とあるモブ男子の奈桜ルート攻略   作:Sh1Gr3

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久方ぶりの投稿です。

※少しでも吐き気を催したらそっ閉じ推奨です。


彼女たちとの日常⑤

 

 

 

 「あっつ……」

 

 ジリジリと照り付ける日差しに、不快感から文句の言葉を漏らした。

 まだ夏本番を迎える前とはいえ、流石に暑くなってきたな……。

 

 長かった期末テストも終わり、夏休みが目前に迫った今日の放課後。

 俺と高科さんは、いつものように中庭を訪れていた。

 

 「さて、今日はどこに行きましょうか!」

 

 暑さでウンザリ気分の俺に構うことなく、笑顔で話しかけてくる高科さん。

 今は日陰にいるからまだマシとはいえ、モグラの俺には、しんどい暑さだ。この暑さの中でも、いつものノリを維持できる高科さんは、素直にすごいと思う。

 

 「とりあえず中入んないすか……」

 「もう、テンション低いですねえ~。もっと上げていきましょうよ!」

 

 上げてくって、こんな暑さじゃ上がるものも上がらないっての……。

 

 「なんで逆にそんなテンション高いんすか」

 「だって、もうすぐ夏休みじゃないですか!」

 

 ……確かに。それは俺も同じ気持ちだ。

 

 「期末テストも、信吾君のおかげで補習なしで済みましたし。今のナオっちは無敵ですよ!」

 「……そうすか」

 

 期末テスト。赤点を取った生徒は、強制的に補習を受けさせられる。

 高科さんは、全教科とも赤点を上回り、なんとか補習を免れたのだった。

 

 思い返すと、よくやったと思う。英語と同様に、他の科目も終わってたからな……。

 ちなみに、高科さんの言う「俺のおかげ」というのは、テスト期間中、一緒に勉強していたことを言っている。──ほんと、教えるの大変でした。

 

 「ところで、信吾君の夏休みのご予定は?」

 「いや、普通に家帰りますけど」

 「えーっ! 帰っちゃうんですか?!」

 

 驚愕したような高科さんの声。

 

 「そうですか……ナオっちのこと見捨てて、帰っちゃうんですね……」

 「見捨ててって……」

 

 わざとらしく俯く高科さんに、苦笑いを浮かべる俺。逆に質問する。

 

 「高科さんは帰らないんすか?」

 「そうですねえ~。帰らないつもりだったんですけど、信吾君が帰るならあたしも帰ろうかな」

 

 別に俺に合わせなくてもいいのに。俺はただ単に、こんな窮屈なところじゃ夏休みを満喫できないから、帰るだけなんだけど……。

 

 「それで、いつ帰るんですか?」

 「初日っす。もう新幹線も予約してあるんで」

 「えーっ?! そういうことはもっと早く言って欲しいですよ!!」

 「あー……言い忘れてたっす」

 

 一応、言おうとは思ってたんだけど、テスト返しとかも相まって完全に忘れてた。

 高科さんが、目を細めてこっちを見てくる。そして、珍しくため息を吐いてから言った。

 

 「まあいいですよ。信吾君のデリカシーの無さは、今に始まったことじゃないですし」

 「……」

 

 耳の痛い話だ。しかし、今度ばかりは何も言い返せない。

 

 「そっか……じゃあ、一か月ぐらい会えないんですね」

 

 しんみりした面持ちで呟く高科さん。そんな顔を見せられると、なんか罪悪感が……。

 

 「はあ~。夏休みの宿題、ちゃんと終わらせられるか不安ですよ」

 「そこっすか……」

 

 抱いた罪悪感が、一瞬でどこかへ消し飛んだ。──まあ、高科さんらしいけどね。

 

 「あ~ね~ご~!!」

 

 突然、横からどこか聞き覚えのある声が飛んできた。

 声のする方へ、俺と高科さんの目が移る。

 

