「聞いたわよ。色んなトレーナーからの誘いを断ったって」
「まあね」
だらしなくベッドに沈んだまま、キングハイセイコーがそう語りかけてきた。日々の練習がキツいらしく、最近はうつぶせのまま寝ていることが多い。
もう学園内では先日の話が出回っており、「トレーナーたちを暴力で黙らせた」「脅迫発言をさせて萎縮させた後にトレーナー寮でつるし上げた」とか、確実に面白がって嘘を膨らませたものもある。まったく訂正しないのをいいことに好き勝手言ってくれている。
「……強引なトレーナーを暴力で黙らせてトレーナー寮玄関前で裸吊りにしたって本当?」
「君の頭は恐ろしいまでにお花畑みたいだねぇ」
「誰が花畑ですって!? ……まぁ、普通にそんなことしたら今ここにいないわよね。反省室行きだわ」
うんうん、と一人で納得したようだ。僅かに立ち上がった上体は、またベッドに埋もれていった。
反省室、というのは地方トレセン学園には
本質的に、地方へ来るウマ娘というのは中央で実力が通用しなかった、或いは
「……貴方が、そろそろトレーナーを見つけないと、私の方が強くなってしまうわ」
「それならそれでいいんじゃないのかね。余計に競り合う人物がいなくなるんだから」
「いいえ、きっと貴方は来る。……私の欲しい物を
ぽつり、と呟く様な声だった。
「どうしようもなく、貴方が羨ましくて、妬ましい……。何故かしらね、まだまだお互いのことを良く知らないのに……」
「本質的に気に入らないってことだろう? 相性が悪いってことだねぇ」
「……そう、なのかしら。それって……なんだか…………」
何かを言おうとしたキングハイセイコーだったが、静かな寝息が聞こえてきた。寝落ちしたようだった。
「全て奪っていく、か……」
レースで勝つ、一着を取る。その本質はきっと、今も昔も変わらない。
馬の体が女体化して二足歩行になったからといっても、ウマ娘は思いを乗せて走る生物だと、企画担当から聞かされた。
――だから、私は……。
△
迎えた選抜レース当日。この日は学園で設置されているコースを使わず、浦和競馬場のコースを使って行われる。実況もついて本番さながらのレースを経験させる主旨もあるようだ。
レースが無い日を選んで開催されるが、観客はいつもよりやや多め。中央の新バ戦ほどの人は集まらないが、この選抜レース時点で見に来るのは相当入れこんでる人間だと思われる。
「第6Rで出走……。午後か」
学園の廊下に張り出された『第一期選抜レース出走名簿』の第6Rの枠中に自分の名前を見つけた。他と比べても物騒な名前だ。同じラウンドを走る名前に特に実力者はいないようだった。一際並外れた力があれば勝てるラウンドではある。
まぁ、スカウトを蹴ったことも含めると、私が一着を取ったとしても今回でトレーナーがつくかは怪しい。
選抜レースは一年通じて四回。四月、七月、十月、十一月。この年でダメならまた来年。来年もまたダメなら再来年……とまでいくケースは中々聞いたことはないが、三年の間にトレーナーが付かなければ退学処分となる。だがまぁ、参加しておく姿勢を見せておくには良いだろうと思ってねぇ。
四月にダメなら七月と、総当たりを仕掛ける予定ではある。必要なら一着を取る予定もある。
――走りたくはないがトレーナーは欲しい。トレーナーは
ぼんやりと他の出走表を見ていくとイヤーな名前たちを発見。
(……次のラウンドでクアドランスが出走するのか)
ご愁傷様、とヤツらと共に出走することになったウマ娘たちへ手を合わせておく。トレーナー間での話題はアイツに集約されてしまうことは明白だった。
幸いにして選抜レースにウィニングライブというものはない。終わったら速攻で観戦してみたいと思う。
浦和競馬場は市街地のど真ん中に建てられている。脇を見ればマンションや住宅地があって、普通に人がベランダに洗濯物を干している姿も見える。コースの内馬場には公園があって、レースの無い日にはサッカー教室や花火大会といったイベントも開催しているのだが、今は選抜レースによって閉じられている。
『浦和トレセン学園が開催する選抜レースも第6ラウンドとなりました。腹ごしらえと共に気合も十分な様子で、ウマ娘たちがパドックに入場していきます』
パドックに繋がる地下バ道でぞろぞろと名前を呼ばれるのを待っているウマ娘たち。中から茶髪のはつらつとした表情の子が出ていく。次いで紫色の髪をした子が、と続いていく。
『1番、リボンフレッシャー。気合十分といった様子ですね。新入生特有の爽やかさがあります』
ウマ娘が出ればわっ、という歓声が少しだけ聞こえてきた。「頑張れー」「負けるなお姉ちゃん」……とか、後半の声援は彼女の家族からだろうか。
『2番、パープルアクス。このラウンドで一番人気に輝きました。好走を期待しましょう』
