食事も終え、ラーメン屋を後にしたライスと浜野は少し静かな帰路を歩いていた。
「ラーメンもチャーシュー抜き……学食でもそうだけど、ほんとにお肉が苦手なんだね?」
「保健室の先生が偏食なのは、と思う気持ちはあるんだけどねぇ」
ライスはウマ娘用の特盛ラーメンを啜りながら、浜野からグラスワンダーの話を聞くことになった。浜野も今回の件にどう接するべきかを決めかねているところがあり、現役ウマ娘から意見を聞けないかと、ライスに相談を持ちかけたのである。本来なら他生徒のデリケートな問題であるが、浜野も「ライスシャワーなら内密にしてくれるであろう」と親しい仲に甘えての判断だった。
帰路を歩く二人は、続いてグラスワンダーの話で持ち切りだ。
「グラスさんは、きっと、お友達のために凱旋門賞を走りたい、ってことなんだよね?」
「ええ。あの子のルームメイトはエルコンドルパサーちゃんだから。学園でもかなり騒がれたわよねぇ。凱旋門賞を僅差の2着だもの」
「そのあとのジャパンカップもすごかったよね。……でも、だから、なおさら悔しかったのかな」
「グラスちゃんが?」
「うん。確か……あのジャパンカップ、グラスさんは直前に回避してたはずだし」
「……そうだった。そういえばそうね。思い出したわ。あの子、いつも以上に悔しがってたもの」
親友であるエルコンドルパサーが、凱旋門賞で敗北。ジャパンカップでは凱旋門賞ウマ娘モンジューへのリベンジの機会を得ながらも、怪我によりジャパンカップを回避。代わりに日本総大将となったスペシャルウィークが仇討ちを果たす。
そのスペシャルウィークすら、グラスワンダーが有馬記念で制する結果になった。だが、やはり直接、自分がモンジューに勝ちたかった――その気持ちは強かったはずだ。その後悔が、より強く、凱旋門賞へ焦燥を抱かせているのだろう。
「きっと、グラスさんにとって、それがやり残したこと。自分が走れる内に、って。少し、気持ちが分かるんだ。ライスも、同じ立場だったら、同じことを考えたかも」
「それが、自分の身体を壊しちゃう結果になったとしても?」
「かも、しれない。走りを見たときに思ったんだ。グラスさんとライスって、どこか似てるんだよね。違うはずなのに、不思議な親近感を感じちゃうんだ」
言われてみれば、外面のおとなしさとは裏腹に、レースへの姿勢は鋭い。二人とも似ているかもしれない、と浜野も内心そう思い、思わず笑いが零れてしまう。
「あー……ふふ。確かに。芯は頑固なところとか。ライバルと認めた相手には容赦がないところとか」
「浜野先生……それ、褒めてないよね?」
「褒めてるよ? けど、自分にも優しくないところも、似てるとは思ってる」
「そうかな。私は全然だよ?」
「ほら、自分に厳しい人はそう言うでしょ?」
「ふぇぇ」
結局いじられた、とライスが言い返せず。友達としての会話も交えたところで、ライスは姿勢を正して、話を持ち直す。
「それで、話は戻すけど――グラスさんを止めるのは、ちょっと難しいと思うの。浜野先生は、止めたい、んだよね?」
「今のところ、はね」
「それが、グラスさんの『やりたいこと』だとしても?」
かつて、「自分のやりたいこと」をやるために浜野から助力を受けたライス。そんなライスだからこそ、それをまずは確認したかった。グラスワンダーの捨て身とも言える覚悟。浜野のスタンスからすれば、それを認めるのではないかと。
だが、浜野は小さく首を振った。
「『やりたいこと』と、『仕方なくやること』は違うと思うの」
「『仕方なくやること』……?」
「グラスちゃんの覚悟は、きっと、諦めから生じたものなのよ。『自分はそろそろ限界だ。だからそこで最後にする』って。あの子は、凱旋門賞を、現役としての最期にすること前提で挑もうとしているんだから」
パワーとタフさ、何より頑丈さを求められるフランスのレース場。万全でない状態で挑めば、その先は破滅だと、誰よりもグラスワンダー本人が知っているのだ。そして、衰えによる衰退期の到来。それを実感したことで、なお焦っているのだろう。たとえ破滅が待っていたとしても、「走る前に諦める」のはもう散々だ、と。
「予期しない怪我で引退してしまう。そんなこと、言ってしまえばよくあることなの。これは仕方ない。だけど、あの子は自分から暗い未来に走ろうとしている。それの手伝いをするのは、私の仕事じゃない」
ライスシャワーの場合は、自分が少しでも関わることで、最悪の可能性を回避できると確信した上で助力した。だがグラスワンダーの場合は違う。
それが、浜野の回答だった。それを聞いたライスは、納得したようだ。
「うん。浜野先生の言っていること、ライスも正しいと思う。グラスさんがもしそうなったら――最初は満足できるかもしれない。けど、遠い未来に、きっと後悔しちゃうと思うから」
自分がもし、がむしゃらに走り続け、あの宝塚記念で怪我をしていたら。
ライスはそのイメージを想像し、素直な感想を述べた。ライスと浜野の考えは同調した。同時に、自分たちがやるべきことが浮かんだのだった。
「ライスもね、周りの誰かに言われて、やっと『自分は頑固だった』って気づけた。グラスさんを説得したいなら、グラスさんの周りから話していくしかないと思う」
「ふふ、そうよね。ライスちゃんに相談して正解だったわ」
「うん。やっぱり、グラスさんとライスって似てると思うから……あはは」
浜野の悪戯な笑みに「道理で自分が相談相手に選ばれたわけだ」とライスは苦笑する。だが浜野は一瞬で真面目な顔に切り替えた。
「ライスちゃん、お願いがあるんだけど」
「うん。グラスさんのおともだち――黄金世代の人たちにお話すればいいんだよね?」
「正解。私は……グラスちゃんのトレーナーさんと直接しっかり話し合おうと思う。あのグラスちゃんにずっと付き添ってきたトレーナーだもの。グラスちゃんの意思を尊重する人だけど、内心、グラスちゃんの海外遠征には肯定的ではないはず」
「うんっ。二人で、グラスさんを説得しよう! がんばるぞー、おーっ」
「うーん、ガンバルンバ!」
「……がんば、ルンバ……?」
直後の「なんだかマルゼンさんっぽい言い方」という指摘に、浜野は謎のダメージを受けていた。理由はライスにはわからなかった。