後書きにおまけ話あり。
「ねむ……」
五限目の授業が終わり、俺は大きな伸びをした。
この時間は、昼食の後ということもあり、授業によっては激しい睡魔に襲われる。
あくびをしながら伸びをしていると、前の席の荷田君が話しかけてきた。
「眠そうでやんすねえ。まだ六限目が残ってるでやんすよ」
「大丈夫、次は英語だから。嫌でも目覚めるよ……」
ガクッとうなだれながら喋る俺。
傍から見たら説得力皆無だが、英語は俺の数少ない得意科目。だからどんなに眠くても、勝手に眠気が飛ぶように、体ができている。
「神城君が言うと妙な説得力があるでやんす」
感心したような荷田君の声。
荷田君の目が、今度は隣の席のパワポケ君に移る。
「パワポケ君は珍しく寝てなかったでやんすね」
話を振られたパワポケ君が、体を右に九十度回転させる。
「ちょっと考え事しててさ」
「考え事でやんすか?」
訝し気に目を細める荷田君。
パワポケ君が、呑気に笑いながら言う。
「ああ、気が付いたら授業終わってたよ」
「笑い事じゃないでやんす……」
荷田君が呆れた目つきで、パワポケ君を見る。
まあ、遠回しに授業を聞いてなかったって、言ってるようなものだもんな。
机に肘をつきながら、ボーっと二人の会話を聞いていると──。
不意にパワポケ君が、こっちを向いてきて言った。
「神城君て、さらと──芳槻さんと友達なの?」
「えっ?」
唐突な「芳槻さん」という言葉の登場に、眠気で今にも閉じそうな目が、少しだけ平常時に戻る。
「まあ……一応」
「そうなんだ。知らなかったよ」
心なしか、嬉しそうに喋るパワポケ君。
そういえば、パワポケ君にはまだ言ってなかったっけ。こっちはとっくに、パワポケ君と芳槻さんのことは知ってたんだけど。
それはそれとして、質問の意図が気になった俺は、逆に質問する。
「なんで?」
「いや、さらから神城君の話が出てさ。知らなかったから、ちょっと気になって」
「俺の?まじか」
思わず苦笑いを浮かべる俺。
何を話してたんだろう。気になるけど、少し怖いな……。
そんな俺の些細な不安を見透かすかのように、パワポケ君が笑いながら言う。
「別に変なことは話してないよ。ただ、俺と神城君が友達なのか訊かれただけだから」
「へー、そうなんだ」
友達ね……。
ふと、さっきのパワポケ君の質問が、頭の中をよぎった。
さっきはああ答えたけど、俺って芳槻さんと友達になれたのかな……?
うーん、改めて考えると少しばかり自信がない。
「そっか。俺の他にもいたんだな」
パワポケ君が、安心したように言った。
「そうだよな。いるよな、普通」
「なにが?」
「友達。さらが友達作るの苦手だって言ってたから」
なるほど。確かに言いそうではあるな……。
パワポケ君が、続けて質問してくる。
「さらとはよく話すの?」
「まあ……会ったら話すぐらいかな。あんまり会わないけど」
「あー、普段は屋上にいるんだよ。昼休みとか、放課後もだいたいいるんじゃないかな」
はい、存じ上げております。言わないけど。
「へえー、詳しいね」
「ま、まあね。最近よく話すから」
照れくさそうに頬を掻くパワポケ君。仲良くやれてるみたいで何よりだ。
「仲いいじゃん」
そう言うと、パワポケ君はほんのわずかに表情を曇らせた。
「俺はそのつもりなんだけどね……」
急に弱気なことを言い出すパワポケ君。
あれ?どうしたんだろう……。
その様子を疑問に思っていると、パワポケ君が意味深なことを訊いてきた。
「神城君はさ……友達に裏切られたらどうしようとかって、考えたことある?」
「えっ?」
また唐突な重苦しい質問に、面くらう俺。でも、パワポケ君の顔は真剣だ。
なんなんだいきなり……もしかして、芳槻さんとの間で何かあったのかな?
