ナイスネイチャ @Nice-NC
今日は久しぶりに古巣に顔を出してきたわ、皆元気で
キラキラしてて、アタシにはもう眩しすぎるわー
これからマイヤーちゃんの配信だし、元気を分けてもらおうかね
〇30 □76 ◇276
その日、アタシは一人で古巣であるチームカノープスの練習に顔を出していた。
本当はターボとタンホイザも来たがっていたんだけどさ、ターボが来月の大阪のレース、タンホイザは3週間後の中山のレースに出場するということもあり、二人には大人しくそれぞれ調整をするようにと言い含めてきたわ。
もっとも、ターボは最後まで行きたい行きたい!と駄々をこねていたんだけどね……。
「おぉ~!やっぱりG1を走るような娘達は皆キラキラしてるね~」
トゥインクルシリーズを引退して、その後はおふくろのお店でも手伝おうかと考えていたネイチャさんだったけど、ターボやタンホイザ、イクノ達からの説得もあってドリームトロフィーでもうしばらく走ることを決めていた。
まぁ?未だ勝敗数では大きく負けてるあの不屈の帝王様もいますし?今度こそは勝ちたいなぁ……なんて、トレセン学園に入ったばかりの頃には考えもしなかった想いを抱いていたりもするのだが……それを本人に言うと絶対「ネイチャ勝負だー!」って突っ込んできそうだから絶対言わないけどね。
「貴女も、そんなキラキラしたウマ娘の一人だったじゃないですか?」
「あらら、ネイチャさんはそこまでじゃないですよ~……久しぶり~トレーナーさん」
「ええ、お待ちしていましたよナイスネイチャさん」
トレーニングを眺めていたアタシに声をかけてきたのはカノープスのトレーナーである南坂さん、私のいた頃は「妥当スピカ!(ターボが字を間違えたんだけど、結局皆気に入ってそのままスローガンになってた)」を掲げていたのに、今じゃすっかりトレセン学園を代表する強豪チームの一つになるまで育て上げた名トレーナーだ。
もっともトレーニングの時以外何をしているのか未だに謎で一時期は「トレセン学園七不思議」にもなったくらい謎が多いトレーナーでもある。
「ターボさんやタンホイザさんはよく顔を出していますよ、ありがたい事です」
「あはは……アタシはレース以外にも休みの日はおふくろのお店の手伝いもあるからねー」
「ふふ、後輩たちも寂しがってますから、暇があったら顔を出してあげてください」
「おやおや、そんな寂しがりは~……お前たちかぁ!!」
背後にある用具室の陰からこっちを覗いていた数名のウマ娘の方を向くと「きゃー!」とか「わー!」とか言いながらグラウンドのほうに戻っていった。
「まったく、強豪とは思えない緩さは今も変わらないねぇ~」
「あはは……面目ない」
「……でも、なんだか久しぶりに帰ってきたって気がしたわ。トレーナーさん!」
「なんです?」
「久々に走るから、タイム計測よろしく!」
「……えぇ、任せてください。後輩たちにもいい刺激になるでしょう」
そう言ってほほ笑むトレーナーは、やっぱりちょっと何を考えているのか読めなかった。
その後は後輩たちとの併走や走り方のアドバイスを自分なりに行った後、一緒に食事をとか遊びにとかあれこれ引き留めにかかる後輩たちをぶっちぎって帰路に就いた。
「いやぁー慕われるのは嬉しいんだけどねぇ……今日は外せない用事があるんですよね~」
うきうきと家に帰るとルームシェアしているタンホイザはターボとトレーニングに出ているらしく、隣室でターボとルームシェアしているイクノから帰りは遅くなると伝言を受け取った。
ネイチャは荷物をベッドに投げていそいそとパソコンを立ち上げる、実家でおふくろが経理で使っていたお古のノートPCだが目的のためなら十分なスペックがある。
「ん~、いっそゲームもできるPCにすれば一緒に……いやいや、それはないか」
なんとなしな思い付きに苦笑いしつつ立ち上がりを待つ、時計を見れば時間は開始10分前。
「おっと、もうだいぶ待機してますねー」
お気に入りから指定したページに飛び、そこに表示されているアイコンをクリックすれば、自分と同じ目的で同じようにPCや携帯端末の前で待機している人たちがいた。
「え~っと……待機、間に合った……と」
自分もその列に加わったことをチャットに打ち込めば、同じように待っていた人たちから反応が返ってくる、こういうちょっとしたやり取りがあると一体感が感じられていいんですよね~。
「お、そろそろかな?」
『皆~こんまいや~。セカンドライフ3期生のシルトマイヤーです』
「こんまいやー!」
