地上は憂鬱を孕む   作:しろたく

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13.2度目の直接接触

 そのわずか、3時間後だった。

 

 ドーム全体にけたたましい警報音が鳴り響いた。地上からの緊急通信だ。間髪入れず、ウィリアムスHOの声が基地全体に響いた。緊急時の通信は完全に本部制御となり、ドームからの交信制御権限は一切なくなる。

 「非常事態。隊員は直ちにシェルタードームへ避難せよ。0426分、当該海域に向けて、水中航行用飛翔体が発射されたことを確認。そちらへの着弾予測は10分後、0436分だ。繰り返す。直ちにシェルタードームへ避難せよ」

 居住区から飛び出してきたハレックが、通信パッドに向かって怒鳴った。一応、こちらから返答だけは行える。

 「何が発射されたんですか!」

 「詳細不明。可能性としては、ダゴン捕獲のためのキットを搭載した飛翔体だ。後9分半だ。全力で避難せよ」

 隊員全員が居住区から脱出してきた。こういう時のための訓練は十分に積んでいる連中だったが、さすがに狼狽の色は隠せなかった。慌ただしく避難の準備を始める。

 

 ここから先、達也の記憶は断片的・曖昧になっている。以下は、コントロールルームの記録に残っている内容から判明した事実である。

 達也はセンターコンソールに向かい、ウルティメイト・ポッドの安全装置を解除し、コントロールを全てポッド手動に切り替えた。この間の動作12秒。

 達也はそのまま、シェルタードームの向かい側にあるポッド格納庫に向かって、一目散に駆けた。安全装置に再ロックがかかる前、及び自動コントロールに戻される前の、一瞬の隙を突いた行動だった。

 全く邪魔を受けることなく、達也はポッド格納庫に入った。すぐさまドアをロックし、操縦席に文字通り飛び込んだ。操縦席をロックし手動コンソールを立ち上げる。ここまで42秒。新記録だな、とやけに冷静に考えていた。

 

 チタウロが大声を上げながら近づいてきていた。ジョハンセンもその後ろを追いかけていた。間髪を入れず、達也は浸水装置をオンにした。

 通常の90秒ではなく、緊急出動用の浸水設定、60秒だ。与圧が不安定となるため、本当の緊急時にしか許可されない。与圧が不調であれば気圧制御が出来ず、最悪命の危険もある。

 全ては、ポッド操作のスペシャリストである達也だから出来た一連の所動だった。浸水操作は基本的に不可逆的なプロセスとなっており、一度始まったら止めることは出来ない。さらには、操作は全て手動となり、ポッド内に集中される。

 

 凍り付いたような表情で、哲夫・ジョハンセン・アリッサの3人がウィンドウ越しにこちらを見ているのが見て取れた。チタウロが彼らをせき立て、シェルターに向かわせていた。

 賢明な判断だ。一人でも多くの命を救うこと、それがキャプテンの最大ミッションだ。

 浸水が完了し、ポッドは水中に投げ出された。稼働脚と水中ジェットを併用しつつ、達也はまっすぐダゴンに向かった。

 

 ダゴンはいつものように佇んでいるようだった。基地からの距離は1,150メートル。ここからだと最大速度でも4分はかかる。ポッドが発信した時点で、おそらく残り時間は5分半くらいだった。

 間に合うだろうか。いや、達也は何も考えていなかった。ただ一つのことを除いて。ダゴンに伝えなければ。とにかく、ここから離れるように伝えなければ。

 ダゴンは身じろぎもしなかった。いつも感じるやや冷ややかな思念波も、今日は全く感じなかった。ここ数日“交信”を閉ざしていたからだろうか。

 

 達也は我知らずのうちに、ポッドの中で叫んでいた。

 「逃げろ、逃げろ!ここから離れろ!」

 同時に、ダゴンが水平に泳いでこの場所を離れるイメージを必死になって思い浮かべ、送り続けた。いつぞやモニター越しに見た、ダゴンが水中を移動する時の光景だ。

 思えばあのときは、相手を得体の知れない化け物だとしか思っていなかった。

 