俺は首をひねりつつ、質問の内容を考える。
友達に裏切られたら──でも、そんなのいちいち考えていたら、人付き合いなんてやっていられないんじゃないかな。
少なくとも、俺はそこまで考えていない。
この人、俺のことどう思ってるんだろう?──相手によっては、そう考えることもあるけどね。
「いや、あまり考えたことないかな」
「……だよな。俺も同じだ」
俺の台詞に、一呼吸置いてパワポケ君が同意した。
「なんで?」
これには、パワポケ君は首を横に振った。
「なんでもない。ごめん変なこと訊いて」
「いや、それは別にいいんだけど……」
そうは言いつつも、心の中で「そんなわけあるかい!」とツッコミを入れる。
その時、予鈴のチャイムが鳴った。
パワポケ君が前を向いてしまったので、会話はここで終了。
なんとも解せない気分のまま、次の授業の準備をする。
(裏切られたら……か)
英語の教科書を机の中から引っ張り出しながら、パワポケ君の質問を思い返す。
さっきの答え──あれはあくまでも、俺個人の見解だ。なので、他の人に同じことを訊いたら、違う答えが返ってくることは、当然あり得る。
例えば、誰かに裏切られた経験のある人──その人は、裏切られたらどうしようって、考えることもあるかもしれない。
極端な考え方かもしれないけど、ないとは言い切れないよな。
裏切られた相手が自分にとって、大切な人であればあるほど……その経験は自分にとって、トラウマとなって心を縛る鎖となる。
まるでアニメや漫画の話のように聞こえるが、この広い現実世界、そういう人だっていても不思議ではない。
(芳槻さんがそう思ってるってことか……?)
俺はちらっと、高科さんの方に目をやる。
考えるよりも前に、自然と高科さんの方に目が動いてしまった。
高科さんは、友人らと楽しそうに談笑中の模様。
時折、話し声がこっちにまで聞こえてくる。
(いや、ないな)
そんな高科さんを見ていて、俺はそう思った。
高科さんが、芳槻さんを傷つける様が、やっぱり想像できないなって。
肘をつきながら、ボーっと高科さんを眺めていると、不意に高科さんもこっちを見てきた。
目が合った途端、ニッコリと笑って手を振ってくる。
いつもなら直ぐに目をそらすのだが、今は不思議とそういう気分にならなかった。たぶん、眠気のせいだろうな。
とはいえ、手は振らない。フッと小さく笑ってから、目を離した。
すると、
「ていっ!」
という声と同時に、誰かさんが突撃してきた。
特に身構えてもいなかったので、危うく机に突っ伏しそうになる。
「いてっ」
反射的に声が漏れる。眠いせいか、なんとも間の抜けた声になった。
やれやれ……そのまま友達と話してればいいのに。
俺はため息を吐いて、誰かさんの方へと目を向ける。
「なんだよ……」
「いやあ、眠そうだったので、目を覚まさせてあげようかなと」
そう言って、キュピーンと目を光らせる誰かさん──もとい、高科さん。
実に余計なお世話である。やるにしても、もっとやり方を考えてから、行動してほしいものだ。
こっちはあと少しで、顔面から机に突っ込むところだったってのに……。
そんな俺の心の内など知る由もなく、高科さんが、ニッと笑って訊いてくる。
「目覚めました?」
「……あんなんされたら誰でも覚めるでしょ」
「それは良かったですよ。信吾君への愛情を、ぶつけた甲斐がありました!」
満足気に笑みを浮かべる高科さん。
なんやねん愛情って……まあ、おかげで目は覚めたけど。
「でも、ちょっともったいなかったですね」
惜しむように高科さんが言う。
「なにがすか?」
俺は首をひねる。どうせ、ろくなことじゃないんだろうけど。
すると案の定、高科さんはニヤリと笑った。
「あんな眠そうな信吾君の顔は貴重なので、せっかくなら写真を撮っておくべきだったなーって」
「……」
やっぱりろくでもなかった。というか、撮ったら絶対に許さないぞ……。
「あと、一つ発見したことがあります」
自慢気に人差し指を立てる高科さん。
今度はなんだよ……。
「眠い時の信吾君は、敬語じゃなくなる──これは大発見ですよ!」
「……どこがすか」
大げさすぎる物言いに、鼻で笑う俺。
確かに、さっきは敬語じゃなかった自覚はあるけど。なんか眠いと、色々ともういいやってなるんだよな……。
