ウマ娘 ブラックドーン   作:一億年間ソロプレイ

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箸休め回です


何が起きた

 

 浦和トレセン学園内のダートトラックで走る二つの影。それらを見て、ざわざわとウマ娘たちが声をひそめて話し始めた。どのウマ娘も不安げに耳や尾が揺れている。

 

「えっ、あの噂って本当だったんだ……」

「うっそぉ。クアドランスちゃん」

「やっぱ新人トレーナーって嫌ね。あんなのと組む程度の力量なのに担当なんてしないでほしいわぁ」

「あの滅法怖いウマ娘と、あのセクハラトレーナーのいる陣営と手を組んだってこと……? 嘘だ……」

 

 耳聡いウマ娘やトレーナーがその時手にしていた情報は「クアドランスのトレーナーがどこかの陣営と手を組みたがっている」ということだった。クアドランスのトレーナー、――(ほし) 辰也(たつや)は今年度から浦和トレセン学園に配属された新人トレーナーである。

 成績に特筆するものはなく、新人特有のフレッシュさで売り込んであまり勝てないウマ娘の育成でもするだろう。酒の席でそう笑い合っていた同業者たちは翌日、痛い目を見ることになった。

 

 クアドランス。今期最大の目玉ウマ娘が星によってスカウトされたという。

 その走り、長らく浦和トレセンにいる年配トレーナーから「ヒカルタカイのように中央でも通用する走り」とさえ評された。かつて大井トレセンに所属し、輝かしい戦績を上げ中央へと移籍した後も八大レースの一つ、天皇賞(春)にて類を見ないほどの大差をつけて勝ち、宝塚記念でレコード勝ちさえも成した。

 

 ――暗に、レベルの高いウマ娘と断言した。

 

 彼女が出た選抜レースにおいて多くのトレーナーがスカウトしたが、全て断られた。

 そして後日、冴えない新人トレーナーが彼女をスカウトの成功をさせていた。

 

 それはもう荒れた。最初、星に親しくしていたトレーナーたちの態度が冷たくなり、ちょっとした嫌がらせも横行していた。

 ――そんな中、周囲から人が離れていく星との付き合いを続けていた迫野(さこの)は居酒屋で話していた時にこう言った。

 

「もし力不足っつう問題があって、他トレーナーの妨害もあるなら……、高遠さんのとこでお世話になるといい」

「高遠って……、()()高遠さんですか?」

 

 入ったばかりの星でも高遠の悪評は知っている。

 

 曰く、ウマ娘を使い潰す勢いでレースに出走させた。

 曰く、将来有望なウマ娘の足を壊した。

 曰く、ウマ娘に下卑た視線を送る。

 

 話が多すぎる為、星は「悪評のあるトレーナー」として高遠のことを片付けていた。その為、中堅でチームも持っている迫野から出た言葉が信じられなかった。

 

「……もうあんな空気じゃ言えないけど、実は俺、高遠さんのとこで修行してた時期があってさ」

「そうなんですか!?」

「あの噂、殆ど嘘なんだ。流石に俺一人の主張じゃ拭えなくって、後ろめたくて付き合いも疎遠になっちまったけど……。あの人のトレーナーとしての手腕は凄まじいぜ? なにせ、あの稀代の癖ウマ娘、ケシガワメゾンを帝王賞ウマ娘にまでした人だ」

 

 とっくりを片手に惚れ惚れと天井を見上げた迫野は更に続ける。

 

「ケシガワメゾンじゃないが、南関東オークスも取ってるし、東京大賞典も取ってる……。あんなスゲぇ人がああ言われちまって……俺は……うぅっ」

 

 誇らしげに語る様子から一転し、顔を俯かせて呻く。

 

「すまねぇ、すまねぇ……高遠さん…………」

 

 そのまま泣き暮れる迫野を慰めながら、星の中ではある考えがあった。

 ――入ってきてからよくしてくれる迫野がそこまで言う人物。……『合同トレーニング契約』を交渉してみる余地はある。

 勿論下準備として高遠についての情報を――悪評以外のものを集め、星は確信した。

 

「この人なら……もしや……!」

 

 思い立ったが吉日。早速、星は初めて担当するクアドランスにその旨を話した。

 前々から彼女と自分の力量不足について相談をしていた下地があった為、話はすんなりと進んだ。

 

「確か、高遠……って、センちゃんを担当したがってたトレーナーさんだよね?」

「えっ、そうなのか?」

「うん。一時、センちゃんと契約させる為に協力してくれ~って言われたから協力したことがあるよ」

「えぇ……?」

 

 それって良いのか? センニンギリ自体もそれで契約を結んだのか?

