※少しでも吐き気を催したらそっ閉じ推奨です。
「あっつ……」
ジリジリと照り付ける日差しに、不快感から文句の言葉を漏らした。
まだ夏本番を迎える前とはいえ、流石に暑くなってきたな……。
長かった期末テストも終わり、夏休みが目前に迫った今日の放課後。
俺と高科さんは、いつものように中庭を訪れていた。
「さて、今日はどこに行きましょうか!」
暑さでウンザリ気分の俺に構うことなく、笑顔で話しかけてくる高科さん。
今は日陰にいるからまだマシとはいえ、モグラの俺には、しんどい暑さだ。この暑さの中でも、いつものノリを維持できる高科さんは、素直にすごいと思う。
「とりあえず中入んないすか……」
「もう、テンション低いですねえ~。もっと上げていきましょうよ!」
上げてくって、こんな暑さじゃ上がるものも上がらないっての……。
「なんで逆にそんなテンション高いんすか」
「だって、もうすぐ夏休みじゃないですか!」
……確かに。それは俺も同じ気持ちだ。
「期末テストも、信吾君のおかげで補習なしで済みましたし。今のナオっちは無敵ですよ!」
「……そうすか」
期末テスト。赤点を取った生徒は、強制的に補習を受けさせられる。
高科さんは、全教科とも赤点を上回り、なんとか補習を免れたのだった。
思い返すと、よくやったと思う。英語と同様に、他の科目も終わってたからな……。
ちなみに、高科さんの言う「俺のおかげ」というのは、テスト期間中、一緒に勉強していたことを言っている。──ほんと、教えるの大変でした。
「ところで、信吾君の夏休みのご予定は?」
「いや、普通に家帰りますけど」
「えーっ! 帰っちゃうんですか?!」
驚愕したような高科さんの声。
「そうですか……ナオっちのこと見捨てて、帰っちゃうんですね……」
「見捨ててって……」
わざとらしく俯く高科さんに、苦笑いを浮かべる俺。逆に質問する。
「高科さんは帰らないんすか?」
「そうですねえ~。帰らないつもりだったんですけど、信吾君が帰るならあたしも帰ろうかな」
別に俺に合わせなくてもいいのに。俺はただ単に、こんな窮屈なところじゃ夏休みを満喫できないから、帰るだけなんだけど……。
「それで、いつ帰るんですか?」
「初日っす。もう新幹線も予約してあるんで」
「えーっ?! そういうことはもっと早く言って欲しいですよ!!」
「あー……言い忘れてたっす」
一応、言おうとは思ってたんだけど、テスト返しとかも相まって完全に忘れてた。
高科さんが、目を細めてこっちを見てくる。そして、珍しくため息を吐いてから言った。
「まあいいですよ。信吾君のデリカシーの無さは、今に始まったことじゃないですし」
「……」
耳の痛い話だ。しかし、今度ばかりは何も言い返せない。
「そっか……じゃあ、一か月ぐらい会えないんですね」
しんみりした面持ちで呟く高科さん。そんな顔を見せられると、なんか罪悪感が……。
「はあ~。夏休みの宿題、ちゃんと終わらせられるか不安ですよ」
「そこっすか……」
抱いた罪悪感が、一瞬でどこかへ消し飛んだ。──まあ、高科さんらしいけどね。
「あ~ね~ご~!!」
突然、横からどこか聞き覚えのある声が飛んできた。
声のする方へ、俺と高科さんの目が移る。
「あっ! いつきだ!」
「やっぱり……」
桜井いつきさん。ひょんなことから知り合いになってしまった、芳槻さんの後輩──もとい、高科さんの妹分。彼女には、出会って早々に蹴とばされた苦い記憶がある。
今回はたぶん、大丈夫だとは思うけど……。
桜井さんは、こっちまで駆け寄ってくると、高科さんの目の前で足を止めた。
俺は二人から、そっと距離を置く。──大丈夫だとは思うけど、また蹴られたら堪らないからね。