モニターに映った可愛いウマ娘の挨拶に私も返す、もちろんそれに反応なんてするわけがないのだけど、アタシはすることにしている……一度実家に帰った際は部屋でこっそり見てたのに、呼びに来たおふくろが急に部屋に入ってきて……見られたときはめっちゃくちゃ変な目で見られたわ。
「いやぁ……やっぱりマイヤーちゃんはキラキラしてて可愛いなぁ」
でへへ、とあまり人様に見せられないような顔で笑うけどここは自室だから問題ない。
『今日は雑談枠ということで、近々あるドリームトロフィーリーグの予選レースについて皆とお話ししていくよ!』
マイヤーちゃんの発言で一気にコメントが加速する、それを慣れた様子で眺めながら適度にコメントを拾っては返す様子に、随分と様になったなぁなんてちょっと後方腕組気分。
思えばアタシが初めて彼女を見たときは、流れるコメントの量も今よりもずっと少なかったけど、流れてくるコメントに右往左往してたっけ……。
当時の、トレセン学園に入ったばかりのアタシは、ありていに言えばあまり褒められたウマ娘ではなかった。
選抜レースに出てもよくて3着、まるで3着を取り続ける呪いかなんかがあるのかと、一時期本気で考えて神社やご利益のあるパワースポットを巡るくらいには軽いノイローゼになっていた。
周りでは誰が勝っただの、誰がチームに入っただの、そんな話題ばっかり。
もちろんそれが正常で当たり前、アタシみたいに勝手に僻んで落ち込む方がどうかしてる……そう思っても、耳も尻尾も立ち上がる元気が私には無かった。
「あぁ~ぁ……まぁ、所詮この辺りがネイチャさんの限界なんですかねー……」
なんとなく周りと話も合わなくなって、自然と一人になる時間が増えていったアタシはただ漫然とトレーニングと選抜レースを繰り返す毎日を送っていた。友人付き合いは途絶えることはなかったけれど、でもどこか空虚な感じがしていた。
そのうち地元や近所の商店街の人たちからの応援にも答えづらくなって、最近じゃ避けてばっかり。
このままで良いのかという諦めたくない思いと、このくらいが分相応なんだと諦める思いでアタシの心がギシギシと音を立てて歪んでいく。
そんな心から目をそらし、耳をふさいでアタシは所詮こんなものだったんだ~……って逃げるばかりの毎日。
いっそどうにでもなれと思って、初めて学校までサボって近くの土手でぼんやりとしていたある日、なんと気なしにウマホでウマチューブを開いたその瞬間。
ただの偶然に過ぎないのだろう、でも……それでもやっぱりこういうのが運命なのだと、アタシは思う。
「ばーちゃる……うまむすめ?」
聞き覚えのない単語、サムネールには見覚えのないウマ娘の女の子……そりゃそうか、その女の子は作り物の絵なんだから。
普段だったらきっと笑って見ずに終わるだけ、それよりももっと面白いチャンネルの配信がいっぱいあるし、興味がある動画だってたくさんある。
でも、その時アタシはなにも考えずにその配信を見に行った……別に何かあった訳じゃない、本当にただの気まぐれだった。
『あーあー……あ、配信乗ってる?えっと……こ、こんにちは!あ、いゃ……は、はじめまして~』
どうやらこの配信が初めての配信らしく、画面では挙動不審気味な女の子が喋っていた。
『きょ、今日から……セカンドライフの3期生としてデビューしましゅ……ッス―――しま、す……シルトマイヤーと言います』
喋りはボロボロ、目線も定まっていないようであっちを見たりこっちを見たり。バーチャルウマチューバーを知らないアタシでも苦笑いを浮かべてしまうくらいその配信は酷かった。
『わ、私は、その……えっと、こ……これから、レースにいっぱい出るためにトレーニングしてるんですけど、やっぱりファンとの交流も大事かなぁ……なんて、思ってですね』
しどろもどろになりながらも自己紹介する彼女に、コメントで色々な人がアドバイスを送ったり、茶々を入れたりしている。
『……ふぇ?ウマ娘のフリが痛々しい……?違うもん!私ウマ娘だもん!み、耳だってほら!動くんですから!』
「……ちょっと、ふふ……必死すぎでしょ」
必死に否定しようと耳をピコピコと動かして見せる姿が滑稽で思わず笑ってしまった。コメントも数は少ないけどその反応を面白がってさらに茶化す。
『もー!本当にウマ娘なんです!ちょっとまってて!』
そう言うとなにやらごそごそと何かを動かす音がしたと思ったら突然画面が真っ暗になって、次に映ったのはどこかのオフィスの様な場所、それとドアップになったウマ娘の頭部。
『ほら、見てください!立派なウマ娘の耳でしょ!?』
そして先ほどから喋っていた少女の声が聞こえてきた……って、この娘何してるの!?
