シルトマイヤー<セカライ3期生> @shiltMeyer
今日はどうしても応援したいレースがあったのでこっそりレース場まで行ってきました!
詳しくは言えませんけど、とても素晴らしいレースでした!
私もあの娘を見習って頑張るぞ!
〇641 □812 ◇2734
「さぁ各ウマ娘最終コーナー!先頭は依然3番クリストマフ、その後ろに8番マエロニートスが上がってきた!さらに中盤では1番人気5番シングルサナトスが前をうかがっているぞ!」
レース場に響き渡る実況の声がターフを走る私の耳をかすめる、だがそんなものに気を取られる余裕なんてない。
「さぁウマ娘達が最後の直線になだれ込んできた!クリストマフが伸びる!伸びる!マエロニートスとの差はすでに3バ身ほど!シングルサナトスも懸命に追いかけるが届かないか!……いやさらに後方大外からクラウハーゼン!?11番クラウハーゼンが上がってきた!?いったいどこに居たんだクラウハーゼン!?伸びる!伸びる伸びる伸びる!ぐんぐんとスピードを上げてシングルサナトスを!マエロニートスをかわしたぁ!!」
脚が鉛のように重い、肺に針が刺さっているみたいに痛い、空気を通すはずの喉が詰まりそうになる。
それでも、私は走る。
「クリストマフはまだ粘る!だが後ろからクラウハーゼンが迫ってきたぞ!残り200!どっちだ!?どっちだ!?クリストマフ!クラウハーゼン!クリストマフ……いやクラウハーゼンだ!クラウハーゼンここでクリストマフに並ばずかわした!そのまま伸びる!まだ伸びる!……ゴーォォォォオオオル!集団後方で足を溜めていたクラウハーゼン、他を圧倒する猛烈な追い込み!見事な大外一気でレースを制しました!!」
「素晴らしいレースでした!デビューから間もないですが、彼女の力強い走りは今後も期待したいですね」
ゴール板を超え走り切ったことを理解してやっと足を緩める、観客席からの歓声が届くが反応している余裕なんて私には無い。
「はぁ……はぁ……っげほ、ごほ……あぁ……」
「はぁ……はぁ……だ、大丈夫?」
私と先頭を争った娘が心配そうに声をかけてくれたので、右手を挙げてそれに答える。
「そう……はぁ……はぁ……あぁ、負けた……うん、次は負けないから」
その娘は最後にそう呟いてターフから去っていった。それを見送ってから私は観客席に応援の感謝を伝えて最後に控室へと戻った。
控室では自分の所属するチームのトレーナーが手持ちのPDAを片手に難しい顔をしていた。
「戻りました、東条トレーナー」
「あぁ、お帰り……いいレースだったぞ」
顔を上げた東条トレーナーの言葉に苦笑いを浮かべながらテーブルに置いてあったスポーツドリンクを手に取る。
「いえ、まだまだです……課題のすべてはこなせていませんし、修正すべき問題も新たに見えてきました」
「まぁ……そうだが、お前はもう少し肩の力を抜くことを覚えろ、クラウハーゼン。根の詰め過ぎはオーバーワークのもとだぞ?」
「……いえ、これではまだまだです……もっと精進しなければ」
「まったく……体調は大丈夫か?脚に違和感などは?」
「はい、疲れはありますがライブを行うのに支障はありません。足も万全です」
「そうか……今日はよくやった。明日は今日のレースの反省会だ、いいな?」
「はい、わかりました」
府中の中で広大な敷地面積を誇るそこは「日本ウマ娘トレーニングセンター学園」。
中央トレセンとも呼ばれるその学園は2000人を超えるウマ娘が所属し、互いに切磋琢磨してレースの頂点を競い合う学び舎。
所属できるウマ娘達は皆一流であり、名実ともに日本のトップを生み出す場所である。
「はぁ、はぁ……ふぅ」
そんな学校のグラウンドでは一人のウマ娘が早朝から練習に励んでいた。
走るその背の後ろに流れる髪は黒鹿毛、それをゴムひもで一括りに纏めた少女は走る速度を緩めながら一息入れる。
既に長い時間走り続けているのか汗が絶えず頬を伝って流れ落ちていく。
彼女の名前はクラウハーゼン、つい最近デビュー戦を勝利し現在は2勝で次はホープフルステークスに出走する予定で調整しているところだった。
