あっという間に夏休みが終わり、新学期がやって来た。
今年の夏休みは、家でひたすらゴロゴロして、朝方までアニメとゲーム三昧で過ごした。あと、面倒な宿題を少々。
まあ、去年とそう大差なかったかな。いやあ、それにしても実家は最高だった……。
──ああ、そうだ。一つだけ去年と明確に違うことがあった。
それは、今隣を実に楽しげに歩いている人から、毎日のように鬼電がかかってきたことだ。
あれはえぐかったなー……一日中電話した日もあったし。それに、宿題まで手伝わされたしな。
といったごたごたもあり、今年の夏休みは去年より終わるのが早く感じたのだった。
「あっ、これですよこれ!」
隣を歩く高科さんが、お目当ての物を見つけたようで、それに駆け寄って行った。
元気だなあ……こっちはまだ夏休みモードが抜けきってない上に、また学校を抜け出して遠出させられて、心も体もへとへとだってのに。
「よかったぁ……わざわざ遠出した甲斐がありましたよ」
手に取ったそれを見て、ほっと胸をなでおろす高科さん。
意外に思った俺は、へとへとながらもそれについて訊いた。
「料理なんてするんすか?」
「いえ、これは友達の誕生日プレゼントなのですよ」
なるほどね。まさかあの高科さんが?と思ったけど、案の定違ったようだ。
だって、今日まで高科さんの口から料理の「り」の字も聞いたことなかったし。
「……いまとても失礼なことを考えてませんでした?」
俺の心の内を感じ取ったのか、高科さんがジト目を向けてくる。
俺は目が合わないようにレジの方を見て、さっさと会計を済ませてくるよう促す。
「ほら、空いてますよレジ」
「おっと、では買ってくるので待っててください!」
素直にレジへと走って行った。危ない危ない……。
会計が終わるまで、俺は店の外で大人しく待機。高科さんはものの数秒で戻ってきた。
「さて! あとはこれをコンビニで送れば、今日のミッションは完了ですよ!」
「? 郵送するんすか?」
「はい。コンビニで送りますので、ついて来てもらえますか?」
「それは全然いいすけど……」
そのまま二人で近くのコンビニに向かう。
てっきり、同じ高校の友達にプレゼントするのかと思ってたのだが……郵送してまでプレゼントするなんて、高科さんらしいな。
「さすがっすね」
「なにがですか?」
小首を傾げる高科さん。自覚がないのも彼女らしい。
「郵送してまでプレゼントとか、自分やったことないんで」
「ああ、そういう意味ですか。このプレゼントは同じ高校の友達に送るんですよ」
えっ、そうなの……?
「直接渡さないんすね」
すると、高科さんは少し困ったように笑って言った。
「どうも手渡しでは受け取ってもらえないので、その子には第三者から渡すようにしているんですよ」
「……そうなんすか」
珍しい。リアルに友達300人作れそうな高科さんが、手渡しできないなんて。
「でもチェックは完璧です。いま欲しい物はこれに決まってますよ」
自信満々のご様子。でも、俺の意識は既に、これを渡す相手が誰なのかという疑問に向いていた。
わざわざ郵送なんて、面倒なことをしてまでプレゼントを渡したい人か……いったいどんな奴なんだろう。
「……めんどくさい事をしてるのはわかっているんですよ」
高科さんが、目をつぶって静かに言う。
……また俺の心の中を察したわけじゃないよな?
