基本的には原作と同じ流れです。
所々異なるところもありますが、ご容赦ください。
彼女との出会い
キーンコーンカーンコーン。
今日、最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
俺は重い腰を上げて、席を立った。
ここからは、憂鬱な部活動の時間。この学校は文化部が存在せず、何かしらの運動部に所属しなければならないという規則が存在する。
なんのための規則かは知ったことではないが、俺の憂鬱の大半はこの規則のせいだった。
それでもこの高校を選んだのは、特に行きたい高校もなく、なんとなく中学時代に仲の良かった連中の進学先がここだったのと、寮生活に少し興味があったからである。
しかし、いざ入学してみれば、中学時代の友人たちとはクラスも部活も異なり、交遊もほとんどなくなってしまった。
おまけに寮生活というのも特に何かあるわけではなく、実家暮らしの方が良かったというのが、入学してからの2か月を経て出した結論だ。
普通に家から近い高校を選んでおけばと、最近では後悔の日々を過ごしている。
まだ1年生の6月。この生活があと3年も続くことを考えると、果たして俺は耐えられるのかどうか。
「おーい、神城(カミシロ)。そろそろ練習行こうぜ」
ふと名を呼ばれ、声のする方に目をやる。見ると同じ部活のチームメートらが、教室を出ようとしているところだった。
「ああ、今行く」
さて、これから憂鬱の残りを占める部活動の時間がやってくる。
ちなみに、俺は軟式野球部に所属している。硬式ももちろんあるが、中学時代に経験した硬式野球で懲りているため、軟式を選んだ。
とはいえ、最近はその軟式野球部の練習も面倒に感じてきている。特に今日みたいに雨の降りそうな日は、心の中で雨乞いをしたりさえするが、残念なことに結果は思わしくない。
「そういえば、知ってるか?最近、男子校舎に現れる女子生徒の噂」
「あー、あれな」
「見かけた奴の話だと、瞬きの合間に消えちまったらしいぜ。一説じゃ旧校舎の幽霊なんじゃねえかって噂も……」
「もう幽霊でもなんでもいいよ。女子とふれあえればそれで」
グラウンドへ向かう途中、チームメートの一人が放った言葉を皮切りに盛り上がり始めた。
俺は特に興味もなかったので、適当に相槌を打ちつつ、心の中で雨乞いを続けていた。
と、そんな時。
旧校舎に面している森の中へ、緑色の髪をした人影が消えていくのを見たような気がした。
(えっ……?)
他のチームメートらは気付いていないようだった。変わらず噂話の続きをしている。
この瞬間。ただの噂話は、俺の中だけで「事実」という2文字に昇華されたのだった。
◆◆彼女との出会い その2◆◆
数日後。
噂は噂に過ぎず、数日も経てば誰も彼女のことは口にしなくなっていた。
俺もあれ以来、彼女の姿は見ていない。もう俺の頭の中では、男子校舎に忍び込む物好きな女子もいるんだな、程度の認識になっていた。
ただどうしてだか、グラウンドへ向かう際には彼女を見た方に目がいってしまう。
今日はいないんだな、なんて具合で。
(今日は……ん?)
いつも通り、チームメートとグラウンドへ向かう途中。数日振りに、森の中へ消えゆく彼女の姿を見た。
前に見た時と同じで、旧校舎がある方へ向かっているようだった。
「おい、早くしないと練習遅れるぞ」
「ああ、分かってる」
チームメートに急かされ、俺は森に背を向けた。
いったいあんな所で何をしてるんだろうか。2回目に彼女を見かけた頃には、そんなことを考えるようになっていた。
◆◆彼女との出会い その3◆◆
ある日の部活中。ぱらぱらと小雨が降る中、バッティング練習の守備をしていた時のこと。
カキーン!!
