とあるモブ男子の奈桜ルート攻略   作:Sh1Gr3

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※少しでも吐き気を催したらそっ閉じ推奨です。

 桜井いつきさんを救いたい。


彼女たちとの日常③

 

 

 

 昼休み。

 昼食を終えて、いつものように中庭で高科さんと駄弁っていたところ──。

 

 「信吾君、知ってましたか?」

 「何をすか?」

 「地球の赤道って言われる場所は、どこも赤い土をしているらしいんですよ」

 

 ドヤ顔で間違った知識を教えてくる高科さん。

 おそらく、テレビやゲームなら、「※違います」とテロップが表示されることだろう。

 

 まったく、どこで仕入れてきたのか知らないけど、鵜呑みにするなよな……。 

 

 「へー、そうなんすね」

 

 呆れすぎて棒読みになってしまった。でもバレてなさそうなので、セーフ判定だ。

 本当は正しい赤道の知識を、教えてあげるべきなんだろうけど、あいにくと地理は得意ではない。

 

 なんだっけな──気温が高いってことは間違いなくて、あとは本初子午線が絡んでたような気がするんだけど……。

 

 「いつか、行って……あ!あれは!」

 

 赤道について考え込んでいると、唐突に高科さんが大きな声をあげた。

 

 「え、どうしたんすか」

 「人が倒れてますよっ!」

 「えっ?」

 

 高科さんの視線の先──見ると、確かに人が倒れていた。力尽きたかのように、うつ伏せで。

 

 「まじじゃん……」

 「イワタンですよっ!」

 

 高科さんが、倒れている人影に向かって走り出した。俺も遅れてその後を追う。

 近付いて行くうちに分かったけど、その人影はかなりのがたいだ。加えて、野球部のユニフォームを着ている。

 

 そして思い出した。

 岩田君──同じ学年で、パワポケ君のチームメートだ。喋ったことはないけど、パワポケ君とよく一緒にいるのを見かける。

 

 (え、やばいじゃん)

 

 知っている人だと分かって、一気に焦燥感が増した。

 これ、先生呼びに行った方がいいんじゃね……?

 

 「イワタ~ン!どうしたの?」

 

 倒れた岩田君に、声をかける高科さん。

 程なくして、岩田君の顔だけがこっちを向いた。

 

 俺はホッと胸をなでおろす。よかった、意識はあるみたいだ。

 

 「あ……あ……た、高科さん」

 「気分悪いの?」

 

 心配そうに尋ねる高科さんを、横から固唾を吞んで見守る。

 すると、岩田君は、

 

 「腹ヘッタ……」

 

 かすれるような声で言った。

 俺の中から、スーッと緊張感が消えていく。同時に「嘘だろ……」と心の中で呟いた。

 

 まあ、体調が悪いとかじゃなくてよかったけど。 

 

 「おなか空いてるんだ? でも、食堂はすぐそこだよ」

 「も、もうダメだ。腹ヘッテ……動けない」

 「仕方がないですねぇ」

 

 高科さんが、制服のポケットをガサガサとあさり始める。

 そして、ポケットから何やら小さな袋を取り出した。そのまま、その袋を岩田君に差し出す。

 

 「はい!お菓子ですよ!」

 「く、くれるの?」

 

 感激した様子の岩田君に、高科さんはニッコリと微笑んで言う。

 

 「そのために出したんですから、どうぞ食べてください」

 「あ、ありがとう」

 

 岩田君は体を起こすと、嬉しそうにお菓子を受け取った。

 そして、食べようとしたその時。高科さんが目をキュピーンと光らせた。

 

 これは、なんかろくでもないことを考えている予感──。

 

 「でも、ちょっと待ってください」

 

 岩田君の手がとまる。すると、高科さんは謎に手をパシパシと叩いた。

 

 (何してんだ……?)