『ふふーん、これでわかったでしょ?私がウマ娘だって……あれ、マネージャーさん?え、あの……あ』
そこでやっと自分がしたことを理解したのか慌ててカメラから姿を消し、それと同時に画面が静止画になり音声も途切れた。
それから5分くらい時間が経過してまた画面が先ほどの少女が映る画面に戻った。
『え~……ッス―――え~、先ほどは、その……取り乱してしまい大変申し訳ございませんでした』
この5分で何があったのかは判らないけど、声からでも耳としっぽが萎れているのが感じられる様子に、コメントの方もさすがに悪乗りが過ぎたと謝りだす始末。
その後は終始静かなまま予定されていた時間になったことで配信が終了した。
「あはは、もう……可笑しい……はぁ」
結局最後まで配信を見ていたアタシは彼女のチャンネルの登録とウマッターのフォローを済ませた。
あれだけ色あせて見えていた世界が、ほんの少しだけ色づいて見えた気がした。
それからの日常は、今までと変わらないトレーニングと選抜レースの日々だったけど、その中に少しだけ違う時間が増えるようになった。
どんなにトレーニングが辛くても、レース結果が芳しくなくても、不思議とマイヤーちゃんの配信を見るだけで元気が湧いてきた。
まぁある日のゲームの実況配信で、最近発売されたアタシ達ウマ娘のぱかプチがカートに乗ってレースをするゲームをやった時があったんだけどさ。
その時使うキャラにナイスネイチャが選ばれた時は嬉しいやら恥ずかしいやらで思わず布団の中で悶えちゃって、あとでマーベラスに何かあったのかと珍しくまともに心配された時は大変だったけどね。
「ネイチャ、なんか最近いいことあった?」
「……どしたのテイオー?」
お昼ご飯を食べながらウマホでマイヤーちゃんのウマッターを眺めていると、向かい側の席にテイオーがお昼ご飯をもって座ってきた。
「なーんか怪しい」
「えー?別に、なにも無いって」
「最近よくウマホ見てる」
「そりゃウマホくらい見るでしょ?」
「むぅ……それになんか楽しそう」
「なに?日々つまらなそうにしてるよりいいでしょ?」
「そりゃそーだけどぉ……」
「変なテイオー」
何となくテイオーに知られるのが嫌でアタシはさっさとご飯を食べて教室に戻った。
その後教官からのトレーニングメニューをこなして急いで寮に戻ったアタシは同室のマーベラスに気を使ってイヤホンをつけてマイヤーちゃんの配信を見る。
その頃には配信でコメントを打つようになっていたアタシはいつも通りコメントで挨拶した。
『あ、万年3着さんこんばんは~、また配信に来てくれてありがとう』
早速コメントを読まれて思わず顔がにやける、それをクッションで隠しながら配信を見続けた。
その日はマシュマロっていう匿名でお便りを送れるツールを利用した配信で、アタシのような視聴者(この配信では教官役って呼ばれてる)が送ってくれたお便りを読み上げる配信だった。
『それじゃ次のマシュマロ、<最近ご飯が美味しくね? それな> 勝手に一人で完結しないでくれない?』
「っぷ、くく……」
『次……<最近クソマロ代筆の相場が低いです、何とかしてください> 知らんがな、しかも代筆なの?』
「ふふ……そりゃ知らないわ」
『次……<カラス 何故なくの それは鳥という生体において命題というもので> 長い長いあと興味ないし』
「あはは……」
『は~もう……君らクソマロ送り過ぎでしょ?知ってる?同期の中で私のマシュマロ数ダントツなんだよ?』
「流石だねぇ」
『あぁ~……もう、次で最後にします。ランダムピックの最後は……あぁ』
そこで軽快にマシュマロを捌いていたマイヤーちゃんの手が止まった。
『ん~、まぁ……出ちゃったし、この機会にいいか』
そう言って画面に張り出されたマシュマロを見て、アタシは背筋がっすぅっと寒くなるのを感じた。
『最近多いんだよね、こういうの……私がウマ娘だからかな……』
