翌日、達也はチタウロと部外秘の個別面談を行っていた。
「HOの指令内容は覚えているわね?」
「ウルティメイト・ポッドの使用優先権、ってやつですか」
「そう。今日HOから新たな指令が来たの。ポッドを出動させて、ダゴンに可能な限り接近する。さまざまな不測の事態が想定されるが、あえて有人駆動でポッドを動かす。その任務をお願いしたいと」
「…何をするんですか?」
「状況判断は完全に操作者に任せるが、生体ソナーを打ち込んでほしいと」
「ソナーが作動するかどうか、そもそも打ち込めるかどうかも全く解りませんよ。あの調子じゃ」
「解ってる」
チタウロは柔和だが端正な顔を一瞬激しくゆがめ、吐き出した。
「私は、絶対に反対。HOにも断固として抗議した。もともと貴方に対する『優先権付与』とやらも、事後承諾に近かったのよ。命を捨てに行く可能性が非常に高い、リスクと結果が全く見合わない。
何度も繰り返し言った。だけど、HOはとりつく島なし。『全責任は私が取る』と繰り返すだけ。本気でモニターを壊してやろうかと思った」
自分が同じ立場なら、同様に断固として反対するだろう。感情の起伏に乏しいと自覚している達也にも、その気持ちは痛いほど伝わってきた。と同時に、不思議なほど自身には抵抗感がなかった。
「どの道、こうしていても八方塞がりです。アクションを取ることで何か進展があるかもしれないし、ないかもしれない。但し、みすみす死にに行くのだけは勘弁なので、セイフティを最大限に準備させてください」
「解った。感謝するわ、ミスター・スドウ」チタウロは主義として、全ての隊員をファミリーネームで呼んでいた。
チタウロはイェン・クーと哲夫を呼び、約2時間かけて行動プランを練った。
ウルティメイト・ポッドに牽引ケーブルを設置し、即座に収容できる体制を整える。コヒーレントパルスレーザーをスタンバイし、ダゴンに照準を合わせておく。そのためのバッファエネルギーをセカンドドーム該当部分から取り回す。ポッドの緊急信号ボタンをオンにしておき、非常時には収容とレーザー発射を同時に行う…
どのようなリスクがあるか、全く解らない。突然襲いかかられて任務と命が同時終了かも知れない。しかしメンバーは、相手が「生き物」であることに賭けていた。ポッドを捕食しようとしても、すぐに吐き出すはずだ。そう判断していた。
達也はもとより異論はなかった。もともと、決まったことには逆らわないと言うより、そもそも余りこだわらない質だ。
今この瞬間も余り悲壮感はない。多分大したことにはなるまい、と勝手に思っていた。こういう根拠のない前向きさをウィリアムスHOは見込んでいたのかも知れない。
達也はメンバーにバレないように苦笑した。自分を生還させるために必死で対策を考えているメンバーの前で、薄ら笑いを浮かべるなどとんでもない。そのくらいの分別はあるつもりだ。
深海用ウルティメイト・ポッドは、有人・無人双方に対応できる探索機だ。通常の採掘活動などはリモートコントロールで行うが、いざというときは完全に有人独力で稼働できる。ポッドの独立駆動用に作られたイオン合成子によるバッテリーは、瞬間的には小型の火力発電所並みの発電量を発揮でき、無充電で96時間稼働する。
本体は長さ3メートル・直径1.5メートルの円筒形で、6本の稼働脚・2つのキャタピラを持ち、これとは別に4本の作業用マルチアームを持つ。ぱっと見はクモとムカデのあいのこのような形だ。
地底の全ての地形に対応でき、またいざというときはキャタピラー後部の水中ジェットエンジンを稼働して、最大500メートルの水深差を余裕を持って移動できる。ドームと同じく超クリスタライズ素材による3重構造のボディを持ち、層間は常に5,000気圧で与圧されている。
ただし、武器のたぐいは一切搭載していない。背後のコヒーレントパルスレーザーが頼りとなる。
メンバーからは「少し気持ちを整理してから」「落ち着いて」など色々助言をもらったが、達也は別に待つ必要を感じなかった。やるならとっととやってしまおう。
翌朝すぐ、ポッドが発射用浸水室にセットされた。
浸水室はロック後90秒で海水に満たされ、前方ハッチが開かれた。手動モードにセッティングされているポッドの駆動スティックを、達也は慎重に前進方向へ入れた。ドーム周辺は基本的に平坦地なので、稼働脚ではなくキャタピラーで前進する。移動速度は時速15km程度、500気圧下で安定する速度である。
周辺は漆黒の闇だ。達也はポッドに標準装備されている3D赤外線アイモニターを前面に装着していた。バーチャルリアリティに近い技術だが、現実感を喪失しないようにあえて画質を落としたモニター画像となっている。前方のダゴンは、ちょっとした盛り上がり程度にしか見えない。少しずつ少しずつ、ダゴンとの距離を詰めていく。
ダゴンまでの距離が100mにまで近づいた。向こうは動く気配を全く見せていない。生体ソナーをスタンバイする。生体ソナーは直径5cmの大型サイズを選択した。標的に吸着するタイプだ。
モニター上のガイドを見ながら、ダゴンに向けて照準を合わせる。
達也は大きなためらいを感じた。よく考えたらダゴンはこちらに対してまだ何もしてきていない。むしろ我々から逃げているようでもある。明らかに攻撃的な行動を取っている自分を観たら、奴はどう思うんだろうか?死に物狂いで逃げるのか、あえて向かってくるのか。
その時だった。
突如目の前の視界が変わった。赤外線モニターの画像が急に鮮明になったような様子だ。海底の風景が見える。遠くにドームのような影が見える、ダゴンは見えない…
夢と同じだ。
いや、違った。ウルティメイト・ポッドが目の前に見えた。自分が乗っているはずのポッドが、こちらに近づいてくる。ポッドは何か筒状のものを射出しようとしている。そうだ、生体ソナーだ。
ポッドを操作しているはずの自分が、ポッドを真正面から見ていた。ポッドはゆっくりと、じりじりと近づいてくる。キャタピラーと、折りたたまれた6本の稼働脚が側面に見えるが、よく見知ったはずのポッド外見が、得体の知れない化け物のように見えた。
達也は後ずさろうとした。だが、一体何から後ずさるのか。自分はポッドの中にいるのか、外にいるのか。全く解らない。達也の自意識は、完全に“外部からの視界”に浸食されていた。生体ソナーの発射ポジションにあった右手は、全く動かない。
突然、激しい恐怖が襲ってきた。周りの世界が全て凍り付いたようだ。自らの体の存在すら、おぼろげにしか認識できない。ただ、恐怖心だけが滝のように流れ込んでくる。
もう一度後ずさりをしようとしたが、だめだった。もはや前進しようという意識は消し飛んでいた。目の前の恐怖が、耐えがたい大きさとなった。
「だめだ…だめだ…助けてくれ!!」
達也は渾身の力で叫び、次の瞬間視界と意識が完全に途切れた。