「プレゼントを渡すのもただの自己満足です」
「……」
俺はニコッと笑って喋る高科さんを見て、プレゼントを渡す相手が誰なのかなんとなく察した。この顔をする時の高科さんは、あの人の話をする時と決まっているからだ。
まったく、友達なんて白々しい。俺に隠す必要あるのかよ。
「喜んでくれるといいすね。芳槻さん」
「! な、なんで急にさらが出てくるんですか??」
「……別に言いたくないならいいですけど」
そう言って、俺は少しだけ歩くスピードを速める。
「ああっ?! わかりましたからおいて行かないで~!!」
慌てて追いかけてくる高科さん。
そう、それでいい。どうせバレるんだから、全部話してしまえ。
「もう、信吾君には敵いませんねえ。お察しの通り、これはさらへのプレゼントですよ」
やっぱり。そういうことなら、手渡しできないのも納得できる。
高科さんを前にした時の芳槻さん、すぐに不穏モードになっちゃうからな。
「情けないと思いますよね。手渡しできないなんて」
そう喋る高科さんは、今度は自嘲気味に笑っていた。
「わかってるんですよ。でも、あたしは……」
「別にいいじゃないすか」
高科さんらしくない悲壮感を漂わせる姿に、俺はつい口を開いてしまった。
「結局プレゼントなんて自己満だし。芳槻さんが喜ぶならそれでいいんじゃないすか」
「信吾君……」
「ただ、姉ならもう少しなんとかした方がいいっすね。いつまでもこれはちょっと」
俺の台詞に、高科さんが目を丸くする。
やべ、言い過ぎたかなと気にしていると、
「あれ~? あたし、さらの姉だなんて一言も言った覚えないですよ?」
すぐに元の調子で、逆に訊き返してきた。
俺は呆れ気味に、その問いに答える。
「言わなくてもバレバレっす」
「あはは、やっぱバレちゃいましたか」
そりゃあわかるだろ。あれだけ匂わせておいて。
わからないのパワポケ君ぐらいじゃないか?
「そうですね……いつか、ちゃんと手渡しできる日が来たらいいな」
「……」
気に入らないな、その祈るような目。
いつも通り、ゴリ押しで乗り込んでいけばいいのに。
「できるんすか? そんな調子で」
挑発気味に訊いてやると、
「あたし一人じゃ無理だったかもしれないですね~」
なんて呑気な返事が返ってくる。続けて、
「でも、今のあたしには信吾君という最強の相棒がいますからね! なんとでもなる気がしますよ!」
そうきたか……でもお生憎様、俺よりもっと頼りになる人がいるんだよな。
「俺なんかより、パワポケ君の方が頼りになりそうすけどね」
「あ、確かに。パワポケ君はコミュ力の塊ですからねえ。信吾君と違って!」
おい、一言余計だぞ。これだからコミュ力に全振り人間は……。
俺はため息を吐きつつも、ふと気になったことがあり話題を変えた。
「芳槻さんの誕生日っていつなんすか?」
「10月18日ですよ。もう来月ですね~」
それを聞いて、俺は少し驚いたと同時に黙考する。
俺と誕生日が近いとかいうどうでもいいことは置いといて──芳槻さんが誕生日ということは、イコール高科さんも誕生日ということだ。
そっか……相方として、さすがになんか買わないとなあ。ちょっと探ってみるか。
「高科さんはなんか欲しい物とかないんすか?」
「あたしですか? あたしは信吾君と毎日一緒にいるだけで満足ですよ!」
「……そうですか」
だめだ、訊いた俺がバカだった。
となると……やべー、こういう時ってどうしたらいいんだ。経験がなさすぎて終わってるぞ。
「あっ、コンビニが見えてきましたよ!」
「……」
「ほら、行きますよ!」
「! そんなに走らなくてもコンビニは逃げないっすよ……」
俺は高科さんに手を引かれて、コンビニへと走って向かう。
しかし、頭の中はもう、来月の10月18日のことでいっぱいだった。
◆◆彼女たちとの日常⑥ その2◆◆
授業と授業の合間の休憩時間。
トイレからの帰り道、廊下を歩いていると、
「……」
廊下の片隅から、黙ってこっちをジッと睨みつけてくる桜井さんの姿が目に入った──否、入ってしまった。
まじかよ……てか、ここ二年生のフロアだぞ。なんでいるんだ……?