「神城いったぞ!」
同じく守備をしていたチームメートから、打球がこちらに飛んでいったことを告げる声があがる。
言う間もでもなく、俺にもそれは見えていた。
早急に落下地点へとダッシュする。
が、打球はぐんぐん伸びていき、そのまま俺の頭を余裕で超えて行った。
「なにやってんだ!早く取ってこい!!」
「は、はい!」
何やってんだって、あんなの取れるわけないだろ。
今しがた発した返事とは裏腹に、心の中で声の主に文句をぶつけながら、ボールを追いかける。
こういう時、軟球はその性能を真に発揮する。
軟球は硬球と違い、ボールが柔らかいので地面の上で弾むのだ。
勢いよく地面に叩きつけられたボールは、そのまま硬式野球部の使用しているグラウンド傍の茂みの中へと消えて行った。
「はー、まじかよ……」
こうなっては見つからないのではなかろうか。
適当に切り上げてグラウンドに戻ろうと思っていた、その時。
「あいたっ!!」
茂みの中から人の声がした。しかもたぶん、女子の声だ。
ここは男子専用のグラウンドなので、女子がいるわけもなく。
そして思い出した。ここはちょうど、噂の彼女が出没する森の近くだということを。
「……ボール探すか」
分かっている。口に発した言葉は建前だ。
本当はボールなんて二の次で、心の中では彼女がどんな人物かの方が重要という結論に至っている。
がさがさと茂みをかき分け、奥へと進む。しかし、彼女もボールも見つからない。
「あれ、どこ行ったんだ……?」
がさがさがさ。さらに奥へと進んでいき、
「ん?」
「あっ!」
こちらが気付くのと同時に、向こうも俺の存在に気が付いたようだった。
(緑の髪の毛、女子……)
あまりじろじろ見て気分を害されても困るので、ぱっと見て分析する。
間違いない。噂の女子とは、目の前にいる彼女のことだ。
視線をそらした先の彼女の手には、探していたボールが握られている。
「あ、それ……」
「うわっ!ヤバッ!いろいろヤバイですよ!」
俺に見つかったからか、相当慌てているようだ。
そんな彼女を見ていると、俺までどうしていいのか分からなくなってしまう。
だがそんな俺の狼狽えた様も、すぐに吹っ飛んだ。
「ええい!テヤッ!」
ヒューーーーン!
「えっ、ちょ?!」
ガン!
頭に鈍い衝撃に次いで、視界のぐわんぐわん。
中学の時にも同じ経験をしたことがある。あの時は硬球だったが、まさか軟式でも同じ目に合うとは。
意識のなくなる間際、彼女の「あっ!またまたヤバッ!」という声が聞こえた気がした。
「これは逃げた方がいいですね。逃げないとヤバイですよっ!逃げよう!」
俺が情けなくも雨に打たれて気絶している間、彼女は足早に森の奥へと姿を消した。
噂の彼女との初対面は、小雨の降り注ぐ梅雨の日の午後のことであった。
◆◆彼女との出会い その4◆◆
後日。
俺は彼女に気絶させられた森の中にいた。
我ながら部活が休みの日に、何をやっているんだろうと思う。
でもやることがない上に、彼女はともかく、この先に何があるのかが気になった。
せっかくのオフだというのに、身体を動かすほどの好奇心が自分の中に残っていたことに、感心を覚えつつ森の奥へと進んでいく。
少し歩くと、古びた木造の建物が見えてきた。かなりくたびれたその様は、今にも崩れ落ちそうだ。
どうやらこれが旧校舎らしい。
「……何もないな」
窓から中をのぞきつつ、校舎の周りを歩き回る。中を見ても特に「ぼろい」以上の感想は出てこず、そのまま足を進めていたところ。
ちょうど校舎の裏側の扉の前で、俺は足を止めた。
「これ、新しいな」
それは扉に対しての言葉ではなく、扉についている鍵に対して。
扉自体は校舎と同じ木材でできているが、ところどころ修復された痕跡がある。
そして扉についている鍵は、明らかに誰かの手によって、後から備えられたもののように見えた。
おそらく、これは外へと通じる扉だろう。その扉が修復されているということは、何者かがこの扉を日常的に使用しているということ。
先生だろうか。それとも、或いは──。
「……やめよ」
流石に怖くなってきたので、撤収することにした。
彼女の行方は謎のままだが、縁があればそのうち関わる機会もあるだろう。
扉に背を向け、寮へ戻ろうと歩き出したその刹那。
ガチャリ。不意に後ろから、鍵を開閉するような音が聞こえてきた。
(え、うそ?!)
