その娘はバーチャルウマ娘でした   作:もにゃし

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  シルトマイヤー<セカライ3期生> @shiltMeyer

   いっぱいトレーニングした後はいっぱいご飯を食べて元気充填です!
   それにしても、ヒトが食べてるご飯ってなんであんなに
   美味しそうに見えるんでしょう……?

    〇123  □82  ◇1098





#07

 

 ライバーたるもの体が資本です、そしてその体をしっかりと鍛えていかなる配信でも案件でも万全に対応するために維持するのも立派な仕事です。

 そんなわけで今日はボイストレーニングを受けに事務所のレッスンルームまで来ています。

 まだ3Dのアバターを持っていないので先輩たちのようにダンストレーニングなどはしていませんが、歌動画を出しているのでボイストレーニングを定期的に2~3日の期間で受けています。

 

「あ~♪あ~♪あぁ~♪」

 

「……うん、さすが筋がいいわね」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 一応ウマ娘として恥ずかしくないくらいにはライブの練習とかもしていましたからね、一人暮らしを始める前は妹と一緒に録画のライブ映像を見たり、庭で妹と一緒にマネをしたり……。

 お母さんとお父さんを観客に見立てて二人で歌った事もありました、まだ私が競技シーンを目指していたころですけど。

 

「マイヤーさんは歌も上手いし、他のトレーナーも気になってるのよ?」

 

「え、そうなんですか?」

 

「ええ、教えたことは素直に吸収してくれるし教え甲斐がありそうだって」

 

「あ、あはは……」

 

 なんだか凄いことになってますね……でも、昔から頑張ってきたことでこうして評価されると嬉しいものですね。

 

「声も綺麗だし発声も素直で伸びがあって……まさに歌うために生まれた喉をもってるわ、羨ましい限りね……ほんと、ウマ娘ってすごいわ」

 

「あ、はは……どうなんでしょうね?」

 

 ウマ娘として……私は本当に凄いんでしょうか?そりゃヒトと比べれば私は足も速いし歌も踊りも上手いかもしれませんけど……トレセン学園に通うようなウマ娘なら、私なんかよりももっと上手に出来るんじゃ……。

 

「もって生まれたものは変える事も捨てる事も出来ない物よ?ヒトもウマ娘もそう、それを活かすも殺すも自分次第……マイヤーさんは自分の良さをちゃんと伸ばせているわ、自信を持ちなさい」

 

「は、はい!」

 

「はぁ……マイヤーさんみたいな素直さが他の子にもあればいいのだけど……それじゃ今日はこれくらいにしましょうか。喉のケアは忘れないようにね?」

 

「は、はい!ありがとうございました」

 

「そういえばマイヤーさんは近々新しいボイスの収録ね、がんばって」

 

「はい、頑張ります!」

 

 片付けと掃除をするトレーナーさんに見送られて私も更衣室で着替えて事務所を出ました。

 今日はボイトレ以外に用事もないので、このまま家に帰ってもいいのですが……。

 

「……お腹、すきましたね」

 

 いっぱい声も出しましたし、それ以外にも声を出すのに必要な筋力のトレーニングなどもしましたからね。

 時間もお昼時を少し過ぎたところ、お家に帰ってご飯も良いですがこの空腹を我慢して帰るのもちょっと……なので、今日は近場でご飯を食べて帰りましょう。

 そう決めた私は早速事務所の最寄りの駅前まで来ました。

 この駅前はほどほどの飲食店が軒を連ねていて、商店街というにはやや物足りなくかといって住宅街と言えるほどでもない雰囲気がかえってホッとします。

 その中にある小料理屋が今回の目的地です。

 小料理屋あずささん、このお店は私以外にもセカンドライフのライバー達やクルセラの社員さん達御用達のお店で、お昼はボリューム満点!栄養満点!それでいてお値段手ごろ~な定食メニューがずらりと並び、夜は美味しいお酒とおつまみが疲れた社会人を癒す憩いの場なのです。

 そして女将さんは美人で気立ての良いウマ娘さんで近所では中々評判のお店です。

 聞いた話ではうちの社長さんとは長い付き合いなんだとか……どういうご関係なんでしょうね?

 

「こんにちは~」

 

「あらぁ~いらっしゃ~い」

 

 ゆったりと間延びした挨拶に和みながらカウンターの一番奥の席に座ります、こういう時って無性にお店の奥の席にひっそりと座りたくなりません?