画面に表示されたのは短い文章。
『まぁその……せっかくの機会だし今後こういうのが増えないために一度しっかりとお答えしておきますね、申し訳ないけど次同じようなものが来ても取り上げないと思うから、ごめんね?』
「……」
『それで、そう……ウマ娘にとってレースってさ、やっぱ憧れじゃない?走る皆がキラキラしててさ』
そうだね、皆主人公みたいにキラキラ輝いてて……アタシも子供の頃におふくろにレース場につれていってもらってたっけ。
『だからさ、私もトレセン学園を受験したんだけど、見事に不合格で……一緒に受験していた人たちを見てさ、身の程を知ったって言うかさ』
うん、そうだよ……アタシの周りも凄い娘ばっかりだ、アタシみたいなモブと違ってキラキラ輝く……主人公がたくさんいる。
『だからさ……その、そう言う風に思っちゃうのもわかるんだ。どうしたって周りがすごく見える事って一杯あると思うし』
そうなのかな……今アタシが思ってること……他の誰かも感じてるのかな?
『う~ん……そのね、だったら辞めればって話になるかもだけどさ……そう言うときはちょっと、自分の胸に手を当ててみてほしいんだ』
胸に、手を?
『そして、じっと自分の心の中を覗いてみてさ……探してみてほしい』
探す……何を?
『もしそこに、燻る何かが……レースに勝ちたいでも良い、誰かに勝ちたいでも良い、三冠でもレコードでもなんでも……もし、それがあるのなら……それを全力で燃やしてみなよ』
燻る何か……そんなもの、アタシになんて。
『中学の頃の私には、もうそんな燻る何かも無かったからさ……全部がどうでもよくなって斜に構えて……所詮私はこの程度だったんだぁって勝手に限界決めつけて……必死に応援してくれた家族の事も見ないようにして』
どうでも……いい……本当に、そうなのかな?アタシは……地元や商店街の皆を……テイオーやクラスの皆も……。
『そうだね……あぁ……そっか、私……悔しかったんだ。レース結果じゃなくて……そうやって勝手に決めつけて諦める自分にも、斜に構えて見ないフリする自分にも……』
悔しい……あぁ、そうだね。悔しいよ……アタシも悔しい。
『家族の応援にも答えられない自分が何より悔しくて、惨めで……そして怖かったんだと思う、いつか応援してくれてる家族の皆が私に失望するんじゃないのかって……そう思っちゃったから、足が前に出なくなっちゃったんだと思うんだ』
わかるよ、その怖さ……みっともないとか似合わないとか、勝手に自分を蔑んで予防線はって……小さな子供みたいに縮こまってさ。
今のアタシに絶望したくなかったし、応援してくれた皆に失望してほしくなくて……。
『だからさ、その……私が言えた義理じゃないかもだけど、このマシュマロをくれた誰かも一度ちゃんと考えてみてほしいんだ。自分の心のなかに何があるのかを、後悔する前に』
アタシの心にあるもの……アタシの気持ち、アタシの理由。
『…………って、あぁもう!私なに一人で語ってるの!?もう恥ずかしいなぁ……まぁほら!ドロップアウトした私だけどさ、こうしてバーチャルウマ娘として皆の前に立ってるし、まだ始まったばっかりだけど……こうして皆と一緒の時間を楽しめてる。今を選んだ自分に後悔なんてしてないよ……だって皆の応援が今の私の心にある頑張る理由なんだから!!……ってまた恥ずかしい事言っちゃってるぅ!?』
「ふ、ふふ……あはは」
気がつけばアタシは笑っていた、その声に同室のマーベラスがこちらを見る。
「あれ、どーしたのネイチャ?」
「え?」
「泣きながら笑うなんてきよーだねっ☆」
「え、あ……」
「なになに?そんなに泣ける動画でもあった?あれ?でも笑ってるし……んぅ~~なんかわかんないけど、それはきっととってもマーベラスなんだねっ☆」
「……あはは、もう……マーベラスったら……」
恥ずかしくなってうつむいて涙をぬぐう、そういえばこんな風に泣いたのいつ以来かな……?
