ハレックの声が聞こえた。
「どうだ、ダゴンの奴は?」モニター横にふっくらした顔が写る。
「とりあえず過去3時間の再生動画を観たが、ほぼ動いていない。何かを捕食している気配もない」
「そうか」
異形のものを目の前にし、さすがのハレックもここ数日は口が重かった。達也は尋ねた。
「採掘計画はどのくらい遅れそうなんだ?」
「さあな。そもそも採掘ポッドのメンテナンス要請を今週HOに上げる予定だったんだ。STAGE4時点で、予定採掘量の7割程度しか見込めてなかったからな。今となっちゃ、そもそもSTAGEがいくつまで行くのかも読めない状態だ」
「アリューシャン海域方面にポッドを射出できないのか?」
「いかなる理由でもダゴンを刺激するな、とのお達しだ。採掘推進どころじゃないだろう。まあ、普通に考えればそうなる」
「ポッドの射出も満足に出来ないとなると、サプライ投下は無期限延期だろうな」
「はっきりとは聞いてないが、そういうことだろう。俺たちに差し迫った命の危険があれば、最優先で脱出だ。だがな、ただ寝そべってるだけの奴を相手に、命の危険も何も解ったもんじゃねえ」
ハレックは恐怖ではなく、苛立ちを前面に出していた。医師・エンジニアである達也には、その気持ちはなんとなくしか察することが出来ない。
ハレックは地質学者であり化学者だ。基地に彼が招聘された理由は、疑いなくその地質学者としての素質と、本人の強いプロジェクト参加意欲だった。それはもう、偏執狂的な意欲の強さだった。彼は海底発掘のために、文字通り命を賭してここにやってきたのだ。ところが現在、ダゴンが全ての日程を中断させてしまっている。
「…なんで奴は突然現れたんだ?」
隊員全員が、いやプロジェクト全員が抱いている至極当然の疑問を、ハレックはあえて口にした。
「昨日の晩、ちょっと計算してみたんだ。ダゴンの比重が海水と同じとすると、要するに軟体動物だな、奴の自重は2,100トン位だ。中型のクルーズ船並みだ。なんでそんな図体の奴が、一晩で俺たちに気づかれずにあの距離に到達できる?パッシブアラーム類は全く作動しなかったんだぞ」
「パッシブアラームは、索動距離200メートルに設置されてる。ダゴンはその距離まで近づいてきていない。今は索動範囲を拡げてるが」
「じゃあ、奴は俺たちのアラーム索動境界線を見切って近づいてきてるってことか?一晩でだぞ?」
「俺にも解らんよ」
妙な話だ。これほど異様な未確認生物と対峙しているというのに、隊員たちはパニックを起こす気配を殆ど見せていない。
おそらくそれは、ダゴンの余りにも鈍重な外見によるものだろう。少し気をつけて観なければ、海底にある小山と殆ど変わらない。赤外線カメラで観るその映像は、全くもって現実感を欠く。動きも殆ど見られない。にもかかわらず、奴は一週間前まさに忽然と姿を現したのだ。