 時間がお昼時を少し過ぎただけとはいえ今日は休日ということでお店に他のお客さんはいませんね、今だけはお店と女将さんを独り占めです!

 

「今日はどうしますかぁ~?」

 

「えっと……ん~」

 

 このお店のランチメニューはかなり豊富でお肉・お魚だけじゃなく野菜中心のメニューもありますし、ご飯も麺物のある充実ぶりです、むむむ……いつもの事ながら悩みますねぇ

 置いてあるメニューを見ながらあーでもない、こーでもないと悩んでいるとお店の扉がガラリと開きました。

 

「女将さーん、また来たで!」

 

「こんにちは」

 

「あらぁ、タマモちゃんにオグリちゃんもいらっしゃ~い」

 

「……ふへ?」

 

 女将さんからの思いもよらない言葉に顔を上げると、なんとそこにいるのはレジェンドウマ娘さんであるオグリキャップさんとタマモクロスさんじゃないですか!?なななななんで!?

 

「いやぁオグリに美味い店があるいうて連れてこられてからすっかり女将さんの味にハマってもーたわ!」

 

「うむ、ここのご飯はすごく美味しい。毎日食べたいくらいだからぜひ学園のカフェに来てもらいたいくらいだ」

 

「あらあら、ありがとうねぇ~?でもぉ、私はお店が有るからぁ~」

 

「せやでオグリ?あんま無理言ったらあかん!それに女将さんとこのお店があってこそ美味しくなるんやろうが」

 

「うむ、すまない……女将さん、今日も美味しい料理を楽しませてもらうよ」

 

「うふふ、それじゃぁ腕によりをかけて作るわねぇ~。そういえばクリークちゃんは今日は一緒じゃないのぉ?」

 

「あぁ、クリークの奴は再来週のレースに向けて追い込み中やからな、今日はお留守番や」

 

「あらあら、それじゃ今度応援にいかなきゃねぇ~」

 

「うん、そうしてくれるとクリークも喜ぶ」

 

「それじゃ、注文が決まったら呼んでねぇ~?」

 

 席に着いたお二人は早速メニュー片手にあれでもないこれでもないと言っていますが……まさかオグリさんもこのお店の常連さんなんですか?タマモさんも?え?この感じだとクリークさんもいらっしゃるんです!?え……?

 

「茉莉ちゃんは決まったかしら?」

 

「……っは!?ももも、もう少し……」

 

「うふふ、落ち着いて決まったら声をかけてねぇ~?」

 

「は、はいぃ……」

 

 ダメですダメです!今日は私もご飯を食べに来たんですから、レジェンドなお二人に気を取られている場合ではありません!

 ランチメニューの書いてあるお品書きを手に取ってっと……むむむ、今日の日替わりランチはサバの味噌煮定食ですか……むぅ、美味しいですが今の空腹にはもっとがっつりといきたいですね。

 

「女将さーん!うちは日替わりに野菜の煮っ転がし、あと~メンチカツ一つや!」

 

「ふむ……私はかつ丼セットをギガ盛で」

 

「おいオグリ、自分も来月のドリームトロフィーの予選に出るんやろ?大丈夫なんか……そんなに食べて?」

 

「む?これくらい大丈夫だ……ちゃんと調整している」

 

「ほんまかぁ?予選当日になって太り気味で調子が出ませんでした~なんて言い訳は聞かんで?」

 

「っふ、そうならないようトレーニングはしっかりするつもりさ、タマこそ栄養不足でスパートできなかったなんて言うんじゃないぞ?」

 

「あほか、どんだけ昔の話しとるんや……まったく、女将さん!こっちご飯だけギガ盛りでいっちょ頼むわ!」

 

 お、お二人ともギガ……メガ盛のさらに上のギガ盛ですか……うぅ、さすがの私でもギガ盛はむりぃ……っは!?いけませんいけません、またあっちに気が……えっと、ランチセット……それとも単品詰め合わせ……ううむ、よし!

 

「あ、あの」

 

「は~い?」

 

「えっと、唐揚げ定食でお野菜たっぷりお味噌汁に変更でお願いします」

 

「はい、では少々お待ちくださ~い」

 

 無事に注文は済みました、女将さんの料理はどれもお勧めですがその中でも唐揚げも絶品です。

 丁寧に二度揚げされた唐揚げは外はカリカリ中はジューシー!噛めば零れ落ちそうなくらいの肉汁があふれ出る素晴らしい出来栄えなんですよ!

