オリジナル話注意です。
キーンコーンカーンコーン。
部活開始を告げるチャイムが鳴り渡る。
この高校は、基本的には運動部に属さなければならないという決まりがある。
俺のような一度、部を辞めた人も例外ではなく、先生からは次の部を探すように日々催促されている。
だがそんなことは今の俺には知ったことではない。
当面はどの部に入るつもりもなく、最近は授業を終えると寮に戻って、ゴロゴロする生活が板につき始めていた。
あれ以来、高科さんとは会っていない。
正確には度々見かけはするが、声をかけることはしなかった。
理由は特にない。こちらに用がないというのが、理由と言えば理由になる。
もし向こうが俺に用があるなら、またそのうち話す機会もあるだろう程度に考えていた。
そう、今の今までは。
「……ん?」
寮に入り、自室に向かっていたところ。
窓の外にコソコソと動き回る人影が目に入った。
まさかと思い、外に出て人影が見えた場所へと足を運ぶ。
目的の場所へ着くと、やっぱり見間違いではなかった。その人影は寮の中へ続く扉や窓などを、ガチャガチャしていた。
「ここも開いてないですねえ~」
なんてことを言いながら、扉と窓をあちこち弄り回している。
「正面から堂々と入ったら流石に見つかるから、どこか開いている窓でも探さないと」
もう見つかってるわ、と心の中でツッコみを入れる。
人影はなおも止まらず、
「ここを乗り越えれば、きっとこの中には……」
人影の目がキュピーンという音とともに、怪しく光った気がした。
流石に聞き捨てならなかったので、仕方なく声をかけることにした。
「何してんすか」
声をかけられた人影──高科さんは、びくっと肩を震わせると、ぺこぺこと頭を下げ始めた。
「あっ!ご、ごめんなさい!窓があったらどうしても入りたくなる病気なんです!」
「何言ってんすか……」
もはや言い訳ですらないそれを聞き流し、心底呆れ果てた目を向ける。
高科さんはこちらに気が付くと、安堵の息を吐いて言った。
「な~んだ、神城君か。突然声をかけられたから、とっさに嘘をついちゃったじゃないですか」
「嘘のレベル低すぎないっすか?」
「純粋無垢と言ってほしいですよ」
「はあ……そうすか」
これにはツッコまない。話が反れそうだからである。
俺は周囲を見回し、誰もいないことを確認してから訊いた。
「ばれたらやばいんじゃないすか?」
「目の前に頼れる相棒がいるので、余裕ですよ」
ニッコリと微笑んで言う高科さん。いつもなら華麗なスルーを決め込むところだが、ここは男子寮。見つかったら本当にまずい。
彼女はそれを分かっているのだろうか。
「いやあ~。今回は女子寮を代表して、あたしが男の園を調べようかと思いまして」
「はあ」
この様子だと、分かっていなさそうだ。
つい先日、あんな目にあったばかりだというのに。もう忘れたのかこの人は。
「男子寮といえば、女子にとっては……ヘル!そういうのって気になるじゃないですか」
「地獄を調べに来たんすか」
「その通りですよ」
相変わらずの行動力モンスターである。
というか、本当に女子たちは男子寮なんてものが気になっているのか。根本的にそこが疑わしい。
「部活とかないんすか?」
「やだな~。あたしは神城君と同じ新聞部ですよ」
「……そうすか」
まともに答える気がなさそうなので、俺はそれ以上話すことをやめた。
そろそろ部活がない他の生徒らの行き来が、多くなる時間だ。
俺は最後に一つだけ、貴重な情報を教えてあげることにした。
「一階の窓はたぶんどこも開いてないすよ。一年が戸締り任されてるんで」
「え~。そんなことは先に言って欲しいですよ」
残念そうに呟く高科さん。無論、同情はしない。
すると高科さんの俺を見る目が、唐突にキュピーンと光った。嫌な予感。
「そうですよ。神城君が中から開けてくれれば……」
「いや、流石に無理っす」
即答した。嫌な予感的中。
それを訊いて、高科さんはガックリと肩を落とした。
