桜井いつきさんを救いたい。
昼休み。
昼食を終えて、いつものように中庭で高科さんと駄弁っていたところ──。
「信吾君、知ってましたか?」
「何をすか?」
「地球の赤道って言われる場所は、どこも赤い土をしているらしいんですよ」
ドヤ顔で間違った知識を教えてくる高科さん。
おそらく、テレビやゲームなら、「※違います」とテロップが表示されることだろう。
まったく、どこで仕入れてきたのか知らないけど、鵜呑みにするなよな……。
「へー、そうなんすね」
呆れすぎて棒読みになってしまった。でもバレてなさそうなので、セーフ判定だ。
本当は正しい赤道の知識を、教えてあげるべきなんだろうけど、あいにくと地理は得意ではない。
なんだっけな──気温が高いってことは間違いなくて、あとは本初子午線が絡んでたような気がするんだけど……。
「いつか、行って……あ!あれは!」
赤道について考え込んでいると、唐突に高科さんが大きな声をあげた。
「え、どうしたんすか」
「人が倒れてますよっ!」
「えっ?」
高科さんの視線の先──見ると、確かに人が倒れていた。力尽きたかのように、うつ伏せで。
「まじじゃん……」
「イワタンですよっ!」
高科さんが、倒れている人影に向かって走り出した。俺も遅れてその後を追う。
近付いて行くうちに分かったけど、その人影はかなりのがたいだ。加えて、野球部のユニフォームを着ている。
そして思い出した。
岩田君──同じ学年で、パワポケ君のチームメートだ。喋ったことはないけど、パワポケ君とよく一緒にいるのを見かける。
(え、やばいじゃん)
知っている人だと分かって、一気に焦燥感が増した。
これ、先生呼びに行った方がいいんじゃね……?
「イワタ~ン!どうしたの?」
倒れた岩田君に、声をかける高科さん。
程なくして、岩田君の顔だけがこっちを向いた。
俺はホッと胸をなでおろす。よかった、意識はあるみたいだ。
「あ……あ……た、高科さん」
「気分悪いの?」
心配そうに尋ねる高科さんを、横から固唾を吞んで見守る。
すると、岩田君は、
「腹ヘッタ……」
かすれるような声で言った。
俺の中から、スーッと緊張感が消えていく。同時に「嘘だろ……」と心の中で呟いた。
まあ、体調が悪いとかじゃなくてよかったけど。
「おなか空いてるんだ? でも、食堂はすぐそこだよ」
「も、もうダメだ。腹ヘッテ……動けない」
「仕方がないですねぇ」
高科さんが、制服のポケットをガサガサとあさり始める。
そして、ポケットから何やら小さな袋を取り出した。そのまま、その袋を岩田君に差し出す。
「はい!お菓子ですよ!」
「く、くれるの?」
感激した様子の岩田君に、高科さんはニッコリと微笑んで言う。
「そのために出したんですから、どうぞ食べてください」
「あ、ありがとう」
岩田君は体を起こすと、嬉しそうにお菓子を受け取った。
そして、食べようとしたその時。高科さんが目をキュピーンと光らせた。
これは、なんかろくでもないことを考えている予感──。
「でも、ちょっと待ってください」
岩田君の手がとまる。すると、高科さんは謎に手をパシパシと叩いた。
(何してんだ……?)