しかし、教室に戻るためにはここを通るしかない。別に遠回りして行けなくもないけど、急に引き返したら追いかけてきそうだしな……。
俺は一呼吸入れてから歩き出した。そして、桜井さんが目の前に迫ったところで会釈する。
「うっす」
「……どうも」
そう言って、桜井さんはペコリと頭を下げてくれた。少し怪しい間があったけども。
でも、これは大成長じゃないか? てっきり、また成敗されることも覚悟してたのに。
俺は桜井さんを刺激しないよう、静かに話しかける。
「何してるんすか?」
「……神城さんには関係ないです。あっち行ってください」
しっしと手を払われてしまった。どうやら、まだ嫌われてるらしい。
大人しく教室に戻ろうとすると、
「あっ!」
急に、桜井さんが声をあげた。桜井さんは、まっすぐ教室の方を見ている。
俺も同じように教室の方へ目をやると、そこには教室から出てくるパワポケ君が見えた。
「神城さん、あの人だれですか?」
「えっ?」
あの人……たぶん、パワポケ君のことだよな。他にあまり目立つ人もいないし。
「パワポケ君すね。野球部の」
「パワポケ……仲良いんですか?」
「まあ、それなりっすね」
「ふーん……」
なんだ? パワポケ君がどうかしたのだろうか。
「あの男が最近、さらちゃんにちょっかいかけてるみたいなんですよ」
「ちょっかいすか……?」
「そうです。なので、ここで張り込んでとっちめてやろうと思いまして」
「はあ……」
まじか。パワポケ君まで、桜井さんの成敗の犠牲になりかけているとは……。
「本当は神城さんも、このいつきが月に代わって、おしおきしてやろうと思ってたんですけど」
「えぇ……」
勘弁してくれ。尻がいくつあっても足りないから。
「でも神城さんには、この前助けてもらった恩があるので。今日のところは見逃してあげます」
「あ、あざす」
よかった。やっぱ恩ってのは返ってくるものなんだな。
──よし、それじゃあ今回も恩を売っておくとするか。
「この階で暴れると危ないっすよ。高科さんも芳槻さんもいるんで」
「うっ……た、確かに」
「どこで見られてるかわからないすからね」
「だ、だからって、どこの馬の骨ともわからない男にさらちゃんは任せられないし……」
馬の骨は面白すぎる。パワポケ君って、この学校じゃ結構有名なはずなんだけどな。
「とりあえず、張り込み続けてみたらいいんじゃないすか?」
「うーん……そうします。私も命は惜しいので」
「賢明っすね」
ふぅー……なんとか丸く収められたかな。パワポケ君も守り、桜井さんも守る。まさに一石二鳥だ。
──そうだ。桜井さんなら教えてくれるかも。
「ちょっと訊いてもいいすか?」
「……なんですか。私まだ貴方のこと認めていないんですけど」
目を細めてこっちを見てくる桜井さん。
くっ、でも俺もここで引くわけにはいかない……!
「その、10月18日なんすけど……二人の誕生日じゃないすか」
「ほぅ……さすがに誕生日は知ってましたか」
少しだけ、桜井さんの目から鋭さが消える。
よし、このまま畳みかけるぞ!
「それでなんすけど……二人が何を好きなのかとか、教えてもらえないかなーと……」
「なんで私が教えなくちゃいけないんですか。さっきも言いましたけど、私はナオちゃんの彼氏として、まだ貴方のことは認めていないんですよ」
「……そうですよね。すみません」
手厳しいお言葉をいただいてしまった。さすがに調子に乗りすぎたか……。
そう諦めていたら──。
「ああ、もう! 今回だけ協力してあげますよ!」
「えっ?」
「神城さんには、二回助けてもらいましたからね。でも、これでチャラですよ」
「あざっす! 助かります!」
ナイス過去の俺!