「仕方がないですね。今回は諦めますよ」
と高科さんは、珍しく白旗をあげた。
これを珍しいと思ってしまうあたり、俺も相当毒されたなと感じる。
俺はちらっと腕の時計を確認する。そろそろ頃合いか。
「もう戻った方がいいすよ。先生来たら今度こそ終わりますよ、ほんとに」
「そ、そうですね」
そうは言いつつ、高科さんはその場から動こうとしない。
こちらをじっと見据えて、無言で佇んでいる。
「え、なんすか……?」
なにか気に障るようなことを言ってしまったかとも思ったが、特に覚えがない。
すると、高科さんはあからさまに目をそらしつつ。
「ほ、ほら。こうやって話すのも久々じゃないですか」
「はあ……まあそうすね」
とはいっても、一週間とかそこいら振りぐらいである。
そもそも男子と女子が言葉を交わすなど、普通はあり得ないことなので、久々というのも変な話だ。
高科さんが続けて言う。
「なので、今日は何も聞きたいことはないのかと思いましてですね」
唐突に質問権を付与された。前はギブ&テイクでもらったが、今回は無償らしい。
しかし、特に聞きたいことも思い浮かばなかった。こんな所でなければ、もしかしたら考えられたかもしれないが。
「いや、特にないすけど……」
「そ、そうなの?」
なにやら衝撃を受けたかのような声を発する高科さん。
そういえば、以前デリカシーがどうのとか言われたことを思い出した。でも今は時間がないので、許してほしいところである。
寮の正面入り口の方で、ガヤガヤと人の声が盛んになり始めた。
そろそろ限界なので、俺は高科さんに帰るように促す。
「帰りましょもう。見つかったら終わりっすよ」
「……そうですね」
心なしか、さっきよりも声から覇気がないように感じた。
どうしたというのか。そんなに寮に入れないことが残念だったのだろうか。
もしくは──。
俺はそれ以上の思考を放棄した。そして言う。
「じゃあ自分、先帰るっすね」
「あっ!」
「へ?なんすか?」
まだ何かあるというのか。でも時間的に、これ以上話している余裕はない。
高科さんもそれぐらい分かってるはずなのだが。
「な、なんでもないですよ」
目を明後日の方にそらしながら、高科さんが言う。
「で、ではシーユーです!」
「うっす」
男子寮から走り去る高科さんを見送り、誰にも見つからなかったことに安堵の息を零した。
俺は頭の中で、今日の高科さんとのやり取りを振り返る。
久々というほど久々ではないが、話してみた感じだとあの屋上の一件は気にしてなさそうだった。
(よかった……か)
くだらない。俺は頭を振ってそれ以上考えることをやめた。
まったく、こんなことを少しでも気にする自分に、心底嫌気がさす。
だが、そんな心の内とは裏腹に、自室へと向かう足取りは妙に軽い気がした。
◆◆彼女との日常② その2◆◆
「さっむ!」
吐く息が白く見え始める季節。
今日も今日とて、授業が終わったら即帰宅。部活に向かう人らを横目に、校舎を出て寮へと向かう。
(頑張れ~)
寮とは真逆の方向を歩く人らに、心の中でエールを送る。
部活を辞めて早くもひと月あまり。未だ次に入る部は決まっていない。先生は形だけでもと、様々な部の入部届を持ってきてくれるが、今のところどの部にも入る気はない。
まだ人気の少ない寮の正面玄関をくぐり、自室に直行する。
さて、今日は何をしようか。漫画を見るか、アニメを見るか、寝るか。
そんなことを考えながら、部屋の扉を開ける。
ガチャリ。
「こちらズネーク。ついに寮の侵入に成功──」
バタン。
なにか良からぬものが見えたので、扉を閉めた。
一応、部屋を間違えている可能性も考慮して部屋番号を確認する。
「……合ってるじゃん」
間違いなく自分の部屋であることを確認して、再度扉を開けた。
「こちらズネーク。ついに寮の侵入に成功した」
「……」
目の前の人物を目の当たりにし、俺は唖然とした。
