「…………ん?」
イオニスは目を開ける。そして驚愕とともに大量の疑問符を浮かべた。
サーバーダウンに伴う強制排出が起きないどころか、気づけば見知らぬ洞窟と思しき岩に囲まれた謎の空間にて佇んでいたからである。
また、つい先程まで己を取り囲んでいた数多の宝物達は跡形もなく消え去っていた。
「何らかのトラブルが発生しているのか…?」
自室に時限発動式の転移罠でも仕掛けられていたのだろうか。時計は直前まで確認していたため、時間を間違えているというのは考えにくい。
念のため確認するが時刻は0時1分37秒。0時は確実に過ぎている。
そして時計のシステム上、表示されている時間が狂っているはずが無い。
これは緊急事態だと考えたイオニスは、GMに連絡を試みようとシステムコマンドを開こうとして手が止まる。
一切の反応がない。シャウト、GMコール、システム強制終了入力。どれも感触が無い。同じ操作を再三繰り返すが一切反応しない。
「ふざけるな!糞運営が!最後の最後で何をしてやがる!」
怒声がこの空間に響き渡る。怒りのままに吠えるなど何年ぶりだろうか。
運営に対する怒りを吐き出しながらも頭の回転を止めていなかったイオニスは、ここである事実に気付き、怒りを通り越して頭が真っ白になる。
自身の手、いや前脚或いは前肢といった方が正しいか。その手は見慣れた人のものではなく、黒い鱗に覆われ、指先には武骨で長い鉤爪。
そのまま首を後ろに向ければ折りたたまれた翼があり、更には長い尻尾が見える。頭を触れば後ろ向きに生えた角があるのが分かった。
間違いなくこれはユグドラシルで使っていた自分のアバターのものだ。しかし問題なのは別にある。
まるで生きているかのように自然とした挙動がある。
そして何よりこの身体を
生まれた時から自分には翼と尻尾が最初からあったかのように動かすことができている。できてしまう。
もしやと思い自らの口元に手を当てる。そして声を発する。
――口が動いた。
それはDMMORPG上の常識から考えればありえないことだ。口が動いて言葉を発するなんて。
なぜなら外装の表情は固定され動かないのが基本であり、たとえ表情を弄れたとしても発声に合わせて正確に口元を動かしていくのはほぼ無理に近いからなのだ。
ゲームとしてのアバターが己の身体のように扱え、尚且つ自分の挙動をしているとなると、考えられることはただ一つ。
――アバターとしての身体が現実になっている。
勿論ここがユグドラシルのどこかである可能性はある。或いは噂に聞くユグドラシルⅡが始まった可能性もある。
しかし、そのどれでもないだろうと彼は考えていた。
地面に触れ、匂いを嗅ぐ。
『触覚』と『嗅覚』が正常に働いているのが分かった。
これは仮想世界と現実世界を混同しない為の電脳法を思い切り破る違法行為だ。『触覚』に関しては元々ある程度機能はしていたがここまでリアルな感触はない。
「…なんにせよ、現状の把握が最優先か」
現状のままでは分からないことだらけ。
ここで頭を回転させるのもアリだが、幾つか試したいこともできたイオニスは、外の様子を確認するため、出口に向けて歩き始めた。