やっぱ横のつながりってのは大切にしなきゃね。こういう時に助かるから。
「まったく、ナオちゃんはこの人のどこを好きになったんだろ」
呆れた様子でため息を零す桜井さん。
それは、それだけは俺も未だに分からないんだよな……。
◆◆彼女たちとの日常⑥ その3◆◆
その日、とある授業で小テストが返却された。
「おお! 今回の小テストは結構、いい点だったぞ」
前の席のパワポケ君から、実に満足げな声が聞こえてきた。どうやら、小テストの出来が良かったらしい。
「おい! パワポケ!」
「なんだよ。越後」
「いま返してもらった小テスト、何点だった?」
パワポケ君と同じ野球部の越後君。こちらも自信ありげなご様子である。
このまま点数勝負に発展しそうな予感だ。
「なんだか自信たっぷりの顔だな」
目を細めるパワポケ君。が、すぐにその目がカッと見開かれた。
「しかし! 今回は俺も自信があるぜ!」
パワポケ君の台詞に、「やれやれだぜ」と首を振る越後君。
「じゃあ、同時に点数を言い合おうぜ。負けたらジュースだからな」
「ああ」
両者の合意によって、勝負が成立した。
パワポケ君が「せ~の!」と掛け声を出す。
そして──。
「「6点!!」」
結果は同点。引き分けに終わった。
「なかなかやるじゃないか! 越後! さすが俺のライバルだぜ」
「お前こそ」
互いを称え合う二人。
そんな二人を見て、荷田君が呆れ顔でつっこむ。
「これは50点満点でやんすよ。なんで二人とも、そんなに誇らしげでやんすか」
中々に辛辣である。
まあ、俺ももう少し頑張れとは思わなくもないけど。6点って二問しか正解してないってことだし。
「二人とも、少しは神城君を見習うでやんす」
「なんだよ神城。俺たちと勝負しようってのか?」
越後君の目が俺へと移る。
俺は思わず苦笑い。
「いや、別に……」
「やめとけ越後! 見ろ、神城君の答案を! さすがの俺たちでも分が悪すぎる!」
パワポケ君の言葉を聞いて、越後君は俺の机の上の答案に目を向ける。
すると、すぐに目を丸くして声を上げた。
「げっ! 全部丸じゃねーかよ!!」
「まあ……」
ちゃんと予習も復習もやったからね。
たとえやってなくても、6点はないと思うけど。
「だから言ったでやんす。越後君と神城君とじゃ、月とスッポンでやんすよ」
「くっそ~。おいパワポケ、このまま負けたままでいいのか!」
「うん。神城君には俺たちが逆立ちしても絶対に勝てないよ」
パワポケ君、急に冷静になったな……さっきまでのノリが嘘みたいだわ。
と、そこへ──。
「その通り! 越後っちが信吾君に勝とうだなんて、100億年早いですよ!」
「誰だ!」
越後君が鋭い視線を向けた先、そこには高科さんが立っていた。
なんか来たー……。
「そんな点数じゃ、あたしにも勝てないですよ」
「高科っ! じゃあ、お前は何点だったんだよ!」
越後君の問いに、高科さんは目をキュピーンと光らせる。
そして、手に持っていた答案用紙を、バサッと机の上に広げた。
「な、なんだと! 25点だと……」
おお、半分か。高科さんにしては頑張ったな。
「やめとけ越後、今の高科には俺たちじゃ勝てない……!」
「ふっふっふ。あたしは二人と違って、日に日に進化してますからねえ。パワポケ君も越後っちも、レベルの低い争いなんかしてたら見苦しいですよ」
めっちゃ言うじゃん。ついこの前まで、二人と同レベルだったくせにな。
「く、くそ~! 高科ってそんなに頭良かったのか~!」
「なぜだろう、高科が頭良いのが解せない……」
「悔しかったら勉強することですよ。まあ、二人じゃどんなに勉強しても、信吾君とあたしの最強コンビに勝てっこないですけどね~」
おいやめろやめろ、煽るな。俺の学力なんていいとこ中の上なんだから。
「おいパワポケ! ここまで言われて、悔しくないのか!」
「いやあ、せめて高科だけだったらなあ。神城君には勝てる気がしないよ」
ふむ……そういうことなら。
「じゃあ、次のテストは俺、手貸さないわ」
「えっ!!」
よほど驚いたのか、高科さんが目を丸くして声を上げた。
すると、チャンスだと言わんばかりに、パワポケ君と越後君が食いついてきた。
「いいね、それ。それなら俺たちにも勝ち目あるな」
「ああ! 次のテストで勝負だ、高科!」
「その見下した顔を、ゆがませてやる!」
二人とも急に強気になったな……俺がいないってだけで、ここまで変わるのか。
さて、当の高科さんはというと。
「むぅ……ここまで言われたら、さすがに引き下がれないですよ」
おっ、なんかやる気だぞ。
「分かりました。このナオっちが相手になりますよっ!」
こうして、次のテストは三人で勝負することが決まった。
みんな頑張ってくれ。俺は今回は傍観させてもらうわ。
「いいでやんすか? あんたの彼女、ほうっておいて」
「別にいいんじゃない。楽しそうだし」
「負けちゃうかもしれないでやんすよ?」
「まあ、そしたらドンマイだね」
「かーっ、相変わらずドライでやんすねえ」
そうかな。でも、勝負なんてそんなものじゃない?