 「あっ! いつきだ!」

 「やっぱり……」

 

 桜井いつきさん。ひょんなことから知り合いになってしまった、芳槻さんの後輩──もとい、高科さんの妹分。彼女には、出会って早々に蹴とばされた苦い記憶がある。

 今回はたぶん、大丈夫だとは思うけど……。

 

 桜井さんは、こっちまで駆け寄ってくると、高科さんの目の前で足を止めた。

 俺は二人から、そっと距離を置く。──大丈夫だとは思うけど、また蹴られたら堪らないからね。

 

 「姉御! 探したよ!」

 「その呼び方、やめようよ。さすがに誰かの前じゃ、恥ずかしい」

 「だって高校生になったら、ナオちゃんって言うよりも、姉御って言った方がしっくりくるんだもん」

 「それ、いつきだけだよ」

 

 高科さんの冷ややかな視線が、桜井さんへと向けられる。なんとも、珍しい光景だ。

 普段の呑気な高科さんと違って、どこか落ち着いた雰囲気。口調も敬語じゃなくなっている。前者を見慣れてしまった俺には、なんというか、ギャップがすごい。

 どうやら、俺の予想は当たっていたみたいだ。姉御というのは、やはり高科さんのことだった。──芳槻さんと違って、見るからに仲も良さそうだしな。

 

 「わかったよ。そんなことより……あれ?」

 

 ふと、桜井さんの目が俺の方へと移った。

 やべっ──と思った瞬間、桜井さんが声をあげた。

 

 「ああっ!! 神城!……さん」

 「……うっす」

 

 バレてしまった。まあ、時間の問題だったけど。

 というか、そんな無理に「さん」付けしなくてもいいのにな。

 

 「なんで、ナオちゃんと神城さんが一緒にいるの?」

 

 あの時と同様、鋭い視線が向けられる。

 嫌な予感がするので、また一歩、そっと距離を取る。

 

 「いつき、信吾君のこと知ってるの?」

 

 小首を傾げる高科さん。

 鋭い視線を飛ばしたまま、桜井さんが答える。

 

 「うん。さらちゃんにちょっかいかけてる人」

 「えっ?」

 

 ちょっかいって、なんか誤解してないかこの子……。

 苦笑いを浮かべていると、高科さんが誤解を解くように言った。

 

 「えっとね、いつき。信吾君は、あたしの彼氏さんなんだよ」

 「えっ! 彼氏?!」

 

 目を丸くする桜井さん。なんか、地雷を踏みぬいた気がするんだけど、気のせいかな……。

 高科さんが、俺を見て話しかけてくる。

 

 「知ってたんですね、いつきのこと」

 「まあ……一応」

 

 知ってるといっても、名前と貴女方姉妹の後輩ってことぐらいしか、情報ないけどね。

 

 「そうですか。それなら話は早いですよ」

 

 頭の中で、桜井さんについて把握していることを整理していると、高科さんが追加の情報を喋り出した。

 

 「いつきは一つ下の学年で、あたしの……あたしとさらの幼馴染なんですよ」

 「へー、そうなんすね」

 「はい。昔は三人でよく遊んだものです」

 

 懐かしそうに語る高科さん。

 つまり、ただの後輩ではなくて、もっと小さな頃からの付き合いだったってわけだ。そりゃあ、仲良いわけだな。納得した。

 

 俺はチラッと、桜井さんへ目をやる。

 桜井さんは、この前と同様、ジッと俺のことを睨んでいた。

 

 「さらちゃんだけじゃなく、ナオちゃんまで……しかも、彼女だなんて……!」

 

 なにやら、ブツブツと恨み言じみた言葉が聞こえてくる。

 前みたいに「成敗」とか言われるのかなと思っていると、高科さんが桜井さんの方を見て口を開いた。

 

 「それで? いつきは、あたしに何か用があったんじゃないの?」

 「へ?」

 

 桜井さんの目が、俺から離れる。

 

