まず達也は、赤外線カメラモニター時の行動から始めることにした。
ポッドでの邂逅以前、ダゴンとは睡眠時のみ精神感応が成立していた。たまたま自分の脳波がダゴンと同調したのだろう。
睡眠に近い状態を作り出すため、アルファ波発信器を試用した。通常用途は鎮静効果を高めるための医療機器だが、イヤーレシーバーに出力回線を接続し、アルファ波を自分のみが受信するようにセットする。モニタ前に座り、準備を整えた。
操作卓に座り、発信器を作動させる。一見モニターを見ているような状況を装いつつ、心身ともにリラックスした状態を作り出す。
さほど時間が経たないうちに、映像が頭の中に浮かんできた。目の前に見えるという強烈なものではなく、意識下にはそれなりに鮮明な画像が浮かんでいる。アリューシャンドームは遠方に見える。時々、視点が動く。ダゴンは赤外線を音波のように用いて、反射波で回りを知覚しているのだろうか。
とりあえず受信は出来た。さて、次はどうするか。
もちろん言葉など通じるはずがない。基本的に相手が映像を送ってきているだけだ。距離が離れると、送れる情報量が顕著に下がるようだ。今意識下にある映像は濃くなったり薄くなったりと、かなり不安定だ。
ふと、イメージが変わった。ウルティメイト・ポッドがぼんやりと映っている。
ポッドが海中にある?もちろんポッドはドーム内に格納されており、今外には何もない。どういうことだ?もしや、ダゴンが見ているものではなく、思い浮かべているものがこちらに投影されているのか?
しばらく頭の中のポッド映像を意識的に放置していると、次にダゴンの姿が浮かんできた。こちらもややぼんやりとしているが、赤外線モニター越しに見るダゴンの姿とは明らかに異なっている。実際の姿を簡略化したような、イラストのようなイメージだ。
相手の意図が全く分からないので、達也は待つことにした、おおよそ1分ごとに、ポッドのイメージとダゴンのイメージが交互に現れる。それと同時に“不安”のような感情が弱々しく伝わってきた。
しばらく考えて、達也は思いついた。
自己紹介をしているのか?ダゴンは自分のイメージと相手のイメージを交互に送ることで、自ら対峙したポッドが相手自身なのかどうかを尋ねているのではないか?
達也はふと、自分の顔がモニターに映り込んでいることに気づいた。そうだ、俺のイメージを送ってみよう。
モニターに映る自分の顔を見ながら、達也は自分のイメージをひたすら頭に思い浮かべた。これと行って特徴のない顔、作業服、無表情、怒ったり、笑ったり、それから…
突然答えが返ってきた。目の前にダゴンが映った。赤外線カメラで見るほぼ白黒の映像とは全く違う。色合いは黄色がかった茶色で、かなり不透明だ。姿形は小山のようだが、山の中心から少し離れた場所に、4カ所の小さな穴が見える。エラだろうか、あるいは排泄口か?
自己紹介と言う仮説は正しかったようだ。達也は思わず拳を突き上げた。
もう一歩前進してみることにした。達也はモニターに向かい、満面の笑みを浮かべた。と同時に、「嬉しい」感情を半ばムリヤリ作りだした。モニターに向かって笑みを浮かべ、嬉しいと考える。いつしか小さな声で「嬉しい」と反復していた。
また突然反応があった。明らかに喜ばしい、と言う感情と、ダゴン自身の躍動的なイメージが送られてきた。ダゴンの全身が波打っている。
「感情」のやりとりはかなりの精度で行えるようだ。しかも、妙に人間くさい感情だ。意思を持った知的生命体であることが、明らかにうかがえる。ともあれ、喜びの感情を共有化できた。1日目の取組としては、相当な進歩だ。
「…何をニヤニヤしてるんだ?」突然日本語で話しかけられた。
夢中になっていた達也は、哲夫が入ってきたことに全く気づいていなかった。哲夫の探り半分・からかい半分の表情を見て、自分があからさまに赤面していくことが解った。
「…いや、ちょっと思い出し笑いをしてて…」
「思い出し笑いってレベルじゃなかったけどな。まあ、元気になったみたいで何よりだ、相棒」
哲夫も同じくらいニヤニヤしながら、達也の方をポンと叩いて、実験棟に向かっていった。
達也は深いため息をつき、今度は本来のモニタリング業務に戻った。