あとは──心のどこかで今の高科さんが、二人に負けるとは思ってないってのも、あるかもしれないな……。
◆◆彼女たちとの日常⑥ その4◆◆
放課後。中庭にて。
いつものように駄弁っていると、急に高科さんが真面目な顔で訊いてきた。
「信吾君って、卒業したら大学に行くんですよね?」
「まあ……たぶん行くんじゃないすかね」
どうしたんだ急に。進路の話なんて高科さんらしくもない。
すると、高科さんは唐突に閃いたような顔で言った。
「なるほど……勉強はこの時のためにあったんですね」
話の流れが見えない。勉強しすぎて悟りでも開いたのか?
「以前のあたしは、勉強なんていらないと思っていたんですよ。やってもわからないので、時間の無駄だって」
「はあ」
「でも、勉強しないと大学に行けないじゃないですか」
「ですね」
「信吾君と離れ離れになっちゃうじゃないですか」
「……そこですか」
もっといい大学に入るためとか、いい企業に就職するためとかあるだろうに。
「むっ……なんですかその反応は」
「えっ」
「まさか、ナオっちのことを置いてけぼりにするつもりですか?」
「いや、別にそういうつもりはないすけど……」
俺と同じ大学にこだわる必要ないと思うけどなあ。そういう理由で志望校決めるのも良くない気がするし。
「あはは、冗談ですよ。ちょっと重たい彼女を演じてみました」
「はあ……」
なんだよ。本気なのか嘘なのか見分けがつかないわ。
「でも、できれば大学も一緒がいいと思ってますよ。それは本当です」
今度は本当らしい。まあ、まだ卒業まで一年以上あるけどね。
「なので信吾君には、今後もナオっちの面倒を……あっ!」
突然、高科さんが前方を見て声を上げた。
その様子に首を傾げていると、
「タエタエだ~」
なるほど。どうやら、知り合いが通りかかったらしい。あの髪の長い女子のことか?
疑問符を浮かべていると、高科さんが説明してくれた。
「タエタエは一年生の時に、同じクラスだった子なんですよ。今は隣のクラスなんですが、二年生になってからは会わなくなりましたねぇ」
へー、そうなんだ。さすが高科さん、顔が広いわ。
「ちょっと行ってきてもいいですか?」
「あ、はい。どうぞどうぞ」
俺がそう言うと、高科さんはベンチから立ち上がり、走って声をかけに行った。
うーん、久々に会う奴の声のかけ方じゃないんだよなあ。やっぱコミュ力バグってるわ、この人。
「元気? タエタエ!」
「ナオじゃない。久しぶりね」
話しかけられたタエタエ?さんが、その場に立ち止まる。
そこから、微かに二人の話し声が聞こえてくる。俺は高科さんが戻ってくるまで、座って待機。
ボケーっとベンチに座りながら、ふと屋上に目をやった。
今日も芳槻さんは、一人で屋上にいるのかな。この時間はパワポケ君も部活だし。
そういえば、なんで芳槻さんはいつも屋上にいるんだろ。聞いたことなかったな。
なんてことを考えていたら──。
「助けてください! 信吾君!」
突然、高科さんの悲鳴が聞こえてきた。
何事かと思い、すぐに視線を声の方へ向ける。
「次に会った時には、勉強のし過ぎで、人格が変わってるかもしれませんよ!」
「はあ……」
大袈裟すぎだろ……てか、最近普通に勉強してるじゃん。
「さあ、行くわよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 勉強なら信吾君に教えてもらいますから!」
「? あそこにいる男子のこと?」
「そうです! ナオっちには専属の家庭教師がついてるんですよ!」
おーい、いつから俺は家庭教師になったんだー。しかも、二人ともこっち来てるし。
仕方ないので、俺もベンチから腰を上げた。
「タエタエ、こちら神城信吾君。あたしの家庭教師ですよ」
「神城です」
軽く頭を下げる。
すると、タエタエさんは何か考え込むような顔をした。