「姉御! 探したよ!」
「その呼び方、やめようよ。さすがに誰かの前じゃ、恥ずかしい」
「だって高校生になったら、ナオちゃんって言うよりも、姉御って言った方がしっくりくるんだもん」
「それ、いつきだけだよ」
高科さんの冷ややかな視線が、桜井さんへと向けられる。なんとも、珍しい光景だ。
普段の呑気な高科さんと違って、どこか落ち着いた雰囲気。口調も敬語じゃなくなっている。前者を見慣れてしまった俺には、なんというか、ギャップがすごい。
どうやら、俺の予想は当たっていたみたいだ。姉御というのは、やはり高科さんのことだった。──芳槻さんと違って、見るからに仲も良さそうだしな。
「わかったよ。そんなことより……あれ?」
ふと、桜井さんの目が俺の方へと移った。
やべっ──と思った瞬間、桜井さんが声をあげた。
「ああっ!! 神城!……さん」
「……うっす」
バレてしまった。まあ、時間の問題だったけど。
というか、そんな無理に「さん」付けしなくてもいいのにな。
「なんで、ナオちゃんと神城さんが一緒にいるの?」
あの時と同様、鋭い視線が向けられる。
嫌な予感がするので、また一歩、そっと距離を取る。
「いつき、信吾君のこと知ってるの?」
小首を傾げる高科さん。
鋭い視線を飛ばしたまま、桜井さんが答える。
「うん。さらちゃんにちょっかいかけてる人」
「えっ?」
ちょっかいって、なんか誤解してないかこの子……。
苦笑いを浮かべていると、高科さんが誤解を解くように言った。
「えっとね、いつき。信吾君は、あたしの彼氏さんなんだよ」
「えっ! 彼氏?!」
目を丸くする桜井さん。なんか、地雷を踏みぬいた気がするんだけど、気のせいかな……。
高科さんが、俺を見て話しかけてくる。
「知ってたんですね、いつきのこと」
「まあ……一応」
知ってるといっても、名前と貴女方姉妹の後輩ってことぐらいしか、情報ないけどね。
「そうですか。それなら話は早いですよ」
頭の中で、桜井さんについて把握していることを整理していると、高科さんが追加の情報を喋り出した。
「いつきは一つ下の学年で、あたしの……あたしとさらの幼馴染なんですよ」
「へー、そうなんすね」
「はい。昔は三人でよく遊んだものです」
懐かしそうに語る高科さん。
つまり、ただの後輩ではなくて、もっと小さな頃からの付き合いだったってわけだ。そりゃあ、仲良いわけだな。納得した。
俺はチラッと、桜井さんへ目をやる。
桜井さんは、この前と同様、ジッと俺のことを睨んでいた。
「さらちゃんだけじゃなく、ナオちゃんまで……しかも、彼女だなんて……!」
なにやら、ブツブツと恨み言じみた言葉が聞こえてくる。
前みたいに「成敗」とか言われるのかなと思っていると、高科さんが桜井さんの方を見て口を開いた。
「それで? いつきは、あたしに何か用があったんじゃないの?」
「へ?」
桜井さんの目が、俺から離れる。
「あ、いや、用ってほどじゃないんだけど。ただ、ナオちゃんがいたから、何してるのかなーって!」
「あたしは、信吾君と夏休みの予定を話してただけだよ」
「信吾君……? ハッ! そうだ!」
思い出したかのように、また俺のことを睨みだす桜井さん。
そのまま、忘れてて良かったのに……。
「おのれぇ……ナオちゃんを惑わす悪魔め!」
桜井さんの目が、キュピーンと光る。それと同時に、戦闘態勢。
いやいやいや、なんでそうなる? これ絶対また蹴られる流れじゃん。
というか、悪魔ってなんだよ。俺よりも高科さんの方が、よっぽど悪魔だろ。
なんてことを考えていると、桜井さんの足が一歩前へ。
俺、大ピンチ!