一応選抜レースではあるが、勝馬投票券代わりに人気投票制度がある。ギャンブル要素は消え、誰が勝つか、という周囲の関心を表す指標のようなものになっている。
今回の一番人気はパープルアクス。実力はあるがキングハイセイコー未満といったところだ。
『3番、ウッドオーボワ。三番人気です――』
『4番、リムイズリム。五番人気です――』
『5番、ブラウビルネ。七番人気です――』
『6番、ラフアロット。八番人気です――』
前のウマ娘が出ていった。紹介が終わると同時に地下バ道から出てパドックへ入ると、まばらな人数の視線が一気に集まった。前の様にくるくるとは回らないが、パドックの雰囲気は似ている。じりじりと勝負が来る、あの緊迫感に溢れた感覚。
『7番、センニンギリ。六番人気です。すごく……デカいです……』
おい。
そう思うも実況は何事も無かった様に次のウマ娘を呼んだ。
『8番、クリスマスチムニー。二番人気です。小柄な体格ですが、浦和レース場では有利になります。期待が持てますね』
仕方なく準備運動に入るとパドック前で見覚えのある顔ぶれが……。
「センちゃん頑張れー!」
「負けたら承知しないわよ! ……というか、貴方、次出走じゃないの?」
「ギリギリまで見るよ!」
クアドランスにキングハイセイコーである。キングハイセイコーのごもっともな主張に軽く返してはこちらに視線を合わせ――、なんか背後に黒い帽子の男が見えるんだけど。
「フッ」
キラン、とばかりに目を合わせてきたのはいつぞやか誘いを丁寧に断った男だった。
何故だろう、やけに苛つくので必ず好走をしないことを決意した。
パドックでの紹介が終わり、少し経った後、また地下バ道へと戻る。今度はコース内のゲート前に続く道を歩いていく。
『さぁいよいよ始まります。浦和トレセン学園主催、第一期選抜レース第6ラウンド!』
『電撃の800m戦を制するのは誰か!』
『一番人気パープルアクスは実力を発揮できるのか。それともクリスマスチムニーが勝つのかっ!』
それぞれがゲートに入って自らの集中を高めている。……ううん、やや飛びぬけてゲートの天井に当たりそうな私を見ているのもいるねぇ。
最後、クリスマスチムニーが入ったことを確認されてから――、ゲートが開いた。
『スタートしました!』
『良いスタートを切りましたウッドオーボワ、続いてクリスマスチムニー。逃げの姿勢です』
『そこから一バ身離れてウチにリムイズリム、外側にパープルアクス。リムイズリムの少し後ろにブラウビルネが位置取ります』
『三バ身ほど離れて中団の先頭を行きますリボンフレッシャー、スタートが出遅れやや苦し気だラフアロット』
『そして最後方、センニンギリ。出遅れたか?』
浦和競馬場の800mコースはバックストレッチから始まり、第三コーナーを曲がってすぐにゴール板が見える。この800m戦で勝つには好スタートを切り、最初の直線で好位置を取ればいいのだ。
全体的なコースとしては平坦と言えるが、コース自体が小回りで、歩幅が大きいほど不利になる。実況でクリスマスチムニーが有利だと言っていたのはこの点にある。
負けるにはその反対を行えばいい。スタートを出遅れ、戦法を追込にすれば自然と私は最後方の位置になった。
ここは相変わらず、よくウマ娘の動きが見える。ウッドオーボワからハナを勝ち取ったクリスマスチムニー。徐々に追い上げているパープルアクスに続く形でリムイズリムが追走。この時点でリボンフレッシャーが率いる中団が先行たちと距離を詰めていく。
……が、ラフアロットが芳しくない。元々先行脚質なだけあって、出遅れが響いたか。
『コーナーに入りました!』
『先頭はクリスマスチムニー! ウッドオーボワとパープルアクスの距離が縮まっていきます!』
『リムイズリムとブラウビルネ、この二人が競り合っている!』
『おおっと大きく離れてラフアロットとセンニンギリだ。スタミナ切れでしょうか』
土を踏む蹄鉄の音に、前に煙る土埃。――無性に懐かしく感じる。
胸が高鳴る。足が前に出ようとする。なるほど、これが闘争心ってやつかねぇ……。
――枯れていなかったんだ……。
でも、衝動のまま踏み出せばどうなるか分からないでもないだろうに。
まず最初に、蹄鉄が割れる。
私が今装着しているのは通常規格の鉄製蹄鉄。よく使用されているアルミ製のと変わらない薄さで、強く踏み込めば割れることは立証済みだ(不本意ながら)。
朝の散歩で試しに加速してみたら一セット割れたんだ……。心臓に悪い音だし、貴重な備品であることに変わりはないのであまり割りたくはない。
『コーナーを曲がり終えた最終直線! クリスマスチムニーとパープルアクスが激突しましたっ!』