 

 訝し気に首をひねっていると、

 

 「はい!食べてください!」

 

 二回手を叩いたところで、高科さんが言った。

 待ってましたと言わんばかりに、ガツガツとお菓子にかぶりつく岩田君。

 

 袋の中のお菓子は、あっという間に空っぽになった。

 そのあまりの食べっぷりに、俺は思わず半笑い。恐るべし、岩田君の食欲……。

 

 「ふう~」

 「わっ!一瞬でカラッポですよっ!」

 

 面白そうなものを見たような、高科さんの反応。

 対して、岩田君は物足りなさそうに、ため息を吐いた。

 

 「はあ~」

 「ど、どうしたんですか!」

 「腹ヘッタ……」

 「いま一箱空けましたよ!」

 「まだ、足りない」

 

 まじかよ。あのお菓子、それなりの量が入ってたぞ。

 

 「仕方がないですねぇ」

 

 そう言って、高科さんはポケットの中から同じお菓子を取り出した。

 

 「はい!もう一箱ですよ!」

 「あ、ありがとう」

 

 再び差し出されたお菓子を、嬉しそうに受け取る岩田君。

 そして、高科さんはさっきと同じように、手をパシパシと叩いた。

 

 なんの意味があるんだろうこれ。犬じゃあるまいし。

 

 「どうぞ」

 

 高科さんの言葉で、岩田君がお菓子を食べ始める。

 お菓子もまた一瞬で空っぽになった。

 

 「ふう~」

 「満足しましたか?」

 「うん、ありがとう高科さん」

 「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」

 

 ニコッと微笑む高科さん。

 元気を取り戻した岩田君は、食堂の方へと歩いて行った。

 

 岩田君がいなくなったところで、俺は気になっていたことを訊いた。

 

 「なんで手叩いてたんすか?」

 「いやあ、こうやっていれば、手を叩くだけでイワタンが来てくれるようになるかなって」

 「……」

 

 ほらね、やっぱりろくでもなかった。

 

 「ないでしょ。さすがに」

 

 フッと鼻で笑っていると、高科さんが目を光らせた。そしてパシパシと手を叩く。

 

 (いや、ないだろ)

 

 俺が呆れて肩をすくめるよりも前に、岩田君が戻ってきた。しかも動きが速い。

 いやいや、まじかよ……。

 

 「なんかくれるの?」

 

 岩田君が高科さんに尋ねる。

 それを見た高科さんが、得意げな顔をして言った。

 

 「ほら、来てくれたでしょ?」

 「……そうすね」

 

 唖然として、目の前の事実を受け入れた。

 これで岩田君は、ある意味、高科さんのしもべになったってことか……。

 

 俺は引きつった笑みを浮かべる。

 当の本人は、高科さんの思惑に、まったく気が付いていないご様子。

 

 高科さんはというと、ニコニコと笑みを浮かべて、三つ目のお菓子を岩田君に渡している。

 なるほど、これが悪魔の微笑みってやつか……。

 

 (俺も気を付けよ)

 

 俺は引きつった笑みを浮かべながら、そう思った。

 まあ今更、遅いかもしれないけどね……。

 

 

 

 

 

 ◆◆彼女たちとの日常③ その2◆◆

 

 

 とある日の昼休み──。

 

 「今日も疲れたね~」

 

 横を歩く、高科さんの台詞。

 俺はそれに対して、半笑いを浮かべて言った。

 

 「今日もって、まだ終わってないすけどね」

 「あと二時間ですよ。もう終わったようなものじゃないですか」

 

 お気楽な口調で喋る高科さん。

 そんな調子だから、テストの時に困るのでは?

 

 昼食を終えて、俺と高科さんは、校舎の中をぶらぶらと歩き回っていた──こんな感じで、雑談しながら。

 

 今ちょうど、いつもの中庭に戻ってきたところだ。

 ちなみに、特にこれといった目的はない。本当にただの散歩である。

 

 「もう、テンション低いですよ。もっと楽しそうにしてくださいよ」

 「いや、ただ歩いてるだけじゃないすか」

 

 俺がそう言うと、高科さんは優しく微笑んで、

 

 「いいじゃないですか~。何事も楽しそうにやっていれば、こうやって歩いているだけでも楽しいもんですよ」

 