「このいつきが天に代わって、おしおき──」
とまで言ったところで、桜井さんの台詞が途切れた。
高科さんが、桜井さんを止めるように、ガシッと腕を掴んだからである。──キュピーンと目を光らせてね。
「えっ? ナオちゃん?」
「いい度胸だね。あたしの前で、信吾君にそんな態度取るなんて」
「えっ! いや、目、目が笑ってないです」
あらら……結局こうなるのね。まあ、おかげで蹴られずに済んだけど。
「ちょっと来なさい……いつき」
高科さんの目が、またも光る。
「知ってると思うけど、あたしは加減って知らないからね」
「ま、待って! ご、ごめん! ごめんなさい!」
必死で謝る桜井さん。その様子から察するに、だいぶ苦い経験をした過去がありそうだ。──この姉妹の幼馴染と考えれば、それも想像に容易い。
その時、桜井さんと目が合った。さっきの鋭い視線はどこへやら、まるで助けを請うかのような、弱弱しい目でこっちを見てくる。
「少し待っててください。すぐ戻りますから」
そんな桜井さんを、容赦なく、笑顔で引きずる高科さん。
うーん、さすが姉妹。この口元は笑っているのに、目が笑っていない感じの笑顔、やっぱ似てるわ。
「どこ行くんすか?」
「ちょっとそこの道具室まで。可愛い妹分に、目上の人に対する口の利き方を教えてきますよ」
左様ですか……俺は別に気にしてないんだけどな。
「ごめんなさい神城さん! 次からはちゃんと敬語で話しますからぁ!」
ズルズルと引きずられていく桜井さんの、断末魔が聞こえてくる。桜井さんには悪いけど、ちょっと面白い光景ではあるな。
俺は半笑いを浮かべると、軽いノリで高科さんに言った。
「まあいいんじゃないすか。謝ってるし」
「だめですよ。甘やかすと、ろくな大人にならないです」
「はあ」
ろくな大人って、大げさすぎだろ……一つしか歳変わらないのに。
それに、自分が言えた台詞かそれ。特大ブーメラン刺さってない?
「じゃあ……お相子ってことで」
「お相子? なんのですか?」
小首を傾げる高科さんに、俺はそっぽを向きながら、適当に説明する。
「あー……芳槻さんと話す時に、ちょっと助けてもらったんすよね」
「さらと?」
高科さんの訝し気な目が、桜井さんへと移る。桜井さんは、コクコクと首を縦に振っている。──たぶん、なんのことか分かってないだろうけど。俺も適当だし。
「だから、いいんじゃないすか。今回は」
「むぅ……そういうことなら、今回は見逃してあげますよ」
高科さんの手が、桜井さんの腕から離れる。
腕を解放された桜井さんは、あからさまにホッと胸をなでおろしている。
「でも、次は容赦しないからね」
「はい! 分っかりました!」
釘をさすような高科さんの言葉に、ビシッと敬礼して答える桜井さん。
ほんと、絵に描いたような上下関係だな。見てて笑えてくる。──桜井さんには悪いけど。
「それじゃ、またねナオちゃん!」
笑顔でブンブンと手を振って、この場を走り去る桜井さん。
桜井さんは、俺の前を横切ると一瞬だけこっちを見てきた。その顔からは笑顔は消えており、ムスッとした表情に変わっている。
それでも、目を離す直前にはペコリと頭を下げてきたので、普通に話せば分かるタイプの人なんじゃないかなと思った。
あの顔を見るに、また変に絡まれそうではあるけど……。
「とまあ、あんな感じの子なんですよ」
桜井さんが見えなくなったところで、高科さんが口を開いた。
「少しやんちゃなところもありますけど、根はいい子なので。仲良くしてあげてください」
そう言って、ニッコリと微笑む高科さん。
仲良くねえ……俺は構わないけど、全ては桜井さん次第だからな。こればかりは、俺だけじゃどうにもならない。
「だいぶ嫌われてるっぽいすけどね」
自嘲気味に言うと、高科さんが呑気に笑いながら言った。
「そんなことないですよ。本当に嫌いだったら、あの子のことだから真っ先に手か足が出てると思いますよ」
「……まじすか」
物騒な台詞に、引きつった笑みを浮かべる俺。
既に足の方はくらっているので、説得力のある台詞だ。もっとも、そのあと謝ってくるあたり、本当に嫌われているのか、いまいち判断がつかないのだが。
「まっ、そんな心配は無用ですけどね~。もしまた信吾君に突っかかってきたら、あたしが容赦しないので!」
「はあ……そうすか」
目をキュピーンと光らせる高科さんを見て、俺は思わず苦笑い。