 出掛けた言葉を飲み込んで話を戻す。

 

「そうだな。折角だから、クアから見た高遠さんの印象も聞いてもいいかな」

「いいよ~。そうだね、……不器用な人って感じ。どこかどう、と言われると分かんないけど……直感的に?」

「なるほど」

「わたしは別に、あの人に嫌なもの感じてないし……。なによりセンちゃんと一緒にトレーニング出来るなら良いよ!」

「クアは本当にセンニンギリのことが好きだな……。知り合いなのか?」

「いいや? 入学してからが初対面。でも一目見て、運命的なものを感じたからさ!」

 

 相変わらずクアドランスの話は抽象的だ。恐らく、感覚派の天才というものに類する。

 感覚とは言語化しにくく論理的でもない。だが、星はクアドランスが大事にしている直感や感覚を信じることにしている。

 クアドランスがそこまで言うのなら、そうなのだろう。

 ウマ娘は時として強く運命を感じるウマ娘と出会うと聞いたことがある。きっとクアドランスとセンニンギリもそういうことだ。本人たちの知らないところで深く繋がる何かがある。

 

「とりあえず、クアドランスはこの方針に賛成ってことでいいか」

「うんうん! 良い返事が聞けるといいよね」

「なるべくもらえるよう、策は講じているんだ。実はかくかくしかじか……「イイネ!」

 

 ――それから三日後、クアドランス陣営とセンニンギリ陣営は合同トレーニング契約を結んだ。

 

 

 

 

 結果から言えば大成功だった。クアドランスへの指導に足りていなかったものを、高遠から教わることで補充出来た。

 

 教本よりも豊富なウマ娘自体への知識、様々な状況によって考えられた応急手当の方法、各レース場での経験や知識、ウマ娘への指導の仕方、脚の状態の見分け方など。本来秘される筈の情報まで出されているような気がしてならなかったが、星にとってはありがたかった。

 他トレーナーからの妨害も、高遠トレーナーと契約を結んだということが周知されるだけで無くなった。

 

 いや高遠よりも……。

 その傍にいる巨大なウマ娘、センニンギリの功績かもしれない。

 

 彼女からは人・ウマ娘、果ては動物すら寄せ付けないオーラが出ているに違いない。自然と体が彼女から離れたがるのだ。常人から並外れた長身からか、はたまた本人が疎ましく思ってのことか。その判断は高遠も、星にも分からない。

 ただあの光の無い目で見つめられると自然に姿勢が正される。合同トレーニング契約を結んでからはセンニンギリとの接触も増えたものの、未だに慣れないものであった。

 

「……高遠先輩は、センニンギリの目線に慣れてるんですか?」

「慣れる訳無いだろ。意地だ」

「意地」

 

 星は胸元のポケットに入れていた手帳を取り出してサッとメモした。

 『センニンギリの目線対策:意地(恐らく根性)』と。

 

「だが何にせよ、センニンギリの前を走るウマ娘が非常に消耗するのも分かる。あの目線に加え、レース中……。ウマ娘が更に神経を尖らせた状態で()()()は強い武器だ」

「ウチのクアもひいひい言いながら併走してますしね……」

「問題は、その武器を生かそうとしないことだけどな……」

 

 星も学ぶだけではない。時折零れる高遠の愚痴から、未知すぎるウマ娘のセンニンギリについて話し合うこともある。

 一人だけでセンニンギリを理解するには明らかに無理だ。不十分な装備でエベレスト登頂を目指すようなものだ。

 ――それを打破するに当たり、装備……、いわば他者からの目線でのセンニンギリの意見が欲しい。そんな打算あってこの合同トレーニング契約を結んだ節もあると考えている。

 加えて、星が担当するクアドランスはトレセン内の誰よりもセンニンギリとの距離が近い。素の彼女、というものを目の当たりにする可能性が高いのだ。

 