 「あ、いや、用ってほどじゃないんだけど。ただ、ナオちゃんがいたから、何してるのかなーって!」

 「あたしは、信吾君と夏休みの予定を話してただけだよ」

 「信吾君……? ハッ! そうだ!」

 

 思い出したかのように、また俺のことを睨みだす桜井さん。

 そのまま、忘れてて良かったのに……。

 

 「おのれぇ……ナオちゃんを惑わす悪魔め!」

 

 桜井さんの目が、キュピーンと光る。それと同時に、戦闘態勢。

 いやいやいや、なんでそうなる? これ絶対また蹴られる流れじゃん。

 

 というか、悪魔ってなんだよ。俺よりも高科さんの方が、よっぽど悪魔だろ。

 なんてことを考えていると、桜井さんの足が一歩前へ。

 俺、大ピンチ!

 

 「このいつきが天に代わって、おしおき──」

 

 とまで言ったところで、桜井さんの台詞が途切れた。

 高科さんが、桜井さんを止めるように、ガシッと腕を掴んだからである。──キュピーンと目を光らせてね。

 

 「えっ? ナオちゃん?」

 「いい度胸だね。あたしの前で、信吾君にそんな態度取るなんて」

 「えっ! いや、目、目が笑ってないです」

 

 あらら……結局こうなるのね。まあ、おかげで蹴られずに済んだけど。

 

 「ちょっと来なさい……いつき」

 

 高科さんの目が、またも光る。

 

 「知ってると思うけど、あたしは加減って知らないからね」

 「ま、待って! ご、ごめん! ごめんなさい!」

 

 必死で謝る桜井さん。その様子から察するに、だいぶ苦い経験をした過去がありそうだ。──この姉妹の幼馴染と考えれば、それも想像に容易い。

 その時、桜井さんと目が合った。さっきの鋭い視線はどこへやら、まるで助けを請うかのような、弱弱しい目でこっちを見てくる。

 

 「少し待っててください。すぐ戻りますから」

 

 そんな桜井さんを、容赦なく、笑顔で引きずる高科さん。

 うーん、さすが姉妹。この口元は笑っているのに、目が笑っていない感じの笑顔、やっぱ似てるわ。

 

 「どこ行くんすか?」

 「ちょっとそこの道具室まで。可愛い妹分に、目上の人に対する口の利き方を教えてきますよ」

 

 左様ですか……俺は別に気にしてないんだけどな。

 

 「ごめんなさい神城さん! 次からはちゃんと敬語で話しますからぁ!」

 

 ズルズルと引きずられていく桜井さんの、断末魔が聞こえてくる。桜井さんには悪いけど、ちょっと面白い光景ではあるな。

 俺は半笑いを浮かべると、軽いノリで高科さんに言った。

 

 「まあいいんじゃないすか。謝ってるし」

 「だめですよ。甘やかすと、ろくな大人にならないです」

 「はあ」

 

 ろくな大人って、大げさすぎだろ……一つしか歳変わらないのに。

 それに、自分が言えた台詞かそれ。特大ブーメラン刺さってない?

 

 「じゃあ……お相子ってことで」

 「お相子? なんのですか?」

 

 小首を傾げる高科さんに、俺はそっぽを向きながら、適当に説明する。

 

 「あー……芳槻さんと話す時に、ちょっと助けてもらったんすよね」

 「さらと?」

 

 高科さんの訝し気な目が、桜井さんへと移る。桜井さんは、コクコクと首を縦に振っている。──たぶん、なんのことか分かってないだろうけど。俺も適当だし。

 

 「だから、いいんじゃないすか。今回は」

 「むぅ……そういうことなら、今回は見逃してあげますよ」

 

 高科さんの手が、桜井さんの腕から離れる。

 腕を解放された桜井さんは、あからさまにホッと胸をなでおろしている。

 