デビューが他のウマ娘よりも遅れたため、まだそれほど注目されていない彼女だったが、それでもジュニアからG1を視野に入れられるほどその実力は完成されてきている。
トレーナーである東条の目から見てもさらにその先、クラシックの3冠と言われるレースで勝負できるくらいには仕上がってきているという自負があった。
だがこうして誰も起きてこないであろう早朝からの練習を重ねているように、本人はそれを疑いこそしないものの、決して慢心するつもりはない。
何よりも彼女には実力が徐々に確かなものとなった今でも……いや、それよりもずっと前から追いかけ続けている背中があった。
「はぁ……はぁ……まだ、まだ……ですね」
誰もいないはずのターフの先、だがクラウハーゼンには確かに前を走る朧げな背中が見えていた。
「茉莉お姉ちゃんの……努力に比べれば……これくらい、まだまだです」
誰ともなくそう呟いた彼女は再び姿勢を正して黙々とターフの上を走り始めた。
やがて朝練を始めた他のウマ娘が切り上げ始めた頃になってようやく走り終えたクラウハーゼンは自室のシャワーで汗を流して制服に着替えた。
ちなみに、同室の少女はいまだすやすやと夢の中である。
「まったく……トーラ、起きないと遅刻しますよ?」
「んぅぅ~……あとごふん~」
「……はぁ、先に行きますからね?」
相も変わらず朝に弱い親友に呆れつつ部屋を出る、寮ではすでに朝練から戻ったウマ娘達に加え早めに登校しようとする娘達で徐々に賑わいを見せ始めていた。
クラウハーゼンもそれに混ざり寮の食堂で朝食を食べる、ただ他のウマ娘達と少し違う様子なのは箸を持つ方とは逆の手に握られた小さな単語カード。
「……次、えっと……うん」
ご飯をしっかりと食べながらも器用に単語カードをめくっては頭の中で回答を出していく、最初その光景を見た他のウマ娘は一様に驚いていたが、やがて日常となればもう誰も気にする事は無くなった。
「やぁ、クラン。今日も勉強しながらかい?」
「……あ、フジ先輩。おはようございます」
そんな彼女に声をかけてきたのは寮長でもあるフジキセキ、手に持っている朝食をクラウハーゼンと同じテーブルに置いているところを見ると、彼女も今から朝食の様だった。
ちなみにクランというのはクラウハーゼンの愛称だ、決めたのは同室の親友である。
「あぁ、おはよう……まぁ、行儀が悪いからほどほどにね?」
「あ、はい……すみません」
「いや、勤勉なのは良い事さ……まぁ、確かに中央トレセンは文武両道を掲げてはいるけど、常日頃から心掛けなければならないほど成績が悪いわけじゃないだろう?」
「まぁ、そうですが……習慣のようなものなので」
「まったく……その勤勉さをエルに分けてほしいくらいだけど……あまり無理はいけないよ?」
「大丈夫です、無理はしていません」
「そうかい?日も登らないうちから走り始めている生徒がいる……と、寮長会議で話題になってるけれど?」
「……そーなんですねー……それはわたしもみならわないとー」
「……っぷ、あはは!まぁ……同じチームの先輩としてちょっと心配なだけさ。心の隅にでも留め置いていてくれると嬉しいな」
「……はい、気を付けます」
「そういえば、お姉さんは元気かな?」
その言葉に思わず食べていたご飯を勢いよく飲み込んでしまい、ちょっとむせる。
「ごほっ……お、お姉ちゃん……ですか?」
「あぁ、配達のバイトで来ていたんだけど……最近すっかり見なくなったものだからさ」
「あ~……はい、元気ですよ?配達は……確か辞めたって言ってました」
「そうか……まぁ、肉体労働も中々大変だろうからね……会う機会があったら私が心配していたって伝えてくれるかい?」
「は、はい!わかりました……多分伝えたらぶっ倒れるんだろうなぁ、お姉ちゃんのことだから……」
「ん?」
「い、いえいえ!なんでも……あ、その。ごちそうさまでした!」
「ん、あぁ……それじゃ、またあとでね」
「は、はい」
慌ただしく朝食の食器を片付けて学校に向かうクラン。
別段姉の事を聞かれて困ることはないのだが……何分その姉がしている仕事の事を考えると深く伝えるとどうなるかわからないだけに……。