そうだ、アタシは悔しくて……怖かったんだ。勝てない自分に絶望したくなかった、そんな自分を応援し続けてくれる皆に失望されたくなかった。
心を守るために斜に構えて勝手に限界決めつけて、諦めてたアタシをそれでも見限らずに居てくれたテイオーやマーベラス、クラスの皆に答えられない自分が何よりも悔しくて……それを知られるのが怖かったんだ。
「……ふふ、でもよかった!」
「え?」
マーベラスの声に顔を上げるとどこかホッとした顔のマーベラス。
「最近のネイチャは楽しそうだけど、どこか元気の無い目をしてたよ……でも、今のネイチャは私が出会った頃のネイチャとおんなじ目をしてる、それってきっとすっごくマーベラス☆★」
「……っぷ、あはは!もう……だから、それじゃ意味がよくわからないって」
「えー?マーベラス★マーーーベラァス☆★」
「いやいや、ほんと……マジで意味わかんないですわー、あは……あはは!」
アタシの胸に燻るなにか、アタシが走る理由。まだ立ち直ったなんていえないけれど、マイヤーちゃんの言葉で今の自分ときちんと向き合えたような気がした。
それからのアタシはたぶん他の人たちから見ても今までと違って見えたかもれない。
アタシ自身世界が違って見えるし、今まで散々走って知っていたはずのターフがずっと広く感じられる。
我ながら現金なもんだと呆れるけれど、今のアタシにそんな暇なんて無いし許されない。
散々周りの期待から斜に構えて目を背けてきたんだから、これからはちゃんと胸を張って答えられるようになりたい。
地元や商店街のおっちゃんおばちゃん達、マーベラスやクラスの皆、それに……。
「最近良い感じだねーネイチャ!」
グラウンドでトレーニング前のストレッチをしているとテイオーが近づいてきた。
「そう?」
「うん、タイムも良くなってきたからスカウトも注目し始めてるってトレーナーが言ってたよ?」
「そっか……てか、テイオーってトレーナーいたっけ?」
「んーん、いないよ?最近よく話してるトレーナーさんが言ってた」
「いやいや……どういう状況よ?」
「まーまー、それよりトレーニング前のアップ一緒にやろうよ!」
「はいはい…………ねえ、テイオー」
「んーなに?」
「……ありがと」
「んぇ?どういう事?ボク何かしたっけ?」
「……ふふ、なんでもないよ、ただ言ってみただけ!ほらさっさと行くよ!」
「あ、待ってよネイチャ!もぅ……変なネイチャ」
とまぁ、そんな前向きになれたアタシだったけどその後の結果はお察しの通りで……選抜レースに出ても3着に入るのが関の山、やっぱしなんか呪いか何かがあるのかね?もしくは運命みたいな?
