HOからの干渉は露骨になってきていた。今まではチタウロが盾になって干渉を防いでいてくれていたのだが、もはや防ぎ切れないレベルにまで来ている。
その日の朝、基地には重苦しい空気が立ちこめていた。今朝の定例ミーティングには、UNAPのアル=アシード=カッサードその人が出席する予定となっていたからだ。ドームからの出席者はチタウロ・達也・ジョハンセンだ。
スクリーンは2分割され、ボストンにあるNAF本部と、ネオ・ダマスカスのUNAP本部それぞれにモニターがつながれていた。画面越しとは言え、カッサードと顔を付き合わせて話すのはチタウロも初めてだった。通り一遍の挨拶を済ませたあと、カッサードは達也に話しかけた。
「ミスター・スドウ、貴方がダゴンへの生体ソナー打ち込みに失敗した際の記録を、我々UNAPサイドでも再度確認した。おおむね報告と記録が一致していることは認めよう。だが、理解できないことが多すぎる。君が記憶していることを、もう一度最初から聞かせてほしいのだがね」
このことを予測して、達也は何度もシミュレーションした上で答えを用意していた。嘘はつけない。脳波の3Dモニタリングで一発で解ってしまう。「事実」のみを話すのだ。達也は説明を開始した。
「…その後突然、恐怖感に襲われ、体が全く動かなくなりました。深海でポッドに一人という状況下だったので、叫びました」
「…なぜ恐怖感に襲われたのかね?」
「解りません」
「ダゴンが襲ってきたのか?」
「私はその瞬間、何も見えませんでした(嘘ではない。何せダゴン側の視点にいたのだから)。赤外線モニターの映像が全てです」
「ダゴンから何か感じなかったか?例えば衝撃波のようなものとか?」
「解りません」
「…正直に言おう。我々のスタッフが君の脳波パターンを調べたところ、君の通常パターンとは明らかに違う波形が認められたのだよ。別人が頭の中に入ってきたかのようなパターンがね。何も記憶にないと?」
「ありません(すくなくとも“達也”としての記憶は)」
カッサードは、チタウロへ視点を向けた。
「キャプテン。UNAPは、ダゴンのサンプル採取を強く求めている。これは全人類にとっても、もちろん我々UNAPにとっても大きなミッションだ。DNAハイブリット計画の顛末は諸君も聞いているだろう。あとがない状況だ。失敗するわけにはいかない」
一呼吸置いて、カッサードは殊更にゆっくりと話した。
「ミスター・スドウが不適任であることは明白だ。本人を目の前にして言いたくはないが、重要なミッションを恐怖心で放り出し、記憶もなくすような人物に本件を任せるわけにはいかない。
ましてや得体の知れない脳波パターンも認められる。彼が精神に異常をきたしている可能性も皆無ではない」
チタウロの左眉が持ち上がるのが見えたが、カッサードはお構いなしに続ける。
「キャプテン、あなたは本件の実行責任者だ。行動の詳細は委ねざるを得ないが、ミッションの完遂は絶対だ。これ以上の猶予は認められない。2日以内に行動計画を提出し、14日以内に目的を達成すること。これは要望ではない」
「最終判断はNAFの決定次第です」チタウロは微動だにしない。
「UNAPの一方的な要求に応じるわけにはいきません」
10秒ほどの沈黙があった。カッサードはニヤリとした。
「なるほど。よほどの自信に基づく発言とお見受けした。期待しているよ」彼は達也の方向に向き直った。
「ミスター・スドウ、時間を取って頂き感謝する。こちらからは以上だ。」