 急に達観したような言葉を返してくる。

 

 「ただ歩いていただけだけど、信吾君が隣にいて、喋って、笑って、幸せだな~ってあたしは思いました」

 「……そうすか」

 

 大げさすぎる高科さんの台詞に、思わず苦笑い。

 すると、高科さんはニッコリと笑みを浮かべながら言った。

 

 「そこは「俺もだよハニ~!」って、言う場面ですよ。ほら、言ってみて」

 「……」

 

 黙ったまま、冷ややかな視線を高科さんに向ける。

 何を言い出すかと思えば。ハニーって、言うわけないだろ……。

 

 「あっ、「俺もだよ奈桜~!」でもいいですよ!」

 「……」

 

 黙秘を続ける俺。

 ハニーよりは100倍マシにはなったけど、言うわけないのは変わらない。

 

 俺はため息混じりに首をひねると、ニコニコしたままの高科さんを横目に、視線を正面に戻した。

 

 「無視ですか?!」

 

 憤慨したような高科さんの声。

 

 「言ってくれてもいいじゃん!減るもんじゃないし~!」

 

 やれやれ。それが言えるなら、とっくにこの敬語口調だってやめてるっての。

 ムスッとした顔の高科さんを、視界の端で捉えつつ歩いていると──。

 

 「あっ」

 

 前方に見えた人影に、自然と声が漏れた。

 その人影は、真っ直ぐこっちに向かって歩いてくる。

 

 このタイミング、まじですか……。

 

 「ん?どうしたの?」

 

 高科さんが、首を傾げて訊いてくる。

 答える間もなく、俺はその人影──芳槻さんと目が合った。

 

 その場で立ち止まる芳槻さんに、俺は頭を下げる。

 

 「うっす」

 「神城君……と高科さん」

 

 やばい。早くも、不穏な空気の流れ。

 「神城君」のところまでは、ニコニコしていたのに、「高科さん」のところで、芳槻さんの雰囲気がガラリと変わった。

 

 まるで、夏と冬が一気にやってきた気分だ。

 大丈夫かなこれ……。

 

 少しばかり不安に思っていると、

 

 「や、やあ。()()()()

 

 思わず二度見してしまうようなことを、高科さんが口にした。

 すかさず、芳槻さんの鋭い目が、高科さんに向けられる。

 

 「……私は芳槻です。そんな名前で呼ばないでください」

 「えっ?」

 

 目を丸くする高科さん。

 が、すぐにいつものニコニコ顔に戻る。

 

 「あ、うん。ごめん」

 「では失礼します」

 「うん……」

 

 そして、芳槻さんは顔を伏せたまま、この場から去って行った。

 その背中を、どこか寂しそうに高科さんが見つめる。

 

 (あれまー……)

 

 全然大丈夫じゃなかった。

 二人の仲は、俺の想像よりもだいぶこじれてるみたいだ。

 

 まさかここまでとは思ってなかったけど、これじゃ自分から話しかけるのは厳しいわな……。

 

 「なんか、めっちゃきついっすね」

 「えっ?なにがですか?」

 

 高科さんが、視線をこっちに向けてくる。

 何がって、分かってて訊いてきてるだろ。あんなしょげた顔してたくせに。

 

 「いや、言い方というか、物言いが」

 「そ、そんなことないですよ。今日は機嫌が悪かったんじゃないかなあ?」

 

 ニコニコ顔でとぼける高科さん。

 心の中で「そんなわけあるか」と呆れていると、

 

 「……さらは優しい子ですよ」

 

 落ち着いた口調に変わって、高科さんが言った。

 

 「だから、誤解しないであげて。これまで通り、普通に接してあげてください。ナオっちからのお願いですよ」

 「まあ、それは別にいいんすけど……」

 

 うーん、なんか解せない。

 その言い方も、自分はさぞ平気だって態度も──。

 

 「さて!あたしたちも教室に戻りましょうか!」

 「……うっす」

 

 その、無理してまで笑顔を作ろうとする気概も──なんか解せないし、モヤモヤするんだよな……。

 

 

 

 

 

 ◆◆彼女たちとの日常③ その3◆◆

 

 

 授業の合間、購買に立ち寄ったその帰り道でのこと──。

 

 (あ、芳槻さんだ)

 

 中庭に芳槻さんの姿を見かけて、俺は足を止めた。

 それと、芳槻さんにピョコピョコと軽快な足取りで近寄る、金髪の女子生徒が一人。

 

 (誰だあれ?)