「うーん、惜しい……。彼女のポテンシャルならば中央トレセンの試験も合格出来たのでは?」

「普通のウマ娘ならば、勝てる素養があるのにわざわざ地方、しかも浦和に来る理由がない。世話になった先輩が出身で~みたいな考えもあるだろうが、奴自身そこまで義理を重んじる性格とは思えん。出身地にも関係無いトレセン学園に入る……。やはり根本的な人格か? 自分よりも弱いウマ娘を見て満足感を得るタイプか……? それにしては態度が違うしな……」

「でも、その線の方が説得力ありますよねぇ……」

「明らかに違うのがまた……」

「ですよねぇ……」

 

 センニンギリは確かに力を出さず、時折相手を煽りながらも()()()()()()()()()。それこそ高遠がなんとか出せたセンニンギリの評価。

 この時点で二人ともお手上げ侍となり、また付近の居酒屋で飲むことが決定した。

 

 星は一度、「もうこのまま分からないままでいいんじゃないですか」と零したことがあった。

 もう理解できないのなら、理解できないままでいいのではないか。ウマ娘は勉強して分かるような数学の問題ではないのだから。

 

 ――だが、それは彼が一等大事にするポリシーによって否定された。

 

「担当するウマ娘のことを一番に把握し、理解する。それはトレーナーの基本だ」

 

 過去、帝王賞ウマ娘を輩出している高遠が言うと、その言葉の重みがずっしりと感じられるようだった。

 星は以来、軽はずみな発言を恥じた。そして高遠の言動や考え方に付き添い、センニンギリへの理解を深めようという動きを見せた。

 同時に、クアドランスについても……。

 彼女はこういう性格で、何が好きで、よく何をしているのか。改めて彼女と話し合いもして、お互いの関係を知るいい機会にもなった。高遠様様、センニンギリ様様である。

 

 合同トレーニング契約を結んで万事上手くいった。

 

 だが万事上手くいく気風が続くことはない。それを彼らは忘れていた。

 

 

 

 ――彼らの出した結論をひっくり返すような出来事が起きる。

 

 

 

 いつものように併走トレーニングを終えた時のことだった。

 確かその日は、いつもよりクアドランスが飛ばしていた。

 いつもの差が一バ身。それが()()()も離れてのトレーニングとなっていた。

 センニンギリの表情は険しく、目の奥に――僅かな激情を秘めていた。

 

 

 

「君の夢は潰す。二度と……、私の前を走れると思うな」

 

「へぇ、言うじゃん。ようやく本気で走る気になった?」

 

 

 

 明らかに気が立っているセンニンギリとクアドランスの体を引き剥がし――高遠は自らクアドランスから離れるセンニンギリに引きずられて出来ず――、お互いのウマ娘が寮に戻った所で高遠と星は互いに顔を見合わせて沈んだ。

 

「「一体、何があったんだ……」」

 

 本日もまた、居酒屋に一件の予約が入った。

 二人は最早そこの居酒屋の常連になっているので、店主は良い笑顔で承諾し、個室の部屋を取っておくことにした。

 




(ほし) 辰也(たつや)
クアドランスのトレーナー。この度センニンギリ陣営と合同トレーニング契約を結んだはいいものの、何故か不仲になりそうな気配を察知して胃が痛い。

迫野(さこの)(まこと)
悩む星Tに高遠への道を示した。高遠に関する噂は全部嘘だと断言しているものの、本人とは疎遠気味。

高遠(たかとお) 和頼(かずより)
センニンギリのトレーナー。段々気取ったガワが剥がれかけている。

ケシガワメゾン
ゲート難・気性難・噛みつき癖・トレーナー襲撃癖・脚部不安・情緒不安定。およそ忌避される要素の大方を持って生まれたウマ娘。高遠が担当していた。
帝王賞を勝っている。

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