 「でも、次は容赦しないからね」

 「はい! 分っかりました!」

 

 釘をさすような高科さんの言葉に、ビシッと敬礼して答える桜井さん。

 ほんと、絵に描いたような上下関係だな。見てて笑えてくる。──桜井さんには悪いけど。

 

 「それじゃ、またねナオちゃん!」

 

 笑顔でブンブンと手を振って、この場を走り去る桜井さん。

 桜井さんは、俺の前を横切ると一瞬だけこっちを見てきた。その顔からは笑顔は消えており、ムスッとした表情に変わっている。

 

 それでも、目を離す直前にはペコリと頭を下げてきたので、普通に話せば分かるタイプの人なんじゃないかなと思った。

 あの顔を見るに、また変に絡まれそうではあるけど……。

 

 「とまあ、あんな感じの子なんですよ」

 

 桜井さんが見えなくなったところで、高科さんが口を開いた。

 

 「少しやんちゃなところもありますけど、根はいい子なので。仲良くしてあげてください」

 

 そう言って、ニッコリと微笑む高科さん。

 仲良くねえ……俺は構わないけど、全ては桜井さん次第だからな。こればかりは、俺だけじゃどうにもならない。

 

 「だいぶ嫌われてるっぽいすけどね」

 

 自嘲気味に言うと、高科さんが呑気に笑いながら言った。

 

 「そんなことないですよ。本当に嫌いだったら、あの子のことだから真っ先に手か足が出てると思いますよ」

 「……まじすか」

 

 物騒な台詞に、引きつった笑みを浮かべる俺。

 既に足の方はくらっているので、説得力のある台詞だ。もっとも、そのあと謝ってくるあたり、本当に嫌われているのか、いまいち判断がつかないのだが。

 

 「まっ、そんな心配は無用ですけどね~。もしまた信吾君に突っかかってきたら、あたしが容赦しないので!」

 「はあ……そうすか」

 

 目をキュピーンと光らせる高科さんを見て、俺は思わず苦笑い。

 まあ、嫌われてようがそうでなかろうが、どっちでもいいか。この姉妹との絡みが続く限り、もれなく桜井さんもついてきそうだし。そのうち慣れるでしょ。

 俺はそう楽観的に考えつつも、次会った時は、少しは普通に話せたらなと思うのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆彼女たちとの日常⑤ その2◆◆

 

 

 「今日は学校を抜け出して買い物に行きたいんですよ!」

 「……まじっすか」

 

 放課後。中庭に到着して早々に、高科さんが言った。

 俺はとうとう来たなと思った。いつかは言われると思っていたけど、いざその状況に直面すると、普通に言ってることやばいよなってなる。

 

 「さあ、善は急げですよ! 早く行きましょう!」

 

 俺が何かを言う前に、高科さんが手を引っ張ってくる。どうやら拒否権はないらしい。──まあ、いつものことだけどね。

 

 

 親切高校から、徒歩とバスを利用して一時間弱。ようやく目的の街に着いた。

 バスから降りると早速、高科さんが百貨店らしき建物を指差す。

 

 「まずはあそこに行きましょう!」

 「いっすよ」

 

 俺の行きたい場所も聞かれたけど、特になかったので、高科さんの店周りに付き合うことにした。

 高科さんに先導されて、色々な店を歩いて回る。たわいもない会話を挟みながら、次の店へ次の店へを繰り返していく。

 そんな中、歩いていてふと思った。そういえば、高科さんとこうやって街に出かけるの、これが初めてなんだよな。学校抜け出すとかいう、非日常ムーブしてるけど……。

 

 「いやあ、なんかいいですよね~。こういうの」

 

 横を歩く高科さんが、不意に口を開いた。

 特に考えずに訊く。

 

 「なにがっすか?」

 「ほら、青春って感じがするじゃないですか。学校を抜け出してショッピングデートだなんて、ロマンですよ」

 「ロマンなんすかこれ……」

 