いや、少なくとも次はという予感はあった。だがなぜ俺の部屋なのか。部屋なんて他にもたくさんあるじゃないか。どうしてピンポイントで狙い撃ちされないといけないのだ。
眼前の傭兵ごっこに勤しむ人影──高科さんは、そんな俺の心中などつゆ知らず、一人芝居を続けていた。
「これから部屋の探索を行う。どうぞ」
高科さんは背後の俺に気付かないまま、傭兵ごっこを続けている。
扉の開ける開閉音にも気付かないなんて、隠密術が聞いて呆れてしまう。
「うむ、了解した。任務は必ず成功させる。男のロマンとやらを持って帰ってみせるさ」
脳内で繰り広げている誰かさんとのやり取りを聞かされて、俺は大きなため息を零した。
このままでは埒が明かない。仕方ないので、声をかけることにした。
「何してるんすか……」
「はっ!神城君!お早いお帰りですね!」
俺の声を聞いて、高科さんはハッとしてこちらを向いた。
「おかえりなさいですよ!」
「はあ……どうも」
おかえりなさいなんて、実家以外で言われたのは初めてかもしれない。
なんとも複雑な気分にさせられる。
「どうやら、ロマンを持ち帰る任務は失敗のようですね」
と高科さん。
失敗という割には、大して落ち込む様子も見せず、平然としている。
俺は長く話す気はなかったが、なんとなく訊いてみた。
「なんすかロマンて」
その問いに、高科さんは笑みを浮かべて答えようとする。
「そんなにアレな本ですよ。エッ──」
「あー、いいすよ言わなくて」
高科さんが最後まで言い切る前に、俺は口を挟んだ。
彼女の言おうとしたことは分かったし、そもそもそんな物はこの部屋にはない。
というか、高科さんがここにいるということは、俺がそんな本を持っていると思われていたのか。
たまたま俺の部屋に来た可能性もなくはないが、そうだとしたら少し心外である。
「はぁ……ばれても知らないすよ」
「まあ、見つかったからには大人しく帰りますよ」
珍しく聞き分けのいいことを言う高科さん。今日は雪でも降るのではなかろうか。
いつもこれぐらい聞き分けが良ければ、俺もひやひやした時間を送らなくても済むのだが。
「ズネークの本当の任務はすでに完了しましたからね」
「え?」
心の中で少しだけ褒めた矢先、唐突になにやら意味深なことを言い出した。
なんだ、本当の任務って。まさか部屋を物色したのか。
「なんすか、本当の任務って」
「いくら相棒でも、任務の内容は明かせませんねえ~」
ニヤニヤと楽しそうに喋る高科さん。どうやら話す気はないらしい。
俺はため息を吐くと、回れ右をしてドアノブに手をかけた。
「あまり長居しない方がいいすよ」
「えっ?ど、どこか行っちゃうんですか?」
高科さんの問いに、俺はドアノブに手をかけたまま答える。
「いや、ちょっとそこまで」
行先は言わない。特に決まってないからである。
高科さんにいられては悠々とくつろげないので、いなくなるまで適当に時間を潰すつもりだった。
「ではあたしも一緒に行ってあげますよ」
「いいすよ別に。ばれたらやばいじゃないすか」
俺は強い意志を込めて断った。まったく、何を言い出すかと思えば。
この時間の寮だって、人数は少ないとはいえ無人なわけではない。
そんな寮の中を女子と歩いている様を誰かに見られでもしたら、色々な意味で袋叩きにされて、俺の学園生活が終了してしまう。
そんな俺の意志が伝わったのか、高科さんは小さな声で言った。
「そうですか……それは残念なお知らせですね」
「……」
おかしい。前に会った時から、高科さんは時折しおらしさを見せるようになった。
普段の彼女からは想像もできないのだが、今の彼女がまさにそれだ。
まさかな、と思いつつそれを振り払うようにしてドアノブを回す。
「あまり散らかさないでくださいよ」
「あっ……」
バタン。扉が閉まる。
部屋を出たはいいものの、行先はまだ決まっていない。
とりあえず購買にでも行こうか。購買のある方へ進路を変える。
だが、その足取りは異様に重い。理由は分かっていた。
(少し冷たかったか……?)