 女将さん秘伝のタレに付け込まれたお肉は中までしっかり味がしみ込んでいて何個食べても飽きないですし……あぁ、もうよだれが止まりましぇん!

 カウンターの向こう側ではタマモさんとオグリさんのご飯が調理されていますね……あ、メンチカツ美味しそう……うぅ、やっぱりサバ味噌も鉄板ですよねぇ!あの香り、そしてじっくり煮込まれてるのが見ただけでわかる照り!うぅ……他の人のご飯ってどうしてあんなに美味しそうに見えるんでしょう?

 

「は~い、日替わりランチご飯ギガ盛りとメンチカツに煮っ転がし、それと……よいしょ」

 

 どどん!とオグリさんの前に置かれたメガ盛のかつ丼セット……いやいや多すぎですって!?

 すでにかつ丼が丼じゃない!?真っ白な山盛りご飯におせちとかが入ってそうなお重にぎっしりと詰まったカツとじ煮ってどういうことなんです!?

 あとセットメニューのうどん……もうおわんとかそういうのじゃなくて土鍋って……えぇ?

 

「もぐもぐ……あんなオグリ……ほんまに大丈夫なんか?」

 

「む?これくらいは大丈夫だ」

 

「あ、そう……ん?どうしたんや姉ちゃん?」

 

「はひ!?」

 

「ん、どうかしたかタマ?」

 

「いやな、そっちの姉ちゃんがこっちをじ~っと……あぁ」

 

 そこで何かに納得したように腕を組んで頷くタマモさん、なんかすっごいドヤ顔なんですが……ほっぺたにご飯粒ついてますよ?

 

「あれやろ?オグリの飯の量に驚いたんやろ?わかるでわかるでぇ~……普段見慣れてるウチでも呆れる量やからなぁ」

 

「そうだろうか?タマも同じくらいご飯の量はあるだろ」

 

「ウチはご飯だけや!ええかげん自覚せえよ、ほんま……堪忍な姉ちゃん!ウチらの事は気にせんと旨い飯食ってってくれや!」

 

「そうだな、ここのご飯はどれも美味しいからな。女将さんご飯おかわりだ」

 

「せやろせやろ……ってもう食ったんか!?」

 

 嘘でしょ?タマモさんが喋ってる間にいつの間にかお茶碗山盛りだったご飯がなくなってる。

 

「あらあらぁ~今日は一段と食べるわねぇ……おひつで持ってきた方がいいかしらぁ?」

 

「女将さんもオグリを甘やかしたらあかんって……」

 

 さ、さすがはレジェンド級のウマ娘であるオグリキャップさんです……わ、私じゃあんなに食べられません!きっとその丈夫な胃袋が強靭な肉体を作り上げているんですね……!

 

「はい、茉莉ちゃん。唐揚げ定食よぉ~」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 お二人の食事にあっけに取られているうちに私のご飯も出来上がったみたいですね。

 からっとこんがりきつね色に揚がった唐揚げ、薄い衣に閉じ込められた鶏肉から漂う芳醇な香り!もうこれだけでご飯食べられちゃいそうです。

 さっそく一口……カリッとした歯ごたえに柔らかく仕上げられたお肉!噛めば零れ落ちそうな肉汁とつけダレの旨味!

 

「んぅ!……ほふ、あふっほふ!」

 

 これはもう白いご飯がもりもり進んじゃう奴ぅ!箸休めには職人技で細く切りそろえられた千切りキャベツ、シャキシャキでありながらどこかふんわりと仕上げられていて次の唐揚げを食べる前に口の中をリセットしてくれます。

 

「ずず……むふぅ」

 

 お野菜たっぷりお味噌汁はその名前に恥じることのないくらい具沢山なお味噌汁です。

 人参に白菜大根それにごぼうやレンコン小松菜とお野菜一杯具だくさんで、ちょっぴり濃い目の赤味噌の汁に野菜の旨味が溶けだして、もうこれだけでもご飯が食べられちゃうくらい美味しいんですよ!