それでも拾う神もなんとやら、どういうわけかアタシをスカウトしたいだなんて言う稀有な物好きが現れたわけで……その後みっちり積んだトレーニングの成果も結局3位で担当である南坂トレーナーと一緒に悔しがって。
そんなアタシたちがチームを立ち上げるって話しになって、あれこれ勧誘したりポスター作ったり……最初はうまく行かなかったし、体験で入ってくれた娘も結局別のチームに入っちゃったりして。
でも、そのうちアタシも結果を出せるようになって……気がつけばマチカネタンホイザがチーム部屋に居座ってそのままチームに入ったり、トレーナーに確認もとらずにターボが勝手にチームに入ったりでさ……あれ、まともにチームに入ったのってイクノだけなんじゃ……?
賑やかな毎日だったトゥインクルシリーズを終えて、もういいかと実家に帰ろうとしていたアタシをターボが泣きながらしがみついて止めるし、タンホイザとイクノも珍しく萎れてる始末だし、しまいにはチームに入ってきた後輩連中まで説得に現れるもんだから……さすがのネイチャさんもこれには降参だったわ。
そうして今はトレセン学園に在籍したままドリームトロフィーリーグに参加して、新しく入学する後輩たちのために寮を出たら何故か一緒にくっついて来た3人とあれこれ物件を探して、これまた何故だか颯爽と現れた南坂さんの薦めで見つけたマンションにルームシェアしながら住んでいるわけで。
アタシは別に一人でもよかったんだけど、まぁ……寮も二人部屋でしたし?ターボとかが寂しがるかなぁとか……レースに関しては万全なのに私生活が意外とズボラなイクノも心配だし、てかタンホイザなんて気がつけばなにかしらぶつかって鼻血出してるし……。
『なので、次の予選レースで大注目はやっぱりツインターボさんだね!今回は参加を見送ったナイスネイチャさんとイクノディクタスさんは残念だったけど、マチカネタンホイザさんのレースも注目度高いですよ皆さん!』
「いやぁ……ほんとよく見てるねぇ。アタシらなんて注目度低いでしょうに」
とはいえ、推しに注目されているというのも悪い気分はしないもので、配信を見終わったアタシは気分上々に軽く走るかと棚から最近買ったランニング用のシューズを取り出した。白と若草色のランニングシューズは有名なメーカーの品のわりにはお値段リーズナブルな新商品。
……別に、推しが買っていたから自分も買ったとかそういうわけじゃない、決してない……でもこれがお店にあった最後の1足だったのはまぁ……うん。
合鍵はタンホイザが持ってるはずだからとしっかり施錠して家を出ると、ちょうど隣のイクノもトレーニングウェア姿で出てくるとこだった。
「あれ、イクノ?」
「おや、ネイチャもトレーニングですか?」
「ん~まぁね。イクノも?」
「はい、昨年の調整不足を踏まえ、今年は1年じっくりと構えるつもりですので」
「あはは、それでも入着してるんだからたいしたもんだけどね……それじゃ軽く走ろっか」
「はい」
二人でマンションを出る、思えばこのマンションも中々絶妙な立地だなぁ……駅にはほどほどの近さで周りにはウマ娘御用達の業務用スーパーと大きな商店街があるし、軽く運動するなら外周がジョギングコースになってる公園があるし、なんならジムや坂路代わりにできそうなトレッキングのコースまであるなど至れり尽くせりだ。
唯一の難点でいえばトレセン学園がかなり遠いってところかな?いやウマ娘の足なら……いやいや無理だわ、こんな距離走るのなんてステイヤーかスズカさんくらいだわ。
まぁそんな立地だからこのあたりにトレセン学園生は住んでなくて見かけるのはそれ以外の一般ウマ娘くらい、そういえば……最近たまに見かけるウマ娘がアタシと同じランニングシューズ履いてたな……あの娘も教官役かなぁ?
「どうしました、ネイチャ?」
「あ、いや……あはは、なんでもないよ」
「そうですか、では公園まで軽く流しましょう」
「おっけー」
そう答えて走り出した私たちの後ろで、同じ白と若草色のシューズを履いた少女が自転車に乗った女性に追いたてられながら慌てて逆方向に走ってった。
白と若草色のシューズの少女、いったい何マイヤーちゃんなんだ!?
<ナイスネイチャのヒミツ>
実はシルトマイヤーの古参教官役で、メンバーシップでは最古参の名誉教官でもある。