「はぁ……苦労しますね、本当に」
教室に入りクラスメイトに挨拶をしながら席に着く、しばし近くの席の娘と談笑していると、慌ただしく扉が開く音と共に寝ぐせでぼっさぼさになってるウマ娘が飛び込んできた。
「せ、セーフっす!」
「トーラまた寝坊?」
「おはー」
「また今日は一段と寝ぐせが酷いわね?」
「いやぁ、今日は有馬でぶっちぎりで走る夢を見てたもんだからいつも以上に気持ちよく寝ちゃってたっすよ~……あ、クラン!酷いっすよ!おいていくなんて~」
「声はかけました、あと五分と言って寝たのはトーラでしょう?」
「それはそうっすけどぉ~」
なんてぼやきながら後ろの席にカバンを置いたのはトーラスヘクサ、クラウハーゼンと同室のウマ娘でこれでもすでに3勝と速いペースで勝利を重ねている実力者だ。
「はぁ~……まだ眠いっす」
「ちょ、のしかからないでください重いです」
「え~そんなこと無いっすよ~……ん?」
「どうかしましたか、トーラ?」
「くんくん……すんすんすんすん!」
っずぼ!という音が聞こえてきそうな勢いでうなじに顔を突っ込むトーラに、慌てて引き剥がそうとするクランだったが、体格的にも体勢的にも劣勢なせいで結果ただわたわたと両手をばたつかせるくらいしかできていなかった。
慌てふためくクランとは対照的に他のクラスメイト達はまたやっているといった様子で面白がっているため止める者は誰もいない、これが二人の平常運転なのであった。
「ちょっと!?髪に顔を突っ込まないでください!匂いを嗅ぐな!?」
「……嗅ぎなれない香り、シャンプー変えたっすか?」
「髪に顔を突っ込んだまま喋らないでください!くすぐったいですから!……ええ、変えましたよ?以前使ってたのが無くなったので」
結局どうすることも出来ないと悟って姿勢を正して質問に答えるクラン、傍から見れば一人のウマ娘が癖のあるウェーブヘアーに顔を突っ込んで会話をするという、えらくシュールな絵面がそこにはあった。
「へぇ~……でも珍しいっすね。あんまり香りがついてるの好きじゃないって言ってたのに?」
「……そうでしたか?」
「そうっすよ~……ふ~ん、柑橘系っすかぁ~……ほ~?」
そこでようやく髪から顔を出したトーラは意味有り気な笑みを浮かべていた。
「な、なんですか?」
「いやぁ~わかる!わかるっすよ~?憧れってのは誰にでもあるもんっすからね~」
「いや、だからなにがですか?」
「またまたぁ~誤魔化さなくてもいいっすよ~?そりゃ憧れの人が使ってれば試してみたくなるのも理解できます、私も使ってみたかったっすからね~?」
「……いえ、別に私は」
「いいっすいいっす!すべてを語らずとも私はちゃ~んと理解してるっす!」
「いえ、そもそもなにか誤解を」
「むっふっふ~意外とクランも乙女な部分があるんすねぇ~部屋にぱかプチも飾ってますし~」
「いやその、だからあれは」
「むふふふふ、そんなに憧れてるんですねぇ~?あの」
「だ……だから!私は別におね「マックイーンさんに」……は?」
「メジロのご令嬢で名実ともにトップクラスのステイヤー!歩く姿は百合の花、されど走る姿は烈火のごとし!憧れちゃうのはわかりますよ~」
「……あ、はい」
「どうしたんすか?別に今更隠さなくてもいいっすよ~?部屋にぱかプチだって飾ってるくらいですし。シャンプーもあれっすよね?この前ウマチューブでやってた宣伝で見たんすよね?」
「……ええ、そーですね。というかいい加減離れてください重いです」
「も~恥ずかしがっちゃって~……ところでさっき何か言いかけてなかったっすか?」
「何でもありません、ほらそろそろ先生が来ますよ?」
「っげ!そうっす!クラン~1限目の課題見せてくださいっす~!」
「……はぁ」
授業を終えたクランは一人練習に向かうウマ娘を横目にチームの部室に向かう。
前日にレースを行ったクランは今日は所属しているチームリギルの専用ルームでトレーナーである東条とレース内容の振り返りと反省会を行う予定だった。
「それじゃ、まずはレースについてだけど……クラウハーゼンの所感はどう?」
「はい……想定よりもバ群を抜けるのが難しく思うように走れませんでした」