 

「はむ……ずずずぅ……ほふぅ」

 

 小鉢に入ったお漬物を挟みつつ次の唐揚げは味変タイムですね!まずはキャベツと一緒にお皿に添えられたマヨネーズ、禁断のマヨトリですよ~……うん、マヨネーズのコクがさらに唐揚げを美味しくしつつも酸味がそれを脇から支えて……はぁ、美味しいですぅ~。

 そして、もう一つはレモン!古今東西ありとあらゆる場で議論される唐揚げにレモンかけてもいいですか?問題ですが、私はまったく新しい回答があるんです!

 まずは小皿にレモンを絞り、そこにたっぷりと黒コショウを入れるんですよ!唐揚げをそこにちょちょっとつけて食べる!

 

「……んふぅ」

 

 香ばしい唐揚げとレモンのさわやかな酸味、そして黒コショウのぴりっとした刺激が合わさってもうたまりません!ご飯がもりもりと進んじゃいます!

 さらにマヨネーズを付けた唐揚げに七味唐辛子をちょちょっと……マヨ七味唐揚げとかもう最高です、世界で初めてマヨネーズと七味を合わせる事を考えた方に私は感謝します、これは美味しいです!

 

「あ、女将さん!こっちご飯のおかわりと~あと焼きそば一つや!」

 

「それとカレーライスを頼む」

 

「まだ食うんか!?」

 

「タマもだろう?それとギガ盛で頼む」

 

「は~い、ご飯のおかわりと焼きそば、カレーライスギガ盛りねぇ~?タマモちゃんもギガ盛かしら?」

 

「いや、ウチはさすがに普通でええわ……」

 

 凄い……オグリさんほどじゃないけどタマモさんも日替わりメガ盛をぺろりと平らげたのにご飯と焼きそばを頼むなんて……あれ、主食と主食じゃないんですかそれ?

 

「はい、焼きそばお待ちどう様ぁ。タマモちゃんは濃い目の味付けがよかったわよねぇ~?」

 

「おう!女将さんの焼きそばはほんまに美味いからなぁ!これをこう……ご飯にのせて~一緒にかっこむ!……ん~んまい!いくらでも飯が入ってまうわ!やっぱ〆はこれに限るで!」

 

「うふふ、本場の人に喜んでもらえて嬉しいわぁ」

 

「この味は大阪のおばちゃんでもそうそうでーへん味や!女将さんはほんまに料理が上手いで!」

 

「うむ、この味は見事なものだな」

 

「せやろせやろ~……ってオグリ!?ウチの焼きそば食うなや!!」

 

 はへぇ~焼きそばをおかずに……そういえば関西の人は焼きそばやお好み焼き、たこ焼きもおかずだって言っていた気がしますし、考えても見れば焼きそばパンも主食と主食ですね……ううむ、あれも美味しそうです……。

 

「んうぅぅ……女将さん!」

 

「は~い、どうしたの茉莉ちゃん?」

 

「えっとやき……う……あ、うぅ……小ライスとハムカツください」

 

「は~い」

 

 危ない危ない……思わず私も焼きそばを頼むところでした、さすがに一人前を食べる余裕は私にはありませんからね!お残しは許されないのです。

 女将さんに注文してお味噌汁でほっと一息ついた私はさて残りを……と考えた時にふと気が付きました。

 あれ、私追加注文しちゃったけど……焼きそばとかそういう以前に食べ過ぎでは?

 脳裏ににこやかに笑顔を浮かべながらも目だけが笑っていないマネさんの顔が浮かびました……あわわ、ち……違うんですマネさん!ほら、美味しそうに誰かが食べてるのを見るとついつい食べちゃうって事あるじゃないですかぁ!?

 

「はい、ハムカツとご飯のおかわりよ~」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 受け取ったお皿を目の前に……うん、こんなに美味しそうな物を食べないなんておかしいですよね?うんうん大丈夫大丈夫、今日はいっぱいトレーニングしましたから結果プラマイゼロですカロリーゼロなんです。

 さて、出てきたハムカツは薄くて衣がしっかりとついた昔馴染みというやつらしいです。こういうのは遠慮がちじゃなくどばっとソースをかけてかぶりつくのが私流。

 

「はむ……んぅ~」

 

 衣の香ばしさと濃厚な自家製ソースが合わさって口の中が幸せですぅ……ハムは香ばしい衣に包まれつつもしっかりと存在を主張していてサクサクと食べる口が止まりません!