訝し気に首をひねっていると、
「はい!食べてください!」
二回手を叩いたところで、高科さんが言った。
待ってましたと言わんばかりに、ガツガツとお菓子にかぶりつく岩田君。
袋の中のお菓子は、あっという間に空っぽになった。
そのあまりの食べっぷりに、俺は思わず半笑い。恐るべし、岩田君の食欲……。
「ふう~」
「わっ!一瞬でカラッポですよっ!」
面白そうなものを見たような、高科さんの反応。
対して、岩田君は物足りなさそうに、ため息を吐いた。
「はあ~」
「ど、どうしたんですか!」
「腹ヘッタ……」
「いま一箱空けましたよ!」
「まだ、足りない」
まじかよ。あのお菓子、それなりの量が入ってたぞ。
「仕方がないですねぇ」
そう言って、高科さんはポケットの中から同じお菓子を取り出した。
「はい!もう一箱ですよ!」
「あ、ありがとう」
再び差し出されたお菓子を、嬉しそうに受け取る岩田君。
そして、高科さんはさっきと同じように、手をパシパシと叩いた。
なんの意味があるんだろうこれ。犬じゃあるまいし。
「どうぞ」
高科さんの言葉で、岩田君がお菓子を食べ始める。
お菓子もまた一瞬で空っぽになった。
「ふう~」
「満足しましたか?」
「うん、ありがとう高科さん」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」
ニコッと微笑む高科さん。
元気を取り戻した岩田君は、食堂の方へと歩いて行った。
岩田君がいなくなったところで、俺は気になっていたことを訊いた。
「なんで手叩いてたんすか?」
「いやあ、こうやっていれば、手を叩くだけでイワタンが来てくれるようになるかなって」
「……」
ほらね、やっぱりろくでもなかった。
「ないでしょ。さすがに」
フッと鼻で笑っていると、高科さんが目を光らせた。そしてパシパシと手を叩く。
(いや、ないだろ)
俺が呆れて肩をすくめるよりも前に、岩田君が戻ってきた。しかも動きが速い。
いやいや、まじかよ……。
「なんかくれるの?」
岩田君が高科さんに尋ねる。
それを見た高科さんが、得意げな顔をして言った。
「ほら、来てくれたでしょ?」
「……そうすね」
唖然として、目の前の事実を受け入れた。
これで岩田君は、ある意味、高科さんのしもべになったってことか……。
俺は引きつった笑みを浮かべる。
当の本人は、高科さんの思惑に、まったく気が付いていないご様子。
高科さんはというと、ニコニコと笑みを浮かべて、三つ目のお菓子を岩田君に渡している。
なるほど、これが悪魔の微笑みってやつか……。
(俺も気を付けよ)
俺は引きつった笑みを浮かべながら、そう思った。
まあ今更、遅いかもしれないけどね……。
◆◆彼女たちとの日常③ その2◆◆
とある日の昼休み──。
「今日も疲れたね~」
横を歩く、高科さんの台詞。
俺はそれに対して、半笑いを浮かべて言った。
「今日もって、まだ終わってないすけどね」
「あと二時間ですよ。もう終わったようなものじゃないですか」
お気楽な口調で喋る高科さん。
そんな調子だから、テストの時に困るのでは?
昼食を終えて、俺と高科さんは、校舎の中をぶらぶらと歩き回っていた──こんな感じで、雑談しながら。
今ちょうど、いつもの中庭に戻ってきたところだ。
ちなみに、特にこれといった目的はない。本当にただの散歩である。
「もう、テンション低いですよ。もっと楽しそうにしてくださいよ」
「いや、ただ歩いてるだけじゃないすか」
俺がそう言うと、高科さんは優しく微笑んで、
「いいじゃないですか~。何事も楽しそうにやっていれば、こうやって歩いているだけでも楽しいもんですよ」
急に達観したような言葉を返してくる。
「ただ歩いていただけだけど、信吾君が隣にいて、喋って、笑って、幸せだな~ってあたしは思いました」
「……そうすか」
大げさすぎる高科さんの台詞に、思わず苦笑い。
すると、高科さんはニッコリと笑みを浮かべながら言った。
「そこは「俺もだよハニ~!」って、言う場面ですよ。ほら、言ってみて」
「……」
黙ったまま、冷ややかな視線を高科さんに向ける。
何を言い出すかと思えば。ハニーって、言うわけないだろ……。
「あっ、「俺もだよ奈桜~!」でもいいですよ!」
「……」
黙秘を続ける俺。
ハニーよりは100倍マシにはなったけど、言うわけないのは変わらない。
俺はため息混じりに首をひねると、ニコニコしたままの高科さんを横目に、視線を正面に戻した。
「無視ですか?!」
憤慨したような高科さんの声。
「言ってくれてもいいじゃん!減るもんじゃないし~!」
やれやれ。それが言えるなら、とっくにこの敬語口調だってやめてるっての。
ムスッとした顔の高科さんを、視界の端で捉えつつ歩いていると──。
「あっ」
前方に見えた人影に、自然と声が漏れた。
その人影は、真っ直ぐこっちに向かって歩いてくる。
このタイミング、まじですか……。
「ん?どうしたの?」
高科さんが、首を傾げて訊いてくる。
答える間もなく、俺はその人影──芳槻さんと目が合った。