「そうね……今回のレースでは追い込みとしてベストの位置取りを出来ず、後半で進路を塞がれた感じかしら?」
「はい、そのため大外までいかなければ思うようにコース取りが出来ませんでした」
「そう……とはいえ大外を走ってなお、あれだけのロングスパートを行えることがわかったのは今後のレースプランにとってはプラスね」
「……まだ、あの走りをものにできたという自信はありません、今後はそのあたりの練習を希望したいです」
「そう……わかったわ。まだクラシック入りしていないからあまり負荷はかけれないでしょうけど、やれる範囲で検討します」
「……わかりました」
「それにしても……少し意外ね」
「え?」
東条が手に持っていた資料をめくりながら何気なく呟いた言葉に首をかしげるクラン。
「てっきり前につける先行策にこだわるかと思っていたから……憧れてるんでしょ?」
「……何がですか?」
「貴女がメジロマックイーンに憧れているというのはよく聞くわよ?だから彼女が得意な先行策を取っていると思っていたのだけど……これから経験をしっかり積んでいけば、思考力と判断力のあるあなたなら前での勝負も十分可能になるでしょうね」
「あ、いえ……そういうわけでは……」
「そう?……まぁ、まだ決定ではないけれど今後は追い込みの練習もして、物に出来るようなら今後は追い込みのレースプランも考えることにしましょう。適正距離については中距離から長距離を視野に入れつつね……それでいいかしら?」
「はい、よろしくお願いします」
その後これからの練習プランや次の出走を予定しているホープフルステークスについての確認等を済ませて帰宅することとなった。
チームの練習の指導に向かう東条を見送って寮に帰ろうとしたところで、学校の入り口に佇む人影に気が付いた。
「何をしているのです、トーラ?」
「お、クラン!待ってたっすよ~」
そう言って近寄ってきたトーラは手をこすって随分と寒そうにしていた。
まだ雪こそ振っていないとはいえ季節はもう冬、いくらコートを着たりタイツを身に着けたりしたところで、やはり学園の制服では防寒性にはいささか心もとない。
一部の生徒の中にはまるで毛糸の塊のように防寒具を重ね着する生徒もいるのだが、トーラは身動きが取りづらいからとほとんど防寒具を身に着けていない。
「何してるんですか?というか寒いでしょ……先に帰ったはずでは?」
クランはトレーナーがレースに随伴しているため軽い調整だけですぐに帰るとトーラが昼休みに言っていたのを思い出していた。
それを聞いてトーラはえへへ~と笑って見せた。
「そんなのクランを待っていたに決まってるっすよ!」
「いえ、待っていたって……約束していたわけじゃないでしょう?」
「それはそれっす!それにクランも今日は反省会と打ち合わせだけで帰るって言ってたじゃないっすか?」
「それでも……いつ終わるかわからないでしょうに」
「まぁ、ちょ~っと寒かったっすけど……こうして会えたんだから問題無しっす!」
「はぁ……わかりました。ところで待っていたと言いましたが何か用事でも?」
「そうっす!これから一緒にカラオケどうっすか?」
「カラオケ……ですか?」
「そうっす!まぁ私がライブの練習をしたいってのもあるっすけど……クランならお世辞抜きでダメ出ししてくれそうっす!」
「どういう評価ですか……はぁ、いいですよ。私もライブの練習なら問題ないでしょうし」
「へへ、やりーっす!それじゃ早速行くっすよ!」
スキップでも始めそうなほど浮かれるトーラにやや呆れながらも連れだって歩きだすクラン。
「そういえば……最近よく練習していますが、トーラは歌うのが好きなのですか?」
「あぁ~……まぁ、歌うことはちっちゃい頃から好きでしたけど、今はそれだけじゃなくて……目標があるんすよ!」
「目標ですか?」
「そうっす!私はその人に少しでも近づく……ちか、ちかづ……けるかなぁ、自分みたいなガサツなウマ娘じゃやっぱ無理かなぁ……」
「ああもぅ、ネガティブは良いですから……それで?」