 

 見かけない顔だ。芳槻さんの友人だろうか?

 疑問に思っていると、その金髪の子が、芳槻さんに声をかけた。

 

 「あっ!さらちゃんだ!」

 「いつ……いえ、桜井さん」

 

 話しかけられたことに驚いたのか、目を丸くする芳槻さん。

 でもすぐに、いつもみたいに顔を伏せてしまった。

 

 「やだなあ、桜井さんだなんて。昔みたいに、いつきって呼んでよ」

 「……」

 

 うーん、ここからじゃ会話の内容までは聞こえないな。

 芳槻さんの友人なら、どんな人なのか気になるけど──。

 

 (あれ、なんか盗み聞きしてるみたいじゃね?キモいな俺……)

 

 ふと我に返り、自分のしていることに嫌悪感を覚えてしまった。

 こういうコソコソした立ち回りは、どうも性に合わない。高科さんなら、得意なんだろうけど。

 

 さて、どうしたものか。

 教室に戻るには、中庭を経由した方が圧倒的に近い。予鈴までそう時間もないし、できれば通りたいのだが。

 

 (通りづらいな……)

 

 断っておくが、通りづらいのは何も、芳槻さんがいるからではない。

 もし芳槻さん一人でいたなら、たぶん普通に話しかけていたことだろう──たぶんね。

 

 そう思ってしまったのは、芳槻さんの雰囲気がなんとなく、高科さんと話していた時のそれに似ていたから。気のせいかもしれないけど……。

 

 (しゃーない……行くか)

 

 一呼吸置いて、俺は中庭に足を踏み入れた。

 視線はアスファルトの上。もし話しかけられても、あたかも気が付かなかった風を装うため。

 

 「でもさらちゃんも、この学校に入学していたんだね」

 

 近付いて行くにつれ、二人の会話が詳細に聞こえてくる。

 この声は、あの金髪の子の声か──台詞からして、高校に入学する前から二人は知り合いっぽいな。

 

 「姉御、なんで教えてくれなかったんだろ。教えてくれたっていいのに」

 

 不満そうな金髪の子の声。

 姉御──話の流れからして、たぶん高科さんのことかな。姉御感は皆無だけど。

 

 だいぶ近付いたみたいなので、俺はゆっくりと顔をあげた。

 目の前には、こっちに背を向けて立つ金髪の子と、無表情の芳槻さんが立っている。どうやら、まだ俺のことは気が付いていないみたいだ。

 

 「本当に姉御は薄情……」

 

 金髪の子が、不満気にぼやく──その瞬間。

 芳槻さんの目つきが、鋭く変わって、

 

 「黙っ……!」

 

 何か言いかけたところで、芳槻さんは口を閉じた。

 目つきも鋭さは消えており、代わりに目を丸くしている──俺のことを見て。

 

 「あっ、か、神城君……」

 「うっす」

 

 どこか動揺したような様相の芳槻さんに、俺は頭を下げる。

 すると、金髪の子がこっちを向いてきた。

 

 最初は俺の存在に驚いたのか、目を丸くしていたものの、だんだんとムッとした表情に変わっていく。

 なんで?俺まだ何もしてないよな……?