 苦笑いを浮かべる俺に、高科さんが続けて言う。

 

 「実を言うとですね、断られるかと思ったんですよ」

 「え、なんでですか?」

 「真面目な信吾君のことなので、学校を抜け出すとか嫌なんじゃないかなーって」

 「……言うほど真面目じゃないっすよ。真面目なら部活も出てるでしょ」

 「新聞部には毎日出てくれてますよ?」

 「それはまた別じゃないすか……」

 

 クスクスと笑う高科さんを横目に、俺は今更ながら確認する。

 

 「てか、拒否権あったんすか?」

 「ないですよ。断られても付き合ってもらうつもりでしたし」

 

 ほらみろ。やっぱり拒否権ないじゃん。

 ……まあ、断るつもりもなかったけどさ。

 

 「信吾君て、意外とこういうの平気なタイプですか?」

 「学校抜け出すことっすか?」

 「はい。なんとなく、こういうことには距離を置くタイプに見えまして」

 

 なるほど。高科さんにしては、それは見立てが甘いな。

 俺は、フッと鼻で笑いながら言った。

 

 「この学校に来てからはないっすね。中学の時までなら割とやんちゃしてましたけど」

 「えっ、そうなんですか?」

 

 目を丸くする高科さん。

 誤解されては困るので、説明を加える。

 

 「流石に学校抜け出したことはないですけど、夜の学校で鬼ごっこしたりとかはありますよ」

 「おお! それは楽しそうですね!」

 

 そう言って、目を輝かせる高科さん。

 まあ、他にも色々やらかしエピソードはあるんだけど、それは言わないでおこう。あまり話しすぎると、ネタにされかねないからね……。

 すると、高科さんはクスッと小さく笑った。

 

 「そっかー。あたしたち、実は似た者同士だったんですね。道理で気が合うわけですよ」

 「いや、全然似てないでしょ……」

 

 即否定する俺。

 

 「そんな行動力とコミュ力のお化けじゃないんで」

 「何言ってるんですか~。あたしと今ここで、こうやって話せてる時点で説得力ないですよ」

 「……そうすか」

 

 ニッコリ笑顔の高科さんを見て、俺は反論することを諦めた。

 その顔でそう言われてしまっては、何も言い返せない。

 

 「いやあ~。やっぱり信吾君と話すのは楽しいですね~」

 

 これは……まあ、言われても悪い気はしないな。少なからず、俺も同じ気分だし。

 

 「なので、あともう少しだけ付き合ってください!」

 「うっす……」

 

 心の内が悟られないよう、目を合わすことなく頷く。

 視界の端では、高科さんがニコッと微笑むのが見えた。──バレてんのかなあ、これ。

 

 

 両手に持った荷物が、まあまあ重たくなってきた頃。

 買い物を終え店を出たところで、高科さんが口を開いた。

 

 「そろそろ荷物が重たくなってきたので、帰りましょうか」

 「あい」

 

 高科さんの言う通りに、帰路につく。

 はぁ……疲れた。とにかく疲れた。今の俺の顔、しんでるのではなかろうか?

 俺はため息を吐きながら、手に持った荷物──袋の中に目をやる。中には、あちこちの店で買ったお菓子が、大量に詰まっている。

 

 「なんでこんなお菓子ばっかなんすか?」

 

 買い物中も訊いたけど、「人気だから」の一言で片づけられてしまった。どうやら、寮内で売りさばくのが目的らしいのだが、なんでお菓子ばかりなのか気になった。

 

 「チッチッチ。よく見てください。全て新商品ですよ」

 

 袋の中を見るよう促される。

 新商品ばかりなのは、俺も見てたから知ってるけど……。

 

 「これらの新商品は、寮内で高値で取引されるのです。女子寮には飢えた獣がたくさん居てですね、そいつらは毎晩バリボリバリボリと貪り食うわけですよ」

 