その場で立ち止まる芳槻さんに、俺は頭を下げる。
「うっす」
「神城君……と高科さん」
やばい。早くも、不穏な空気の流れ。
「神城君」のところまでは、ニコニコしていたのに、「高科さん」のところで、芳槻さんの雰囲気がガラリと変わった。
まるで、夏と冬が一気にやってきた気分だ。
大丈夫かなこれ……。
少しばかり不安に思っていると、
「や、やあ。
思わず二度見してしまうようなことを、高科さんが口にした。
すかさず、芳槻さんの鋭い目が、高科さんに向けられる。
「……私は芳槻です。そんな名前で呼ばないでください」
「えっ?」
目を丸くする高科さん。
が、すぐにいつものニコニコ顔に戻る。
「あ、うん。ごめん」
「では失礼します」
「うん……」
そして、芳槻さんは顔を伏せたまま、この場から去って行った。
その背中を、どこか寂しそうに高科さんが見つめる。
(あれまー……)
全然大丈夫じゃなかった。
二人の仲は、俺の想像よりもだいぶこじれてるみたいだ。
まさかここまでとは思ってなかったけど、これじゃ自分から話しかけるのは厳しいわな……。
「なんか、めっちゃきついっすね」
「えっ?なにがですか?」
高科さんが、視線をこっちに向けてくる。
何がって、分かってて訊いてきてるだろ。あんなしょげた顔してたくせに。
「いや、言い方というか、物言いが」
「そ、そんなことないですよ。今日は機嫌が悪かったんじゃないかなあ?」
ニコニコ顔でとぼける高科さん。
心の中で「そんなわけあるか」と呆れていると、
「……さらは優しい子ですよ」
落ち着いた口調に変わって、高科さんが言った。
「だから、誤解しないであげて。これまで通り、普通に接してあげてください。ナオっちからのお願いですよ」
「まあ、それは別にいいんすけど……」
うーん、なんか解せない。
その言い方も、自分はさぞ平気だって態度も──。
「さて!あたしたちも教室に戻りましょうか!」
「……うっす」
その、無理してまで笑顔を作ろうとする気概も──なんか解せないし、モヤモヤするんだよな……。
◆◆彼女たちとの日常③ その3◆◆
授業の合間、購買に立ち寄ったその帰り道でのこと──。
(あ、芳槻さんだ)
中庭に芳槻さんの姿を見かけて、俺は足を止めた。
それと、芳槻さんにピョコピョコと軽快な足取りで近寄る、金髪の女子生徒が一人。
(誰だあれ?)
見かけない顔だ。芳槻さんの友人だろうか?
疑問に思っていると、その金髪の子が、芳槻さんに声をかけた。
「あっ!さらちゃんだ!」
「いつ……いえ、桜井さん」
話しかけられたことに驚いたのか、目を丸くする芳槻さん。
でもすぐに、いつもみたいに顔を伏せてしまった。
「やだなあ、桜井さんだなんて。昔みたいに、いつきって呼んでよ」
「……」
うーん、ここからじゃ会話の内容までは聞こえないな。
芳槻さんの友人なら、どんな人なのか気になるけど──。
(あれ、なんか盗み聞きしてるみたいじゃね?キモいな俺……)
ふと我に返り、自分のしていることに嫌悪感を覚えてしまった。
こういうコソコソした立ち回りは、どうも性に合わない。高科さんなら、得意なんだろうけど。
さて、どうしたものか。
教室に戻るには、中庭を経由した方が圧倒的に近い。予鈴までそう時間もないし、できれば通りたいのだが。
(通りづらいな……)
断っておくが、通りづらいのは何も、芳槻さんがいるからではない。
もし芳槻さん一人でいたなら、たぶん普通に話しかけていたことだろう──たぶんね。
そう思ってしまったのは、芳槻さんの雰囲気がなんとなく、高科さんと話していた時のそれに似ていたから。気のせいかもしれないけど……。
(しゃーない……行くか)
一呼吸置いて、俺は中庭に足を踏み入れた。
視線はアスファルトの上。もし話しかけられても、あたかも気が付かなかった風を装うため。
「でもさらちゃんも、この学校に入学していたんだね」
近付いて行くにつれ、二人の会話が詳細に聞こえてくる。
この声は、あの金髪の子の声か──台詞からして、高校に入学する前から二人は知り合いっぽいな。
「姉御、なんで教えてくれなかったんだろ。教えてくれたっていいのに」
不満そうな金髪の子の声。
姉御──話の流れからして、たぶん高科さんのことかな。姉御感は皆無だけど。
だいぶ近付いたみたいなので、俺はゆっくりと顔をあげた。
目の前には、こっちに背を向けて立つ金髪の子と、無表情の芳槻さんが立っている。どうやら、まだ俺のことは気が付いていないみたいだ。
「本当に姉御は薄情……」
金髪の子が、不満気にぼやく──その瞬間。
芳槻さんの目つきが、鋭く変わって、
「黙っ……!」
何か言いかけたところで、芳槻さんは口を閉じた。
目つきも鋭さは消えており、代わりに目を丸くしている──俺のことを見て。
「あっ、か、神城君……」
「うっす」
どこか動揺したような様相の芳槻さんに、俺は頭を下げる。
すると、金髪の子がこっちを向いてきた。
最初は俺の存在に驚いたのか、目を丸くしていたものの、だんだんとムッとした表情に変わっていく。
なんで?俺まだ何もしてないよな……?