まあ、嫌われてようがそうでなかろうが、どっちでもいいか。この姉妹との絡みが続く限り、もれなく桜井さんもついてきそうだし。そのうち慣れるでしょ。
俺はそう楽観的に考えつつも、次会った時は、少しは普通に話せたらなと思うのだった。
◆◆彼女たちとの日常⑤ その2◆◆
「今日は学校を抜け出して買い物に行きたいんですよ!」
「……まじっすか」
放課後。中庭に到着して早々に、高科さんが言った。
俺はとうとう来たなと思った。いつかは言われると思っていたけど、いざその状況に直面すると、普通に言ってることやばいよなってなる。
「さあ、善は急げですよ! 早く行きましょう!」
俺が何かを言う前に、高科さんが手を引っ張ってくる。どうやら拒否権はないらしい。──まあ、いつものことだけどね。
親切高校から、徒歩とバスを利用して一時間弱。ようやく目的の街に着いた。
バスから降りると早速、高科さんが百貨店らしき建物を指差す。
「まずはあそこに行きましょう!」
「いっすよ」
俺の行きたい場所も聞かれたけど、特になかったので、高科さんの店周りに付き合うことにした。
高科さんに先導されて、色々な店を歩いて回る。たわいもない会話を挟みながら、次の店へ次の店へを繰り返していく。
そんな中、歩いていてふと思った。そういえば、高科さんとこうやって街に出かけるの、これが初めてなんだよな。学校抜け出すとかいう、非日常ムーブしてるけど……。
「いやあ、なんかいいですよね~。こういうの」
横を歩く高科さんが、不意に口を開いた。
特に考えずに訊く。
「なにがっすか?」
「ほら、青春って感じがするじゃないですか。学校を抜け出してショッピングデートだなんて、ロマンですよ」
「ロマンなんすかこれ……」
苦笑いを浮かべる俺に、高科さんが続けて言う。
「実を言うとですね、断られるかと思ったんですよ」
「え、なんでですか?」
「真面目な信吾君のことなので、学校を抜け出すとか嫌なんじゃないかなーって」
「……言うほど真面目じゃないっすよ。真面目なら部活も出てるでしょ」
「新聞部には毎日出てくれてますよ?」
「それはまた別じゃないすか……」
クスクスと笑う高科さんを横目に、俺は今更ながら確認する。
「てか、拒否権あったんすか?」
「ないですよ。断られても付き合ってもらうつもりでしたし」
ほらみろ。やっぱり拒否権ないじゃん。
……まあ、断るつもりもなかったけどさ。
「信吾君て、意外とこういうの平気なタイプですか?」
「学校抜け出すことっすか?」
「はい。なんとなく、こういうことには距離を置くタイプに見えまして」
なるほど。高科さんにしては、それは見立てが甘いな。
俺は、フッと鼻で笑いながら言った。
「この学校に来てからはないっすね。中学の時までなら割とやんちゃしてましたけど」
「えっ、そうなんですか?」
目を丸くする高科さん。
誤解されては困るので、説明を加える。
「流石に学校抜け出したことはないですけど、夜の学校で鬼ごっこしたりとかはありますよ」
「おお! それは楽しそうですね!」
そう言って、目を輝かせる高科さん。
まあ、他にも色々やらかしエピソードはあるんだけど、それは言わないでおこう。あまり話しすぎると、ネタにされかねないからね……。
すると、高科さんはクスッと小さく笑った。
「そっかー。あたしたち、実は似た者同士だったんですね。道理で気が合うわけですよ」
「いや、全然似てないでしょ……」
即否定する俺。
「そんな行動力とコミュ力のお化けじゃないんで」
「何言ってるんですか~。あたしと今ここで、こうやって話せてる時点で説得力ないですよ」
「……そうすか」
ニッコリ笑顔の高科さんを見て、俺は反論することを諦めた。
その顔でそう言われてしまっては、何も言い返せない。
「いやあ~。やっぱり信吾君と話すのは楽しいですね~」
これは……まあ、言われても悪い気はしないな。少なからず、俺も同じ気分だし。
「なので、あともう少しだけ付き合ってください!」
「うっす……」
心の内が悟られないよう、目を合わすことなく頷く。
視界の端では、高科さんがニコッと微笑むのが見えた。──バレてんのかなあ、これ。
両手に持った荷物が、まあまあ重たくなってきた頃。
買い物を終え店を出たところで、高科さんが口を開いた。
「そろそろ荷物が重たくなってきたので、帰りましょうか」
「あい」
高科さんの言う通りに、帰路につく。
はぁ……疲れた。とにかく疲れた。今の俺の顔、しんでるのではなかろうか?