「神城……ああ、あなたが神城君なのね」
「へ? タエタエ、信吾君のこと知ってるんですか?」
「ええ、名前だけね。顔までは知らなかったから、ピンとこなかったけど」
意外すぎる。俺みたいなモブが、なんでこんな明らか陽キャな人に知られてるんだ。
「じーっ……」
なんか高科さんから謎に見られてる件について。
そんな見られても、何も出てこないぞ……。
「私は、三橋妙子よ。ナオとは一年生の時に同じクラスだったの」
「ど、どうも……」
なるほど。タエコでタエタエってことね。
「あ、あの。どうしてタエタエが信吾君のことを知ってたんですか?」
おそるおそるといった様子で、高科さんが尋ねる。
その問いに、三橋さんは淡々と答えた。
「ああ、成績発表の掲示板で見たのよ」
「掲示板? 一学期のですか?」
「そ。あなた、この前の期末テストの成績よかったでしょ」
三橋さんが俺を見て訊いてきた。
確かに、期末テストの成績はそれなりだった気がする。
「まあ、それなりには……」
「学年で23位がそれなりだなんて、随分と志が高いのね」
「い、いや、別にそういうわけじゃないですけど……」
なんで順位まで覚えてるんだ……記憶力やばくない??
「成績のいい男子なんて、そういないもの。だから目に留まったの」
「そういうことでしたか。なんだか、ナオっちは安心しましたよ」
なんの安心だよ……てか、名前までよく覚えられるな。頭良すぎだろ。
「そっか。神城君がナオに勉強を教えてるのね」
「まあ……成り行きで」
「それなら、私も協力してあげるわ」
「えっ」
思わず顔を見合わせる俺と高科さん。こういう展開は珍しい。
「私と神城君が協力すれば、今度のテストでは学年で50位以内には入れてあげられるでしょ」
「ナニヲイッテイルンデスカ?」
よほど衝撃的だったのか、高科さんは呆然としていた。発する言葉も片言だ。
50位以内かー。今の高科さんには結構ハードル高いぞ。
「そうだ。今日は時間があるから、私の部屋に今から行きましょう。今のナオがどれぐらい勉強できるのか、見てみたいわ」
「い、いや、今日はこれから信吾君とネタ探しに行く約束が……」
「ちょっとだけだから。神城君、ナオのこと少し借りてもいい?」
三橋さんが俺を見て訊いてくる。
高科さんもこっちを見る。ものすごく助けてほしそうな顔で。
うーん、少しだけならいいと思うけどな。しかも、久々に会ったのなら積もる話もあるだろうし。
なので、高科さんには申し訳ないけど。
「別にいいですよ」
「信吾君?!」
「いいじゃないすか。少しだけなら」
これも高科さんのためだ。今のうちに少しでも学力を伸ばしてもらわないとね。
すると、三橋さんが小さく笑った。
「決まりね」
「決まってませんよ!」
「さあ、行くわよ」
「待ってください! まだ心の準備が!」
「いらないわよそんなの」
「いやいや、覚悟とか!」
「はいはい、そんな大袈裟なものいらないから」
高科さんの腕を掴んだまま、三橋さんが歩き出す。
ズルズルと高科さんが引っ張られていく。
「信吾くーん!」
振り返って手を伸ばしてくる。まるで連行されている囚人みたいだった。
俺は苦笑しながら、二人の姿が見えなくなるまで見送った。
さて、俺も帰って勉強するかな。特にやることもないし。
俺は鞄を持ち上げると、一人で寮へ戻ることにした。
◆◆彼女たちとの日常⑥ その5◆◆
放課後。
俺はパワポケ君と二人で廊下を歩いていた。
「珍しいね。神城君が高科と一緒じゃないなんて」
「そんないつも一緒にいるわけじゃないよ」
「そうかな? だいたいいつも一緒にいる気がするけど」
……言われてみれば、いないことの方が少ないか。
でも、今日は何も聞かされてないんだよな。たまにあるけど、どうせネタ探しの下調べってとこだろう。
「そういえば神城君」