 今は全く違う。

 

 後300メートルくらいに近づいたとき、ポッド内に警報音が鳴り響いた。3Dモニターのレーダー部分に、上方からこちらに向かって移動する飛翔体がはっきりと映った。小型ミサイルの大きさだ。驚くほど正確に、ダゴンに向かって動いてきている。

 到着まで、後25秒。

 もう一度、達也は叫んだ。「逃げろ!」

 

 その言葉に呼応したかのごとく、全てがいちどきに起こった。

 

 達也の回りの海底が、すさまじい勢いで盛り上がった。まさに地面がひっくり返るような感覚だった。周囲の水が激しく攪拌され、その衝撃がこちらに向かってきた。

 水圧と衝撃を受け、ポッドは大きくよろめいた後たちまち非常停止し、非常時の制御行動として稼働脚で自動的に海底にロックされた。

 モニター越しに上を見上げると、無数の物体が上昇していた。自分の周り、360度ほぼ全面だ。帯なのか、アメーバなのか、とにかくそのような形状の物体だ。

 それらが海中のある一点に向かって、信じられないような速度で収束していった。飛翔体の位置に向かって。

 物体が、四方八方から飛翔体を囲んだように見えた。と同時に、レーダー上に映っていた飛翔体のシグナルが消えた。赤外線モニターは、無数の生命体の姿で埋め尽くされていた。

 

 殆ど同時に、ポッドがふわりと何かに囲まれた。いつの間にか、ダゴンが目の前に来ていた。ダゴンの前部が大きく開き、ポッドを呑み込もうとしていた。

 意識が遠のいたが、達也はすぐ目を覚ました。そして即時に理解した。自分はダゴンの中にいる。正確に言うと、ダゴンに保護されている。ダゴンは、うっすらと光を発している。茶色と朱色の中間というか、不思議な色の光だ。

 「助けてくれたのか?」達也は独りごちた。

 ダゴンの返答は、淡い感情だった。安心、そして若干の恐怖。

 

 突然、涙があふれてきた。こいつは、自ら恐怖を感じながらも、身を挺して俺を守ってくれたのか。自分にとって敵か味方か解らない俺を。

 だが、俺自身ミサイル発射の警報を聞いたとき、何も考えずに行動に移っていた。とにかくこいつを助けたかった。お互い様ということか.

 

 達也はにっこりと笑い、感謝の気持ちを懸命にイメージした。暖かみのある思念波が帰ってきた。何度も何度も、同じ感情をやりとりした。

 もう大丈夫、もう大丈夫だ。

 

 そこでやっと現実に返った。本当に大丈夫なのか?飛翔体はどうなった?ドームは無事か?そもそもダゴンも傷を負ってはいないのか?

 ダゴンに、自らが傷ついていることが分かるイメージを送った。ほぼ即時に返事があった。傷一つない、普段から見慣れているダゴンの外見。安心を送る。安心が返ってくる。

 「よかった。俺は帰るよ」

 達也は、ポッドがドームに向かうイメージを送った。ポッド後方でダゴンが“口”を空け、達也はゆっくりと海中に押し出された。

 

 ドームとの通信回線を開く「キャプテン?」

 チタウロが即座に反応した。

 「タツヤ、無事?無事なのね?」

 「はい、勝手なことをして申し訳ありません。しかるべき処罰を受けたいと思います」

 「いいから、早く戻っていらっしゃい。ポッドは機能する?」

 「大丈夫です」

 

 一呼吸空けてから、達也は尋ねた。

 「何が起こったんですか?」

 「私たちもよく解らない。シェルターに入った直後に警報が解除され、HOから飛翔体が消滅した旨アナウンスがあったので、今出てきたところ」

 チタウロは、大きくため息をついた後、続けた。

 「とにかく、全てを一番解っているのはあなたでしょう。戻って話を聴かせて」

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