「…では、あの通信がUNAPに傍受されていたと」
2日間の静養後、達也は全メンバーとともに話をしていた。この間、HOとの交信はチタウロのみが対応していたようだ。チタウロは通信記録を見返しながら答えた。
「どうもカッサードは、我々と直接話をしたかなり前から、通信ハッキング網を引いていたみたい。表向きは我々をせかしつつ、チームの不備をついて告発し、隊員と執行部を交代させ、主導権を握ろうとしていたのでしょう。露骨な挑発行為が目立ったのも、それで説明がつく」
「ところが、達也の精神感応の話を聴いて…」と、ガループ。
「そう。おそらくカッサードは逆上しちゃったんでしょうね。このままでは、UNAPには絶対にお鉢が回ってこない。この事実が関係国全体に知れ渡る前に、手を打とうとしたのでしょう。
たった3時間後だった、と言うのが今でも信じられないけど。まあそれ以上に、あなたがあのときの会話を“聴いて”いたことの方が驚きだわ」
達也はゆっくり考えながら答えた。「おそらく、ダゴンが介在したんだと思います。数日間、“交信”を断っていたので、彼は不安になってこちらにずっと網を張っていたのでしょう。それで、あなた方の会話が思念波として同調したのかと。
それはそうと、あの飛翔体は何だったんですか?」
「以前からUNAPが類似のものを開発しているという、非公式の情報はあったらしいの。バイオプール実験と並行して、ダゴンを捕獲するための遠隔装置が開発されているという、ね。私も昨日その話を聴いたところ」
「ミサイルではないのですね」これはイェン・クー。本件、興味津々のようだ。命の危険があったかも知れないのに、見上げた研究者魂である。
「推進部分はバブルロケットだけど、兵器じゃない。標的着弾と同時に、捕獲ネットと麻酔・冷却装置が作動し、生命体のサンプルをボックスで採取した後は、自然に浮上させる装置だったらしいわ。
アリューシャン海上にはグリーンチャイナの曳航船が常に航行しているから、回収も容易だし」
達也は眉をしかめた。「しかし、関係各国との交渉も何もなしでいきなりそんなものをぶっ放すとは、正気の沙汰とは思えないんですが」
「誤射で押し通すつもりだったみたい。実際、誰が実際の発射に関わったのか、情報は完全に遮断されているわ。証拠が全くない。
いきなり飛翔体を発射しても、ドームの連中は警告から10分あればシェルターに避難できるし、人的犠牲は出ないと踏んだんでしょう。
表向きは謝罪で平身低頭しつつ、ダゴンのサンプルを回収し、研究独占権を主張する。そういう算段だったんでしょう」
ハレックがニヤニヤしながら口を挟んだ。すっかりいつもの彼だ。
「ところがおっさん、盗聴の事実がバレて万事休すってわけだ。そりゃこっちだってネット網を相互監視してるに決まってますからね。なめてもらっちゃ困る。みごとに馬脚を現してくれましたよ。
カッサードは更迭されるんですか?」
「UNAPの最高責任者を退くことは決定したようね。ただ、後任がすぐ見つかるわけじゃないし、UNAP内部がえらく紛糾しているみたいで、暫く時間がかかるでしょう」
チタウロは達也に向き直った。全員の視線が自分に集まる。
「さて、じゃあおさらいしましょう。あの時、実際に何が起こったのか」
モニターの映像記録を一通り見た後、アリッサが説明を行った。
「あのとき飛翔体に向けて一斉に動いたのは、間違いなくダゴンの仲間たちと思われます。移動時の水流がドームにまで相当に強く伝わってきています。
半径1kmに渡って動きがあり、推定個体数は約80体。おのおのの大きさは我々が見てきたダゴンの1.5倍~2倍ですね。
可視光で見ることが出来たらさぞかし壮麗な眺めだったことでしょう。彼らは約3秒で動き、飛翔体の動きを一瞬にして止めました。爆発も起こさず、時速120kmで水中を動く飛翔体を、一瞬で」
「飛翔体はどうなったんだ?」
「破壊はされていませんが、周辺の海域に沈んでいると思います。駆動反応は全くありません」
チタウロが引き取って続ける。「この映像を見せたときのHOの反応は、見物だったわ。混じりけのない驚愕、ね。