「あ~えっと……その、その人はレースに出てるウマ娘じゃないんすけどね……歌がすっごく上手くて、私にとっては憧れで……目指したい人なんすよ」
「へぇ……思えばトーラからそういう人が居るって聞いたのは初めてですね」
「クランはマックイーンさんが憧れなんすよね?」
「だから……別に憧れがないわけじゃありませんが、そういう対象ではありません。それで……その人に近づきたいから歌を練習しているのですか?」
「まぁ……それもあるっすけど、それ以外にも……いつか立派なウマ娘になったら、その人にお礼を言いたいんすよ」
「お礼……ですか?」
「はい!実は……私、トレセン学園に入る前は成績が悪くて……学校内でのレースとか、地区で行われてる模擬レースではいっつもビリっけつだったんすよ」
「トーラが……ですか?」
トーラは彼女たちの代では最も注目されているウマ娘の一人だ。
恵まれた体躯から生まれる力強いスパートと持久力、そしてデビュー戦から一貫して逃げの走りで勝ち続けている。
しかもそれは大逃げと呼ばれる走りで、あのサイレンススズカやメジロパーマーを相手にしてきた数々のトレーナーたちは頭を抱え、その脅威を知らなかった新人トレーナーたちを現在進行形で絶望の淵に叩き落している。
そんな彼女がトレセン学園に入る前は勝ちの一つも望めないウマ娘だったなんて、なんの冗談なのかと思うことだろう。
「ほら、低年齢だと基本的には先行くらいでしか走らせてもらえないじゃないっすか?自分はそこまで駆け引きとか得意じゃないっすから……いっつも頭を押さえられて、焦って走ってるうちにスタミナを削られて……だから、走るのを辞めようかって思った時があったんすよ」
「そうなんですか……それで?」
「それでまぁ……やけになって練習もやめて……でも、練習しかしてこなかったから何していいのかわからなくなって……そしたら、ウマチューブで見つけたんすよ……あの人を」
「ウマチューブで?」
「はい!それで、その人の配信を見るようになって……ある日、その人にお便り……みたいなので相談したんすよ、そしたらその人が答えてくれたんすよ!自分の胸に手を当てて……燻る物があるならそれを燃やしてみろって」
「燻る物……ですか?」
「そうっす!そう言われて……一生懸命考えたっす、自分はあんまり頭は良くなかったっすけど……それでもいっぱい考えて……やっぱり思いっきり走りたいって思ったんすよ」
「……それで、走ったんですか?」
「それはもう、めちゃくちゃの我武者羅に走ったっす!駆け引きも位置取りも無し!ゲートが開いたらわき目もふらずに全力で前に出たっす!そしたら……今まで見たことも無い景色が見えたんすよ」
「景色ですか?」
「遮るものが何もない一面のターフ、体全体に打ち付けてくる風……それが気持ちよくて、夢中で走って……気が付いたらゴールしてたっす」
「……そこから今の大逃げで走るようになったってことですか?」
「そうっす!まぁ学校にいた指導員からは脚が壊れるとか成長に影響が~とか言われたっすけど、見ての通り体の頑丈さだけが取り柄っすからね!最後には納得してもらって、逃げで走れる体づくりを教えてもらったっす」
「そうだったんですね……」
気が付けば普段から利用しているカラオケについていた二人は受付で手続きを済ませて部屋に入った。
「というわけで一日でも、一歩でも立派なウマ娘に近づくために今日もガンガン歌って練習するっす!」
「そう言うことなら厳しく採点させてもらいましょう……ところで、一ついいですか?」
「なんすか?」
「その憧れているという人は、どなたなのですか?」
「あぁ、そういえば言ってなかったっすね!その人はシルトマイヤーちゃんって言うんすけど」
「……ほぇ?」
トーラの言葉に思わず手に持っていたマイクを落としたクラン、大音響で鳴り響くハウリングにしばらく二人が身悶えしたのは言うまでもない事であった。
「はぁ……疲れました」
あれから動揺を何とか隠してトーラの歌を採点したり私も歌を歌ったり、ライブの曲をパート分けで歌ったりしたのだけど……さすが目指す相手が相手なだけにトーラも歌はうまかったですね……まぁ、お姉ちゃんほどではありませんがね!
