時刻は土曜日の夜の10時過ぎ。
良い子は皆布団に入り夢の国へご招待、悪い子もそろそろ寝ないと不味いかなぁなんて考えながらもだらだらと夜更かしを続けているであろう時間、もしくは若気の至りで夜更かし真っ最中な感じ。
府中のそこそこ立派なマンションの一室には不夜城の如く煌々と明かりがともっていた。
「は~い皆さんこんまいや~、本日の夜更かし雑談はじめますよ~」
ウマ娘専用ヘッドホンを身に着け、普通よりも機能的でリクライニングもしっかりとしたゲーミングチェア(尻尾を出す穴は自分でDIY)に座った少女が話始める。
「お相手は私、セカンドライフ3期生のヴァーチャルウマ娘シルトマイヤーでお送りしま~す」
画面に向かって挨拶をすれば、モニターの上にくっつけてあるカメラがその動きをとらえ、それをソフトが認識して画面に映るキャラクターが同じ動きをしているのが見える。
「お、万年3着さんこんばんわ~、会長は今日も快調さんスパチャありがと~……今日はへんなダジャレないんだね?」
画面に映るチャット欄を爆速で流れるコメントから適度に拾い上げては読み上げる。
「今日は雑談枠なんだけど、話題と言えば何と言っても今日行われたURAファイナルの決勝だよね」
コメント:今年もURAファイナルは盛り上がったなぁ
コメント:タマちゃんは惜しかった……
「うんうん、今年も競技シーンで活躍する名ウマ娘達の熱い戦いが見れて、私も思わず手に汗握って応援しちゃった!」
コメント:もしかしたら、側で推しが一緒に応援していた可能性が……
「いやいや、私は今年もお家で中継見てたよ~、さすがに人が集まる所に行くのはねぇ?」
会長絶対主義:見に来てもいいんだよ~?
坂路至上主義:見に来ていただけるのなら万難を排します
「あはは、ありがとね~?まぁわたしだけの判断で行くわけにはいかないからなぁ~……それよりも、決勝ですよ決勝!いやぁ皆すごい走りで見ごたえ十分だったね~」
大和ナデシコ:あ、それは気になりますね
レスラーマスク:わたしもきになりマース!
「ん~……そうだなぁ、ルドルフさんの王道の走りはかっこいいし、スズカさんの異次元の逃亡劇には浪漫があるしなぁ~」
コメント:さすがにそれは……ないよな?え、無い……よね?
「そうだねぇ……決勝だけで言えば、やっぱり……スぺちゃんかな?」
コメント:また先頭民族ショック受けとるぞ?
コメント:先頭民族さんオッスオッス
「やっぱり後ろで足を貯めに貯めて、最後の直線に向かって一気にスパートしていくのは見ていて気持ちがいいし、これぞレース!って感じがするよね~」
食いしん坊:やはり差しこそ至高だな
ホワイトサンダー:あ?追い込みが一番にきまっとろうが?
食いしん坊:む、やるか?
「こらこら、コメントで喧嘩しないの!それよりURAファイナルが終ったら今度はさ~……」
それからしばらくはコメントの反応を見ながら、年明けからのレースについてや今後自分の配信で行おうと思っている内容についてリスナーの皆との雑談に花が咲いた。
「あ、もうこんな時間かぁ。今日の雑談枠はそろそろここでお終いにしようと思うんだけど、最後に告知があります!」
コメント:なんだなんだ!?
コメント:ついに我らの推しもレースにでるのか!?
「あはは、流石にレースじゃないかな……あれ?でもちょっと近いのかな?」
コメント:ドキドキしてきた
コメント:いったい何が始まるんです……?
コメント:知らないのか……?
「はいはい注目!なんとですね……よっと、画面映ってるかな?この度URAさん並びに中央トレセン学園さんご協力のもと、なんと私シルトマイヤーがトレセン学園の学生さんと一緒にライブを行うことが決定しました!」
コメント:ついに我らの推しが皆の推しと一緒に歌うのか……胸が熱くなるな!