俺はため息を吐きながら、手に持った荷物──袋の中に目をやる。中には、あちこちの店で買ったお菓子が、大量に詰まっている。
「なんでこんなお菓子ばっかなんすか?」
買い物中も訊いたけど、「人気だから」の一言で片づけられてしまった。どうやら、寮内で売りさばくのが目的らしいのだが、なんでお菓子ばかりなのか気になった。
「チッチッチ。よく見てください。全て新商品ですよ」
袋の中を見るよう促される。
新商品ばかりなのは、俺も見てたから知ってるけど……。
「これらの新商品は、寮内で高値で取引されるのです。女子寮には飢えた獣がたくさん居てですね、そいつらは毎晩バリボリバリボリと貪り食うわけですよ」
この言い方よ。他の女子生徒に聞かれたら普通に怒られそう。──聞いてる分には面白いけど。
俺は続けて質問する。
「お菓子が一番需要あるんすか?」
「まあ、そんなところですかね。正直、購買にないものならなんでもいいんですけど、お菓子が一番取引しやすいんですよ」
なるほど。確かに、他の日用品とかより値段も張らないし、なによりお手軽だしな。
……とはいっても、高校生が一人で買うには、そこそこの値段だったけどね。具体的には、俺の一か月分の小遣いが、普通に消し飛ぶ程度に。
「それで、いくらぐらいで売ってるんすか?」
「いえ、現金では取引してないですよ」
「え、まじっすか」
「はい。基本的にはペラですね。あとは、有用な情報とかでも取引可ですよ」
「へえ……そうなんすね」
平然と答える高科さんに、驚く俺。
現金で取引していないってことは、消えたお金が戻ってこないということだ。
それって、すごい損をしてることになるんじゃ……。情報で取引するあたりは、高科さんらしいけど。
いまいち解せない気分の俺に、高科さんが言った。
「前にも言いませんでしたっけ? あたしは寮に話題を提供したいだけなんですよ」
「あー、言ってましたね」
寮生活を華やかに、だっけ。あの時の会話は妙に印象に残っている。
「だから、ペラでの取引でも構わないんです」
「ふーん……」
聞いていて思った。俺には到底無理だなって。
そもそも、すぐに損得勘定を考えてしまう時点で無理なんだよな。高科さんは、そんなこと一ミリも考えずに、自分が楽しいと思える空間を作り出すために、日々奔走している。それが自然と、周りの人を巻き込んでいって……そりゃあ、人気者にもなるわけだ。
「それに、ペラはペラで使っているんですよ。自分の為にじゃないですが……」
最後の方だけ、高科さんはボソッと呟くように言った。特に考えずに訊く。
「何に使ってるんすか?」
「えっ? それは……とにかく色々ですよ!」
あからさまに目をそらす高科さん。
隠すの下手くそかよ……。絶対、人狼とかそういう系のゲームできないわ、この人。
「さっ、早く帰りましょう! 信吾君の顔に、「疲れた」って大きく書いてありますし」
「……うっす」
俺が頷くと、高科さんはまたクスッと笑った。
なんか、その笑った顔を見ると、どこか負けた気分になるのはなんでだろう……。
その後、俺と高科さんは無事、誰にもバレることなく学校に戻れた。少しばかりヒヤヒヤしたけど、特に問題なかった。この学校の監視体制って、実はざるなのかもしれない。
高科さん的には結構楽しかったみたいで、「また行きましょうね!」とのこと。それは俺も同じ気持ちなので、構わないんだけど……でも、当分はもういいかなってなってる。
まあ、俺に拒否権はないんだけどさ……。
◆◆彼女たちとの日常⑤ その3◆◆
「今日は学校を抜け出して買い物に行きたいんですよ!」
終業式を前日に控えた今日。先日と同じノリで、高科さんから買い物に誘われた。
「え、またっすか……?」