 

 「さらちゃん、この人だれ?」

 

 胡散臭いものを見るような目で、俺のことを見上げてくる。

 ちなみに、俺と金髪の子はかなりの身長差がある。見上げるっていうのは、そういう意味。

 

 芳槻さんが、顔を伏せたまま話しかけてくる。

 

 「ど、どうしたんですか?まだお昼休みでもないのに」

 「えっ、無視?!なんで無視するのさらちゃん!」

 

 芳槻さんの質問に答える間もなく、金髪の子のツッコミが入る。

 しかし、当の芳槻さんは、聞く耳持たずといったご様子──特に反応もないし、顔も伏せたままだからね。

 

 うーん、なんだろうこの二人。

 仲が良いのか悪いのか、イマイチ判断がつかない。

 

 考えた末に、俺は芳槻さんの質問に答えることにした。

 金髪の子には申し訳ないけど……。

 

 「いや、ちょっと喉が渇いちゃったんで。購買の帰りっす」

 

 未だムスッと顔の金髪の子を横目に、購買で買ったお茶を芳槻さんに見せる。

 顔をあげて、手に持ったお茶を見る芳槻さん。

 

 「そ、そうだったんですね……」

 

 よかった。これは普段、俺と話している時の温厚モードの芳槻さんだ。

 どうやら、さっき感じた雰囲気は気のせいだったみたいだな。

 

 俺はホッと胸をなでおろす。

 その直後──。

 

 突然、下半身──主に臀部(でんぶ)周辺に強い衝撃が走った。

 その衝撃に、驚いて前のめりになりながら、ジーンと痛む臀部を抑える。

 

 (えっ、なに? なにごと?)

 

 慌てて振り返ると、金髪の子が宙にあがった足を、地に着ける瞬間が目に入った。

 うそ、蹴られたの俺? 初対面の女子に?

 

 自分の身に起きたあまりの出来事に、呆然としていると、

 

 「神城君?! だ、大丈夫ですか?!」

 

 芳槻さんが、心配そうに声をかけてきた。

 俺は背筋を伸ばすと同時に、臀部から手を離す。

 

 「全然大丈夫すよ。ちょっとビックリしただけっす」

 

 本当は、まだジンジンしてるけどね……。

 すると、金髪の子が鋭い目つきで、俺のことを睨んできた。

 

 「私とさらちゃんの感動の再会を、よくも邪魔してくれたな!」

 「えっ」

 

 謎にキレられる俺。金髪の子が、さらにヒートアップする。

 

 「おまけに私を無視して、さらちゃんといい感じになるなんて!許せない!」

 

 そんなこと言われましても……。

 確かに、会話を遮ったのは悪かったとは思うけど。

 

 金髪の子の目が、キュピーンと光る。

 

 「そんな礼儀知らずな不届き者は、このいつきが成敗──」

 

 とまで言ったところで、金髪の子は喋るのをやめた。

 俺と彼女の前に、芳槻さんが立ち塞がったからである。

 

 (あれ、芳槻さん……)

 

 いきなりどうしたんだろうと、疑問に思っていると、

 

 「桜井さん」

 

 芳槻さんが、顔を伏せたまま金髪の子──桜井さんの腕をつかんだ。

 心なしか、芳槻さんの声色、雰囲気が冷たくなった気がする。というより、ちょっと怖い。

 

 ビクッと体を震わせる桜井さん。

 

 「えっ? どうしたのさらちゃん」

 「……いい度胸ですね。私の前で、よりにもよって神城君にそんなことをするなんて」

 

 氷のように冷たい声色で、芳槻さんが言う。

 俺は別に気にしてないんだけど、どうも口を挟める空気ではなさそうだな……。

 

 「えっ!い、いや、でも元はと言えばこの人が……」

 「神城君は私と同じ学年……貴女の先輩です」

 「ちょ、さらちゃん? 分かった、分かったので腕から手をですね……」

 

 震えた声で喋る桜井さん。

 ふと、芳槻さんが顔をあげた。その顔には、ニッコリと笑みを浮かべている。

 

 「口の利き方と態度には気を付けた方が身のためですよ……桜井さん」

 「ひっ! ご、ごめんなさい~!」

 

 うわー、こわひ……。

 微笑んでるのに、目がまったく笑っていない。高科さんとは、また違ったタイプの笑顔だ。

 