「てか、高科さんもいつも敬語じゃないすか」
俺の指摘に、高科さんはドヤ顔で胸を張って言った。
「あたしはいいんですよ。元からこういうキャラなので」
「いや理不尽すぎでしょ」
迫真のツッコミ。そんなこと言ったら、俺だって同じだ。
しかし、高科さんは聞く耳持たず。ただ、クスクスと楽しそうに笑っているだけだ。
まったく……。
笑顔のまま、自分の席へ戻っていく高科さんを横目に、俺は机の上に目を移した。
教科書を開いて、今日やる予定のページを眺めていると、
「相変わらず賑やかだな、高科は」
「神城君は愛されてるでやんすねえ~。青春でやんす」
パワポケ君と荷田君が、こっちを向いて話しかけてきた。
俺は「青春」という単語に首を傾げつつ、教科書に目を向けたまま聞こえないふり。
「まあ、当の本人は冷めきってるでやんすが」
「そうかな。そう見えるだけじゃない?」
チクチクと二人からの視線を感じる。気が付かないふりをして教科書をめくるも、会話の内容はしっかりと聞き取っている。
冷めきってる……ね。傍から見たら、そういう風にも見えるのか。
でも、それはそれで好都合ではある。未だに自治会から何も言われないのも、俺と高科さんが付き合っているように見えないからかもしれないな。うん、そう思うようにしておこう。
本鈴のチャイムが鳴る。先生が入ってきて、授業が始まった。
その日の英語の授業は、誰かさんの眠気覚ましのおかげで、初めから集中して聞くことができたのだった。
◆◆彼女たちとの日常④ その2◆◆
放課後の教室内。
既に部活が始まっている時間ということもあって、教室内には空席が目立つ。
俺はホッと胸をなでおろした。
中学時代の知り合いもいないし、他の生徒も、特にこっちを見てくるような気配もない。とにかく、それだけが一番の不安要素だったので、ひとまずは安心だ。
とはいっても、まだ教室に残っている生徒も、ちらほらと見受けられる。友人と駄弁っている生徒、明日の英語の小テストの勉強をしている生徒、理由は各々で様々だ。
俺はというと、この二択で言えば後者の方。
もっとも、うちのクラスの小テストは、先日終わっているので、これは自分のための勉強ではないのだが……故に、今俺がいるクラスも、自分のクラスではない。
そのため、普段とは異なった教室の見え方に、どこか違和感を感じていた。──この気持ち、分かってもらえるだろうか?
チラチラと周りを観察していると、
「どうしたんですか?」
隣の席に座る人物──芳槻さんに声をかけられた。
俺は半笑いを浮かべながら言う。
「なんか普段居慣れない教室だと、やっぱ違和感あるっすね」
「すみません、わざわざこちらの教室まで来ていただいて……」
うつむく芳槻さん。
その様子を見て、慌てて言葉を返す。
「あっ、いや、そういう意味で言ったんじゃないんで! 全然大丈夫す!」
「あ、ありがとうございます」
ふぅ、危ない危ない……いきなり暗い感じになるところだった。
気を取り直して、机の上に視線を戻す。ペンを手に取り、ノートを開く。
よし、これで準備OKだ。
「あのう……」
「えっ? なんすか?」
どこか遠慮がちに話しかけられ、机の上から芳槻さんに目を移す。
芳槻さんが、顔を伏せたまま口を開く──心なしか、彼女の頬がピンク色に染まった気がした。
「その……よろしくお願いします」
「うっす……」
この雰囲気、やっぱり慣れない。どこか気恥ずかしい感じがしてしまう。
高科さんが相手だったら、こんな気分にもならないんだけどな……。
「あの、訊いてもいいですか?」
「あ、はい。いいっすよ」
緊張感を持って、芳槻さんの机の上に目を向ける。
ノートが開いていたので、一瞬だけ覗かせてもらった。ノートには丁寧な文字で、板書の内容がまとめられており、少し見ただけで、頭の良さがうかがえた。
これ、俺が教えられることあるのか……?
感心と同時に、わずかな不安を覚えていると、芳槻さんが、教科書に書かれている英文を指差した。
「ここの和訳なんですけど……」
「あー……そこはあれっすね」
よかった。これぐらいなら俺でも教えられる。
でも、調子に乗って間違ったこと言わないように、気を付けないとな……。
さて──。
どうして俺と芳槻さんが、教室で勉強しているのか?