部屋を出る前、高科さんの様子はいつもと違っていた。
それに気付かないふりをして、部屋を出たのだ。それがどうも心残りだった。
まったく、人の心というのは実に面倒である。
(なんもないだろ。別に)
寮を出て寒空の下、購買へと向かう。
その道中、足取りはずっと重いままだった。
神城君が去った後も、あたしはしばらくその場に立ち尽くしていた。
「はぁ……うまくいかないですよ」
この呟きが何を意味するものなのか、自分でもまだハッキリとした答えは出せていない。
でも、それでも一つだけ分かっていることがある。
彼──神城君とは一緒に話していて楽しい。もっと話しがしたい。
これを世間一般では、恋というのだろうか。まさか、そんなことを考える日が来るなんて、思ってもみなかった。
「本当の任務、教えてあげましょうか」
誰もいない室内を見渡し、少し戸惑いつつもあたしは口を開く。
「貴方と会うこと……それがあたしの本当の任務ですよ」
その内容を聞いた者は、もちろん自分以外にはいない。
あたしは真の任務の達成を脳内大佐に報告し、誰にも見つからないようにして男子寮を後にした。
◆◆彼女との日常② その3◆◆
年末。寮生活を送る生徒らが、ぼちぼち帰省の準備をし始める時期。
放課後、いつものように屋上の掃除を終えた俺は、寒空の下ベンチに腰を下ろしていた。
「はぁ……」
雲一つない空を見て、ため息を零す。
俺は頭の中で、先ほどの生活指導の先生との会話を思い返していた。
特に何かやらかしたわけではない。呼び出された時は、高科さんとのあれやこれやが露見したのかとヒヤヒヤしたが、実際に話してみたらそれも杞憂だった。
成績に関しても、部活を辞めたおかげで平均以上は確保できている。そちらも心配ない。
では何故、呼び出されたのか。
それは──。
「大きなため息ですねえ~。爺くさいですよ」
誰もいないはずの屋上に、自分以外の声が耳に入った。
空からゆっくりと、声のする方に目を移す。
「何か悩み事ですか?仕方ないですねえ~。このナオっちが相棒の相談に乗ってあげますよ」
目の前の人物──高科さんは、胸を張ってそう言い放った。
俺はそれを見て、呆れた気分で言い返す。
「また来たんすか……」
「下から神城君が見えたので」
前に屋上で会った時と、同じことを言う高科さん。
確かに掃除中、ちらちらと男子校舎を徘徊する、怪しい人影を探していたのは事実だが。
「隣、座ってもいいですか?」
前と同じように訊かれる。俺は少し渋るようにして言った。
「また先生来たらやばいっすよ」
「大丈夫ですよ。今日は来ませんから」
俺の不安をよそに、高科さんは自信あり気に言い切った。
これも彼女の情報収集の結果だろうか。話が長くなりそうなので、「なんで分かるのか」とは訊かない。
ただ、こうなった彼女は梃子でも動かないということを、常日頃から思い知らされている。
俺は観念して端の方に移動する。それを見て、高科さんは「どうも」と腰を下ろした。
「それで、何か悩み事ですか?」
高科さんが最初の質問を口にする。心なしか、目つきが部室や寮に侵入した時の、ろくでもないものの様に見えるのは気のせいだろうか。
そんな大した話でもないので、彼女の期待を裏切る結果になることは目に見えていたが、逆に話してやるかという気になった。
俺はワクワクの眼差しを向ける彼女を横目に、さらっと一言で済ませる。
「別に、ただどの部に入ろうか迷ってただけっす」
「ふむふむ……えっ?それだけ?」
悩みの正体を聞かされた高科さんは、その正体に呆気からんとしていた。