「さらちゃん、この人だれ?」
胡散臭いものを見るような目で、俺のことを見上げてくる。
ちなみに、俺と金髪の子はかなりの身長差がある。見上げるっていうのは、そういう意味。
芳槻さんが、顔を伏せたまま話しかけてくる。
「ど、どうしたんですか?まだお昼休みでもないのに」
「えっ、無視?!なんで無視するのさらちゃん!」
芳槻さんの質問に答える間もなく、金髪の子のツッコミが入る。
しかし、当の芳槻さんは、聞く耳持たずといったご様子──特に反応もないし、顔も伏せたままだからね。
うーん、なんだろうこの二人。
仲が良いのか悪いのか、イマイチ判断がつかない。
考えた末に、俺は芳槻さんの質問に答えることにした。
金髪の子には申し訳ないけど……。
「いや、ちょっと喉が渇いちゃったんで。購買の帰りっす」
未だムスッと顔の金髪の子を横目に、購買で買ったお茶を芳槻さんに見せる。
顔をあげて、手に持ったお茶を見る芳槻さん。
「そ、そうだったんですね……」
よかった。これは普段、俺と話している時の温厚モードの芳槻さんだ。
どうやら、さっき感じた雰囲気は気のせいだったみたいだな。
俺はホッと胸をなでおろす。
その直後──。
突然、下半身──主に
その衝撃に、驚いて前のめりになりながら、ジーンと痛む臀部を抑える。
(えっ、なに? なにごと?)
慌てて振り返ると、金髪の子が宙にあがった足を、地に着ける瞬間が目に入った。
うそ、蹴られたの俺? 初対面の女子に?
自分の身に起きたあまりの出来事に、呆然としていると、
「神城君?! だ、大丈夫ですか?!」
芳槻さんが、心配そうに声をかけてきた。
俺は背筋を伸ばすと同時に、臀部から手を離す。
「全然大丈夫すよ。ちょっとビックリしただけっす」
本当は、まだジンジンしてるけどね……。
すると、金髪の子が鋭い目つきで、俺のことを睨んできた。
「私とさらちゃんの感動の再会を、よくも邪魔してくれたな!」
「えっ」
謎にキレられる俺。金髪の子が、さらにヒートアップする。
「おまけに私を無視して、さらちゃんといい感じになるなんて!許せない!」
そんなこと言われましても……。
確かに、会話を遮ったのは悪かったとは思うけど。
金髪の子の目が、キュピーンと光る。
「そんな礼儀知らずな不届き者は、このいつきが成敗──」
とまで言ったところで、金髪の子は喋るのをやめた。
俺と彼女の前に、芳槻さんが立ち塞がったからである。
(あれ、芳槻さん……)
いきなりどうしたんだろうと、疑問に思っていると、
「桜井さん」
芳槻さんが、顔を伏せたまま金髪の子──桜井さんの腕をつかんだ。
心なしか、芳槻さんの声色、雰囲気が冷たくなった気がする。というより、ちょっと怖い。
ビクッと体を震わせる桜井さん。
「えっ? どうしたのさらちゃん」
「……いい度胸ですね。私の前で、よりにもよって神城君にそんなことをするなんて」
氷のように冷たい声色で、芳槻さんが言う。
俺は別に気にしてないんだけど、どうも口を挟める空気ではなさそうだな……。
「えっ!い、いや、でも元はと言えばこの人が……」
「神城君は私と同じ学年……貴女の先輩です」
「ちょ、さらちゃん? 分かった、分かったので腕から手をですね……」
震えた声で喋る桜井さん。
ふと、芳槻さんが顔をあげた。その顔には、ニッコリと笑みを浮かべている。
「口の利き方と態度には気を付けた方が身のためですよ……桜井さん」
「ひっ! ご、ごめんなさい~!」
うわー、こわひ……。