会長絶対主義:えええ!?ボク聞いてないよ!?
バイク好き:まzぇkごえぁkrご
真紅:落ち着きなさいよあんた
勇者:くぇrtむべいらmsみこせtgんつrしkれlmsだおいえsrぐじあrじぇkjkfdsdじゃ
コメント:もっとやべぇ奴が来た!?
科学万歳:やべぇ奴はこっちで無事に回収したよ
可愛いは正義:なんか凄い悲鳴聞こえたけど……大丈夫ぅ?
開運福来る:まぁあの方は万事いつものことですからねー
「詳しい日程や内容については後日事務所のHPで正式に発表がありますので!そちらの方をご確認いただければと思います!ってことで……それじゃ、今日の配信はここまで!おつまいや~」
コメント:っよ!乙舞屋!!!
コメント:おつまいやー!
会長絶対主義:なんで誰も教えてくれなかったのー!?
万年3着:いや他の子も知らなかったですしー
科学万歳:むしろ君が知らないことの方が驚きだがねぇ
コーヒー好き:お友達も、とても喜んでるみたいです
私の名前は
家はごくごく普通の一般家庭で、メジロ家やシンボリ家みたいなおっきいウマ娘の家系とかでもなく、私の両親もいたって普通のサラリーマンと専業主婦。
一応母方のひいおばあちゃんがウマ娘みたいだけど、残念ながらレースに出たって話は聞いたことがない。なにせ学生時代は戦時中だったみたいだしね……。
母はなんだかウマ娘に強い憧れがあったらしく、未だウマソウルなるものを実感したことのない私にこれでもかとトレセン学園中等部の受験を進めてきたものの、結果は見事に不合格。
まぁそりゃ人よりかは足が速いといっても本格化の兆しどころかウマソウルを感じ取ってもいない子が受験したところで受かるほど門戸が広く開いているわけもなく……。
その後地元の地方トレセンへの進学率の高い中学校に入学するもそこでもぱっと振るわなかった私は早々に競技レースをあきらめてドロップアウトして高校は通信制に通いながら半引きこもり状態。
父は気に病むな、自分のしたいことを見つければいいと言っていたけれど、母はそんな私の生き方を認められないらしい。
顔を合わせてはヒステリックに喚きたてて家庭の空気は最悪……結果父の勧めでしばらく距離を置いた方が良いとなった私は家を出てバイトをしながらの一人暮らしになった。
最初は父方の祖父母のもとに行くという話もあったのだけど、私自身も少し一人になりたかったこともあって断った。
実家からの最低限の仕送りとバイト代で暮らす日々は静かで平穏だったけど、どこか退屈で退廃的な毎日。
日々の刺激を求めてあれこれと手を出してみたけどどうにもしっくりこなくて飽きては投げての繰り返し。
正直どうにかせんとなぁと思いながらも所詮は人生経験の乏しい小娘にはバイトや生活の細々とした用事をこなすのが精いっぱい。
このままぼんやりと大人になっていくんかなぁ……なんてアンニュイでモラトリアムな時間を過ごしていたわけだが……。
「んぅぅぅ……あさぁ?」
カーテンから洩れる日の光で目が覚めてベッドそばの時計を見ればすでに11時、自分で言っておいてなんだけどこの時間を朝と表現するあたり人としてかなり致命的な気がしてならない。
「えっと……めがね、めがねぇ……」
ウマ娘用の眼鏡を探して顔に着ける、世間的にはウマ娘はコンタクトレンズが主流らしいけど、私はどうにも目の中に物を入れるのが怖くて眼鏡を愛用していて、この子で3代目だ。
ぼやけた視界がクリアになれば、そこに広がるのは2LDKの我が家。府中のはずれにあってお値段そこそこ立地そこそこ(ウマ娘基準)なマイホーム。
とりあえず顔を洗って冷蔵庫から牛乳とジャム、戸棚に入れてあった食パンを2枚ほど取り出して咥えながら戻る。
ウマホを見るといくつか連絡が来ているらしいけど、健やかなブランチくらい気にせずのんびりしたい派なのでいったん保留。
部屋でまったりご飯を食べ終え食器を片付けた後、やっと目覚めた頭でウマホの通知を一読。
「ほむほむ……りょーかいりょーかいっと」
どうやら午後からの予定が変わったらしく、
「ウマッターで通知をしてっと……ウマスタの更新はいいかなぁ……」
いつも通りの告知をウマッターに載せた後、私は必要器材の電源を入れて準備に入る……といっても、それらは昨日寝る前に使っていたためほとんど準備出来ている、けして片付け忘れていたわけではない、いいね?