それについては、少しばかり時間を戻さなければならない。
きっかけは、パワポケ君の一言だった。
それは昼休みでのこと。五限目の予鈴が鳴り、授業の準備をしていると、パワポケ君が席に座るや否や、俺を見て訊いてきた。
「神城君、今日の放課後空いてる?」
「放課後? まあ……空いてるっちゃ空いてるかな」
パワポケ君の質問に、少し考えてから答える。
考えたけど、放課後なんて高科さんと校内をぶらつく以外、特にやることなどなかった。
それも、他に何か予定があれば、そっちを優先にしてもいい程度のものだ。
もっとも、他の予定など滅多に入らないので、ほぼ毎日のように、校内のあっちこっちへと連れ回されている。
俺の答えを聞いて、ホッと安心した様相を見せるパワポケ君。そして、続けて言った。
「頼む! さらに英語を教えてやってくれ!」
「えっ?」
突然のお願いに、何事かと面食らう俺。
頭の整理が追い付かない俺に、パワポケ君が話を続ける。
「さらのクラス、明日英語の小テストらしいんだけどさ。なんか自信ないみたいで」
なるほど……芳槻さんのクラスは明日なのか。
俺はふと、前に芳槻さんと交わした会話を思い返す。
そういえば、また別の日にって、あの時言ったっけな……。
忘れていたわけではないけど、あれから何も行動に移せていない。
つまり、これはチャンスなのでは? ──上手く教えられるかは置いといて。
「神城君なら頭もいいし、さらとも友達だし。だから頼むよ」
両手を合わせて、拝むように頼んでくるパワポケ君。
無論、断る理由は皆無だ。
「まあ……俺はいいけど」
「助かる! いやあ~、実はもう、神城君に頼んでみるって言っちゃっててさ」
パワポケ君が、呑気に笑いながら言う。
「さらには「神城君に悪いから」って断られたんだけど、まんざらでもなさそうだったから」
「へえ……」
まんざらでもない……ね。
というか、最初から俺が断るなんて微塵も考えていなかったみたいだな。──当たってるけど。
ふと、パワポケ君が顔を寄せてくる。
「お願いしといてあれだけど、高科は大丈夫?」
「大丈夫って?」
パワポケ君の視線が、ちらっと高科さんの方に移る。
「ほら、二人とも付き合ってるじゃん。だから、神城君がさらと二人きりで会うことを、良く思わないんじゃないかなって」
あー、なるほど。そういう心配なら、特に問題ない。
「いや、大丈夫でしょ。そんなタイプでもないし」
「そ、そうか? ならいいんだけど」
うーん、意外だ。まさかパワポケ君の口から、そんな心配の台詞が出てくるとは。
勝手に鈍感主人公キャラだと思ってたけど、そうでもないのかな?
「部活開始のチャイムが鳴る頃には、教室にいると思うから。声かけてあげてくれる?」
「はいよ」
教室と聞いて、一瞬、屋上じゃないのかと思ってしまった。
でも、屋上に机なんかないし、勉強するならやっぱ教室がベストだろうな。──周りの目は気になりそうだけど。
「じゃあ、さらのことよろしく」
「うい」
そして、放課後。
帰り支度を整えていると、高科さんが歩み寄ってきた。
「行きましょ~」
これがいつもの中庭ムーブの流れである。
高科さんが俺の席まで来て、一緒に移動する。だいたいこんな感じ。
しかし、今日の俺は珍しく予定が入っている。中庭には行けない。
その旨を伝えようとすると、先に高科さんが口を開いた。
「今日は購買に、新しいお菓子が売られていたんですよ」
「へえー、何系すか?」
「色々ありましたよ。全部買ってきたので、後で一緒に食べましょう!」
そう言って、ニッコリと微笑む高科さん。
うーん、ミスったな。後手に回ってしまった。
本当は先に言い出すつもりだったのに。この話の後だと、なんか言い辛いじゃん……。
俺はその気持ちに蓋をして、頭を掻きながら言った。
「あー……いや、ちょっと今日は予定が」
「えっ?」
意外そうな高科さんの顔。
何かを言われる前に、予定の内容について話すことにした。
「予定っていっても、芳槻さんと英語の勉強するだけなんすけど」
「え、さらと? どうしたんですか急に」
目を丸くする高科さん。
そんなに驚くことなのか……芳槻さんと友達になるよう頼んできたの、貴女のはずなんですけど。
「パワポケ君に頼まれたんすよ。明日小テストで、自信がなさそうだから教えてやってくれって」
話を聞いて、目を丸くしていた高科さんは、納得したように口を開いた。
「なるほど。そういうことですか」
高科さんが、ニヤリと笑う。
「てっきり、信吾君の方から誘ったのかと思ってビックリしちゃいましたよ」
「……」
