする。でも、実際は調教が嫌になってぐだぐだしてばっかり……。
調教の時のコースでも、まったく早くて追いつけない。走りながら軽く話してるお馬さんとかいるけど、わたしにはダメでした……。話せる余裕が無い……。
「うぅ……。リンゴ、リンゴが欲しい……。おうちかえりたい……」
「えっと、セツ……ちゃんだよね?」
「うん……。セツくんでいいよ……」
「明日、僕と一緒に走るんだけど……。君は、走るのが楽しくないのかな?」
「楽しい……?」
走るのが楽しくない。
楽しい楽しくないで考えたら、多分楽しいと感じてる。思いっきり走って、風が身に感じるのは楽しい……。
でも、調教の走りが楽しくないのはなんでだろう。いや、強制されてるからだ……。
わたしはのんびりと過ごしたいけど、周囲がそうさせてくれなくて余計にストレスが溜まっているんだ……。
「ふふん、先輩の僕が走りのコツを教えてあげる! そのためにも、今日は早く寝ようね!」
「ふぁーい……」
それっきり、隣の馬房から声はしなくなった。
周囲から、人も馬も関係なく「遅いな」って言われてる。この前併せ馬した時のアイミスユー先輩は「おっそw。歩いても勝てるわwww」とか草生えてそうな笑われ方をされたし、アレストルパンという後輩にも「先輩遅いっすね!」と笑顔で言われた。
調教で良い結果を残せず程なくしてやってきた新馬戦。
わたしは負けた。一着は鮮やかな逃げ切り勝ちをしたクアドランスだった。
ヤツは最期まで楽しそうに走っていった。
△
そう、あれは私がまだ新馬戦を経験したばかりのひよっこだった頃……。
馬の調教というか、意に反して体を動かされることについて嫌がっていた頃の話だ。
今? 割り切れるぐらいには……。
「十着……。最下位だぞ、大丈夫か?」
「大丈夫です」
模擬レースを行っていた訳だが、いい結果を出せずにいた。
入学費用を返すためにレースに勝つと宣言したはいいものの、まったく気分が上がらない。
というかもう嫌になってきた。元々勝負事が好きじゃないんだ。あの、ギラギラとした空気が苦手でね。
前もそうだった。鞭を打たれながらも必死に走る馬が怖くて仕方がなかった。今は怖いというか、……馬群の中に入りたくないとか、人の姿を得たことによって睨まれている視線が如実に分かってしまうのがまた。
とはいえ、流石に模擬レースで一着取らなければトレーナーがつかない。トレーナーがいなければレースに出られない。
かといって熱のある人物は嫌だ、というとそれなりに放浪癖のあるような奴が好ましいが、そういった奴は大抵自分の力がなくても一着を取れるウマ娘をスカウトしたがる傾向にある。そして私は今までのレース、全てがドベ。悪循環って訳だ。
他のトレーナーにも言えることだけども、当然ながら力の有無に加えて、勝ちたいという意志があるウマ娘はよくスカウトされる。
現に力も意志もあるキングハイセイコーは直々のスカウトによって何度か三冠のレースを勝ったウマ娘を担当しているトレーナーを得ている。しかも『ルビー』というチームを持っている。
個人か、チームかでトレーナーの力量の見方は変わる。無論、チームを任されるトレーナーほど経験豊富で実のあるトレーニングを指導してくれるようだ。
しかも『ルビー』というチームは、ここ浦和トレセン学園では最強のチームになるらしい。つまりヤツは最強チームの仲間入り、同期の誰よりも先を行っている。
入学して初年度は体づくりや成長期を考慮してデビューは出来ないものの、初期の方にトレーナーが付いて訓練を施すというのは同期から一歩早く抜け出す道。来週行われる選抜レースで良い結果を残そうと必死にトレーニングを行うウマ娘たち。
考えつつ教官に渡されたメニューである走り込みをこなし終えて休憩していると、コースの一角から「キャー!!」という黄色い悲鳴が上がった。
「あ、クアドランスちゃんだ!」「いつ見てもかっこいいよね……はうぅ……」「カワイイの間違いでは?」
悲鳴が上がっている方面では輝く金髪に、尾の一部が茶色く、毛先が金色という尾花栗毛のウマ娘が練習を行っていた。……あぁそうだったか、そういえばクアドランスがデビューした際には少し盛り上がりを見せていたんだ。
無論、馬の時の見た目と、――何よりも強さだ。連戦連勝、逃げの圧倒的な勝ち。
アイツはとにかく速かった。脚質は逃げ、誰よりも真っ先に先頭を走っていく姿は星のようだとも言われた。