 ここで付け合わせの中にあるトマト、これをハムカツの上に乗せて、ちょっとお行儀が悪いですけど箸で崩してしまいます。

 そこにソースと黒コショウをたっぷりとまぶして~っと……。

 

「んぅ…………んふぅ~」

 

 ハムカツの香ばしさにソースと黒コショウの刺激、そして酸っぱくてさわやかなトマトの酸味が合わさって素晴らしいです!揚げ物でしつこくなってしまった口に新たな新鮮さが飛び込んできました!

 よぉし!この調子で残りも一気に食べちゃいましょう!唐揚げ唐揚げハムカツハムカツ……んぅ~香ばしい揚げ物の2大共演でおかわりした分まで残さず食べちゃいました。

 

「はぁ……ごちそうさまでした」

 

「ふふ、お粗末様でしたぁ」

 

「えへへ……美味しかったです!」

 

「それはよかったわぁ。またいつでもいらっしゃ~い?」

 

「はい、また来ます!」

 

 今日も美味しいご飯が食べられました……さて、家に帰って明日の配信の準備をしましょうか。

 

 

 

~*~*~*~

 

 

 

 Side:女将さん

 

 

 

 時間は夜も更けてもうそろそろ日付が変わる頃。

 窓から見える商店街というにはいささか寂しい駅前は帰宅する人もちらりほらりといる程度で、既に他のお店は店を閉めているのか外を歩く人の足取りは早い。

 そんな中で暖簾を下ろした店内にいるのは昔馴染みの友人たちだけ、勝手知ったる店内で好きなお酒を片手に語らっているわね。

 

「それで、茉莉の方は?」

 

「順調にトレーニングできていますよ、さすがはウマ娘ですね……吸収が早くて理解度も高いですから教えていて楽しいくらいですよ」

 

「トレーナーがそこまで言うなら安泰だ」

 

「とはいえ、そろそろ私専属っていうのも難しいですね……他のトレーナーから独り占めするなって怒られました、どうしますか社長?」

 

「まぁ……仕方ないわ、ウマ娘の扱いは難しいから」

 

「まぁそうなんですよね……それにしても、いきなり社長がスカウトしてきた時は驚きましたけど……あんな娘をどこで見つけてきたんですか?」

 

「それはまぁ……こう、偶然見かけてティンと来たってだけよ」

 

 とぼけた様子でお酒の入ったコップを傾けているけれど……あらあら、誤魔化そうったってそうはいかないわよぉ?

 

「うふふ、あの娘に頼まれたのよねぇ?」

 

「梓!」

 

「あの娘?」

 

「……あ~まぁ……テスに頼まれたんだよ、一度でいいから見てくれって」

 

「テス……って、もしかしてノーザンテーストさんにですか!?」

 

 トレーナーさんが驚いて大声を出す。

 ノーザンテースト……それは私たちがまだ学園にいた頃に共に過ごしたもう一人の大事な友人。

 当時は留学から戻って学園に所属しながら理事長の後継となるために勉強していたけれど……今ではその夢の通り学園を束ねる存在になっているのよねぇ。

 

「そうよぉ~?この娘が一人でここで飲んでいる時に来て、頭まで下げてたんだから」

 

「へぇ……あの娘が」

 

「うふふ、あの娘も茉莉さんのこれからを心配してたみたいだからぁ」

 

「トレセン学園を受験したことは聞いてましたけど……そうだったんですね」

 

「口を開けば喧嘩ばかりしていたのにねぇ?」

 

「……うっさいな、あいつが一々こっちがすることに口出ししてきたからだろ」

 

「もぅ、それは貴女がルールを破っていたからでしょぉ?」

 

「あはは……それじゃ、あの娘が茉莉さんをうちに紹介してくれたんですね?」

 

「ちーがーう、私はただあいつの話を聞いただけだ。採用出来たのは私の手柄だ。何が「教職者としてこの才能を埋もれさせることこそが恥」だよ……まったく、名前だけ教えられて探したこっちの苦労も考えてほしい」

 

 ふふ、よっぽどその苦労を根に持っているのねぇ……でも、それくらい必死になって探していたみたいだし……きっとこのひねくれ者の友人の事だから採用の経緯も適当に誤魔化しているんでしょうし。

 

「でも、見つけられてよかったわねぇ……ウマ娘が生きるにはまだまだ辛い世界だから」

 

「まぁ、な……トレーナーも知ってるだろうけど、ウマ娘が生きるには今の社会はまだまだ難しい事ばかりだ」

 

「そうですね……」

 