水中でミサイルを止めてしまうような連中を、どう扱ったらいいのかという感じだった。少なくともNAFは、彼らを攻撃するとか捕獲するという意思を完全に喪ったみたい。いわんやUNAPをや、と言うところ。
私は『そんなにビビらなくても、こちらにはタツヤがいますよ』と言ってやったけど」
一同が笑いに包まれた。達也は居心地悪げに、もぞもぞと体を動かした。既に自分は全員からファースト・ネームで呼ばれることになったらしい。
「あなたはあの瞬間、ダゴンの体内にいたわね。何が起こっていたのか、考えを聞かせてほしい」
達也は少し下を向いてから、これまでずっと考えてきたことを話し始めた。
「我々が見てきたダゴン、彼は『子供』なのだと思います」
「子供?」
「そうです。ダゴンの眷属(達也は未だに、クトゥルー神話流の言い回しを続けていた)は2年半も前にその存在を発見されていながら、ついこの間まで一切姿を見せなかった。極めて慎重な性質を持った種族であると思われます。
ところが“彼”は、物怖じせずに我々に近づいてきた。ダゴンたちは精神感応力を中心とした感知力が高く、パッシブソナーの影響範囲も“見える”ので、それ以上我々には近づいてこなかったけど、ドームと我々が珍しくて仕方なかったのでしょう。
子供の好奇心で我々に接触を試みているうちに、偶然私と交信が出来た。最初はポッドで近づいてきたので恐れおののいたでしょうが、こちらが敵でないことが解り、俄然接触を強めたのでしょう。
私と交信しているときのダゴンは、ただただ『楽しそう』でした。もちろん表情や言葉が分かるわけではないですが、強くそう感じました」
「しかし、こんな海底で、見た目はただのアメーバみたいなあいつらが、どうやってそんな進化を遂げたのかね」哲夫がぼそりとつぶやく。
「我々人類と、少なくとも30億年は完全に別々に進化してきたのだから、あり得ないことではないでしょう。むしろ向こうもそう思ってるんじゃない?」とアリッサ。
「…あの瞬間に私を助けてくれたのも、彼が『子供』だったからだと思います」達也は続けた。
「ミサイルを停止させたのは、『大人たち』でしょう。彼らは群れだか集団だかを守らなければならないから、そうする。
一方、ダゴンの目の前には自分に警告しにやって来た、私だけがいた。小さな子供は、目の前によく見知った動物がやってきたら、普通は構おうとする、あるいは助けようとするでしょう。
大人は同じ場面にあっても、自分の行動を優先するかも知れませんけど」
「子供に対して無邪気な信頼をしてるんだな」とガループ。達也は続ける。
「いずれにしても、彼らは我々の前に自らの存在をあらかた晒してしまった。おそらくそれは彼らの本意ではないし、今後彼らと接触するのは大きな困難を伴うでしょう。
交渉チャネルとなれるのは、当面私だけだ。私は引き続き彼らとの接触を続けないと」
「気持ちは解るけど、その点については考えさせて頂戴」チタウロが答えた。
「本件に関しては、NAFを含めた関係各国全てと再度合意の上、慎重に事を進める必要があると思う。
UNAPの問題はまだ全く片付いていない。プロジェクト全体の見直しと、ミッション優先度再設定と、場合によってはメンバーの入れ替えなどが発生すると思う。私も、キャプテンの職務を続けられるかどうか解らない。
ウィリアムズを含め、HO全員との交渉希望を出しておいたわ。現場の発言権が増している今がチャンスだと思う。しばらくは当面のミッション行動をこなしつつ、その結果を待っていてほしい」
「解りました」達也は言った。実際、その通りだった。問題はまだ明らかになったばかりなのだ。これから、タフな日々が続くことになるだろう。
一旦居住区に戻ろうとしたとき、ジョハンセンが達也に話しかけた。
「ダゴンが『子供』の心であなたを守ろうとしたのは何となく解るんですが、あなたは何で、あの状況下で飛び出していったんですか?いくら何でも、あれだけのムチャをするに値する相手だったのかと」
「…さあな。このところ“ヒト”との交流が上手くいってなかったから、無意識のうちに彼に気が行ったのかもしれん」
話しながら、少し離れたところにいるハレックと目が合った。ハレックは気まずそうに目線をそらし、そのままきびすを返して去った。達也は心の中で苦笑した。こいつとの和解は、まだもうちょっと先だな。