彼女の疑問に頷いて、
「それだけですけど」
文句は受け付けないという意思を込めて言った。
俺からしてみれば、これも立派な悩みの一つなのだ。ギリギリまではぶらかしてきたものの、生活指導の先生に呼び出されては、真剣に考えざるを得ない。
とはいえ、未だに入りたい部などなく、このぐうたら生活が終焉を迎えると思うと、かなり深刻な悩みであった。もっとも、好奇心と行動力の化身である高科さんには、俺のこの気持ちなど分からないだろうが。
高科さんを見ると、案の定ガックリと肩を落としていた。
「な~んだ。期待して損しちゃいましたよ」
「はあ」
どんな回答を望んでいたのか知ったこっちゃないが、その期待を裏切れたのなら良しとしよう。
高科さんが落胆の声色で言う。
「せっかく次の記事を【悩める男子!男子校舎の色恋事情!】っていうのにしようと思ったのに」
「何言ってんすか……」
俺は若干、軽蔑の目を高科さんに向ける。そんなもの記事にされてたまるか。
「いやあ~。いま女子寮では、いわゆる恋バナというのが流行りなのですよ」
俺の冷ややか視線に気付く様子もなく、高科さんは喋り続ける。
「それで、男子校舎の色恋事情を調査すべく、ナオっちが立ち上がったというわけです」
「はあ……」
この高校の女子たちは相変わらずだなと思った。それを調べる高科さんも大概だが。
とはいえ、色恋事情なんて聞いたことがない。表向きは共学だが、男子と女子で校舎が分かれており、普段話す機会もないのだ。こんな状態では、恋もへったくれもない。
それはおそらく、他の男子生徒も思っていることだろう。
女子と関われないことを嘆きぼやく奴もいれば、それを忘れるかのように部活に執心する奴もいる。中には俺のように興味を持たない奴もいるかもしれない。
そんなことを考えていると、こちらの心中を見透かすかのように、高科さんの目がキュピーンと光った。
「いやいや、相手は何も女子だけとは限らないですよ?」
「……」
何やら不穏な流れ。またろくでもないことを言おうとしているなと察した。
それは見事に的中し、高科さんはそれをペラペラと喋り出した。
「封鎖された男子校舎、そこに集う男子生徒たち。こんな状況が続けば、男子同士で特別な感情が芽生えることもあると思うのですよ」
「……そうすね」
心底どうでも良かったので、適当に相槌を打つことに徹する。
「てっきり神城君も、それで悩んでいるかと思ったのですが」
「ああ、ないっすね」
即答した。なんてことを言いやがるのだ、この自称新聞部は。
俺はあまりこの手の話題に興味はないが、野郎を好きになる趣味はない。そこは断言しておく。
すると、高科さんはいたずらな笑みを浮かべて言った。
「神城君にその手の趣味はない、と。少し安心しましたよ」
「はあ。そうすか」
当初、俺の悩みを聞くという話が、気が付けばとんでもなく脱線していた。
いつまで続くんだこの話題、と思っていたところ。
高科さんは、今までの様子とは一変して、神妙な面持ちで口を開いた。
「ところで、神城君は、その……彼女さんとかっているんですか?」
「えっ?」
突然の斜め上を行く問いかけに、一瞬面を食らってしまう。
何を思っての質問なのか、様々な思考が張り巡らされるが、俺は事実を答えた。
「いや、いないすけど……」
「そ、そうですか。そうなんだ……よかったですよ」
最後の方は何を言ったか聞き取れなかったが、俺の目にはなんとなく、彼女が安心したかのように映った。
なんなんだと首を捻っていると、高科さんがまたいつもの調子に戻って言う。