俺はそっぽを向いて、黙秘権を行使。実際は俺の方から先手を打っているのだが、これは言わないでいいや。
すると、高科さんは優しく微笑んで言った。
「そういうことなら、早く行ってあげてください。さらのところに」
「……うっす」
そんな高科さんを横目に、俺は椅子から立ち上がる。
やれやれ、急に姉モード全開にしてくるのやめてほしいな……変に気恥ずかしくなる。
──そして、時は今に至る。
一緒に勉強を始めてから、一時間半近く経った。
教室に残っていた生徒らも、今では片手で数えるほどしか残っていない。駄弁っていた連中が消えたので、教室内はかなり静かだ。
芳槻さんは、今も集中して勉強を続けている。
俺はというと、時々飛んでくる質問に答える以外は、暇を持て余しているので、明日の物理の宿題を片付けているところだ。──何もしないで横にいられても、逆に気になるだろうからね。
「あの、訊いてもいいですか?」
「いいっすよ」
こんな感じで、突発的に質問が飛んでくる。
内容としては、分からないから教えて!というよりは、この考え方で合ってますか?的な確認。合ってるところはそれで終わりだし、間違ってても、大きく間違っているわけではないので、少し指摘してあげる程度で済んでいる。
なので、教える側としては、非常に楽をさせてもらっている。
指摘したとしても、すんなりと理解してくれるし、やっぱり頭いいんだなって印象。関係代名詞も分からないどこかの誰かさんとは、大違いだ。
「合ってるっす」
「ありがとうございます」
質問に答えると、毎回ニッコリ微笑んでお礼を言ってくれる。とても優しい……。
やっぱこれで友達がいないって、詐欺じゃない? というか、男子連中に普通にモテそうだけどな。
俺は首をひねりつつ、自分の机の上に目を戻す。
まあ、パワポケ君が大げさに言ってるだけかもしれないし、考えても仕方ないか。
あれ? そういえば、パワポケ君と芳槻さんて付き合ってるのかな?
くだらない疑問が、次々と頭の中に湧いてきて、宿題の邪魔をしてくる。
……ダメだ。それ以前に、宿題の内容も分からん。
俺は、芳槻さんの邪魔にならない程度に、小さく伸びをした。
こういう時は、いったん気分をリセットするに限る。
もっとも、リセットしたところで、宿題が進むようになるわけでもないのだが……。
腕を組んで、しばらくの間、宿題とにらめっこしていると、
「どうかしましたか?」
不意に、芳槻さんが尋ねてきた。
やべ、唸り声漏れてたのかな……。
「いや、なんでもないっす」
そう言うと、芳槻さんの目が俺の机の上──物理の教科書に移った。
「宿題ですか?」
「ああ、まあ……そうっす」
頬を掻きながら答える。
芳槻さんが、続けて訊いてくる。
「分からないところがあるんですか?」
「えっ?」
「あ、その、随分と悩まれてるようでしたので……」
見られてたのか……。
でも、その考えは当たっている。ちっとも進まなくて困り果ててたところだ。
俺は苦笑いを浮かべながら、半ばヤケクソ気味に言った。
「全っ然分かんないっす」
すると、芳槻さんはクスッと小さく笑った。
「物理、苦手なんですか?」
「苦手っすね。分かるところは分かるんすけど……」
ちなみに、化学も苦手なので、理系科目はほぼ全滅だ。
ただ、かろうじて、数学だけは生き残っている。
「……見せてもらってもいいですか?」
「えっ?」
予想外の台詞に、間抜けな声で訊き返す俺。
芳槻さんが、顔を伏せて言う。
「もしかしたら、私でもお力になれるかもしれないので……その、ご迷惑でなければ……」
「まじっすか! めっちゃ助かるっす」
絶望的だった宿題に、光明が差し込んだ。
芳槻さんが頭が良いというのは、この一時間で充分に証明されている。それに、俺みたいな「分からないところは、とりあえず適当に書いちゃえ」という性格でもなさそうなので、とても信用できる。
実にありがたい話──なんだけど、その前に確認。
「でも、英語の勉強はいいんすか?」
最悪、宿題なんてどうとでもなる。──というと、語弊があるけどね。
しかし、そんなことより、テストの方がずっと大事なのは言うまでもない。
そんな俺の心配を察してか、芳槻さんは顔をあげると、ニッコリと微笑んで頷いた。
「はい。神城君のおかげで、なんとかなりそうです」
「あっ……それならよかったっす」
俺はホッとした。
あまり教えることもなかったけど、その顔でそう言ってくれるなら、本当に大丈夫なんだろうな。
「じゃあ……ちょっとだけ見てもらってもいいすか」
「は、はい!」
ありがてえ……芳槻さん優しすぎでは?