「茉莉だけじゃない……学園を辞めていった娘達は外の世界に適合するために必死になってる。もちろんウマ娘が必要とされる場所はある、けどそのどれもがレースの世界で活躍しているウマ娘が基準だ。そこに満たない娘もいるっていうのに……」

 

「そうねぇ……世間のウマ娘の基準はやっぱりレースに出ているウマ娘だから……私は貴女に料理の道もあるって教えてもらえたけど、それが見つからない娘もいっぱいいるわ」

 

 そう、私が料理の道に進んで今ではこうして立派なお店を持てるまでになれたのはこの友人のおかげなのだ。

 当時レースに出ても勝つことが出来ず、デビューすら出来ないまま所属していたチームから脱退勧告を受けた私は途方に暮れてしまっていたわ。

 レースで活躍できると楽観していたわけじゃなかったのよ、必死に練習したしチームの先輩に教えを受けたことも一度や二度じゃないわ。

 それでも……私には1位の座は遠かったわ、遠すぎた……だからチームを抜けるしかなかったのよねぇ。

 諦めずに地方に行く道もあったけれど、当時の私はもうレースに向き合えるだけの気持ちがなくなってしまっていたわ。

 だから荷物を纏めて学園を去ろうとしていたのだけど……そんな私の前に立ったのはこのひねくれ者で学園のルールを破っては方々から叱られてばかりの友人だったわ。

 部屋に来るなり飯を作れだなんてどういうつもりかと驚いたし怒ったりもしたのだけれど。

 それでも友人として付き合う中で何度もご飯を作ってあげていたこともあったし……最後の機会と思って料理を作ってあげたのよ。

 それをこの友人は美味しそうに食べて、気にしていた他の娘達にもわけたりして……気が付けば寮の食堂の皆が私の料理を食べて……笑顔でお礼を言ってくれた。

 その中には私のチームメイトだった先輩や同期もいたし、後輩の娘なんてお茶碗片手に泣き出したりなんかして……。

 それを見てあっけにとられた私にこの友人は言ってくれた。

 

『お前の料理はこれだけ皆の心を動かせる、ならその道を目指せばいい』

 

 そう言われて、今までどこか色あせていた世界が綺麗に見えた気がしたわ……あぁ、あの先輩はこんな良い笑顔をしていたんだ、同期達はこんなに美味しそうに食べてくれてたんだ、後輩たちはこんなにも私と私の作る料理を好きでいてくれたんだ……って。

 だから私は料理の道を進むことを決めた、もちろん周囲の目はあったけれど……それを跳ね飛ばす勇気と元気を私はあの食堂でもらっていたから頑張れた。

 

「茉莉みたいにレースじゃない別の世界で輝ける娘も居るんだ……レースの結果だけに縛られないで、もっと大切なことに気づかせてやりたいんだ、私は……」

 

「社長……だから、会社を作ったんですもんね」

 

「あの娘には梓や私とも違う魅力がある。でもそれはレースの世界じゃ決して輝けない……そんなの勿体ないしつまらないじゃないか……だから茉莉が……いいや、うちにいるライバー含めた社員全員がお天道様の下を俯かずに、前を向いて歩いて行ける場所を作りたいんだよ。世間のものさしなんかじゃなく自分自身の事を胸張って行けるように……」

 

「社長……」

 

「レースの世界にはテスが居る、あいつは一々うるさいけど……まぁ、ウマ娘の事を真剣に考えられる奴だ、だから……そこから零れ落ちた分を私が引き受ける……なんて、まだまだ小さいクルセラじゃ言えたセリフじゃないけれどさ……あぁ~ぁ、なんか語り過ぎた、ちょっとお手洗い行ってくる」

 

「はぁ~い……ふふ、照れちゃったのかしらねぇ?」

 

「……梓さん」

 

「ん?なぁに?」

 

「……社長は、まだ引きずっているんでしょうか……あの人の事」

 

「……そうねぇ、あの娘にとってはきっと原点みたいなものなのでしょうし……あの娘にとってフライトさんは特別だったのよ……たとえ、血の繋がりが薄くても」

 

 決して悪くはない成績だった、あの当時はどのウマ娘も輝いていた。

 でも一度の敗北が、ほんの些細なずれが、謂れのない悪評が……フライトさん達を苦しめた。

 フライトさんはそれでも走り続けたが、その結果足を壊して引退を余儀なくされた……あの娘はそれが悔しくて、何より最弱の名に囚われてレースを走りながら壊れていくフライトさんを見ていられなかったのよねぇ。