微笑んでるのに、目がまったく笑っていない。高科さんとは、また違ったタイプの笑顔だ。
これは怒らせたら、絶対にダメなやつだな……。
俺はそんな考えに蓋をするように、小さく咳ばらいをしてから言った。
「いや、俺は全然大丈夫なんで。気にしないでいいすよ」
「で、ですがあんな乱暴に蹴られて……」
それは、確かにビックリしたけども。
あんな風に女子から蹴られたの、生まれて初めてだったし。身内──
「まあ……こっちも間が悪かったんで。お互い様っす」
今にも泣きそうな桜井さんを横目に、できる限り笑みを作って言った。
「……神城君がそう言うなら」
俯いたまま、桜井さんの腕から手を離す芳槻さん。
腕を解放された桜井さんは、腕をさすりながら、涙目で「助かったあ」などと呟いている。
ふぅ……とりあえず、なんとかなったかな。
その時、予鈴のチャイムが校舎全体に鳴り響いた。
芳槻さんがハッとして顔をあげる。
「そ、そういえば私、次は移動教室でした……」
「ああ、やばいすね。急がないと」
なんだかんだで、話し込んじゃったからなあ。俺はほとんど傍観してただけだったけど。
「すみません神城君、お先に失礼します」
「うっす」
ペコリと頭を下げる芳槻さんに、俺も軽く頭を下げる。
俺はそのまま、中庭から走り去って行く芳槻さんを見送った。
中庭には、俺と桜井さんの二人だけが取り残される。
(さて、俺も行くか)
一応ひとこと言ってから行こうと、桜井さんの方を向く。
ちょうど、桜井さんと目が合った。
「あっ……」
目を丸くする桜井さん。しかし、すぐにムスッとした顔に戻る。
(話しかけづれえ……)
なんて言おうか、言葉に迷っていると、
「あ、あの」
なんと桜井さんの方から、話しかけてきた。
意外すぎて、今度は俺の方が目を丸くしてしまう。
「あ、はい」
なんだろう、文句を言ってくるような雰囲気でもないけど……。
固唾を呑んで、桜井さんの次の言葉を待つ。
すると、桜井さんは俯いて小さな声で言った。
「さっきは、その……すみませんでした」
「えっ?」
目を丸くして、思わず訊き返す俺。
すぐに、言葉を返す。
「あっ、いや、全然大丈夫す」
驚いた。まさか、謝ってくるとは思ってなかったな……。
予想外の謝罪に苦笑いを浮かべていると、桜井さんが顔をあげた。
「ちゃんと謝ったからな!」
そう言って、桜井さんはクルリと背を向けた。
そのまま走り出す桜井さん。これで、中庭にいるのは俺だけになった。
シーンと静まり返る中庭。
一人になったことで、自然とため息が漏れ出る。
「俺も行かなきゃ……」
購買で買ったお茶を一口飲んでから、俺は走り出した。
予鈴は鳴り終わったけど、中庭を通れたので、本鈴が鳴るまでには余裕で教室に戻れる。
結果的に、遠回りするよりも時間がかかってしまったけど、まあ良しとしよう。芳槻さんとも話せたしね。
──ちゃんと謝ったからな!
ああ……あとは芳槻さんの後輩と思わしき、桜井さん。
小動物のように小柄な見た目に反して、あの口の悪さと悪態っぷりは、すさまじかった。
それも、初対面の野郎相手に。
流石は、あの高科さんを姉御と呼ぶだけのことはある、と言うべきだろうか。
彼女の第一印象は、かなり危ない子ということで、既に俺の脳内にインプットされている。
次会った時は、蹴られないように気を付けよう……。
俺は走りながら、中庭でのことを思い返して、そう思った。
原作でのいつきが不憫すぎるので、出番増やしてあげた感