 この言い方よ。他の女子生徒に聞かれたら普通に怒られそう。──聞いてる分には面白いけど。

 俺は続けて質問する。

 

 「お菓子が一番需要あるんすか?」

 「まあ、そんなところですかね。正直、購買にないものならなんでもいいんですけど、お菓子が一番取引しやすいんですよ」

 

 なるほど。確かに、他の日用品とかより値段も張らないし、なによりお手軽だしな。

 ……とはいっても、高校生が一人で買うには、そこそこの値段だったけどね。具体的には、俺の一か月分の小遣いが、普通に消し飛ぶ程度に。

 

 「それで、いくらぐらいで売ってるんすか?」

 「いえ、現金では取引してないですよ」

 「え、まじっすか」

 「はい。基本的にはペラですね。あとは、有用な情報とかでも取引可ですよ」

 「へえ……そうなんすね」

 

 平然と答える高科さんに、驚く俺。

 現金で取引していないってことは、消えたお金が戻ってこないということだ。

 それって、すごい損をしてることになるんじゃ……。情報で取引するあたりは、高科さんらしいけど。

 いまいち解せない気分の俺に、高科さんが言った。

 

 「前にも言いませんでしたっけ? あたしは寮に話題を提供したいだけなんですよ」

 「あー、言ってましたね」

 

 寮生活を華やかに、だっけ。あの時の会話は妙に印象に残っている。

 

 「だから、ペラでの取引でも構わないんです」

 「ふーん……」

 

 聞いていて思った。俺には到底無理だなって。

 そもそも、すぐに損得勘定を考えてしまう時点で無理なんだよな。高科さんは、そんなこと一ミリも考えずに、自分が楽しいと思える空間を作り出すために、日々奔走している。それが自然と、周りの人を巻き込んでいって……そりゃあ、人気者にもなるわけだ。

 

 「それに、ペラはペラで使っているんですよ。自分の為にじゃないですが……」

 

 最後の方だけ、高科さんはボソッと呟くように言った。特に考えずに訊く。

 

 「何に使ってるんすか?」

 「えっ? それは……とにかく色々ですよ!」

 

 あからさまに目をそらす高科さん。

 隠すの下手くそかよ……。絶対、人狼とかそういう系のゲームできないわ、この人。

 

 「さっ、早く帰りましょう! 信吾君の顔に、「疲れた」って大きく書いてありますし」

 「……うっす」

 

 俺が頷くと、高科さんはまたクスッと笑った。

 なんか、その笑った顔を見ると、どこか負けた気分になるのはなんでだろう……。

 

 

 その後、俺と高科さんは無事、誰にもバレることなく学校に戻れた。少しばかりヒヤヒヤしたけど、特に問題なかった。この学校の監視体制って、実はざるなのかもしれない。

 高科さん的には結構楽しかったみたいで、「また行きましょうね!」とのこと。それは俺も同じ気持ちなので、構わないんだけど……でも、当分はもういいかなってなってる。

 

 まあ、俺に拒否権はないんだけどさ……。

 

 

 

 

 

 ◆◆彼女たちとの日常⑤ その3◆◆

 

 

 「今日は学校を抜け出して買い物に行きたいんですよ!」

 

 終業式を前日に控えた今日。先日と同じノリで、高科さんから買い物に誘われた。

 

 「え、またっすか……?」

 「またですよ!」

 

 堂々と返事がかえってくる。こうなってしまっては、俺に高科さんを止めるすべはない。──特に予定もないしね。

 はぁ……当分はもういいやって思ってたんだけどなぁ。

 

 「ほらほら、行きますよ!」

 「……へい」

 

 ガクッとうなだれる俺の背中を、高科さんがニッコリ笑顔で押してくる。

 やれやれ、今日は何を買うのやら……。

 

 

 とある百貨店の食品売り場。

 今俺の目の前には、多種多様な()()()入りの瓶がずらりと並んでいる。

 