「ん?」
「最近、さらと話した?」
「あー、話したよ」
芳槻さんとは勉強のことで、たまに話すことがある。互いの苦手科目の相談相手って感じだ。
「この前の英語のテストの時とか、わからないところ訊いてくれたかな」
「そっか……よかった。俺、勉強は全然だからさ。神城君が相談相手になってくれてありがたいよ」
「お互い様だけどね。俺も物理のこと訊くし」
「いいじゃん。友達!って感じで」
「まあ……そうだね」
友達か。俺はそう思ってるけど、芳槻さんはどう思ってるんだろうな……。
「そういえば、来週さらと街に行く約束してるんだ」
「え、すご。デートじゃん」
「そ、そういうつもりはないんだけど……やっぱデートなのかな?」
「一般的にはそうなんじゃない?」
「うーん、なんか急に緊張してきたな……」
珍しい。あのパワポケ君が緊張だなんて。
「そう固くならなくてもいいでしょ。いつも通りで」
「そうかな?」
「うん。約束さえ忘れなければ大丈夫だよ」
「それは絶対に忘れないよ。さらの信頼を裏切るようなことは、したくないからね」
「……」
急に話が重たくなったな……。
確か、前も言ってたっけ。友達に裏切られたらどうするか、か。
「大丈夫でしょ、パワポケ君なら」
「え?」
「パワポケ君でダメなら、他の野郎全員ダメだよ」
「それは言いすぎなんじゃ……ていうか、神城君がいるじゃん」
「俺は友達以上にはなれないから」
「えっ、それって――」
そこまで言ったところで、パワポケ君の視線が廊下の外へ向いた。俺もつられて窓の外を見る。
中庭。そこに高科さんと荷田君がいた。
「あれ、荷田君と高科じゃない?」
「だね」
二人きりで何か話している。距離があるので、話し声までは聞こえない。
珍しい組み合わせだな。同じクラスだけど、二人きりでいることは見たことない。
「二人とも、何してるんだろ」
「さあ……」
「気にならないの? 高科と荷田君、二人きりだけど」
「いや、べつに」
パワポケ君が言いたいことはわかる。でも、高科さん相手にそんなの気にしてたらキリがない。
なにせ、誰とでもすぐに友達になれるほど、コミュ力のある高科さんだ。野郎と二人で話す機会なんて、山ほどあるだろうからね。
「へぇー。神城君って、高科のこと信頼してるんだね」
「まあ……一応、付き合い長いからね」
俺はもう一度、中庭を見る。
すると、高科さんが鞄から何かを取り出した。それを荷田君へ渡す。
「雑誌?」
パワポケ君が首を傾げて呟く。俺にも何かの雑誌のように見える。
荷田君は嬉しそうにそれを受け取ると、代わりに何かを差し出した。
「写真かな」
「っぽいね」
高科さんが受け取って、一枚ずつ確認している。
遠目からだけど、妙に嬉しそうだ。荷田君も貰った雑誌を眺めて満足そうにしている。
そんな二人を、俺とパワポケ君は無言で眺めていた。
そろそろ行こうと思った矢先、パワポケ君が納得したように言った。
「確かに、あれはないな。あの顔はない」
「何が?」
「え、逢引とか?」
さらっととんでもないことを言い出すパワポケ君。
高科さんに限って、それはないかなあ。
「声かける?」
「いや、いいよ。俺に何も言わないってことは、俺がいたら都合悪いってことだし」
「さすが、以心伝心って感じだね」
「へー、以心伝心なんてよく知ってるね」
「俺のことバカにしてない??」
パワポケ君のツッコミに、俺は半笑いを浮かべる。
そして、二人で並んで歩き出した。
(おまけ)
いつき「二年ぶりの更新ですね」
作者「んね。めっちゃ空いちゃった」
いつき「今更感ありますけど、急にどうしたんですか?」
作者「今年の甲子園見てたら、創作意欲が湧いてきた」
いつき「へー、甲子園様様ですね」
作者「このまま最後まで書けたらいいなあ」
いつき「そこは頑張ってくださいよ」
作者「頑張ります……」