「まあ、神城君はデリカシーが欠如していますからね。これじゃ彼女さんもできないですよ」
あははと笑う高科さん。実に余計なお世話である。
俺は少し反撃してやろうと、同じことを訊いた。
「そういう高科さんはいるんすか?」
「あたしですか?いるわけないですよ」
即答される。俺は拍子抜けした。
もっと躊躇うか、はぐらかされるかと思ったのだが。
「安心しました?」
「いや、別に……」
「図星をつかれて照れてるんですね。カワイイですよ」
ニヤニヤ顔で言われ、俺は目を背けた。
反撃しようと思って訊いたのに、全然堪えていない様子。むしろこちらがカウンターをくらってしまった。
高科さんがベンチから立ち上がる。
「さてと。神城君の照れた顔も拝めたことですし、ナオっちは退散しますよ」
満足気な表情を浮かべる高科さん。俺はため息を零し続いて腰を上げた。
「これで年内の新聞部の活動は終了ですね。また来年もよろしくですよ」
こちらを向いて高科さんが言った。俺も少しだけ迷いつつ、
「まあ……こちらこそ」
最低限それっぽい言葉を返した。二人で並んで屋上の扉へと歩いて行く。
途中、高科さんが「そういえば」と尋ねてきた。
「神城君も帰省するんですか?」
「まあ一応。家の方がやれること多いんで」
「いいですねえ~。あたしも、年末年始は家族で海外旅行する予定ですよ」
「え、まじっすか」
唐突な海外旅行という単語に愕然とする。
もしかして、高科さんてお金持ちのお家柄なのだろうか。
「神城君のご予定は?」
「特にないっすね」
前を向いたまま素っ気なく答える。
本当は家でゴロゴロしながらアニメを見たり、ゲームしたりで過ごす予定だが、海外旅行を口にした高科さんにそれを言う気はない。
高科さんは「神城君らしいですね」と笑っていたが、俺は馬鹿にされた気分になったので無視した。
屋上の扉に手をかける。慎重に扉を開けて、下の階の気配を探る。
(誰もいないか)
人の気配がないことを確認し、俺は胸をなでおろした。
この前のように、誰かが上がってきたら事だ。あんな体験は二度とごめんである。
「神城君」
ホッと一息吐いていると、不意に後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、高科さんが一枚の紙きれを渡してきた。
「これ、あたしの連絡先です」
「はあ」
「暇でしょうから、神城君に海外の絶景スポットを送ってあげますよ」
ニッと笑う高科さん。
俺は「別にいらないよ」と心の中で思いつつも、その紙切れを受け取った。
「それでは神城君。よい年末年始を」
そう言って、高科さんは軽快に階段を駆け下りて行った。
屋上からまた人気がなくなる。俺は受け取った紙切れに目をやった。
見ると電話番号とアドレスが記されている。それなりにきれいな字で。
「はぁ……帰ろ」
俺は紙切れを折ってズボンのポケットにしまった。
女子からの連絡先なんて、この学校で持っているのは俺だけではなかろうか。
誰もいなくなった屋上を後にし、寮へと向かう。
その道中、頭の中では先ほどの高科さんとの会話が渦を巻いていた。
分からない。でもなんだかモヤモヤする。
なんのためにあんなことを訊いてきたのか、あの安心した様はなんだったのか。そんなことを考えてしまう。
(いや、ないだろ)
俺は頭の中の渦巻くそれらを、かき消すかのように頭を振った。
いくら考えたところで、そんなの高科さん本人にしか分からないのだ。思考するだけ無駄というもの。
「……きもいな、俺」
しばらくの間、俺は自己嫌悪に葛藤する羽目になったのだった。