ちなみにトーラは延長込みで歌い続けた結果、帰るころには疲れ果ててご飯を済ませてシャワーを浴びたらすぐに眠ってしまいました。
「それにしても……なんで皆さん勘違いするんでしょうか?」
部屋に置いてある数あるぱかプチ、その中からシルトマイヤーちゃんを取り出して抱えるようにして抱きしめる。
これは初めて出たグッズの中でも一番のお気に入りのぱかプチです、しかもクレーンに登場した初日にその時持っていたお小遣い全部をつぎ込んで手に入れた逸品ですからね!思い入れが違うのです。
「そりゃ……その、カモフラージュ用に他のぱかプチも置いてますが……むぅ」
本当は声を大にして言いたい。
その配達をしていた姉は今とっても可愛いウマチューバーになってますよと!
私が憧れているのは常に前を走り続けていた姉の背中なのだと!
というかトーラが憧れてるその人私の姉ですって!言いたい!切に言いたい!これでもかと自慢したい!
「とはいえ……さすがに身バレはNGですからね……気を付けねばなりません」
ある日知らない女性が訪ねてきたときは驚きましたが、まさかあのお姉ちゃんがバーチャルウマチューバーになるなんて思いもしませんでした。
お姉ちゃんは何事にも一生懸命な努力家で、特に歌に関しては私はお姉ちゃん以上の人がこの世に存在しないと確信しています。
とはいえ……学校の友達の話を聞いたことも無ければついぞお姉ちゃんの友達という存在をこの目で確認したことも無かったので……そんなお姉ちゃんがウマチューバー?え?……大丈夫なんですかそれ?と思ったものです。
とはいえ懇切丁寧に説明され、またお姉ちゃんが所属する会社の事も聞いて大丈夫だと思えた私は、素直に応援することにしました。
お父さんなんかはいまだにそれがどういう活動なのかわかってないみたいですけど、でも配信をたまにお母さんと一緒に見ているみたいです。
「はぁ……妹というのも大変です」
特に最近は学校でマイヤーちゃんの話題が出るたびに冷や冷やさせられますからね。
そりゃ人気が出て有名になるのはとても嬉しいし、話題が出るたびに尻尾がわさわさしてしまうくらいですが……。
特に今日は同室のトーラがまさかのマイヤーちゃんのファンであることが判明しましたからね……。
「今まで以上に気を付けて生活しなければいけませんね……はぁ」
とりあえず、今日はもう疲れました……お気に入りのマイヤーちゃんお歌リストを流しながら眠ることにしましょう。
思いついて書いてみた学園にいる妹ちゃんのお話でした。
お澄まし妹ちゃんは中身はお姉ちゃん大好きっ娘です、なお慌てると素がでるもよう。
レースの描写についてはご容赦を……実況で力任せに流してみましたが、やっぱり難しい、ていうか実況の喋りが難しい!こんど茂木さんの実況集とか見てみようかな……。
なお、本編では触れてませんが主人公ちゃんはウマ娘としては確かに「速くはありません」が「ただ速くないというだけ」です、才能のすべては歌うために「必要な力」に振り切られてます、つまり……。