 これは怒らせたら、絶対にダメなやつだな……。

 俺はそんな考えに蓋をするように、小さく咳ばらいをしてから言った。

 

 「いや、俺は全然大丈夫なんで。気にしないでいいすよ」

 「で、ですがあんな乱暴に蹴られて……」

 

 それは、確かにビックリしたけども。

 あんな風に女子から蹴られたの、生まれて初めてだったし。身内──()からも、流石にあそこまでやられたことはない。

 

 「まあ……こっちも間が悪かったんで。お互い様っす」

 

 今にも泣きそうな桜井さんを横目に、できる限り笑みを作って言った。

 

 「……神城君がそう言うなら」

 

 俯いたまま、桜井さんの腕から手を離す芳槻さん。

 腕を解放された桜井さんは、腕をさすりながら、涙目で「助かったあ」などと呟いている。

 

 ふぅ……とりあえず、なんとかなったかな。

 

 その時、予鈴のチャイムが校舎全体に鳴り響いた。

 芳槻さんがハッとして顔をあげる。

 

 「そ、そういえば私、次は移動教室でした……」

 「ああ、やばいすね。急がないと」

 

 なんだかんだで、話し込んじゃったからなあ。俺はほとんど傍観してただけだったけど。

 

 「すみません神城君、お先に失礼します」

 「うっす」

 

 ペコリと頭を下げる芳槻さんに、俺も軽く頭を下げる。

 俺はそのまま、中庭から走り去って行く芳槻さんを見送った。

 

 中庭には、俺と桜井さんの二人だけが取り残される。

 

 (さて、俺も行くか)

 

 一応ひとこと言ってから行こうと、桜井さんの方を向く。

 ちょうど、桜井さんと目が合った。

 

 「あっ……」

 

 目を丸くする桜井さん。しかし、すぐにムスッとした顔に戻る。

 

 (話しかけづれえ……)

 

 なんて言おうか、言葉に迷っていると、

 

 「あ、あの」

 

 なんと桜井さんの方から、話しかけてきた。

 意外すぎて、今度は俺の方が目を丸くしてしまう。

 

 「あ、はい」

 

 なんだろう、文句を言ってくるような雰囲気でもないけど……。

 固唾を呑んで、桜井さんの次の言葉を待つ。

 

 すると、桜井さんは俯いて小さな声で言った。

 

 「さっきは、その……すみませんでした」

 「えっ?」

 

 目を丸くして、思わず訊き返す俺。

 すぐに、言葉を返す。

 

 「あっ、いや、全然大丈夫す」

 

 驚いた。まさか、謝ってくるとは思ってなかったな……。

 予想外の謝罪に苦笑いを浮かべていると、桜井さんが顔をあげた。

 

 「ちゃんと謝ったからな!」

 

 そう言って、桜井さんはクルリと背を向けた。

 そのまま走り出す桜井さん。これで、中庭にいるのは俺だけになった。

 

 シーンと静まり返る中庭。

 一人になったことで、自然とため息が漏れ出る。

 

 「俺も行かなきゃ……」

 

 購買で買ったお茶を一口飲んでから、俺は走り出した。

 予鈴は鳴り終わったけど、中庭を通れたので、本鈴が鳴るまでには余裕で教室に戻れる。

 

 結果的に、遠回りするよりも時間がかかってしまったけど、まあ良しとしよう。芳槻さんとも話せたしね。

 

 ──ちゃんと謝ったからな!

 

 ああ……あとは芳槻さんの後輩と思わしき、桜井さん。

 小動物のように小柄な見た目に反して、あの口の悪さと悪態っぷりは、すさまじかった。

 

 それも、初対面の野郎相手に。

 流石は、あの高科さんを姉御と呼ぶだけのことはある、と言うべきだろうか。

 

 彼女の第一印象は、かなり危ない子ということで、既に俺の脳内にインプットされている。

 次会った時は、蹴られないように気を付けよう……。

 

 俺は走りながら、中庭でのことを思い返して、そう思った。 

 

 

 




原作でのいつきが不憫すぎるので、出番増やしてあげた感
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