『追い上げて行きますブラウビルネ! ブラウビルネすごい加速だ! ウッドオーボワとリムイズリムが置いていかれたぞ! 精一杯ついていきますリボンフレッシャー!』
『ラフアロット! 息も絶え絶えに走っています! 後方は涼し気な顔のセンニンギリ! どうしたことでしょう、仕掛けないのかっ!』
必要だから走るのか。栄光が欲しいから走るのか。
どちらにしろ、根本には必ず「勝ちたい」という気持ちが含まれている。ギラギラと目を輝かせてゴール板を目指す彼女たちから感じる。前を走るラフアロットだってその気持ちはあるだろう。
だから必死に、私のプレッシャーに悶えながらも足を動かしている。
戦いの場において、舐めてかかるのは最高級の無礼だという。つまるところ、私は今、必死に走っている彼女たちを舐め腐っている訳だが……。でもなぁ……、やはりというか気分が上がらない。
中には命を懸けてまでデビューをしているウマ娘たちもいる。申し訳なく思う気持ちが募る程、前に行きたがる足は速度を抑えた。
ああなんというか、本気になれないというか、走りたくないというか……変な気持ちだ。走るって決めてるのに、まだ迷っているのは自分でどうかと思うねぇ……。
『パープルアクスがゴール! 実力を発揮しましたパープルアクス!』
『二着はクリスマスチムニー! 大奮闘でした。これからの活躍が楽しみな走りです!』
『三着、ブラウビルネ! 凄まじい末脚でした! 鍛えれば強い武器になりますよ、これは!』
『四着、ウッドオーボワ! 五着にリボンフレッシャー! 六着にリムイズリム、七着ラフアロット、八着センニンギリとなりました!』
『入着できなかった子たちも大健闘でした! 第6ラウンドはこれにて終了いたします! 次の第7ラウンド開始までお待ちください!』
レースが終わった。実力を発揮できなかったウマ娘は悔し気に、一着を勝ち取ったパープルアクスは喜び、二着・三着となったクリスマスチムニーらは闘志を燃やして一着ウマ娘を見る。さっさとスタンドに戻ろう、という所で後ろから声を掛けられる。
――荒い息を整えたラフアロットだ。
「……なん、で。抜かさなかった?」
「…………さぁ」
そう返せば、酷く悔しい顔をした。小さく「クソッ」とか聞こえた。
『どうして、どうしてなんだ。いつまで僕
……勝っても、負けても誰かからの不興を買う。
あぁ、もう少し私に優しい世界とかって無いかな。身長とかでうだうだ言われず、あーだこーだと言われない世界。
そんなこと零せばさ、「どうして勝負の世界に来たんだ」とか言われるんだろうねぇ。ははぁ……。
気怠い気持ちの中、スタンドに戻る。顔見知りがいない筈の場所を選んだはずなのにいつの間にか帽子の男が来てたりキングハイセイコーにどつかれたりしながら見据えた第7ラウンド。
クアドランスは見事なまでの逃げ切り勝ちを披露した。コースレコードに迫る速度の勝ちは、翌日の新聞で大々的に報道されることになった。選抜レース時点でこんなに話題に上がることは異例である。
ちなみに、勧誘は帽子の男以外からは来なかった。妥当だねぇ。
――しかしながら、クアドランスは新人トレーナーと契約を結んだという話を聞いた。というか本人が嬉しそうに話してきた。そのトレーナーというのが、いつぞやか私を運んだあのトレーナーである。
「まぁいいんじゃないの(やる気はあるし、ノウハウは足りないだろうけど君と一緒なら乗り越えられるってヤツだろうし)」
「でしょう? センちゃんも一緒に頑張ろうね!」
「はい?」
「あの帽子の人が『正式にトレーナー契約結んだからよろしくしてくれ』って言ってたよ」
「はぁぁぁ?」
……とても不名誉な噂を確かめる為、私は帽子の男がいるとされるトレーナー室へ突撃した。
以下、選抜レースで出てきたオリウマ娘たち。名前はかなり適当。
リボンフレッシャー
モブウマ娘界隈で有名なリボン家の一人として想定しながら付けた。あんなに人数多いんだからローカルシリーズの方にもおるじゃろ(多分)
パープルアクス
第一期選抜レース第6ラウンドにて一番人気を獲得した。実力はある。
名前は直接的に紫の斧(英語)。髪が紫なので自然と尾も紫色。
ウッドオーボワ
まんま木のオーボエ。
リムイズリム
limb is limbをそのまんま発言した感じの名前。一応大枝という意味のlimb。なんでこの名前にしたか分からない。ツインテールでカワイイ感じかもしれない。
ブラウビルネ
ドイツ語で青と梨を組み合わせた。つまり青梨。最終直線での末脚がすごい。
ラフアロット
出遅れてしまった先行脚質ウマ娘。成長イベントが来たような気がしないでもない。
名前はよく笑うという意味のlaugh a lot。アイドルグループとは関係がない。
クリスマスチムニー
まんまクリスマスと煙突の英語を組み合わせた。小柄な体格で逃げ脚質。