「またですよ!」
堂々と返事がかえってくる。こうなってしまっては、俺に高科さんを止めるすべはない。──特に予定もないしね。
はぁ……当分はもういいやって思ってたんだけどなぁ。
「ほらほら、行きますよ!」
「……へい」
ガクッとうなだれる俺の背中を、高科さんがニッコリ笑顔で押してくる。
やれやれ、今日は何を買うのやら……。
とある百貨店の食品売り場。
今俺の目の前には、多種多様な
「じゃあ、片っ端から入れちゃってください!」
そう言って、高科さんはカートから手を離すと、早速ジャムの入った瓶をかごの中に入れた。
俺は思った疑問を口にする。
「何個ぐらい入れればいいんすか?」
「そうですねえ……八十個ぐらい?」
「八十個?!」
目を丸くする俺。流石に八十個は買いすぎだろ……。
「八十個は無理じゃないすか? てか、そんな金あるんすか?」
「お金のことなら心配いらないですよ」
こうして話している間にも、高科さんはジャム入り瓶を、どんどんかごに入れていく。
まじで八十個買う気なのか……?
「あっ、入れるのはブルーベリーのジャムだけにしてくださいね」
「え、全部ブルーベリーでいいんすか?」
「はい。他の種類も一応買いますけど、それはそんなに重要じゃないので」
ふーん……。なにやら含みのある言い方だけど、まあいっか。とりあえず、本当に八十個買う気なのは分かったし。
俺はため息を吐くと、言われた通りブルーベリーのジャムを両手に取り、かごの中に入れた。それを何度か繰り返していくうちに、かごはすぐにカートの上下ともにいっぱいになった。
「ふぅ……こんなものですかね~」
いっぱいになったかごを見て、高科さんは満足気に言った。
対して、俺は引きつった笑みを浮かべた。これをこのクソ暑い中、持って帰るのか……しんどいな。
「信吾君は何も買わなくていいんですか?」
レジへ向かう途中、高科さんが尋ねてきた。少しだけ黙考してから答える。
「大丈夫っす。どうせ明日帰るんで」
「あー、そうでしたね」
明らかに、つまらなそうな反応がかえってくる。
その反応に気が咎めつつも、逆に訊いた。
「高科さんは帰らないんすか?」
「うーん……迷ったんですけどね。学校に残ることにしました」
意外な返答がかえってくる。
そっか。てっきり、帰ると思ってたけど。
すると、高科さんがニコニコ顔でこっちを見てきた。
「寂しいですか?」
「……別に」
そっぽを向いて答える俺。
すぐ横から、高科さんのため息が聞こえてくる。
「もう、素直じゃないですねえ~」
明後日の方を向いたまま、何も言わず肩をすくめる。
寂しいかって、たかが一か月程度の話なのに、大袈裟すぎるんだよ……。
レジへ進んで、会計を済ませる。ジャム80個のお買い上げで、やはりかなりの値段。この前も思ったけど、高科さんて絶対金持ちだよな……。いくら自分のためとはいえ、金銭感覚バグってるし。
そんなことを考えながら、ふと高科さんを見つめていると、高科さんが俺の視線に気が付いた。
「ん? なんですか?」
「いや、別に……」
首を傾げる高科さんを横目に、ジャムを袋に入れていく。個数が多すぎるので、ニ十個ずつに分けて入れることにした。
とりあえず、入れ終わった一袋を持ってみる。──それなりに重いけど、まだ持てるな。
二袋目、三袋目……うん、まあいける。
最後の一袋は既に高科さんが持っていたので、そのまま持ってもらうとしよう。
「あっ、半分あたしが持ちますよ」
「いいすよ。意外と軽いんで」
三袋抱えて歩き出す。──あれ、歩くと結構重いな……。
「本当に大丈夫ですか?」
心配そうに訊いてくる高科さん。