確か、ノザワが見ていた新聞には「星の王子現る」とか、そんな謳い文句が堂々と見出しに書かれていた。
「あぁ……勝ちたいなぁ!」「かっこいいとは別に打ち負かしたい欲はある」「いや勝つのは私だよ?」
「「「は?」」」
隣で同じ教官の元で学んでいるウマ娘たちがビリビリと睨み合う。
思わず関係ない私にまで余波が来てぶるるっと背が震えてきた。ああやって笑顔で敵視出来るのが……また前とは一味違った恐怖がある。その癖負けた後喜んで握手するヤツもいるものだから……訳が分からない。
普通、負けたら悔しいとか、泣いたり喚いたりするもんじゃないのかねぇ。
ぼーっと、黄色いのが走っていく様をスタンドから見ていると一瞬だけ目が合う。うわ、ウィンク。走りながらウィンクしやがった。
余計なことに巻き込まれる前にジムの方に行くに限る。
「今こっち見てウィンクしてくれたんだけど!?」「はわわわわわ」「最早はわわしか言ってないじゃん……」
クアドランスが走っていると、よくスタンドの方にトレーナーの姿が見える。どうやらまだトレーナー契約を結んでおらず、ヤツも私を担当している教官とは違う教官の元でトレーニングをしている。一体、何を考えているのやら。
スタンド内で見覚えのある面が見えた――、この前の新人トレーナーとかいうヤツ。
「あの子、是非私との契約を結んで欲しいのだけれど、一蹴されてるような気がするのよね」「あ、もしかして貴方も? 僕もそうなんですよね……」「あら、貴方ほどの力があるトレーナーでも?」「ふむ……」「ならまだチャンスがあるかも!」「走り終わらないかなぁ……」
選抜レースでないのに多くのトレーナーが注目しているのは珍しいようだがね……。
「おいおい、巨人くん。冴えない顔をしてどうしたんだ」
「誰?」
「はぁっ!? 昨日名乗っただろ! アイミスユーだよ! お前の先輩!」
「ははぁ……。何か用でも」
土色の髪に、左耳に飾りのついたウマ娘が騒ぐも、「ま、まぁいい。これから俺こそが三冠を取るのだからな……」と呟いてから咳払いした。
「お前、俺と併走しろ」
「……それって、流行りなのかねぇ。他にも言われたんだけど」
「なら俺の方を優先し――」
「全部断ったけどねぇ」
意外と「併走して」という要望は多かった。が、大体が私と同じく模擬レースで結果を出せていない者達ばかりだ。ベコベコに凹んだプライドを回復させようと、
アイミスユー先輩の場合、そういう意味での誘いではないだろうが、普通に気分が乗らない。勝負に真剣な彼女たちに申し訳ないとは思いつつも、へばりつく泥のように心中は淀んで沈んでいる。そんなにナイーブになる……気質だったなぁ……。
「それでは先輩、さようなら」
「あぁ……ってさり気なく帰ろうとするな!」
無駄に長い尾を掴まれた。しぶしぶ視線を戻せば――、アイミスユー先輩は迫力を感じる睨みを寄越す。
あまりにもビリビリとした、肌が泡立つような感覚。
「もう俺のトレーナーには許可を取ってある。コースに来い」
「……帰りまぁす」
「来ないのか? 腰抜け」
「腰抜けで構わないがね」
「む、ならまぬけ! バーカ! アホ!」
「語彙力低くないかなぁ……。やーい穴の開いたドングリ」
「はぁぁぁ!?」
咄嗟に思いついた単語を言ってみたものの、自分でもこれ何言ってるか分からないなぁ……。なに、穴の開いたドングリって。微妙すぎる……、筈なのだが、目の前の先輩は激しく怒っていた。
「も、もう我慢ならんッ! 俺と勝負しろ!」
アイミスユー先輩は確か、現状の成績が振るわなかったか。ジュニア級最後から勝ちを取っていない。
恐らく、彼のトレーナーも息抜きで彼女を好きにさせているのかね。
……このままブッチするのもいいが、先輩はアレだな。これから大一番のレースも控えているから……、仕方ない、ここは思惑通りのってやろうかねぇ。この様子だと根に持ちそうだ。
「仕方ない、やってあげるよ」
瞬間、アイミスユー先輩の絞られていた耳がピンと立った。
「じゃあすぐに来い! 距離は2000mでな!」
言わずもがなダート、そして距離2000m。
これから先輩が挑む南関東の一冠目、『羽田盃』と同じ条件だ。
アイミスユー
オリジナル馬、ウマ娘。栗毛の牝馬。髪は土色っぽい。俺っ娘の男口調で身長は小さめ。元々のウマソウル元の馬体も華奢。センニンギリが隣に立つと余計小さく見える。調子に乗りやすい。