まさかこのタイミングで誰か来るなんて、なんて間の悪いことか。
だが文句を言ったところで、誰かが来たという事実は変わらない。
逃げようかとも思ったが、別に悪いことをしているわけではないので、その必要はないと半ば諦めた。今から走り出したところで、間違いなく姿は見られるし、人によっては簡単に追いつかれる。
せめて怪しまれないように、平静を装うことに努めよう。何か聞かれたら、道に迷ったとでも言おうか。
なんてことを考えているうちに、扉が開いた。
そして──。
「ふぃ~。疲れたよ~」
背後から、どこか聞き覚えのある声がした。
「今日はちょっと遠出だったから、帰ってくるのも一苦労ですよ」
随分とくたびれたその声色は、明らかに男子のそれではなかった。
雰囲気的に先生でもなさそうなので、女子生徒だろう。とはいえ、こんな所に現れる女子生徒なんて、俺の知る限りでは一人しかいない。
「えっ?」
声の主が戸惑いの声をあげる。どうやら俺の存在に気が付いたようだ。
俺もゆっくりと後ろを振り返る。そこには思った通りの人物が立っていた。
「……」
「……」
まるで時間が止まったかのように、その場が静まり返る。
目の前の彼女は、呆気にとられたかのようにぽかんと立ち尽くしている。
こちらも何を喋ったらいいか分からず、しばらくの間この沈黙状態が続いた。
先に沈黙を破ったのは、彼女の方だった。
彼女は何も言わずこちらに歩いてくると、笑みを浮かべて俺に言った。
「この袋とこの袋を持って」
「えっ?」
「それで、少し離れた所に立って」
「あ、はい」
なにがなんだか状況を理解できないまま、彼女の言うがままに動く。
やがて背中側が扉の前にきたところで、彼女が手を挙げた。
「そうそう。じゃあ、ハイチーズ」
「えっ……」
カシャリ。
このシャッター音から察するに、俺はカメラで撮られたらしい。
頭の整理が追い付かず呆然としていると、彼女は笑みを崩さず言った。
「はい、証拠写真を撮りました。これで貴方は共犯者ですよ」
「共犯……?」
「ちなみにあたしの写真はないので、むしろ首謀者として扱われる可能性もあります」
「はあ」
なにかとんでもないことを言う彼女に対し、間抜けな返事を返す俺。
次から次に非日常的な出来事に苛まれ、俺の頭は思考を放棄していた。
「では手に持った物を返してちょ」
「は、はい」
「それでは、また会いましょう」
手に持った袋を返し、ようやく解放された。
彼女は袋を受け取ると、少し黙考してから俺に言った。
「あたしは高科奈桜(タカシナ ナオ)。みんなからはナオって呼ばれてますよ」
唐突に自己紹介を始める彼女──高科さん。
こんな状況下で自己紹介なんてと思ったが、思えば彼女とまともに話すのは初めてのことだった。
「貴方の名前は?」
「……神城信吾(カミシロ シンゴ)です」
「神城くんね。覚えましたよ!よろしくね!」
「うっす……」
「じゃあ!失礼しまっす!」
互いの自己紹介を終えると、高科さんは足早に森の中へと消えて行った。
高科さんが去った後も、俺はしばらくの間その場に留まっていた。
(高科さん……ね)
男子校舎に出没する噂の女子生徒。そんな彼女と知り合いになるとは、人の縁とは不思議なものである。
俺は彼女との会話を思い返す。短い間だったが、彼女と話してみて抱いた印象は悪くはなかった。明るそうな人だったし、顔も整っているように見えた。
縁があればまた会うこともあるだろう。もっとも、彼女が男子校舎に侵入してくること前提だが。
ただ、少しばかりその縁がありますようにと、心の中で願いつつ俺は寮へと歩き出した。
出会ってしまった。