こうして、残りの時間は芳槻さんに宿題を見てもらうことになった。
物理はまあまあ得意科目らしく、案の定、俺よりも全然できる人だった。
それに教え方も上手くて、俺が分からないと言ったところも、嫌な顔一つせず丁寧に教えてくれた。
ほんと、優しいし頭もいいし……非の打ちどころがない。──不穏モードを除けば。
おかげで、宿題はなんの問題もなく終わらすことができた。
「あざす。めっちゃ助かりました」
「い、いえ。私の方こそ、今日はありがとうございました」
お互いに頭を下げ合う図。
傍から見たら「何してんだ?」って光景だけど、教室には俺と芳槻さん以外、誰もいない。──ついさっきまでいたんだけどね。
ふと、壁にかかった時計を見ると、十八時前を指していた。
勉強を始めたのが十五時半ぐらいだったので、二時間半ぐらい、教室にいたことになる。
いつの間にそんな経ったんだ……。
「そろそろ帰りましょうか」
「うっす」
机の上を片付けて、席を立つ。
そして、芳槻さんと一緒に教室を後にした。
誰の人影もない、シーンと静まり返った廊下。
なんとなく、隣の教室──自分のクラスを見ると、まだ明かりがついていた。
(誰かいるのか?)
そう思った、その時──。
廊下の奥に、見えた気がした。緑色の髪をした、見慣れた人影が。
まじかよ。まだぶらついてるのか……。
「どうしたんですか?」
立ち止まる俺を、芳槻さんが不思議そうに見てくる。
俺は乾いた笑みを浮かべると、目をこすりながら言った。
「なんか幻覚が……」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫っす。たぶん幻覚じゃないんで」
「えっ?」
小首を傾げる芳槻さん。
しかし、それ以上は何も言わず、再び歩き出した。そのまま、二人並んで昇降口へと歩いて行く。
廊下の窓から、夕焼け──オレンジの陽光が差し込む。もうすっかり夕暮れ時だ。
歩いていて、ふと思ってしまった。
もし宿題に付き合わせていなかったら、もっと早く帰れたんだよな。そう考えると、なんか罪悪感が……。
俺はコホンと小さく咳ばらいをしてから、口を開いた。
「遅くなっちゃったすね。申し訳ないっす」
「あ、謝らないでください! 私が好きでやったことですから!」
ハッキリと言われてしまった。
それを聞いて、少しばかり気恥ずかしくなっていると、芳槻さんは「それに」と付け加えた。
「こんな時間まで、誰かと一緒に教室で勉強なんて……初めてだったんです」
「あ、そうなんすか」
「はい。私、友達を作るのが下手で……」
友達か……。
パワポケ君が、そんなこと言ってた気がするな。
「まあ……難しいすよね。友達作るのって。俺もこの高校に入ってから全然すもん」
「え、神城君もですか?」
意外そうな芳槻さんの声。
俺は頷いて言う。
「俺なんかもっと酷いっすよ。部活も出ないし、休みの日なんてモグラだし」
「も、もぐらですか……?」
「部屋から出ないんすよ。めんどくさくて」
まあ、最近はどこかの誰かさんに、たびたび引っ張り出されることもあるけど。
「……私と同じですね。私も、普段は屋上にいるので、あまり人と話すこともなかったんですけど……」
芳槻さんが、顔を伏せながら話す。
俺は前を向いたまま、黙ってその話に耳を傾ける。
「最近は、パワポケ君がよく来てくれて……神城君も、勉強を教えてくれて……これまでは、一人で居ることが好きだったのですが……」
少し間を置いて、また話始める。
「今では少しだけ、一人で居ることが寂しいと感じるようになってしまいました」
そう言う芳槻さんは、さっきまで伏せていた顔をあげて、ニッコリと笑みを浮かべている。
その台詞に、前を向いたまま「いいっすね」とだけ言った。
(なんか似てるな……)