俺は心の内を気取られないよう、平静を装って頷く。一度持ってしまった以上、その発言を撤回するのは、なんか負けた気がするので論外だ。なので、なんとか気合で学校まで運ぶしかない。
すると、視界の片隅で、高科さんがニコッと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「……うっす」
さて、もうひと踏ん張り頑張りますか……。
「ただいまですよっ!」
旧校舎裏の扉を、ひと足先に通った高科さんが、元気よく言った。
彼女に遅れて、俺も扉を通る。
「着いた……」
額の汗をぬぐい、真っ赤な体力ゲージの回復に努める。
甘かった。ここに戻るまでの直前の坂道、その考慮が甘かった。途中までは順調だったのに、最後の坂道で一気に体力を持ってかれた。疲れた上に汗だくなので、今すぐ風呂に飛び込みたい気分だ。
「お疲れ様でした!」
乱れた呼吸を整えていると、高科さんが歩み寄ってきた。
「いやあ、信吾君て意外と体力あるんですねえ~」
感心したように喋る高科さん。そんな高科さんの様子からは、疲労は見受けられない。
俺って高科さんより体力ないのか。ちょっとへこむな……。
「でも、安心しましたよ」
「なにがですか?」
「信吾君が、重くても捨てない男だってことがわかったので!」
「はあ……」
いったいなんの話をしてるんだ……。
困惑している間にやっと息が整ってきたので、気になっていたことを質問する。
「てか、こんなに買ってどうするんすか」
「これはですね、食堂に置くのですよ!」
「えっ」
予想外の返答に、さらに困惑する俺。
まさか、食堂を利用する人のために……とかそういう理由か?
若干引き気味の俺に、高科さんが詳しく説明してくれた。
「食堂において、食堂のおばちゃんたちに使ってもらおうかと思いまして」
「いや、でも流石に80個は多すぎないすか?」
「おいしいご飯を食べさせてくれる、日々の御礼ですよ」
うーん、それでも80個は多すぎる気がするけどなあ。
「それに、ストックがあれば何だって安心できます」
「それはそうかもしれないすけど……」
しかも、買ったジャムのほとんどがブルーベリーだし。
おばちゃんに買うのなら、普通はもっと色々な種類を買うはずだよな。
──これはもっと他に理由がありそうだ。
「……うそが下手っすね」
「! う、うそじゃないですよ?! 信吾君にうそなんて吐かないですよ!」
へえー……まあ、そういうことにしといてやるか。
体力が回復したので、俺は再び袋を手に取った。
「これ食堂に運べばいいんすか?」
「あっ……はい、よろしくお願いしますですよ」
俺と高科さんは、ゴールである食堂を目指して歩き出した。
その道中、歩き出してから珍しくだんまりだった高科さんが、ふと呟くように言った。
「このジャムは、あの子のお気に入りなんです」
「……」
「だから、たくさん使ってくれたらなって……」
あの子──それはたぶん、芳槻さんのことだろうと推察した。
なるほどね。おばちゃんというよりは、芳槻さんのためだったのか。それならこの量にも納得だ。
俺はふっと小さく笑って言ってやった。
「やっぱ不器用っすね」
「あはは、工作なら得意なんですけどね~」
やれやれ……工作みたいに芳槻さんとの関係も修復すればいいのに──。
なんて無粋な言葉は、心の内に留めたのだった。
(おまけ)
奈桜「夏休みの間、毎日夜通し電話しますからね。ちゃんと出てくれないと化けて出ますよ」
神城「いや、学校にいる間は電話できないじゃないすか」
奈桜「何言ってるんですか。そんなのこのナオっちには関係ないですよ」
神城「えぇ……」(困惑)
奈桜「あと、宿題も教えてくださいね。信吾君だけ抜け駆けはなしですよ」
神城(抜け駆けなのかそれ……)
続きます。