「飲み物よーし、ティッシュよーし……よいしょっと」
最近ついに買ってしまった高級ゲーミングチェアに座ってウマ娘用のヘッドホンをセット。必要なソフトを立ち上げてからモニターに設置してあるカメラの位置を改めて確認。
「えっと……突発の雑談だし、2Dの……パジャマ衣装でいいかな?」
ママ渾身の一品は私もお気に入りでよく深夜の雑談で使っているモデルを読み込んで動きの最終確認……よし!
「それじゃ……配信開始っと」
私の名前は立華茉莉。今のところ三女神様からお声がかかっていないどこにでもいる普通の一般ウマ娘。
ウマソウルの実感は相変わらずなくて名前も不明。
そんな私は早々に人生ドロップアウトして退屈で退廃的な生活をアンニュイでモラトリアムな感じで送っていたはずなのに……。
「皆おはまいや~、お昼の雑談始めるよ~」
コメント:おはまいやー!
コメント:っよ!御葉舞屋!!!
コメント:っよ!
コメント:っよ!!!
コメント:お昼なのにおはようとはこれいかに
コメント:お昼なのにパジャマなの芝
「わっはっは、なにぶんつい今しがた起きたものですからねぇ……」
コメント:デビューしたての頃の規則正しさは何処……?
コメント:マイヤーちゃんもすっかりセカライの一員なんだね……
コメント:セカンドライフ全般的に生活不規則過ぎ問題
「まぁまぁ、そういいながらも付き合う君たちも立派な教官役ですなぁ」
コメント:こんな自堕落ウマ娘面倒みきれんわ
コメント:そんなんじゃ立派なウマ娘になれないぞ!
「はいはい、だから今日も立派なウマ娘目指して配信していきますよ~」
気が付けば、あれよあれよという間に事態が一転好転すってんころり。
どういうわけかは私もわからず、気が付けばバーチャルウマチューバー始めちゃいました。
誤字・脱字のご指摘をくださった方、ありがとうございました。
この小説の世界ではウマ娘は生まれた時は親が名付けており、ウマソウルを自覚して初めてウマ娘としての名前を名乗ります。なのでウマソウルを自覚していない娘は普通に親からもらった名前を名乗り続けます。
この小説の世界にはウマ娘ではあるけれどウマソウルを自覚していない娘は大勢おり、そのまま大人となった娘も大勢いる設定です、なんとなく「ウマソウル=ウマ娘の総数」となると比率やばくない?場合によっては保護対象じゃない?と思ったからです(本当は違うかもしれませんが……)
主人公ちゃんもウマ娘ではあるけれど高校卒業後もウマソウルを自覚せず、それゆえに本格化も迎えておりません(今のところする予定はないです)
その場合の身体能力とかはどうなってんだろうって部分はありますが……まぁ、多少曖昧ですが 「 一般人<無自覚ウマ娘<<<本格化前<<本格化後<<<超えられない壁<<<活躍しているウマ娘 」 くらいの認識です。
なお燃費は一般人から据え置きというご都合設定となっております。じゃないと食費で干上がっちゃうからね!