 「じゃあ、片っ端から入れちゃってください!」

 

 そう言って、高科さんはカートから手を離すと、早速ジャムの入った瓶をかごの中に入れた。

 俺は思った疑問を口にする。

 

 「何個ぐらい入れればいいんすか?」

 「そうですねえ……八十個ぐらい?」

 「八十個?!」

 

 目を丸くする俺。流石に八十個は買いすぎだろ……。

 

 「八十個は無理じゃないすか? てか、そんな金あるんすか?」

 「お金のことなら心配いらないですよ」

 

 こうして話している間にも、高科さんはジャム入り瓶を、どんどんかごに入れていく。

 まじで八十個買う気なのか……?

 

 「あっ、入れるのはブルーベリーのジャムだけにしてくださいね」

 「え、全部ブルーベリーでいいんすか?」

 「はい。他の種類も一応買いますけど、それはそんなに重要じゃないので」

 

 ふーん……。なにやら含みのある言い方だけど、まあいっか。とりあえず、本当に八十個買う気なのは分かったし。

 俺はため息を吐くと、言われた通りブルーベリーのジャムを両手に取り、かごの中に入れた。それを何度か繰り返していくうちに、かごはすぐにカートの上下ともにいっぱいになった。

 

 「ふぅ……こんなものですかね~」

 

 いっぱいになったかごを見て、高科さんは満足気に言った。

 対して、俺は引きつった笑みを浮かべた。これをこのクソ暑い中、持って帰るのか……しんどいな。

 

 「信吾君は何も買わなくていいんですか?」

 

 レジへ向かう途中、高科さんが尋ねてきた。少しだけ黙考してから答える。

 

 「大丈夫っす。どうせ明日帰るんで」

 「あー、そうでしたね」

 

 明らかに、つまらなそうな反応がかえってくる。

 その反応に気が咎めつつも、逆に訊いた。

 

 「高科さんは帰らないんすか?」

 「うーん……迷ったんですけどね。学校に残ることにしました」

 

 意外な返答がかえってくる。

 そっか。てっきり、帰ると思ってたけど。

 すると、高科さんがニコニコ顔でこっちを見てきた。

 

 「寂しいですか?」

 「……別に」

 

 そっぽを向いて答える俺。

 すぐ横から、高科さんのため息が聞こえてくる。

 

 「もう、素直じゃないですねえ~」

 

 明後日の方を向いたまま、何も言わず肩をすくめる。

 寂しいかって、たかが一か月程度の話なのに、大袈裟すぎるんだよ……。

 

 レジへ進んで、会計を済ませる。ジャム80個のお買い上げで、やはりかなりの値段。この前も思ったけど、高科さんて絶対金持ちだよな……。いくら自分のためとはいえ、金銭感覚バグってるし。

 そんなことを考えながら、ふと高科さんを見つめていると、高科さんが俺の視線に気が付いた。

 

 「ん? なんですか?」

 「いや、別に……」

 

 首を傾げる高科さんを横目に、ジャムを袋に入れていく。個数が多すぎるので、ニ十個ずつに分けて入れることにした。

 とりあえず、入れ終わった一袋を持ってみる。──それなりに重いけど、まだ持てるな。

 二袋目、三袋目……うん、まあいける。

 最後の一袋は既に高科さんが持っていたので、そのまま持ってもらうとしよう。

 

 「あっ、半分あたしが持ちますよ」

 「いいすよ。意外と軽いんで」

 

 三袋抱えて歩き出す。──あれ、歩くと結構重いな……。

 

 「本当に大丈夫ですか?」

 

 心配そうに訊いてくる高科さん。

 俺は心の内を気取られないよう、平静を装って頷く。一度持ってしまった以上、その発言を撤回するのは、なんか負けた気がするので論外だ。なので、なんとか気合で学校まで運ぶしかない。

 すると、視界の片隅で、高科さんがニコッと微笑んだ。

 

