翌日から達也は、さらに踏み出した。
いろいろな感情を、イメージとセットで送ってみた。恐怖の感情は既に解っている。喜びの次は悲しみだったが、これは余り伝わらない。どちらかというとひんやりしたイメージが返ってくるだけだった。
怒りの感情への反応は、全く異なっていた。達也は父と15年以上前に怒鳴り合いの喧嘩をした場面を思い出し、出来るだけ忠実に脳内で再現した。自分の顔が憤怒にゆがんでくるのが解った。
突然、さらに強い怒りの感情が流れ込んできた。イメージ映像はない。思わずたじろいだ。自分の怒りの上にさらなる怒りをかぶせられ、頭がオーバーヒートするような感覚を感じた。
達也は反射的に思考をシャットダウンした。怒りの奔流は、ぴったりと止んだ。
かなり危険な体験だったが、やりとりの呼吸が解ったようだ。
その後も達也は当直の間、折に触れて思考交換を試した。「疑念」「説得」「感謝」といった、複雑な概念は殆ど通じなかった。これらの思念を送っても、ぼんやりとした思考、「不安」に近い反応が返ってくるだけだった。
イメージのやりとりは遙かにやりやすかった。自身がポッドに乗って海中を移動しているイメージを送ると、ダゴン自身が動いているイメージが返ってきた。
さらに決定的なことが、2日後に起こった。達也は、右手を動かしているイメージを送りながら、実際に右手を上下に動かしていた。もちろん誰も周りにいないタイミングだ。
ほぼ即時に、ダゴンから体の一部を動かすイメージが返ってきた。ダゴン自身から見て右前方部分、端の部位を1メートルほどが持ち上がっていた。
ふと前方のモニターを見た。ダゴンが、実際に体を動かしていた。モニター上では左前方部分、イメージとは左右反対だ。赤外線モニターのイメージは、いつも通り不鮮明だが、ダゴンが実際に動いて反応したのは、これが初めてだった。
ガループは、達也と同じくらい無口な男だ。身長は2メートル近い大男で、ひげ面だけを見たら掛け値なしの熊にしか見えない。達也が基地に降りてきてから、会話した時間は全部で30分に満たない。
そのガループがモニターコンソール前に佇んでいた。一心不乱にモニターを見つめている。
「どうした?」達也は話しかけてみた。
「ダゴンの動きが違うんだ。全体が波打っているような動きが、ずっと続いている。」
「そうかな」
「この間も変わった動きをしてた。捕食をしているようには見えなかったが」
もちろん、何のことか解っていた。ダゴンとのイメージのやりとり、並びに「ゼスチャーゲーム」は、二者の間で断続的に続けられていた。ここ最近はかなりの高頻度で、アルファ波発信器なしでも、ダゴンの躍動的なイメージが意識下に滑り込んでくる。
頭の中に向かってのべつ幕なしに話しかけられているような状態だが、ある程度拒否の思念をすると映像は止む。その代わり、何かイメージを想起すれば、確実に反応が返ってくる。
「あんた、何かしてるのか?」ガループがぼそりとつぶやいた。
ぎくりとした。普段のディスカッション中でも、寡言の中に鋭い洞察を見せる男だったが、さすがにそこまで感づかれているとは思わなかった。達也は肯定も否定もせず、ただ黙っていることにした。
「…んなわけはないか」ガループはこちらを向いて、かすかに微笑した。大体解ってるぞ、と言わんばかりの目。
それ以上何も言わず、ガループは画面に目を戻した。