 

「社長は遠い分家なんでしたっけ?」

 

「えぇ、幼いころからずっと姉として慕ってたって言っていたわぁ……だからこそ、きっとあの娘は証明したかったのよ、自分の力で……でも、それはあの娘にとっては荷が重すぎたのよ」

 

「……ごめんなさい、それを支えるのが先輩や私たち……トレーナーの役目だというのに」

 

「いいのよぉ、もう過ぎたことだし……どんなに才能があったとしても、決して超えられない壁がある……名のないウマ娘には特にね」

 

「……認めたくはないですけど、ね」

 

「フライトさんのように壊れてしまう前に、もっと違う世界で新しい自分を見つけられるように……それがあの娘のお節介の原点かもしれないわねぇ」

 

「……ままならないものですね」

 

「ふふ、そうねぇ……でもね、私はこう思うの」

 

 確かにあの娘にはレースで走れる力はなかったけど、会社を作っちゃうような才能があった。

 私にも料理の才能があったし、茉莉ちゃんにはきっともっと違う才能がある。

 

「皆それぞれ向き不向きがある、やれる事とやれない事がある。ただ単にあの娘には走る事が向かなかっただけなのよ……そこからどう頑張るかが大事なんだと私は思うの」

 

「……そうですね、私もそう思います」

 

「ふふ、それにねぇ……実は今日茉莉ちゃん以外にタマモちゃんとオグリちゃんがお店に来たの」

 

「あのお二人がですか?」

 

「ええ、それでね……茉莉ちゃんがご飯を食べて帰った後、タマモちゃんが「あの姉ちゃんも常連なんか?」って聞いてきたの。どうしてだと思う?」

 

「どうしてですか?」

 

「ふふ……「あまりにも美味そうに目の前で飯をくってて、ついつい自分も食べ過ぎてもうたから」ですって。次に来たときは一緒に飯を囲んで食べてみたいって言っていたわ」

 

「あはは……確かに、茉莉ちゃんは美味しそうにご飯たべますよね」

 

「言葉はないけどその表情が雄弁に語ってくれるから、作るこっちも嬉しくなるくらいよぉ?……でも、それがきっと茉莉ちゃんだから出来る事なんじゃないかなぁって思うの」

 

「……そうですね」

 

「そうやってその人だから出来る事をこつこつとやっていけば……いつか皆が幸せになれる世界に近づいて行けるんじゃないかって思うの」

 

「……はい、私もこれからも頑張ります!クルセラのトレーナーとして……そうですね、まずは……茉莉ちゃん、今日はここでご飯いっぱい食べたんですよね?」

 

「ええ、いつもよりもいっぱい食べてくれたわよぉ?」

 

「そうですか、そうですかぁ…………明日はまず体重計に乗せるところから始めるとしましょう」

 

「あ、あらあらぁ~……ほどほどにしてあげてねぇ?」

 

 

 

 

 

 

#08 誰だって、その人だから出来る事を

 

見つけ歩むものだから

 

 

 

 

 

 




アグネスフライトに関してはこの小説での独自設定となっておりますのであしからず……。
学園を去ったウマ娘たちの現実を自分なりの解釈で書いてみましたがいかがでしたでしょうか?
それぞれが出来る事と出来ないことで悩んだり生きる道を見つけたり……きっとそういう風にすごしてるんじゃないかなぁって思ってます。
ちなみに食事風景に関しては、作者は孤独のグルメの影響を受けている自覚はあります。



<独自設定:株式会社クルセラ>

学園を中退した社長が当時担当だったトレーナーとサブトレーナーと共に立ちあげた会社。
最初は学園を中退したウマ娘の中で進路が定まっていないウマ娘をトレーナーたちの伝手で見つけては話を聞いて将来の道を一緒に模索する斡旋所みたいな会社だった。
その後そんな将来に迷っているヒトがウマ娘以外にも沢山いたことで一念発起し会社の運営を路線変更。
当時はやり始めていたウマチューバーという自由なジャンルを扱える場所を使ってそれぞれの居場所を作るという目的でウマチューバーマネジメントを開始した。
ちなみに社長はウマ娘だけど茉莉と同様名前のないウマ娘でしたが、当時は学園の合格ラインも低かったことでぎりぎり合格だけはできていました。
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