 「ありがとうございます」

 「……うっす」

 

 さて、もうひと踏ん張り頑張りますか……。

 

 

 「ただいまですよっ!」

 

 旧校舎裏の扉を、ひと足先に通った高科さんが、元気よく言った。

 彼女に遅れて、俺も扉を通る。

 

 「着いた……」

 

 額の汗をぬぐい、真っ赤な体力ゲージの回復に努める。

 甘かった。ここに戻るまでの直前の坂道、その考慮が甘かった。途中までは順調だったのに、最後の坂道で一気に体力を持ってかれた。疲れた上に汗だくなので、今すぐ風呂に飛び込みたい気分だ。

 

 「お疲れ様でした!」

 

 乱れた呼吸を整えていると、高科さんが歩み寄ってきた。

 

 「いやあ、信吾君て意外と体力あるんですねえ~」

 

 感心したように喋る高科さん。そんな高科さんの様子からは、疲労は見受けられない。

 俺って高科さんより体力ないのか。ちょっとへこむな……。

 

 「でも、安心しましたよ」

 「なにがですか?」

 「信吾君が、重くても捨てない男だってことがわかったので!」

 「はあ……」

 

 いったいなんの話をしてるんだ……。

 困惑している間にやっと息が整ってきたので、気になっていたことを質問する。

 

 「てか、こんなに買ってどうするんすか」

 「これはですね、食堂に置くのですよ!」

 「えっ」

 

 予想外の返答に、さらに困惑する俺。

 まさか、食堂を利用する人のために……とかそういう理由か?

 若干引き気味の俺に、高科さんが詳しく説明してくれた。

 

 「食堂において、食堂のおばちゃんたちに使ってもらおうかと思いまして」

 「いや、でも流石に80個は多すぎないすか?」

 「おいしいご飯を食べさせてくれる、日々の御礼ですよ」

 

 うーん、それでも80個は多すぎる気がするけどなあ。

 

 「それに、ストックがあれば何だって安心できます」

 「それはそうかもしれないすけど……」

 

 しかも、買ったジャムのほとんどがブルーベリーだし。

 おばちゃんに買うのなら、普通はもっと色々な種類を買うはずだよな。

 ──これはもっと他に理由がありそうだ。

 

 「……うそが下手っすね」

 「! う、うそじゃないですよ?! 信吾君にうそなんて吐かないですよ!」

 

 へえー……まあ、そういうことにしといてやるか。

 体力が回復したので、俺は再び袋を手に取った。

 

 「これ食堂に運べばいいんすか?」

 「あっ……はい、よろしくお願いしますですよ」

 

 俺と高科さんは、ゴールである食堂を目指して歩き出した。

 その道中、歩き出してから珍しくだんまりだった高科さんが、ふと呟くように言った。

 

 「このジャムは、あの子のお気に入りなんです」

 「……」

 「だから、たくさん使ってくれたらなって……」

 

 あの子──それはたぶん、芳槻さんのことだろうと推察した。

 なるほどね。おばちゃんというよりは、芳槻さんのためだったのか。それならこの量にも納得だ。

 俺はふっと小さく笑って言ってやった。

 

 「やっぱ不器用っすね」

 「あはは、工作なら得意なんですけどね~」

 

 やれやれ……工作みたいに芳槻さんとの関係も修復すればいいのに──。

 なんて無粋な言葉は、心の内に留めたのだった。

 

 

 




(おまけ)


奈桜「夏休みの間、毎日夜通し電話しますからね。ちゃんと出てくれないと化けて出ますよ」
神城「いや、学校にいる間は電話できないじゃないすか」
奈桜「何言ってるんですか。そんなのこのナオっちには関係ないですよ」
神城「えぇ……」(困惑)
奈桜「あと、宿題も教えてくださいね。信吾君だけ抜け駆けはなしですよ」
神城(抜け駆けなのかそれ……)


続きます。
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