芳槻さんと話していて、そう思った。
こういう台詞をストレートにぶつけてくるあたり、やっぱり姉妹なんだなと思わされる。
やがて、昇降口へと到着した。
さて、このまま帰ってもいいんだけど──。
「帰らないんですか?」
芳槻さんが、小首を傾げて訊いてくる。
俺は迷った末に、外履きに履き替えるのをやめた。
「ちょっと忘れ物しちゃったんで、先帰っててもらってもいいすか」
「分かりました。では、お先に失礼しますね」
ペコリと頭を下げて、背を向ける芳槻さん。俺も軽く頭を下げる。
芳槻さんが見えなくなったところで、来た道を引き返そうと、廊下に目を向けた。
すると、
「あれ、信吾君じゃないですか」
廊下の向こうから歩いてくる人影──高科さんに、声をかけられた。
……これで引き返す必要もなくなったな。
「まだいたんすか」
「いやあ~。今度の新聞のネタ探しに奔走していたら、いつの間にかこんな時間でしたよ」
あははと呑気に笑う高科さん。──もしかして、終わるまで待ってたのか?
廊下に背を向け、昇降口で外履きに履き替える。
同じように、高科さんも外履きを履くと、こっちを向いて言った。
「どうでした? さらとの勉強は」
「どうでしたって、まあ普通でしたけど」
普通……うん、普通だった。思い返しても、特に問題はない。
ああ、あと芳槻さんが神だった。
「楽しかったですか?」
高科さんが、ニコニコ顔で訊いてくる。
俺はその問いに、そっぽを向きながら答えた。
「まあ……そうすね」
「そうですか。それはなによりですよ」
俺の言葉を聞いて、高科さんは優しく微笑んだ。
まったく、こういうことをわざわざ訊いてくるあたり、本当にたちが悪い。俺の答えなんて、訊かなくても知ってるくせに。
「さっ、あたしたちも帰りましょう!」
相変わらず、ニッコリ笑顔の高科さんに手を引かれ、校舎を後にした。
外に出ると、夕陽が真っ先に目に飛び込んできた。まぶしい……。
そんな夕日を背にして、寮の分かれ道へと並んで歩いて行く。
その道中、ふと思いついたように訊いた。
「そういえば、宿題やりました?」
「宿題? 何かありましたっけ?」
小首を傾げる高科さん。おいおい、頼むよ姉の方……。
「物理の。明日までっすよ」
高科さんの足が止まる。同時に、驚愕したような声があがった。
「あーっ?! すっかり忘れてましたよ!!」
「何やってんすか……」
「助けてください信吾君! 後生ですよ!」
両手を合わせて、拝むように頼んでくる。
はぁ……こういうところは、全然似てないのな。
俺はため息を零すと、鞄の中から物理のノートを取り出した。そして、そのまま高科さんに渡す。
高科さんの顔が、パアッと明るくなった。
「ありがとうですよ! この恩は忘れるまで忘れないですよ!」
「はあ……」
ついノートごと渡してしまったけど、まあいっか。俺も自力で全部やったわけじゃないし。
……こういう断りづらい頼み方をしてくるところも、ちょっと似てるかもな。
俺は頭の中の備忘録に、今日判明した二人の類似点を記録した。
(おまけ)
いつき「あの、なんですかここ」
作者「おまけ。原作にもあるじゃん」
いつき「はあ……じゃあ、私がその役を?」
作者「まあ、そうなるね」
いつき「……作中で出せないから、無理やり出したい感が否めないんですけど」
作者「いやあ、年内完結無理そうだわこれ。全然終わらん」
いつき「無視ですか?! というか、それもオリジナル要素入れすぎるからでしょ!」
作者「原作なぞるだけじゃつまんないじゃん。やっぱオリジナルはいれないと」
いつき「うーん、確かに?」
作者「ま、結末は決まってるからね。あとは道中をどうするかだけだから」
いつき「……私の出番、あるよね?」
作者「ある予定、とだけ」
いつき「そこは言い切ってくださいよー!!」
続きます。